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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

奇画と怪写真

 蘭陵鎮の前野部隊本部も、富豪らしい構えで、
自分の室は、一ヶ月ほど前の◯◯新聞で東南の壁を一面に貼り廻〔めぐ〕らしてあった。
それで、前にいた人たちが◯◯地方の出身者である事が知られてなつかしかった。
「山崎保、生年二十四歳、二十三日未明出発、生還を期せず。」
という悲壮な鉛筆の走り書きに交じって、
「蚊に喰われ蚊に喰われつつ夢に逢う」
という即興俳句が一つ墨汁で書いてあった。
夢に通ってきたのは新妻か、父母か、子か、
筆の主はやはり生還を期する事なく、どこかの線で戦っていた事だろう。
 ここの壁の西側だけは、支那の石版画を貼ったままであった。
満州事変直後の日支両軍衝突事件における、古北口の戦争で、日本軍が大敗し、
支那兵が青龍刀で、手を合わせて拝む日本兵を斬っているところとか、
山海関では、算を乱して逃げる日本軍を追撃してゆくところとか、
まことに勇壮な支那軍連戦連勝の絵が貼りつけてあった。
こうした絵画で、何にも知らぬ奥地の民衆をだまして強がっていたらしい。
珍しいので、小半日かかって根気よく水をつけてはぎとり、そのまま持ち帰った。
ある日兵隊が来て、室中の古新聞を読んで行った。
中には、何かの続きものを、この壁貼りの新聞からさがして読んで歩く兵隊もいた。
自分の室にもそのつづきが三ヶ所あったとかで、大喜びであった。
 筆のついでに書くのであるが、津浦、京漢両線を南下進軍した者の誰もが、
どこかで買わされたかまたは見たかした、不都合千万な数枚一組の写真があった。
まさに国辱物で、モデルの一方は日本婦人、相手の男は覆面をしているからわからぬ。
手に拳銃を持って押し入ったところから始まっている。
こんなものを売る人間が、日本人であったらなおさらの事、
支那人でも容赦はせぬと考えていたのであったが、
北京に帰還して、一日某軍医と北海公園をぶらつきながら、
白塔を見物しようとあの手前の橋を渡ると、
一人の小肥りの支那人が出て来て、写真を買えという。
見ると、それだ。こいつだな、と思って、
「いくらだ〔トールチェン〕。」と声をかけたら二圓〔リャンカイチェン〕だという。
手の内に二十組ほど持っている。
手まね交じりに皆でいくらかと聞くと、
この男てっきり兵隊にでも儲けて売るのだとでも思ったのか、
にやにやしながら十五圓よこせと、指一本と次に五本出して見せる。
こちらもだまって指一本出す。よろしい。
皆取るが否や、軍医さんと二人でビリビリ引っ裂いて池の中へ捨てたものだ。
儞公〔にいこう〕びっくりして、何とか大声で言いながら、
泳ぐような格好で寄って来るのを突っ放して、
皆寸断寸断〔すたずた〕にしてしまってから、財布から金二十銭也を出して渡したがとらない。
十圓〔ジーエン〕といったり十元〔シーユァン〕といったり、
十塊銭〔シーカイチェン〕といったりして、なかなかしつこく迫って来る。
果ては、頭のてっぺんにのせている赤い玉のついた丸帽子をとって、叩頭百拝する始末。
そこでおもむろに手帖を出して“悪俗奇怪的照相”と書いて、グッとにらみつけると、
六感でこちらの真意がわかったのか、
いきなり「沒法子〔メーファーズ〕」と吐き出すようにいって立ち去ったが、
自分の手のひらの邦貨二十銭を、ひったくるようにして持っていく事は、もちろん忘れなかった。





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Last updated  2017年08月27日 13時58分22秒


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