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こんな悍ましい標語やハリガミとお別れです。



三年九ヵ月続いた戦争が終わった。身内で戦死したのは、伯父一人だけだった。
家も焼かれず、幸運に恵まれたと思う。新聞やテレビで多くの人々の戦中戦後の体験を見聞きした。
自分は本当にヌクヌクと暮らしていたのだと知らされた。何代も住み続けている、祖母と近隣との
繋がりが、配給制度だけでは不足する食料をどれほど補ってくれただろうか。燈火管制をしなくて
よくなって、眠くなるまで、枕もとのスタンドを点けて、本を読めるようになった。
父は「一億玉砕」「神州不滅」「竹槍を持って最後の一人まで闘え」などの世相に迎合しなかったと
感じていた。戦争に負けたことを、悲しむでもなく、かと言って、戦争が終わったことを、有頂天に
喜ぶでもなく、それまでと変らなかった。家の雰囲気が、ご近所とは少し違うなとは何となく
思っていた。例えば、何処の家にも掲げられていた、昭和天皇・皇后の『御真影』が私の家には
無かった。「いま、日本は苦戦していますが、最後の最後は、神風が吹いて、必ずアメリカに
勝つのです」と、学校で教えられても不安で、「ねえ。神風って本当に吹くの?」
何度訊いても、
返事を返してくれない無言の父であった。
それは
将来を見通す
“眼”や“勘”を
持っていたのか、他界してしまった今は、確かめようもないが、
敗戦後、ガラリと態度を変えた他の人たちのようには、変らなかった父は、私にとって救いで
あったような気がしている。
八月末、パイプをくわえ、サングラス姿で、厚木に降り立ったマッカーサーの写真を、新聞で
見たときは、正直『カッコイイ』と感じ、「こんな人たちと戦ったんだ。
これが“鬼畜米英“??と、
不思議な気がした。
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