FUJIKOの気ままなひとりごと

FUJIKOの気ままなひとりごと

2017.08.17
XML
テーマ: お墓参り(283)
カテゴリ: 雑談
夫の実家に帰省中の8/13の夕方、
家の近くの墓地にご先祖さまをお迎えに行きました。

お墓の前で提灯に火を付けて、家まで徒歩で5分ほど。
笹の葉やほおずきで飾った盆棚へ誘います。

このような風習を、結婚して初めて知りました。
私の実家もそこそこ田舎ですが、
父母は大勢いる兄弟の末っ子同士で
家やしきたりを引き継ぐような重責から全く無縁。
なので、ご先祖様をお墓にお迎えに行くこと、

結婚後、初めて夫の実家でお盆を過ごした時でした。

今年で、夫の実家でお盆を過ごすのは7回目になりますが、
最近、実家のお墓を前にして
「このお墓どうなるんだろう」 と
よく思います。

夫は次男だし、わたしたち夫婦には子供がいないので
このお墓を引き継ぐことを考えられません。
夫の兄(長男)には、息子2人がいますが、
都会育ちなので、こんなド田舎の家やお墓のことは
きっと重荷以外のなにものでもないだろうなあ。

こういう問題はどこにでもころがってるんだろうけど・・・


『家の未来問題』が残された者たちに突き付けられてる感じがします。
特に義母に。

家のこと、田畑のこと、山のこと・・・

多くを持っていると、ほんとに厄介ですね。

死ぬときには身軽になって逝きたいものだ、とつくづく思います。


それに備えておくためのいろんな話を夫としたいと
思っている私なのですが、
夫婦間でこの手の話を始めると
どこかタブーな雰囲気になります。

夫は、「もしも死んだら」「もしも死ぬことになったら」という
話を、リアルにするのを何となく嫌がります。
私自身、実際そんな「死ぬ」覚悟があるわけではないのですが、
いろいろと話しておきたいと思うのです。

例えば、
「延命措置はしないでほしい」とか
「ガンの告知はしてほしい」とか
「お墓は要らない」とか。

夫は、
「今いろいろ考えても、
実際に死ぬことを目の前にしたら気持ちが変わるよ」
と言います。

そうかもしれない。

それでも、やっぱり話しておきたいんです。
死を目の前にしたら、きっと話せなくなるだろうから。

少しずつタイミングを見て話せたらいいな。

最近
『エンディングノート』って言葉を耳にしますね。
私自身だけのことであれば
そういうのを準備しておくのもいいかもしれない。


こんな時、ふと浮かぶ言葉があります。

「メメント・モリ」


「死を意識しろ」という意味。
何年か前に耳にしてから、妙に気になって頭の隅に残っている言葉。

なんだか不吉な響きに聞こえていたのですが、
捉えようによっては逆だな、
と最近思います。

一日一日を大切にしよう、
と思わせてくれる。

「メメント・モリ」

明日も仕事だ、頑張ろう。




ランキング参加してます。
よろしければぽちっとお願いします。
↓ ↓ ↓


にほんブログ村












お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.08.17 21:28:33
コメント(0) | コメントを書く
[雑談] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: