ただかすかに思い浮かぶのは、
ろうそくの光の中でうごめく白い肌。
確かにこの手で触れたはずなのに
幻のように消えてしまう。
本当に彼女だったんだろうか。
夢うつつの僕を朝日が起こす。
隣を見ると、ワイシャツが脱ぎ捨てられていて、
かすかに彼女の香りがする。
確かに彼女はここに居た。
でも、どこに行ったんだ?
もう帰ってしまったのか、
それとも朝食の用意でもしてくれているのか。
ワイシャツを脱いで、
裸なんてことはないよな。
昨日着てきた服がもう乾いて
それを着ているんだ。
そうだよな。
自分ながら笑ってしまう。
それにしても静かだ。
やはり帰ってしまったのか。
置手紙もないようだ。
カーテンを開けると、
そこは眩しいほどの青空。
台風一過だ。
嵐は去ったのだ。
静寂を破る電話の音。
「もしもし?」
彼女から後朝(きぬぎぬ)の電話かと思った。
「落ち着いて聞けよ。
彼女が昨夜、交通事故で
亡くなってしまったんだ。」
僕達を逢わせてくれた友人からだった。
「嘘だ。だって昨夜は
ここに居たんだから。」
そう言いながら、
足元が崩れ落ちるような
恐怖感を覚えた。
受話器が手から離れ、
床に落ちる音が
遠くに響いている。
それでは昨夜ここに来たのは
誰なんだ?
確かに彼女だったはずなのに、
顔がよく思い出せない。
ろうそくの光に映し出された
あの白い顔は?
手に残るはずの感触さえ、
砂のように零れ落ちる。
「どうしても逢いたかったの」
と彼女は言った。
逢いに来てくれたのか。
嵐と共に。
嵐のように僕の心をかき乱し、
嵐が去ると同時に往ってしまった。
青空を残して。
空を見上げれば
太陽が目に沁みる。
涙が溢れてるのは
そのせいなんだ。
彼女が居なくなったからじゃない。
そう自分に言い聞かせていた。
後朝の歌
帰りては朝日まぶしく照らし出すシーツの白さに匂い立つ香