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時を経て僕はスペイン・セビージャという街に住んでいた2002年頃だ少しはフラメンコギターの事が判ってきた、あるいは「フラメンコ」が見えてきた・・・そんな異邦人の勝手な思い違いはこの地での生活を重ねれば重ねるほど自らの在り様に容赦なく刃を向け自分はまだ入り口にすら辿り着いていないという事を思い知らされながらも、日々訪れる学びに喜びを感じつつ、同時に翻弄されているかのような生活に身を置いていた。ある踊り教室の稽古伴奏に伺った時だ、「マノロのファンダンゴ弾けるかしら?」と踊り手の先生に質問された※ ファンダンゴはフラメンコの代表的曲種形式のひとつ 「あの・・・知りません」と答えたところ彼女は。やれやれと言った表情を浮かべながら親切にこう教えてくれた「マノロのタウロマヒアというアルバムを聴きいてみなさい、このアルバムは絶品で、フラメンコに携わっている人ならば皆、聞くべきアルバムよ。そして じっくりと味わいなさい・・」とまた、様々なレッスンやクルソ(ワークショップ)を受講していると、これはマノロの有名な練習曲、エクササイズだよと教わりながら、それは学びの大事な共有財産であるかのようにフラメンコギタリスト達に浸透し、僕も。それらに触れる機会に少しながらも出逢えるようになってきた。マノロの弟子といえば「ビセンテ・アミーゴ」とまずは頭に浮かんでいた認識は少しづつ書き換えられ「ラファエル・リケーニ」「ニーニョ・デ・プーラ」「ペドロ・シエラ」「チクエロ」他多数の活躍するギタリスト達は皆、彼らの門下であったことも知るようになった毎年7月に開催される、コルドバのギターフェスティバルについては、セビージャ在住のフラメンコギタリスト達の話もよく耳にした。ジャンル問わず素晴らしいギタリスト達のコンサートや講座が催され、またそれらを求めて世界中からギタリスト達が学び集い、街はギターの色彩に染まるそして、その中にはマノロが主任講師である10日間のフラメンコギターのクルソがあり、かつては 11歳のビセンテアミーゴが見出された場でもあるという「いつか 僕も受けられるのだろうか?」という気持ちは、「そこに行くべきだ!」という想いに徐々に変化していた続く
2022.11.01
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何と! ワールドカップ初戦日本がドイツに勝ちましたねいやはやお見事です!さて 前回の続きですクルソが始まると、朝食後は朝の個人練習、午前はクルソ、昼食休憩(シエスタ?)の後は宿で習ったことの復習、練習。夜は何かしらのコンサートといったなかなか濃密なスケジュールで進んでいくわけですが(この期間 様々な会場でジャンルを問わず素晴らしいギターコンサートが催され受講生は無料または格安で見ることができるのです!)まずはマエストロ・マノロの「オーディションクラス」についてまず「オーディション」というのが何かの選抜や審査を意味するのか?と疑問に思っていたのですがどちらかというと自己紹介的な意味合いが強くマノロの前で自分が聞いてほしい一曲を弾きそれに対してレクチャーを受けるという内容でした、とはいえ クラス時間は限られており全員が弾く時間はないので希望者のみということになります(90分のクラスで2名が弾きました)僕の出番はありませんでしたがそのレクチャーを聴講しながら何をどのように改善していくのか?技術的なアプローチ、コンパス・リズム的なアプローチ、和声進行、メロディの動き、フラメンコ的なニュアンス等々自分が弾かない時間でも様々な角度から、より客観的な視点で学ぶことになります今回のクルソの総合テーマである「フラメンコギターの自然と形」フラメンコに携わるうえで自由が許容される面があると共に、守るべき形式や様式美が存在することから、それらを「どのように踏まえていくのか」「なぜ そうそうあるべきなのか?」「その背景は何か?」という視点から具体的に語られるマエストロのレクチャーは間違いなく 今の自分の基礎原動力となるものでした(ただ 僕の語学力では相当な取りこぼしがあったはずです・・)ちなみに1番手に弾いたクラスメイト10代中頃のスペイン人の少年はラファエル・リケーニの「ソレア」を一曲弾きとおしたのですがフレーズとコンパスの関連性の説明を受けて細部を修正していくことでより「フラメンコ」な演奏へとどんどん変化していきましたその後「いいレッスンだったね!どんどん良くなってたよ!」と声をかけたところ彼は僕に苦笑いしながらこう答えました「緊張して 何も覚えてないよ・・」とそういうものかもしれませんね 笑
2022.11.24
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しかし 暑いですね!日本各地でどのぐらいの人間がこの言葉を発しているのでしょうか・・僕の、練習部屋にはエアコンがないのでハチマキを頭にまいてギターの練習をしています新人公演を2日後に控え、もう少し精神的にピリピリするのかな・・と思っていたのですがそんなこともなく心は静かです、もちろん 演奏には不安材料だらけです、技術的欠陥が解消されたわけではないですし頭に描いた音のデザインそのものもまだボヤけているところがありますまた自分のコンディションで演奏にムラがあるのも否定できません先日破損した中指の爪も未だ結局伸びていませんそして自分で構成したこの楽曲は、精神的にぎりぎりの部分までいかないと絶対に弾けないし他者に伝わらないということも判りましたそのうえで 「それでも僕は演奏したい」というポジティブな感情が残ったのは、今回の過程から得られた成果かもしれません今回の楽曲は、グラナダ在住時にヒターノの師匠から習ったファルセータを中心にし、自分のフレーズを織り込みながらアレンジ、構成していきました。特に習ったものについては、どこまでニュアンスを模倣するのかというひとつの命題にぶつかり、「彼はこう弾く」「でも 僕はこう弾きたい」「でも こっちがフラメンコ」「うーん 先生もいつもニュアンスが違うし・・」という自分の中で問答を繰り返しつつ音を探し今日に至っています、全編 自分のオリジナルという方法もあったのですが、今回は、自分の音楽的オリジナリティというものよりも自分がスペインで直接感じたフラメンコ、グラナダのヒターノたちのアイレを大切にするという方針を優先しました(僕の演奏でグラナダの品位を落とさないようにしなくてはいけませんね)曲目は「Taranta de mi Granada」ですでは!
2007.08.15
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ちょっと前の話になってしまうのですが、スペインはヘレスからはるばる日本まで来てくれたカンタオール(フラメンコの歌い手の胃)「ルイス・モネオ」のカンテを聞く機会に恵まれた、「何と素晴らしい!」とか「いやいや 何てフラメンコなんでしょう・・」とかいろいろな形容表現があるのかもしれないのだけど 僕は、ただただ「純粋にありのままある」そのカンテに心を奪われていた当日 彼の調子が最高だったのかそうでなかったのか、長いアウェィでの滞在で疲れていたのか そうでなかったのか僕には全く判らない、ただ そのまま、ありのままを紡ぐカンテと そしてそれらに最大限の敬意を持ちながらも各自のアルテ(芸)で呼応・反応し 全力でフラメンコを紡ぎだす踊りとギター、そんなフラメンコに接すると思わず時を忘れてしまう、そして あまりに気持ちが良くて全く疲れなど感じないのだ・・いつも それらに出逢えるわけではないかもしれないけれど、、行かなければ決して出会うことはない、本来 こちらがヘレスまで足を向けるべきところ、日本まで来てくれて ありがとうございました!
2015.12.20
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フラメンコギターの巨匠マエストロ・マノロ・サンルーカルの訃報が入りました享年78歳かつてコルドバのギターフェスティバルで彼から直接学んだ内容は今も大事なものとして僕の中に生きています感謝の念と共に心からご冥福を祈ります渕崎昭彦
2022.08.29
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さて前回の続きとなりますが、ここで このクルソがどんな構成カリキュラムだったのかを簡単に書いておきますね 1日5時間×8日間 計40時間だったのか10日間で50時間だったのかは残念ながら失念してしまいましたクラスは下記のように5段階のレベルに区分されそれぞれ担任の講師が付きます1 上級 2 中級の上3 中級の中4 中級の下5 入門、初級各クラス10名づつの定員50名と聞いていましたがこの年の上級は2名のみだったようで、マエストロ・マノロが担当します(どこかの部屋で極秘のレッスンでも行われていたのでしょうか?レッスンはシャットアウトされていたようです、ちなみにこの二人は既にプロ活動をしているようで門下生候補なのでしょう、完全なプロクラスですね)2の中級上はマノロフランコが担任見る限りでは、既に相当弾けていてプロへの予備軍というところでしょうか?10名のクラスでした僕は3の中級の中だったわけですが、ホセ・アントニオ・ロドリゲスが担任コンパスやテクニカ等の基本ポイントはそれぞれ踏まえていて次のステップへ向かう層のようです。10名のクラスです最後に4と5中級の下と初級の担任はパコ・セラーノ当時のコンセルバトーリオコルドバ王立音楽院の首席教授ですね、ここは20~30人位いた気がします一応担任制という事になっていますが、特にそれにより、何か特別な事があるわけでもなく 笑実際は高校の授業のようにカリキュラムによって、クラス単位でそれぞれの教室へ移動し学ぶ形を取っていきます例えばリズム系の曲種の理解、ファルセータ、歌伴奏については マノロ・フランコの部屋へリブレ(自由リズム)の曲種の理解、ファルセータ、歌伴奏についてはホセ・アントニオ・ロドリゲスの部屋テクニカ&オーディションクラスはマノロ・サンルーカルの部屋尚、最後の2日間は歌い手と踊り手も交えた伴奏の実践訓練となり、受講生全員が参加となります、踊り伴奏はパコ・セラーノが担当講師でした(ゲストの歌い手の名前は失念しましたが、踊りはパコ・セラーノの妹さんで当時コルドバのタブラオで踊っていたようです)書いていて思いますがなかなか濃密ですよね!続く
2022.11.20
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新宿の伊勢丹会館というビルに「エル・フラメンコ」という店がある、来年で50年を迎える老舗で 長きにわたりスペインから著名なアルティスタ(アーティスト)達が訪れ、(もちろん邦人も同様です)そしてそのアルテ(芸)を披露してくれた貴重な場であり。一種の聖地に近い存在と言っても差し支えないと思うだが残念なことに 今年の夏でその幕を閉じるとの話を聞いた、僕は 必ずしも店の常連というわけではなかったが、やはり そのフラメンコを堪能するために何度も足を運び、決して少なくない数、演奏させていただいた、そして いくつかの感動をも経験させてもらった。やはり そういう場所が無くなるというのは残念であるし、いろいろ思いを馳せてしまう初めて その場で弾かせていただいた後に、そこの生き字引的な支配人がコーヒーを片手にさりげなくこう語った「ここでは昔 マノロ・サンルーカルやペペ・アビチェラ・・などの偉大なギタリスト達が弾いてきたんだよ、その音は今も覚えているよ・・・・・」とそんなギタリストと比較されて説教でも始まったらどうしたものか・・などと内心ハラハラする自分を情けなく思いつつ、それは単なる思い出話でもなければ、自慢でもない 「今後もっと頑張りなさい・・そして謙虚になりなさい」というささやかなアドバイスであると当時の僕は勝手に受け取った。その頃から比べて自分がどうなったかは、まあ ともかく、残念さはもちろんであるが、その場とそれを紡いできたでろう先達の方々への感謝と、そこから何を汲み取り、そしてどう生かしていくのか・・そんな事を考えていくべきなのだろう
2016.04.05
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今日は、フラメンコギタリスト沖仁君のコンサートに行ってきましたCD発売記念を兼ねたコンサートツアーの東京公演最終日1部はフラメンコギターソロを中心とした楽曲2部はバンド形式という内容リズム隊はパーカッション二人とベース、そしてパルマ(手拍子)二人(パルマの二人はそれぞれ踊りと唄を兼務)メロディ隊はピアノそしてゲストにトランペットを向かえた編成あまりMCが上手ではない仁君でも とつとつとしゃべるその言葉は聴衆を和ませ、やがてひきつけてしまうたぶん 言葉に嫌らしい計算とかがなくあくまで自分自身の言葉として話しているからなのだろうまず最初に感じた事は音響のバランスの良さであったフラメンコギターを中心としたバンドアンサンブルのサウンドメイキングは難しいとされているがギターの音を損ねることなく上手く調和されていたこと音響スタッフの良さもあるのだろうけども演奏者の音の鳴らし方が突出しているからこそ出来る事もあるだろうそれぐらい 彼はきっちりとギターを鳴らしていた演奏者それぞれのパフォーマンスもさることながらタイトなリズム感をしばし要求されるシーンでも見事なアンサンブルを聞かせてくれたメンバーの資質の高さはもちろんだが演奏中の仁君を見ていると、他のメンバーをいかに信頼し敬意を払っているかは一目瞭然であるメンバー同士が音楽を通じて互いに触発し高まっていく瞬間というのはたまらなく気持ちが良い。音楽が歩み寄ってくる彼らは本当に音楽をしていた音楽をするのは演奏者だけではない僕も聴衆として共に音楽をした後の心地よい感触が残った!コンサート終了後、久しぶりに彼と短い言葉を交わしたそこには大きな仕事をやりおえた人間特有の素晴らしい表情があった
2007.12.12
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過去の記事を整理確認していたところ、2014年3月にアップした、このタイトル記事が2014年「その3」「つづく」という形になっていることに気が付いた・・・・パコが亡くなって何かしら回想を書き出したのは良いが、途中で迷いが生じたのか、はたまた 何かしら忙しい案件でもあったのか、記憶は定かではない。それから約7年が経過した。時を重ねた事でパコのフラメンコが自分の中で何かが薄れるどころか、より熟成され、時に増幅?されそして 自分の中に果てしなく深く重く、また「影響力」「敬意」というような呼び名では、到底、消化することが出来ないような重厚で偉大過ぎる「何か」に対してより自覚的になり、それらは色褪せるどころか、より深いところへと確かな刻みを残してくるそんな、今の時期に「その4」として続きを書くのも悪くないのかもしれないな・・とある種の出来事は新鮮なまま出力するよりも、熟成させることで気付きが訪れる、けれども、あまりに発酵させすぎるのも考えものですよね・・つづくちなみに人生で初めて買ったフラメンコのCDがパコの「シロッコ」というアルバムでした!これが、フラメンコギターの歴史上てどれぐらい革新的であったのか、なぜ そう言われてきたのか、また 様々な理屈を超えて伝わってくる圧倒的なエネルギーには未だに言葉を失ってしまいます・・・(当時 何も知らずに買ったのですが・・笑)お勧めです!【中古】 【輸入盤】Siroco /パコ・デ・ルシア 【中古】afb
2021.01.28
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何かを学ぼうと真剣に決意した時、いくつかの方法があるかとは思いますが、そのひとつとして 「師に師事する」というのがフラメンコギターでは一般的な手法かと思います実際、僕も、それを通じて必要な基本技術はもちろんのこと、多岐に渡るフラメンコの形式やリズム(コンパス)、学ぶためのアプローチや考え方みたいものをじっくり学んでいったわけですが、(本当にじっくりです・・・師にも強く言われましたが急ぐと良いことはないです! 本当に・・・笑)セビージャで師事していた先生とのクラスを通じて、ふと湧き上がってきたのが「師はどのような考え方、過程を辿って現在に辿り着いたのだろうか?僕は、何かしら大事な着眼点を見落としているのではないか?」という自分への問いでした。そんな話から また多くの気づきを得るわけですが、その中の要素のひとつとして最も強く指摘を受けたのは「君は カンテ(フラメンコの歌の意)を知らなすぎるし、聴いている量が圧倒的に足りない、古いカンテをもっと聞くべきだ!クラスを受けて ギターの練習をするだけでは フラメンコは出来ないぞ!」とそして 「あのパコだって,歌伴奏を存分にやったうえで現在があるんだぞ、それぐらいのCDレコードは日本でも売っているのだろうから、聞いてきているだろう?」とも何気ないレッスン中の会話でも、パコの話は常に現れる・・・そして 恥ずかしい話ですが、当時、確かに日本で何枚かは持っていたもののとても「聴いてきた」と言える質のものではなく、「何となく音を流して聞いた気分になっていた」というのが的確な表現かもしれませんね・・・レッスンの後、セビージャの電気屋さんを駆け巡り「小さなCDラジカセ」と、なぜか? スーパーで平積みになっているパコが歌伴奏していた中古CDを発見し購入!恐るべしスペインですね・・・★CD/カンテ・フラメンコの名花/パコ・デ・ルシア/POCF-2003
2021.02.04
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前回の記事をアップした後様々な記憶が呼び覚まされたのであろうか、セビージャで師事していた師匠が夢に出てきました!何故かは判らないけど彼は流暢な日本語を話し、かたや僕は、相変わらずなヘッポコなスペイン語を話していました・・。今までも何度か経験しましたが、夢の中でも自身の語学力というのは、決して向上しないものなのですね、(演奏はたまに抜群に良くなる時も逆もあるのですが・・・笑)夢と語学脳の相関性或いはメカニズムはどうなっているのか ちょっと面白そうですね!さておき、師のクラスが進むにつれてフラメンコには様々なスタイル、多様の個性があることを知り始めた。カンテ(歌)、踊り、そしてギター。その土地でけでもなければ長い年月をかけて育まれたもの、その一族に脈々と語り継がれてきたもの、そのうえで生まれ始めた、より個人的なもの・・・もちろん、これらはきっても切り離せな相互性があるものであり、いずれも、長い伝統と歴史に根差しつつ、時代の流れと共に、ゆっくりと発展してきているのだそして パコも突然変異的に、そのフラメンコを生み出したわけではなく、伝統に根差したスタイルから始まり、より進化(深化)していくことになるのだがパコのこんなインタビューが残っている「僕の真似ばかりしてはいけない、そんな時間があるのなら、ラモン・モントージャやニーニョ・リカルドを勉強しなさいなぜなら 僕もそうやって勉強してきたのだから・・」と近道や効率性ばかりをついつい求めてしまう世の流れの中で様々考えさせられますね!つづく【中古】フラメンコギターの至芸/ニーニョ・リカルド
2021.02.09
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先日 生徒さんのギター試奏の付き添いでギターショップ「アウラ」を訪問してきました自分の伴侶あるいは相棒となるギター探し音の好みや、弾きやすさ・・・それぞれのフラメンコへの指向性が交わり何を選択するのかは、まさにその人自身なのですが様々 自分で弾くだけではなく、客観的に聞いたりすることを交互に繰り返すことでで見えてくるものもありますよね本当はここで、それぞれの楽器たちにコメントを書いて比較するのも面白いのですが余計な先入観は目(耳)を曇らせる恐れがあるので遠慮しておきますが少しだけ・・圧倒的にクオリティが高く音量もバランスも申し分ないギター少しバランスは落ちるけど現代性の中に香ってくる「アンダルシア」の匂いと親和性を感じるギターなかなか悩ましい選択ですよね・・・新しい音達との出会いは僕自身本当に勉強になります(毎回 僕が欲しくなってしまうので困ったものなのですが・・)大変丁寧に対応説明頂いた「アウラ」のスタッフの皆様ありがとうございました!
2022.03.29
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ここで コルドバという街について少しだけ書いておきますねスペインはアンダルシア地方にある古都コルドバは、他のアンダルシアの都市と同じくイスラムの統治下であった長い歴史があり、観光の名所でもある「メスキータ」というイスラム建築様式の寺院が今も残っています但し、歴史の途中で奪回したカトリック達が手を加えてしまったこともあり、イスラムとカトリックが混在する形になっています。それをどの様に捉えるかは各々の歴史観に任されることになるかと思いますが、機会があったら一度ぜひ見て欲しいなと思いますまた、かつてセファルディと呼ばれていた旧ユダヤ人街も残っており、この地の複雑な歴史を垣間見ることが出来るかもしれません「道路で目玉焼きが焼ける!」と言われる位、夏が暑い事で有名なこの地ですが、大学等も多く、セビージャが芸術の都であるならばさしずめコルドバは「学問の都」と言われたりもしています、街を散策すると、どことなく適度に落ち着いた空気感が残るのも、そのせいなのでしょうか?「アラビアのロレンス」という映画でベトウィンの族長(首長?)が接見を許されたロレンス氏に対して、こんな言葉を述べていたシーンがありましたね「ロンドンで松明を灯していた頃コルドバでは既にガス灯が灯っていたのだ!」と(多少表現に誤差があるかもしれませんが・・それは許してください!)
2022.11.03
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今の様にスマホもなく、また異国の地でパソコンも所有していなかった僕は、異邦人ご用達のネットカフェへと辞書を片手に向かったコルドバ・ギターフェスティバルのサイトにアクセスしてみると、どうやら申し込む為にはいくつか所定の作業を行う事が必須のようだ・・(電話で申し込みをして、現地で料金を支払えば完了!というような、さすがにローカル習慣とは異なるらしい・・)まずはネットで申し込みして、指定銀行に然るべき金額を振込し、別途 郵送でなぜか?写真を2枚送付(これは 現地で発行される証明書に使われました 納得!)そして、指定された形式で自分が演奏した2曲をカセットテープまたはCDで送付と書かれているではありませんか!!オーディションという名目ではなくあくまでクラスのレベル編成に使われるとのことで、本当にマノロがそれを聞いてくれるか否かはさておき、(仮にマノロが聞くならば、最初の30秒で実力は判断できるかとも思いますが・・)いかなる理由があろうと、こちらも真摯に取り組むのが当然というものです、せっせと練習するのは当たり前ですが、このアウェイの地では CDを録音する機材もなければ、カセットテープを録音する装置もないではありませんか!当時、誰かに借りるという発想は皆無だった僕は当時、MDが全盛期の時代であったので「マノロだってMDは聞けるだろう!」と判断して録音後郵送したのですがこれが、後日ちょっとしたハプニングへのきっかけになるとは、もちろん気付いていませんでした・・続く
2022.11.09
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バックパックに最低限の着替えと歯ブラシ、そしてタオルとシャンプー等を詰めこんでギターを片手にいよいよコルドバへ向かう事にあっ途中 宿で洗濯することも想定して詰め替え洗剤も持参しますさすがに10日分の着替えを持っていくのは厳しいですよねセビージャからコルドバまでは高速バスで約2時間30分位だったでしょうか?到着したら、ますは宿探しから!今、振り返ると「「何の手配もせずに行くなんてとてもリスクが高いなぁ・・」と考える位には僕も年齢を重ねたわけですが、当時は、旅人時代の習性が色濃く残っていたこともあり、恐らくは「何とかなる」と思っていたのでしょうクルソ会場から、ほぼほぼ近い場所に、オスタルと呼ばれる安宿を見つけ無事10日間確保確か1日12ユーロの部屋だったような気がします部屋は簡易ベッドと小さな机と椅子のみでシンプルと言いますか、無駄がないといいますか、徹底的に狭い部屋です、バス、トイレはもちろん共同。でもパティオと呼ばれる中庭があったことで、ここで各国から学びに来るギタリスト達とワイワイ集う貴重な経験をすることにもなりました。夜、少し涼しくなってきたコルドバのある広場で持参したおにぎりを食べていると時を知らせる教会の鐘の代わりに「ホアン・セラーノ」というコルドバのギタリストの「ソレア」のフレーズが街に響き始めました!ここが「コルドバ」フラメンコやギターがアンダルシアのそれぞれの町とどのように根付いているのか、明日から始めるクルソへの期待と不安を感じつつそのあくまで静寂な夜の空気と肌触りは今でも僕の細胞のどこかに確かに刻まれているようです続く
2022.11.15
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さてさて前回のブログでも少し触れましたが今回のクルソのテーマである「フラメンコギターの自然と形」全てのカリキュラムはこのテーマが常に意識しながら進められていきます。この「自然」という言葉は追求すればするほど本当に悩ましい事になってしまうのですが 笑ここで言う「自然」はあくまで民族音楽としてのフラメンコの成立要因といいますか、「フラメンコをフラメンコたらしめる」うえで意識しておくべき、スペインの音楽的な歴史背景等、そして具体的な和声やリズム等に焦点が当てられますただ僕のような異邦人にとってやっかいなのは、言語能力の問題のみならず、彼らの自然と、僕の自然は異なるということであり、そこの無意識をどこまで自覚し、意識化していくかということでしょうマノロから語られる「アンダルシア音階」「カンデンシア・デ・アンダルシア」(アンダルシアの和声進行)フラメンコが発生する前から、土着のものとして存在していたアンダルシアの音楽の代表でもあるファンダンゴを中心にそれらが、どのように他の曲種に影響を与えて現在に至るのかを知ることで見えてくるフラメンコの形式達よくある例えではありますが、「自由」や「自然」をはき違えて「型」を学ばないまま自分勝手な事をしてしまうとそれはただの「型無し」になってしまいますよね?「型破り」はある一定の型を学びつくし、その後、一旦壊して再構築するそんな作業の繰り返しの後に昇華されて生み出されるものもちろん僕自身は「型破り」とかそんなことを考えている気持ちも、余裕も全くなくて 笑ひたすら「スポンジのように吸収する!」という感じで精一杯でしたが、今でも大事な「型」として生き続けており教えて頂けたのは本当に感謝です!
2022.12.01
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「ここにいる君たちは一通りの技術訓練はすでにやってきているはずだ、このクラスでは機械的な反復練習は行わない、そのエクササイズをどう考えどう取り組んでいくべきなのかこれから一緒に学んでいきましょう」そんな冒頭の挨拶からマノロのテクニカクラスは開始されました。クラシック音楽の様に共通のメソッドが存在しないフラメンコでは、各々が独自の練習方法を持っており、そういう意味でどのようなエクササイズを(スペイン語でエヘルシシオ)どういう考え方で日常練習してるのかを知ることは学ぶうえで、ひとつの重要な要素になりますマノロが30年以上毎日欠かさず行っているというエクササイズをまずは学び(楽譜はありませんので、その場で耳で覚えることになります)説明を受けながら進めていくとそれらはただの指の反復運動ではなくギターのポジショニングと指運の関係性、そして単旋律の背景に描かれているマノロ独特の和声進行(コード)を意識することの重要性に気が付くことになります。そして、それは単なる肉体運動という意味でのエクササイズではなく、より音楽的で濃密な練習曲として脳内にインプットされていきますマエストロは繰り返しこう続けます「今、学ぶべきは速さではありません、速度を求める必要はありません、それらはゆっくり認識した後の結果です。自らのギターの音の響きに耳を傾けながら自分が何をしているのかを常に意識しなさい」とここで学んだ「エヘルシシオ」とその考え方は、今でも自分自身の練習はもちろん、ギタークラスにフィードバックされています最後にマノロが「何か質問はあるかね?」と尋ねたところ生徒の一人がこう問いました(イタリアの筋肉ムキムキの若者でした)「マエストロ! 私はパコ・デ・ルシアの様に速いピカード奏法(フラメンコの特殊奏法)が出来るようになりたいのですがどうすればいいですか?」と 苦笑※ パコはマノロとほぼ同世代の世界的、革命的フラメンコギタリストですはい!恐るべし質問に、ツッコミどころが満載で、もちろんクラス全体が絶句フリーズしました!その後マエストロがどんな対応を取ったかはご想像にお任せいたします 笑
2022.12.06
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更新が滞り失礼しました!季節も移り少々寒くなってきましたね、さて フラメンコのリズム(コンパス)を深めていくときに、「パルマ」(手拍子)とどう付き合っていくのか?というのは重要な要素かと思いますが、自分がギターを弾いている時にどのようにパルマに合わせていくのか?逆にパルマを叩いてみてどうギターに寄り添うのか?立ち位置を変え別の角度、視点で眺めることで弾く事も叩く事も共に同じ感覚(同期性)であることに気づくきっかけになるかもしれません!スペインでは道端で子供たちがパルマ遊びをしている光景をよく目にしました、レッスンではついついストイックになりがちですが(笑)そんな遊び心を持ちながらコツコツ進めていきたいですね!
2025.10.20
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先日の木曜日、フラメンコギタリスト沖 仁君のソロコンサートに行った仁君に初めて会ったのは セビージャに住んでいた頃でフアナ・アマジャの舞踊クラスだったと記憶している、クラス伴奏で一緒に弾かせてもらったときの隣から響く彼の音色とか、リズムとかとても印象的で今も覚えてる。ギターテクニックについてアドバイスしてもらった事も感謝しているが、カフェや食事の中での自然体の彼から発する言葉それがフラメンコへの敬意だったり、演奏の基本的姿勢だったり、世界を見据えた思考だったり いろいろなのだけど、その言葉には温度とそして経験に裏打ちされた確かなものが宿っていた。たくさんの ヒントや知恵をさりげなく共有してくれた事 今も感謝しているさて 会場は初台にある「オペラシティ」(武満徹さんのメモリアルホールなのですね)内の近江楽堂 室中はドーム上のつくりになっていてギターのような室内楽器でもノーマイクで聴ける構造になっているいやあ!!しかし この会場に響く仁君の音は本当に美しかった!!4本のギターを曲によってチョイスしながら若干の説明をつけコンサートはすすんでいくのだが、そのクオリティの高い演奏と、澄んだ音色はもちろんだが、彼の深い部分から紡ぎだされる音楽に僕はすっかり魅了されてしまったちなみに 仁君のCDが11月22日に発売になるとのこと東芝EMIから いよいよメジャーデビューです楽しみだなあ・・・
2006.09.10
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今日は、スペインの歌い手アルカンヘルのコンサートに行ってきました本当に久しぶりのスペイン人のカンテコンサートアーテイストも聴衆も少し緊張気味でどうなるかと思っていたのですが、ステージが進むにつれてだんだんとリラックスし一安心在住時には当たり前の様に見聞きしていたフラメンコのカンテ(唄)もギターも日本ではたまにしか聞く事ができません「ああ こういう感じだったな・・」と様々な事を思い出しましたアルカンヘルはセビージャ、グラナダで二回ほどコンサートに行った事がありますよく通る声とニュアンス、そして呼吸の長さが印象的でしたやはり、彼の地元であるウェルバ地方のファンダンゴが良いですね!伴奏のギタリストは、グラナダ出身(セビージャ在住)のミゲルアンヘル・コルテス以前聞いたときにはわりといい意味で伴奏者に徹していたのですが、今回は違ったアプローチで伴奏していたのが印象に残りました。実は彼とはセビージャのある場所(ディスコみたいもの)で出会って、少しだけ話した事があります電話番号を教えてもらい、その後僕は習いに行く事はなかったのですがグラナダ在住時に彼の兄である「パココルテス」に一時期習いました。風貌や佇まいもそうですがギタースタイルもやはりそっくりです(弟の方が前衛的ですが)ただ正直なところやはりスペインの空気の中で彼らの唄とギターを聞きたいですね!
2007.12.04
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クルソが終盤になってくると、やはり少なからずの疲労を感じるようになりますクルソと練習、様々なコンサート、同じ受講生同士でのギター談義とフィェスタ僕にとっての優先順位は迷いなく「学ぶ」ことであったが、世界中から集まるギタリスト達との交流は、やはりここでしか叶わない大きな経験であり「学び」でもあるこのバランスをどう保っていくのかは各々の立ち位置で決まってくるのでしょういつの間にカ受講生も減っているようですマエストロはこう語る「僕はフラメンコギターで長編物語を描きたかった・・」これは名作「タウロマヒア」のアルバムを指しているつまり、フラメンコギターの曲の構造は一般的な音楽とは異なりストーリー性よりも「短編小説」的な要素が強く「マルカール」「レマーテ」「ファルセータ」の三要素の原則を保ちながら(少々専門的ですね・・)進行していくため、前後関係に必ずしも必然性があるわけではないそれらにテーマ性を与え「アルバム」という形で作品にしたのが今でも名作と呼ばれる「タウロマヒア」ですまた、マノロのエクササイズを習っていると今までに経験したことがない独特の和声の動きが出てくるのですが、それらをより深く覗いていくとそれらは「タウロマヒア」等でも使用されている彼独自の「文脈」の基礎に共通していることに気づくことになります。常に自分の「イディオム」を求めそして探してきた「自分だけの語法」その「思考体系」を語るマノロは「音楽家」であると共に「哲学者」の佇まいに映るかのようでしたただ、かなり話が複雑で、何度か僕も文脈を見失ってしまい隣のスペイン人の若者に「今 話どこにいるの?」と質問したところ「いや それがさっぱり判らない!」とウィンクしながら答えてきたのでどうやら僕の語学力だけの問題ではないようですね・・ 笑
2022.12.07
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先日、フラメンコギターの巨匠マノロ・サンルーカルが亡くなったパコ・デ・ルシアとは違う手法、道筋を辿りながらマノロがフラメンコギター界に残した足跡の大きさや、その敬意の払われ方を知ることになったのは、やはりスペインでの生活経験によるものが大きい、それらは決して「アルバムの作成部数」や「世界でのコンサート回数」等数字として、あるいはデータとして容易に提示されるものとは異なる価値観であり、表層的に眺めていてはうっかり通り過ぎてしまう、また、当地で信頼できる人々からのレクチャーや案内を要するものも多分に含まれていたまた、一年に一度だけ行われる「コルドバ・ギターフェスティバル」のクルソでマエストロの直接指導を受ける機会に巡り合えたことはあらゆる意味で、今の僕を大きく支えることにもなったいつか「コルドバ」で過ごしたこの記憶を記しておきたいと思いつつ「機が熟したら・・」という言葉を理由にそのまま今日まで引き延ばしてしまったもはや、「機を逸してしまったのではないか?」仮にそう問われたなら、その通りなのかもしれない・・でも、その時のマノロのギターの音がまだ頭の中に鳴っているうちに、コルドバのメスキータの木陰で練習していた僕に毎朝「おはよう」と声をかけてくれたその温かさが、また思い出せるうちに少しづつ記していこうかと思っていますいつも通り ノンビリ書いていくことになると思いますがそれはご容赦ください!
2022.10.12
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フラメンコギターを始めたばかりの頃だまだ、何をどのように聞いてよいのか判らなかった僕は、当時習っていた先生に「聴いておいた方が良いアルバム」を尋ねてみた「そうだね、パコ・デルシアとマノロ・サンルーカル、そしてセラニートはどうかな?彼らは現代フラメンコギターの三羽烏(いささか古典的な表現ですが 笑)と以前は呼ばれていたんだ」その名前だけを頼りに店で購入したマノロのアルバムは、偶然にもデビュー作であったようだ。古典も現代も何も判らない状態で初めて耳したマノロの響きは、スペインの空気のように乾きながら重厚で、思わず聞き入った記憶がある時が過ぎて、当時、急速に名前が上がりだしたビセンテ・アミーゴというギタリストはマノロの弟子であることを知るようになった。当時の僕からすると、そんな雲の上のような話に強い関心を抱いたわけでもなく「ふーん そうなんだ・・」という感じだったと記憶しているやがて、スペインで修行中のギタリストの友人からスペインのコルドバという土地で「マノロのクルソを受講してきた」と聞いた、彼が語ってくれた、その灼熱のコルドバでの体験談は講座の内容にとどまらず、マノロの音や人柄はもちろん、マエストロと正面から向き合うことの在り方、そして世界中から学びを求めて集まるギタリストの交流から生まれる「その地でしか起こらない何か」等多岐に渡るその話は、僕を魅了するには十分なもので、今、思えばこの時だったのかもしれません「自分が求めている学びとは何か?」そして「僕もそこに参加することは可能なのか?」と具体的に思うようになったのは続く
2022.10.28
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クルソも中盤になってくると一日の流れにもリズムみたいものが生まれてきます朝食に立ち寄るバルの店主女将とも顔見知りになり「頑張ってね あなたのコンサートはいつなの?」という様な、スペイン的な軽い会話が交わされるようになりそして、そのままメスキータ(コルドバの寺院)の庭の木陰でギターの朝練をしているとそこをマエストロ・マノロが通りかかり「おはよう!」と声をかけていただくことも少しだけですが、懐かしい学生の頃の新鮮な気持ちを思い出しつつマノロの「テクニカ(技術)」クラスを受講するために早めに会場入りすると、まだ誰も来ていない教室で、窓から差し込む朝日を背にマエストロ・マノロが一人で朝の練習をしているではありませんか!!恐らくはギタリストとして何十年、毎朝欠かすことなく続けてきたであろうその所作と佇まいは優雅ですらあり、そして、一音一音をゆっくりと慈しむように空間に響き渡るその音を目の当たりにしてその場で呆然としてしまったわけですが早く来すぎてしまった事を詫びるのも逆に迷惑になってしまうかと思い静かに退室しようとするとこう声をかけて頂いた「君は、毎朝 メスキータの前で練習している者だね?もう少しで終わるから そこで座って待っていなさい」と時間にすると5分もなかったかもしれないただ、それは決してレッスンでは見ることができない貴重な瞬間であり、その寛大さに感謝せずにはいられないそう「大事な瞬間は不意に訪れる」のだ早起きは三文の得?という言葉はあまりスペインでは通用しないかな?なんて思っていたりもしてたのですが、ここは日本の習慣に育まれたことも感謝ですね 笑
2022.12.05
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先週 土曜日 フラメンコ協会主催「新人公演」を見てきました3日間の公演なのだけど 仕事の関係で僕は2日目(カンテ部門がある日)だけ(しかも やはり仕事の関係で途中退場!)見たのですがこの独特のエネルギーというか、人の想念とかが絡み合って会場は何とも 不思議な空気感が漂っていたちょっとリラックスして見たかったので 僕は2階席の片隅へ・・・友人、知人が結構参加していたのでもちろん応援しつつ、かつ楽しみながらも先輩ギタリストの伴奏を自分と比較しながら「そうか ここはそう行くのかあ!!!」なんて事をやっていたいつも思うが舞台は華やかで そして時に残酷だ様々な方々の歌や踊りを観賞した中でその人が自身の奥底で大切にしているもの・・・・・それは フラメンコへの純粋な敬意(アフィシオン)だったりアルテへの執念だったり、唄いたくて、踊りたくてたまらない欲求だったり真実の瞬間を求めてやまない本能だったり、愛している自分(エゴという意味ではなくて)だとか いろいろなのだけどそういったものが あからさまに見えてくる、しいては その人間のの品性までもが・・・・・・・・帰路 僕は自問自答した無意識に心を隠してしまうぼろ布を自らで剥げるのか・・・・?と
2006.08.29
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様々な価値観は時代によって変化するもちろん 中には変わらぬものまた「変わらぬべき」普遍的な質の物事というのは確実にある、それらの根底にあるものを大事にしつつ、避けて通ることができない時代の潮流みたいものとどう向き合っていくのか・・自然に受け入れられるものもあれば、時に、自分自身で変革の努力を要する場面もあるかもしれませんし、内容によっては、受け入れないという選択肢もあるかもしれませんねセビージャに滞在していた時代フラメンコギターや踊りのスタイルを評するときに「モデルノ」(現代的)「アンティグア」(古典的?)という言葉をよく耳にした。例えば、多国籍ギター修行者仲間同士で話していても「このファルセータ(ギターのメロディ)はモデルノでカッコいい!」「このコードの使い方は モデルノ過ぎて あまりフラメンコらしくない・・」「そのリズムの弾き方は アンティグアだけど 何だか落ち着くよね・・」の具合のものもあれば「僕は モデルノは軟弱だから弾かない!」「僕は アンティグアは古臭いから弾かない!」という話も少なからず耳にした(時に激論になって・・苦笑)僕はといえば、当時 そこまで語るべきの経験値を持ち合わせていなかった・・と言ってしまえばそれまでなのですが、時代の新旧という視座を主題に語られていく表面的な価値観にある種の違和感を感じていた、大事なのは 「プーロ(フラメンコ的な純粋性)」であるのではないか?※ これについては 話が大変なので いつか機会があったら書いてみますね!そして、かつては、斬新で「モデルノ」だったものが、時を経て 現在は「アンティグア」と呼ばれたり、あるいは 完全に定着して「トラディショナル」と呼ばれているものも多数あるのではないか?とこういう視点で もう一度 パコのアルバムを時代別に順番に聞いてみるとたくさんの発見があるかもしれませんね下に紹介するのは、パコのソロデビューアルバムです。ほぼ完璧と呼んで差支えない圧倒的な技術とスピード、音の粒立ちと抜群のリズム、また 当時のパコのファルセータの考え方はもはや ひとつのフォーマットですね・・・まだリカルドの影響が色濃く残っていますが、フラメンコギターのある意味での新しい幕開け、また、ある種の強烈な影響を与えることになる (あるいは予感させる)一枚ではないでしょうか?当時リアルタイムで聞いていた方は、どんな感想だったのでしょうか?(1967年)タイトルは 「天才」(邦題)です。冷静に考えると 凄いタイトルですね 笑PACO DE LUCIA / La Fabulosa Guitarra de Paco de lucia パコ・デ・ルシア / ラ・ファブロッサ・ギターラ・デ・パコ・デ・ルシア『1点のみメール便可』【フラメンコCD】
2021.02.11
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スペインの生活で欠かせないものと言えば毎朝のカフェ・コン・レチェ!近くに良さげなバルを見つけまずはカフェとトスターダ(トースト)で落ち着いた朝食を取り,予定より早めの時間に会場へ(この辺は実に日本人的な習性なのかもしれませんが、正直なところ、この国ではいつも物事がスムーズに行かないといいますか、多くの場合において僕の意志とは関係ないところでトラブルに巻きもまれてるため、それを想定していての行動だったのでしょう)受け付けは珍しくスムーズに進み、まずはマエストロ。マノロを始めとする講師陣の紹介から講師陣にはマノロ以外に「マノロ・フランコ」「ホセ・アントニオ・ロドリゲス」「パコ・セラーノ」と言った大活躍中のギタリスの3名このクルソの主旨、10日間のカリキュラム等の説明等の後に先日送った音源審査に基づいたそれぞれのクラスの発表ということで一人づつ名前を呼ばれその担当クラスのレッスン会場に移動するわけですがはい僕の名前は見事に呼ばれませんでした!笑心の声「どうして いつもいつもこうなのだろうか?」という感じですね 笑一人ポツンとしているとマエストロ・マノロが僕の方に寄ってきてこう言いました「このMDは君のだね?残念ながら我が家ではMDを聴く事が出来なかったついては、今 君のレベルを判断するからここで弾いてくれたまえ」と「なぜこの国は 僕にとんでもない試練をいつも与えるのであろうか?!!」そんな事を思いながらも、緊張する間もなくすかさずケースからギターを取り出しチューニング後 マエストロの前で演奏させてただきました!そして最初の30秒で「クラス・メディオ」の一言を頂きました5段階クラスの丁度 「真ん中」ですそして、このレベル判定は後日 見事に的を得たものであることを実感することになります!さてさて続く
2022.11.16
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「パコ・デ・ルシアはいかなる事があれフラメンコギタリストだ、そして一方マエストロ・マノロはムシコ(音楽家)だ、両者は比較できない質のものだ・・」これは、当時王立音楽院(コンセルバトーリオ)のフラメンコギター科首席教授のパコ・セラーノの言葉だこの意見に関しては様々な角度から議論できる極めて興味深いテーマであるようにも思える、そこには後進達が今後どのように学び進んでいくべきか?ひとつの指針や姿勢が映し出され、示唆ているように思える言葉です「フラメンコギターの原点は伴奏である共に歌い、踊ることでフラメンコギターが発展してきたことは絶対に忘れてはならない重要な要素だ」そんなパコ・セラーノの話から歌い手。踊り手を交えた受講生一同を介した最後の実践的な伴奏レッスンが開始されたマエストロ・マノロはオブザーバー的な立場で参加していることから講師陣も受講生も全体が緊張しているのがビリビリ感じられる、実際、スタートしてみるとギタリストの伴奏ミスにがあれば歌い手は歌う事を辞めてしまい、またギタリストのイントロや歌い手へのつなぎが上手く行っていなかったり不自然な事が起これば、マノロは躊躇なくストップをかけるレッスンは容赦なく進む最終日の踊り伴奏で光栄にも僕が代表者として弾かせてもらう事になった。セカンドギターにパコ・セラーノが入り何とマノロはパルマで参加!?踊り手と歌い手に簡単な構成の打ち合わせを求めると「君が好きなように弾けば良い」という恐るべし一言のみ、つまり完全初見ということだ※ 通常。日本のステージでは踊り手から簡単な構成の指示がありそれを基本としたうえで開始されるのですが、スペインでは決してそうとは限らないのです!曲種形式は「アレグリアス」と呼ばれる12拍のEメジャー(ホ長調)のもの恐怖や緊張を感じる間もなく弾き始めることになった演奏途中の事はほとんど記憶に残っていない(おまけに音源も残っていない)ただその熱と興奮の断片が、かすかには細胞に残っているだけだ無我夢中で弾き終えるとマエストロが初めて見せる笑顔で僕にこう声をかけてくれた「君の名前は?」と最終日にやっと名前を聞かれるところまで辿り着いたのだそして「もう一度 コルドバに戻って来なさい」と言って観客の拍手とエールに応えるよう優しく促されたこの瞬間のマエストロの暖かい眼差しは今もはっきり脳裏に焼き付いているその約束を果たすことが出来ないまま今日に至ってしまいました「いつかフラメンコギターの教育を集大成するメソッドをつくりたい」とも発言し自身の演奏や作曲活動、舞台音楽提供のみならず後進の育成についても精力を注いでいた「マエストロ・マノロ・サンルーカル」あなたから学んだことは今も僕の大事なものとして生き続けています心からの冥福をお祈りして渕崎昭彦
2022.12.09
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前回はサイレントギターについて少々書きましたが、自宅での ギターの消音(吸音?)方法として最もポピュラーなのが、弦のところに「スポンジ」を挟むというものかもしれないですね、舞台等の楽屋で練習している時にも使用したりしています弾いてみると「ポコポコ」とした音になるのですが、ミュート(消音)効果としては 「実際どうなのか?」と言われてしまうと、「確かに音量は下がるし、ある周波数帯は遮断してくれますが、ポコポコ音は結構響きます。」という感じです以前、スペインのセビージャに住んでいた時に隣の家の奥様からこんな「苦情」というか改善提案?が来ました「朝10時までは スポンジをして弾きなさい昼2時30分から5時までは シエスタだから スポンジをして弾きなさい夜は22時を過ぎたら スポンジをして弾きなさい」郷に入れば郷に従え、特に異国で隣近所さんともめても良いことは全くないので、僕は律義に守っていたわけですが、今考えると「隣には結構聞こえていたのでは・・?」と思います例えば、次の日に 「昨日、練習で弾いていたあの演奏悪くないわよ・・」等と言われたこともありましたし、(もちろんその逆も・・!!)恐ろしいですよね 笑それにしても生活圏内でのギターの音に対して、寛容だったのか厳しかったのか未だに よく判らないです!はい
2021.06.02
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日本の伝承芸能というと皆さんはどのようなものを想起するのでしょうか?もう少し、枠をせばめてその中で「語り芸」というと何を想像しますか?先日、友人である浪曲師の「年季明け」公演が浅草「木馬亭」で行われた。僕の記憶が確かならば、5代目天中軒雲月師のもとに弟子入りしたのは5年近く前?(今更ながら、コーヒーカップを片手に「俺は浪曲を通して語りそして唸る」と語っていた彼の表情をありありと思い出すことが出来る・・そして、その後、正式に弟子入りしたと聞いた時は少なからず驚くことになった)師を中心に「その一門」が舞台に上がった時のある緊張を伴う「格式美」そして失われてはならない「礼節」表面的な形式ではない「心の在り様」伝承芸能には踏襲すべき「様式美」「手法」が必ず存在する、(フラメンコにもそういう面はありますよね?)そしてそれらを学ぶと決めたならば好むと好まざるに関わらず「古典」を学ぶ必要が出てくる、そのうえで自らの欲する表現へと昇華すべく学びと共に「構築」と「解体」を生涯繰り返すことになる。「年季明け」とはそういった断固たる決意と責任の元に歩み始める「儀」なのであろうかかつてより「語り」は、その「物語」を通じて人と人を繋いできた。彼には「語るべき物語」があり、そして、心の奥底からそれらの共有を希求する強い気持ちがある今後、彼自身が持って生まれた「生来の声」を通じてどのような(或いはどのように)物語が語られていくのか、静かに見続けたい
2021.12.02
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