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2015年07月03日
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テーマ: 臨戦刀術(92)
カテゴリ: 臨戦刀術


 五月二十九日、黄河陳留口の渡河点を渡河しつつ、
堆積〔たいせき〕した黄泥が、
ウイロウのようにのたのたと動く中洲を歩いていた時であった。
 かなりの高度で、機体は鳩のようにただ白く見えたのみであったが、
落とした爆弾は物凄く大きなやつで、それが泥深い中洲に落ちると、
さながら竜巻のような泥柱が中空に吹き上げられる。
最初は、十二、三間先に落ちたにかかわらず、
その吹き上げた泥を、いやというほど右半身にかぶった。
不思議に怪我はなかった。ただし附近にいた馬や兵隊には若干の死傷があった。
 こうした中を、駈け足で、渡河点の最後の橋のたもとまで来ると、
そこに荷物が散乱していた。
見るともなく目をやると、一つは同行安藏少尉の行李〔こうり〕と、
少尉が内地帰還の折、土肥原将軍夫人から託されて来た将軍宛の
小荷物一個とであった。
 この場合、少尉の身の上を案ずるよりも、
まずこの二つの荷物の処置であると、咄嗟の間に考えた。
私はすでに六貫目からの雑嚢〔ざつのう〕を背負っている上に、
佩刀水筒拳銃図嚢等々で、この身一つがやっとであるが、そうした場合ではない、
矢庭に少尉の行李を左肩にかつぎ、兵団長宛の荷物を右手に提げ、
二足三足行きかけると、第二回目の投下爆弾だ。
ヒュュューッという笛のような音が上空にしたかと思うとたんに、
六、七間のところへ落ちた。
ズデデデーンという恐ろしい爆音と共に、破片が目に見えて四散した。
今度のは小さなやつであったが、
炸裂と同時に、何か耳のあたりをフフッとかすめて行ったものがあり、
一つはバシッと右手に提げていた、将軍宛の荷物に当たったらしかったが、
そのまま夢中に走った。
十七、八貫の荷物を身にして、よくもまあ走りつづけられたと、
今から思えばまったく不思議でならない。
船橋を駆け渡って大地に荷を下ろした。
そこには天幕が張ってあって、勇猛岩倉部隊長が、腕を組んでこの状況を眺めていた。
時計を見ると午前九時三十分であった。
 その日、その荷物を陣中の将軍へお届けしたのであったが、
後で承ったところによると、中には若干のお菓子その他と、
夫人からの御手紙が入っていたそうで、
開いた時には、菓子はこなごなに砕け、御手紙は寸断されていたとの事で、
もしも、夫人の御心づくしの荷物がなかったら、
私は少なくとも右足一本は失っていたわけだ。


 この陣中で、私は、はしなくも十数年来の別懇〔べっこん〕である
高橋獣医大佐(今は少将)に邂逅した。
 氏は、まこと古武士そのもののような人格者で、
部下にも絶大な信頼をつながれていたが、よく
「自分はよい兵団長の下に働く事が出来て幸せだった。
将来ある部下にも、生きた手本として、
土肥原将軍の陣中振りに見習えといいきかせている。」
 といっていた。氏は、最後まで掩蓋壕〔えんがい ごう〕を掘らなかった一人である。
石井大佐(今は少将)も、何か給与の不足らしい事でもいおうものなら、
「兵団長閣下もそうだぞッ。」
 と叱りつけたものだった。
やっぱり少しは(否大いに)いける口で、よく私等を呼んでふるまってくれたが、
武骨な、号令をかけるような荒っぽい座談のあげく、
「わしも将軍の感化のせいか、近頃座談が若干うまくなったように思える。どうじゃ。」
 などといって、わっはっはっと笑った。
なかなかきかん気の武人型だったが、将軍だけには心から信頼していた。
後に戦車将軍として、漢口戦には感状を授けられた勇将だが、
土肥原将軍を慕い慕って志願でもしたものか、
満州の土肥原兵団に戻って、またもとの兵器部長として仕えていた。
 輜重〔しちょう〕部隊長だった、中村中佐(今は少将)が、
陣中で将軍からお酒をいただいて、ややいい気持になった時、
「閣下、閣下は永らく支那におられて、支那人の表裏の生活をよく知っておられる。
権謀術数のその変転の妙所にも、自然精通しておられる事でしょうから、
一つどうでしょう、それでやられたらいかがでしょう。」
 と切り出したものだ。
すると将軍は、いつになく形を改めて、
「馬鹿いうな。第一お前がお前自身の部下を、その権謀術数であやつれると思うか。
部下の本当に動くのはお前さんの真心からの統率によるではないか。
自分の部下さえあやつれぬ術策を用いて、それで支那人が完全に動かせるものではない。
権謀術数の国だけに、かえって至心が通じやすい。わしはそれで行くよ。」
と、答えたのは案外でもあったが、またこれもある哉〔かな〕と、
大いに教えられるところがあったと、直接私に語られた。





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Last updated  2015年08月17日 04時37分14秒


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