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野良犬1970

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2005.10.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨夜、鷺沢萠の最後の文庫「ありがとう」を読んだんだけど、早いもので彼女が亡くなってからもう一年半が経ってしまった。

年がひとつ上なせいか小説にもエッセイにも共感する部分が多い。
昨夜じーんときたのは「一本の電話」というエッセイ。

若い頃彼女は思っていた、「人間の一生には「いちばんの一瞬」があるはずだ。その一瞬さえあれば、その後の人生をただただ浪費して過ごせる事を自分に許せるような輝く一瞬があるはずだ。」
人生の折り返し地点とも言うべき30代に「一本の電話」で彼女がそれまで悩んでいた長いトンネルを抜ける。

「たった一瞬の出来事で、映画やドラマのように人生がまったく違って見え始める、というようなことは無いと思っている。ただ少なくとも、その一瞬を境にして私はそれまでは気付けなかった事に気付けた。
たった一瞬のために残りの時間をただただ浪費できるほど、人の一生は短くない。だが、だからこそ全ての一瞬を、これ以上はない程大事にしなければならないのだと、今は思っている。」

コレを書いた数年後に彼女が自ら自分の時間を止めてしまった事に、未だ納得がいかない。
初期の頃から最近の作品まで、小説もエッセイも何度も読み返すけど、共感にじーんとする嬉しさと、不可解な違和感で考えてしまう。

10年後、20年後に読み返した時自分はどう感じるんだろう。
変わらずに共感を覚えたい反面、何か新しい事に気付きたくもある秋の夜長なのだった。。。


って!!
最後の作品を一気読みしてしまったぁぁぁ~~~!!(泣)
勿体無い!!!!!





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最終更新日  2005.10.02 18:51:16
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