FINLANDIA

FINLANDIA

PR

×

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2013年03月01日
XML
カテゴリ: 實戦刀譚

実戦武術を語る


 実戦中に敵を斬った場面は二回見たのでありますが、
その一は、日本刀を昔風にさした一人の曹長が、
逃げゆく敵の後方から追いすがり、
第一動で刀の柄頭〔つかがしら〕もろ共敵にぶつかっていわゆる当て身をし、
たじろぐ所を抜き打ちに横一文字に斬ったもので、
それは徐州の北臺兒荘の線胡山の戦場でありました。
こうした、状景は珍しい事であったろうと思われます。
もっともこの抜き打ちの一刀で敵を仕留めたのではなくて、
一刀を浴びせる事によって敵のへばったとたんに、
後から続いて来た兵隊が銃剣で突き殺したのでありますが、
とにかく追いすがりざま一刀浴びせたというような所作は、
容易ならぬものであろうと思われます。
少なくとも、そうした修錬を経て来たものでなくては出来ない事で、
あるいは件の曹長は、内地で一通り居合術を修め、
戦地に来てから、そうした実戦の場合に恵まれ、
自然に物切りの達人になっていたのかもしれません。
 刀を昔風にさす事は、ある場合には便利と見えて、
あちこちの第一線で見受けました。
日本人は平常座居しているためか、腰が強く、
腰の屈伸による特殊な運動性があるから、昔風の帯刀なども、
そうした腰の力を利用した抜き打ちの動作を一段と強め、
かつ有効ならしめる事と思われますので、
日本人の場合としましては、昔風の帯刀に相当に意義があるのであります。
その後こうした事の実際にもとづき、陸軍では、
昔風にさす事もできまた吊るす事もできる刀帯を考案したのでありますが、
こういう事を見ましても、私が先に申しました
“刀も武術の内”という意味がよくおわかりの事と思います。

 もう一つの場面は、開封から黄河を渡った西北の原武という所の小戦闘で、
ここでも一人の曹長が敵を後ろから斬るのを見たのでありますが、
大業にふりかぶってタッと叩くように斬りつけたのであります。
首筋の上でありましたが、ただ大怪我をさせたという程度でありまして、
これも二人の兵隊が左右から突き殺したのでありますが、
前の場合と違って、追って行ってつかまえたのを、
後から行って斬ったのがこの始末であったのですから、
大した腕というわけには参らぬと思われます。
 今度の事変には、日本刀と銃剣ばかりでなく、
あるいは石を投げたり、竹槍を揮ったり、
前田勇という軍曹のごときは、本物の手裏剣、
すなわち音なしの拳銃で敵を仕留めたりした事が、
その都度新聞で報道されたのでありますが、
日本に伝わる古武術何ひとつとして実戦に役立たぬものはありません。
こうした事は、櫻井忠溫氏の『銃後』などにも出ているので、
日露戦争にも行なわれた事と思います。
いわゆる刀折れ弾丸つきた時の最後の心得として、
棒切れや石の類を投げつけるすなわち“投擲武術”を練っておく事は、
手榴弾の訓練をも助ける事であり、
一方また國民武術として忘却されていた大切な方面であろうかと存ぜられます。
 今度の事変とは限らず、
過去の幾戦争の実際から見たり考えたり致しまして、
わが國に古くから伝わっている武術を現代に生かす事は、
國防上の見地からも大切な事であると同時に、
これはまた文武両道併行の日本を後継する
子孫のつとめの一つである事を忘れてはならず、
剣、柔、弓三道の分業的武術のみを主流とし、
かつ野球庭球に類する争覇に堕した弊風を打破して、
武術本然の姿を戻す事、すなわち、
実戦武術の再建に、國民的な覚醒を要する事と思います。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013年03月24日 03時27分40秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: