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カテゴリ: Needle Felted Animals


( テモちゃんとこ、土砂降り 2015年07月17日
あきてもさんのブログ より)



フレンチブルドッグのテモちゃんフィギャア製作
喰べかけの夢を 聖橋〔ひじりばし〕から放る〜


さだまさし「檸檬」(アルバム『昨日達・・・』『天晴~オールタイム・ベスト~』・他、所収)






梶井基次郎『檸檬』新潮文庫












消え去る時には こうして出来るだけ〜静かに堕ちてゆくものよ〜
「夢見の技術」について考える その2


 『傭兵たちの挽歌』カテゴリーは金・土曜あたりまでに更新できたらいいな!


( 前回 からの続き)

夢や目標を見つける際に 「形式主義」 というのは警戒すべきものであって、
「他人の夢」を「自分の夢」と錯覚してしまって
かなり時間が経ってから「はて、こんな筈ではなかったのだが」と、
自分自身が間違った目標を追いかけまわしていただけ、
虚構の中で「どうでもいい役割」を演じていただけであったことに気付けたなら、
まさしくそれは 天啓に等しい と言ってもよいでしょう。

山本七平さんの著書『一下級将校が見た帝国陸軍』にひどい実例が書かれているので、
一部略しながら以下に捕虜収容所の描写を抜粋します。







  「    時刻になると、広い運動場を閣下たちは三々五々に食堂の方へ来る。天幕食堂の右端
  には、角材に板を釘づけにしただけの、一枚板の腰掛けつきの粗末なテーブルがあり、閣下た

  る。私はその末席で、時どき閣下たちの方を見ながら早めに食事をすますと、急いで自分の幕
  舎に引き揚げた。
   何ともいえない違和感を感じ、二度と閣下たちを見たくない、という気がしたからである。
   というのは米軍支給の軍衣をつけ、二列に並んでもぐもぐと口を動かしている閣下たちは、
  前夜、私が想像していたような、打ちひしがれて懊悩(おうのう)しているような様子は全く
  見えず、何やらロボットのように無人格で、想像と全く違ったその姿は、異様にグロテスクに
  見えたからである。
   といってもそれは閣下たちが、無口だったということではない。否むしろ饒舌であり、奇妙
  に和気藹々(あいあい)としていた。

  (中略)

   ただ奇妙に感じたのは、そのことが戦場への回顧につながらず、無意識のうちに逆にそれを
  切断するかのように見える、それに応じて反射的に起った一連の会話だった。「一句いかがで
  すか」「アハハハハ、駄句(だく)りますか、御馳走を」とつづき、話題はまた俳句に転じた。
  将官たちの間には、病的といえるほど俳句が流行しており、食事はたちまち句会となった。そ
  して、「○○閣下」「××閣下」とたのしげに声を掛けあいつつ語りつづける会話は、何の屈
  託もない御隠居の寄り合いのように見えた。
   俳句以外の話題といえば、専ら思い出話だったが、それから完全に欠落しているのが、奇妙
  なことに太平洋戦争であり比島戦であった。話題は常に、内地時代、教官時代、陸大時代など
  の話や、それに関連する共通の知人たちの話など、いまここにいる将官たちにとって、絶対に
  あたりさわりのない話題であって、それが、たとえ偶然にでもだれかの責任追及になりそうな
  話題は、みなが無意識のうちに避けているように思われた。
   この会話を録音して、それがどこの場所でだれが行なった会話かをつげずに人びとに聞かせ
  たら、それらが、陸海空、在留邦人合わせて四十八万余が殺され、ジャングルを腐乱死体でう
  め、上官殺害から友軍同士の糧秣(りょうまつ)の奪い合い、殺し合い、果ては人肉食まで惹
  起した酸鼻の極というべき比島戦の直後に、その指揮官たちによって行われた会話だとは、だ
  れも絶対に信じまい。
   だがこの傾向は、彼らだけではない。レイテの最後にも、内地のA級戦犯にも、これとよく
  似た和気藹々の例がある。その状態を一言でいえば、部下を全滅させ、また日本を破滅させた
  ことより、今、目の前にいる同僚の感情をきずつけず、いまの「和を貴ぶこと」を絶対視する
  といった態度、というよりむしろ、それ以外は何もかもなくなった感じであった。

   (中略)

   なぜあの人たちが指揮官でありえたのだろう。なぜあの人たちの命令で人びとが死に得たの
  であろう。なぜ自決を命ぜられて人が自決し得たのであろう。前述のように、将官たちは互い
  に「○○閣下」「××閣下」と呼び合う。閣下がお互いに閣下閣下と呼び合うものだとはこの
  ときはじめて知ったが、鉄柵の中でのその呼びかけが逆に妙に空虚にひびき、そこにいるのは
  結局、それ以前にも今と同様、そう呼びあっていただけの、二等兵以上に自己の意志を持ち得
  なかった無個性無性格者の集団だったとしか思えなかった。

   (中略)

   一体この人たちは何なのだろう。まるで解放されたかのように、この現在を享受しているか
  に見えるこの人たち。この人たちの頭脳の奥に、本当にリアリティーをもつ存在があるとすれ
  ば、それは一体何なのであろうか。私にはただただ不思議であった。

   (中略)

   ああいう種類の人たちは結局「軍人」を演じただけで、内実は「から」だったのだ。軍人と
  しての能力は皆無だった。今にして思えばこれを敷衍(ふえん)したものが日本軍だった。こ
  ういう人の気違いじみた暴力と暴言の背後にあるものは、一言でいえば「無敵皇軍」という自
  画自賛的虚構を、「虚構」だと指摘されまいとする、強弁であり、暴言であり、暴行であり、
  犠牲の強要である。そして陸軍全体がそうであった。
  「陸軍の能力はこれだけです。能力以上のことはできません」と国民の前に端的率直に言って
  おけば何でもないことを、自らがデッチあげた「無敵」という虚構に足をとられ、それに自分
  が振りまわされ、その虚構が現実であるかの如く振舞わねばならなくなり、虚構を虚構だと指
  摘されそうになれば、ただただ興奮して居丈高にその相手をきめつけ、狂ったように「無敵」
  を演じつづけ、そのため「神風」に象徴される万一の僥倖を空だのみして無辜(むこ)の民の
  血を流しつづけた。その人たちの頭の中にあったものこそ血ぬられた「絵そらごと」でなく
  て、何であろう。妄想ではないか。
   無敵の軍隊など、世界のどこにも存在するはずがないのに    。それを彼らは内心では知っ
  ており、実態が明らかになればすべてが崩壊することを知っていた。それが恐ろしいから虚構
  と神風にしがみつく。そのため、いざというとき静かなる自信に基づく発言ができず、神がか
  り的発言者と動物的攻撃性で論理を封ずる者に主導権を握られる。そしてこの悪循環は雪だる
  まのようにふくれあがって、自分でもどうにもならなくなっていたではないか。」

  (上掲書「敗戦の瞬間、戦争責任から出家遁世した閣下たち」文春文庫版 P.274 ~ 289)




他方、このような話もあります。
小林秀雄さんの随筆 「人形」 (『人生について』中公文庫、他 所収)です。


  「或る時、大阪行の急行の食堂車で、遅い晩飯を食べていた。四人掛けのテーブルに、私は一
  人で坐っていたが、やがて、前の空席に、六十恰好の、上品な老人夫婦が腰をおろした。
   細君の方は、小脇に何かを抱えて這入って来て私の向いの席に着いたのだが、袖の蔭から現
  れたのは、横抱きにされた、おやと思う程大きな人形であった。人形は、背広を着、ネクタイ
  をしめ、外套を羽織って、外套と同じ縞柄の鳥打帽子を被っていた。
   着附の方は未だ新しかったが、顔の方は、もうすっかり垢染みてテラテラしていた。眼元も
  どんよりと濁り、唇の色も槌せていた。何かの拍子に、人形は帽子を落し、これも薄汚くなっ
  た丸坊主を出した。
   細君が目くばせすると、夫は、床から帽子を拾い上げ、私の目が会うと、ちょっと会釈し
  て、車窓の釘に掛けたが、それは、子供連れで失礼とでも言いたげなこなしであった。
   もはや、明らかな事である。人形は息子に違いない。それも、人形の顔から判断すれば、よ
  ほど以前の事である。一人息子は戦争で死んだのであろうか。夫は妻の乱心を鎮めるために、
  彼女に人形を当てがったが、以来、二度と正気には還らぬのを、こうして連れて歩いている。
  多分そんな事か、と私は想った。
   夫は旅なれた様子で、ボーイに何かと註文していたが、今は、おだやかな顔でピールを飲ん
  でいる。妻は、はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き、自分の口
  に入れる。それを繰返している。私は、手元に引寄せていたバタ皿から、バタを取って、彼女
  のパン皿の上に載せた。彼女は息子にかまけていて、気が附かない。「これは恐縮」と夫が代
  りに礼を言った。
   そこへ、大学生かと思われる娘さんが、私の隣に来て坐った。表情や挙動から、若い女性の
  持つ鋭敏を、私は直ぐ感じたように思った。彼女は、一と目で事を悟り、この不思議な会食
  に、素直に順応したようであった。私は、彼女が、私の心持まで見てしまったとさえ思った。
  これは、私には、彼女と同じ年頃の一人娘があるためであろうか。
   細君の食事は、二人分であるから、遅々として進まない。やっとスープが終ったところであ
  る。もしかしたら、彼女は、全く正気なのかも知れない。身についてしまった習慣的行為かも
  知れない。とすれば、これまでになるのには、周囲の浅はかな好奇心とずい分戦わねばならな
  かったろう。それほど彼女の悲しみは深いのか。
   異様な会食は、極く当り前に、静かに、敢えて言えぱ、和やかに終ったのだが、もし、誰か
  が、人形について余計な発言でもしたら、どうなったであろうか。私はそんな事を思った。」



捕虜収容所の閣下たちの虚構と、小林秀雄さんの出会った夫婦の虚構は別のものですが
一方のデタラメな虚構が国家を動かし多くの戦死者を出し、
他方の虚構が浅はかな好奇心と戦わねばならなかっただろうこととの違いは、
その虚構を共有・推進している人間の「数」の問題と言えます。
よって、嘘まみれの夢(虚構)でも有象無象〔うぞうむぞう〕の人間が集まれば力を持ち、
一個人の真摯な夢や希望は、他者の好奇心や嫉妬心の対象になるでしょう。


前者の、共同体・集団の虚構に埋没して安心感を得たいのであれば、
親米保守派(・・・・・・これが実に多い)や、どこぞの教団や、ラブレス一派にでも合流すればよい。
そして、空気を読んで個人的な意見は封殺し、年次序列に迎合し、媚び諂〔へつら〕い、
前にいた人間が老衰や病気で死んだり、引退していなくなった後、
運がよければ 権力の座にふんぞり返る順番 が回ってくるかもしれません
(ただし、思い通りになる保証はどこにもありません。効果には個人差があります。)。

そして、本稿で考えていくのは後者、個人の「夢」についてです。





エルヴェ・ド・サン=ドニ (著), 立木鷹志 (翻訳)
『夢の操縦法』






(つづく)













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Last updated  2020年07月20日 21時30分05秒


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