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Photo by Lindsay Carroll
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>前回


 息苦しさと頭痛で、片山は身をよじりながら目を覚ました。溺死する寸前、無理やりに顔を水面上に突きだした時のようだ。
 自分はくたばってないことを知る。
 そこは、軽合金パネル張りの大型トラックの荷台のなかのようであった。片山は冷たい床に仰向けに寝かされていた。手足を動かそうとしたがままならない。アルミ・パネルの天井から裸電灯がぶらさがりギラギラ光っている。
 意識を取戻したために、ドリルを突っこまれたような頭痛と吐き気をこらえ、片山は頭を持ちあげて自分の体を見た。
 パンツ一枚の片山は、四肢(しし)を大の字にひろげられ、手首と足首は床(フロア)から突き出した鋼鉄のステイに鎖で縛りつけられていた。仁王のようなその体には古傷の跡が数多い。
 頭を床に落した片山の喉(のど)から低い呻(うめ)き声が漏れた。頭痛は耐えがたく、気が狂いそうだ。口のなかにあふれてきた黄水(きみず)を、顔を横にして吐き出す。

 片山はまた吐いた。
「苦しいか? 楽にしてやる」
 ずんぐりした男が言った。
「殺す、と言うのか?」
 片山は吐きだすように言った。
「そうではない。頭痛と吐き気を鎮めてやるのだ。動かないほうがいい。注射器の針が折れるのは嫌(いや)だからな」
 男は足許(あしもと)のカバンを開き、そのなかから注射器のセットを取出した。器用にアンプルの首を折る。
 長身の男が片山の左腕をゴム・チューブで縛り血管を浮きださせた。注射が終るまで片山は動かなかった。彼等が毒物を注射する気なら、すでに自分は殺されていた筈(はず)だ・・・・・・と、思う。
 苦痛が次第に消えていった。だが片山は黙っていた。
「あんたは、調べた通り、変った男だな? 我々が何者かとも尋ねないし、何の恨みがあるのかとわめきもしない」
 ひどく痩(や)せた男が初老の声で言った。

 片山は唇を歪(ゆが)めただけであった。取り乱したら、サディストを挑発する起爆剤になる。
「どうだった、我々が瓶(かめ)の水に混ぜた麻酔薬の味は? 無味無臭というメーカーの宣伝通りだったようだな」
「用件を言ってくれ」
 片山は口を開いた。
「あんたは法を犯している。狩猟法違反と銃砲刀剣類不正所持は言い逃れがきかんところだ。逮捕されても文句は言えんだろう?」

「ああ、文句は言わん」
「こいつは御挨拶(ごあいさつ)だな。この拳銃はどこで手に入れた? こいつをあんたに売った奴もパクられることになるわけだ」
「拾ったのさ。どこで拾ったかは忘れたが」
「そうかい? 冷凍庫にぶらさがっているイノシシや熊も拾ったんだな? まあ、没収されることぐらいは覚悟してるだろうが?」
 ずんぐりした男が言った。
「俺が動けないからといって調子に乗るなよ。あんたら、県警の者には見えないな。どの組織の者だ?」
「ほう、やっとまともなことをしゃべりはじめたじゃないか・・・・・・我々はな、あんたがヴェトナム戦で米陸軍スペッシャル・フォース、つまりグリーン・ベレーの特殊部隊の火器担当要員に抜擢(ばってき)され、銃や闇夜の格闘で五百人以上のヴェトコンを殺したことを知っている。それだけではない。あんたは反戦兵士のリーダーや米軍の逃亡兵士を数ダース殺した。軍の命令通りな。あんたはただの狙撃手ではなかった。プロの殺し屋だ」
 痩せた男が言った。
「人違いじゃないのかい?」
 片山は言った。
「人違いじゃない。あんたが言いたいのは、殺しておかないと自分が殺(や)られる番が回ってくる・・・・・・というわけだろう。ヴェトナムの地獄を生き抜いて、銀星章(シルヴァー・スター)や殊勲十字章(ディー・エス・シー)のメダルを骨董屋(こっとうや)に売るほどもらった上に、これも地獄のモザンビークに転戦し、准将(ブリガディーア・ジェネラル)に特進して除隊したんだから、あんたは大した男だよ」
「・・・・・・・・・・」
「皮肉を言ってるんじゃない。合衆国最高の名誉勲章メダル・オブ・オナーを君がもらったことが無いというのも戦いのプロにふさわしい。あの勲章は、任務の範囲を越えた決死的な戦闘行為で赫々(かくかく)たる武勲をたてた者だけがもらえる。それが君がもらわなかったということは、君が殺しのプロだからだ。プロは、ヤケ糞で無謀な賭(か)けはやらんからな。モザンビークでの負傷は、君がヤケになったためでも、不注意のせいでもない」
「・・・・・・・・・・」
「だからと言って、君が卑怯者(ひきょうもの)だと言ってるわけでは断じてない。軍の、いや、何のバックが無くても、君はフランスで、殺された妻と子の弔い合戦に立ち上がった。人間としての見どころもあるわけだ。ただの殺人機械ではない。君は三人の殺し屋を返り討ちにした、という極秘情報が向うの関係当局から入っているが本当かね?」
「用件を言ってくれ」
 片山は呟いた。
「分った。あんたは、我々が見込んだ通りの人物らしい。欠点は多いが役に立つ。我々の期待を裏切らんでくれ」
「調子に乗るなよ。俺はあんたらに何も期待される覚えはない」
「いつまでもそう突っぱることが出来るかな? 面白いものを見せてやる。こいつでやられた傷口はなかなかふさがらない」
 痩身(そうしん)の男が言った。小型のスーツ・ケースを開き、シアーズ・クラフトマンの二・〇/十二のガソリン・チェーン・ソウを出した。二・〇は排気量二立方(キュービック)インチ、つまり約三十三ccを表わし、十二はチェーン歯を支えるガイド・バーのインチ長を表わしている。
 これまで黙っていた巨漢が小型チェーン・ソウを受取り、スウィッチのレヴァーを左のオン位置に入れると、チョーク・ノブを右に引いた。
 後部把手(リアー・ハンドル)を右手で握ると共に、そのハンドルの下部についているスロットルの引金を人差し指で絞り、左手でスターター・ロープのハンドルを握った。
 右手でチェーン・ソウの本体を前に突きだしながら、左手でスターター・ハンドルを急激にひっぱる。
 力が強くないとそのエンジンは掛かりにくいものだし、コツも要る。その男は一発でスタートに成功した。
 けたたましい音を立てて二(ツー)サイクル・エンジンは回転し、無しに等しいマフラーから排気煙を吐き散らした。男はアクセルをゆるめ、チョークも戻した。
 たるみを持たせてガイド・バーに掛けてあるのでクラッチが空転し、エンジンのアイドリング時にはチェーンのノコギリ(カッター)の歯は動かなかった。
 巨漢はスロットル・トリガーのアクセルを引いたりゆるめたりしてエンジンをウォーム・アップする。アクセルを引くと、爆音と共に、チェーンが目にもとまらぬ早さで、ガイド・バーのまわりを回転する。排気煙がトラックの荷室に充満しはじめた。
 男は高速で回転するチェーンを片山の裸の腹に近づけた。
「嚇(おど)しはやめたほうがいいぜ    」
 反射的に筋肉を縮めながらも、片山は鼻で笑いながら言った。
「これまでの話では、あんたらは俺を使いたがっているようだ。怪我(けが)したんでは、働きたくても働けなくなる」
「ストップ    」
 痩せた男が巨漢に声を掛け、
「やっとあんたは、また、まともな口をきけるようになったようだな?」
 と、片山に言う。
 巨漢はスウィッチ・オフしてエンジンを切ったチェーン・ソウを床に置いた。
 片山は煙にむせた振りをして咳(せき)こんで見せながら、四肢を縛っている鎖の強度をさぐった。一本ぐらいは引き千切ることが出来ても、四本同時には無理のようだ。咳をおさめると、
「月並みの質問だが、あんたたちは国家直属の機関の者のようだな」
 と、声を出す。
「そういったところだ。だから、これから言うことは冗談ではないんだ。君に押しつける仕事に対しては充分な報酬を払う。もっとも君はそんな額では充分じゃない、と言うかも知らんが、君は断ることが出来ない。
 君が三か月ほど前に起った日空機のハイジャック事件のことを覚えているだろう? 君のトランジスター・ラジオは壊(こわ)れていないようだから、ニュースを聴(き)いた筈だ」
「よくあるハイジャック事件を一々覚えてない」
「ニューヨークからシスコ経由で東京に向う日空ジャンボ機がハイジャックされたんだ。六人組の日本人と思われる犯人は、飛行機が飛びたつと間もなく銃を抜き、機長の体に安全装置を外した爆弾を捲(ま)きつけて、リビアのトリポリ空港に向えと要求した。
 この事件については、さまざまな事情から、マスコミが伝えたニュースは非常に不正確なものだった。一つは、国際過激派のスポンサーのリビアは半鎖国主義をとっていて自由世界のジャーナリストの入国を認めなかったためだが、はっきり言って日本政府が真相を隠したためだ」
「・・・・・・・・・・」
「ともかく、リビアはアフリカ大陸にあるとはいえ、地中海をはさんでイタリーやギリシアと向いあっている国だから、ジャンボ機は無給油でリビアに着いた。
 カダフィ政権とハイジャッカーのあいだに事前に了解がついていたことは間違いない。機内はエア・コンが止まってサウナ風呂(ぶろ)になったので、ハイジャッカーたちは、日本から運輸省の政務次官の一行があわてて駆けつけるまでのあいだ、交代で空港ビルのV・I・Pルームに涼みに出てたぐらいだからな。
 奴等が人質全員虐殺と機体爆破を嚇しの条件として日本政府に要求したのは、二百万ドルの現ナマ、ということになっている。
 ところがこれは、これまで赤軍派の金の要求や拘置中の過激派の要求をたびたび呑(の)んでマスコミから袋叩きにされている日本政府が、これぐらいの金額なら世論も納得するだろうと、あとでデッチ上げた数字だ。
 事実は、奴等が要求してきたのは一億ドルと、獄中にいる三人の男の釈放だったんだ。おかしなことに、その三人の男というのは一般犯罪者で過激派との関係は無いと見られていた連中なんだ。
 いかに日本政府が弱腰だといったって、そんなベラ棒な要求は飲めないと突っぱねた。
 ハイジャッカーたちは日空の日本人と米人のスチュワーデスを乗客の眼の前で〓〓(レープ)したが、政府は態度を変えなかった。
 そうやっているうちに、奴等は切札を出してきた。
 乗客のなかに、フランク・ジョンソンの偽名パスポートを持って乗っている米人は、実はナサニエル・レヴィンだ・・・・・・日本政府が要求を呑まなかったら、レヴィンに対日工作の供述書を書かせた上に、その身柄をパレスチナ・ゲリラに引渡す・・・・・・と、言ってきた」
「・・・・・・・・・・?」
「君はレヴィンのことを知らんだろう。だがレヴィンは日本の政財界を裏から動かすことが出来る黒幕(フィクサー)なんだ。考えようによっては、福本先生が首相になれたのも、もとをたどればレヴィンがいたからだ・・・・・・とだけ言っておこう。
 日本政府のお偉方が泡(あわ)をくらって協議している時、レヴィンの秘書の射殺死体が機外に放りだされた。
 政府は要求を呑み、ひそかに特別機を仕立てて、一億ドルと三人の釈放刑事犯をリビアに運んだ。一億ドルは内閣の機密費で処理されることになった」
「その三人はどんな連中なんだ?」
 片山は尋ねた。
「一人はヘルス・エンジェルと呼ばれる幻覚剤に酔って、女房と子供を皆殺しにしてから、対抗している組の事務所に単身殴りこみを掛け、沖縄のベース流れの自動ライフルで二十数人を射殺し、逃げる途中でパトカーの警官五人を殺した渋谷の暴力団神宮会の総長三田村だ。タマが尽きて捕まったんだが、その際にも短刀で三人の警官を刺殺している。こんな男は死刑になっても罰が軽すぎるぐらいだが、犯行当時は心神喪失の状態にあったとされて、殺人傷害については無罪の判決をもらっている。銃砲刀剣と幻覚剤の不法所持で十年の刑を言い渡されただけだ。ふざけた話だよ」
「・・・・・・・・・・」
「あとの二人は〝葬儀屋〟と仇名(あだな)されているフリー・ランスのプロの殺し屋の谷崎兄弟だ。二人とも陸上自衛隊の富士学校のレインジャー教官崩れで、この十年間に少なくとも五十人は殺しているだろう。ほとんどの場合、対立する暴力団の一方の側に傭われて、相手側の組長や戦闘部長を消している。仕事が終ったらすぐほかの地方に飛ぶし、殺しの契約はいつも一回かぎりなんで、どうしても証拠を摑(つか)むことが出来なかった。
 だけど奴等もとうとうドジを踏む時が来た。あの時は麻薬がからんだとある事件で、池袋の暴力団三光組の組長小竹の家のまわりの空き家数軒に、警視庁(ほんちょう)の刑事(デカ)二十人ぐらいが張りこんでいた。
 家宅捜索令状と逮捕状を用意して、夜明けと共に踏みこむことになっていた。法律では、家宅捜索を行う場合、令状に特記してないかぎり、日の出前と日没後は禁じられてるんだ。小竹は機関銃を隠している、という聞込みがあったので、デカたちは防弾チョッキで身を固め、トランシーヴァーで連絡をとりあっていた」
「・・・・・・・・・・」
「そこに、張込みを知らない谷崎兄弟が現われ、小竹の家の塀(へい)を乗り越えた。しばらくすると銃撃戦がはじまった。
 デカたちが小竹の家に踏みこんでみると、機関銃を握った小竹と二人のボディ・ガードが胸を射ち抜かれてくたばっていた。谷崎兄弟の兄のほうが頭の骨を削った機関銃弾のショックで気絶し、弟のほうは腿(もも)を射ち抜かれて這(は)っていた。捕まった谷崎兄弟は黙秘を通したまま無期懲役の判決を受けた。
 ともかく、ハイジャックの連中がどうして三田村や谷崎兄弟の釈放を要求してきたのか狙いが分らん。奴等の腕を見込んで、組織の殺し屋にするためかな?
 それにおかしいのは、ハイジャックの連中が名乗った世界赤軍極東部隊という名だ。日本の過激派のなかに我々が飼っている情報屋(インフォーマー)の誰もが、そんな組織は実在しない筈だ、と言っている」
「・・・・・・・・・・」

 (つづく)





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Last updated  2021年07月04日 03時35分15秒


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