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『がんばれ! ベアーズ<ニュー・シーズン>』を観ました。『悪魔のいけにえ』リメイクも『ゾンビ』リメイクも、別に悪くはないんだけど、いまいちピンとこないなぁ…と思ってた僕ですが、このリメイクには思わずにっこり。リメイクというか、まんまな気がしないでもないけど、別にいいじゃないか!オヤジ臭が画面から匂ってきそうなウォルター・マッソーも、可憐で小生意気なテイタム・オニールもいないけど、別にいいじゃないか! 子供なのに煙草ふかしてバイク乗りまわす不良少年が、やけに大人びてて笑いの要素がなくなってるけど、別にいいじゃないか! 『スクール・オブ・ロック』のリチャード・リンクレイター監督の最新作が、またまた子供映画っていうのだって、別にいいじゃないか! 最近こんなに観る者を幸せにする映画ってのもないと思いますよ。家に帰ってからビデオでオリジナル版まで観ちゃったし…。まあ最高ですよ。最高。
Sep 28, 2005
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仕事がお昼くらいに終ったので、映画を観ようと思って、ファッキン六本木ヒルズに行く。ムカムカするほど訳分からん構造。どこが入口なのかも分からないぞ! 腐れ森ビルめ! なんでわざわざ六本木ヒルズなんぞに映画を観に来たのかというと、『銀河ヒッチハイク・ガイド』やってるのって東京だと、ここか南大沢だけだからなのです…。まあシネコンって、それほど嫌いじゃないから別にいいんだけどね。さて『銀河ヒッチハイク・ガイド』なのですが最高でしたよ! 原作本も探してみよう。バイパスを作るから家の立ち退きを迫られてるダメっぽい主人公アーサーでしたが、突然、上空に宇宙船が登場。「宇宙バイパスを作るので地球を破壊します」といきなり宣言。映画開始10分くらいで地球は爆発。アーサーは友人のフォードという実は宇宙人のヒッチハイカーに救われて、二人だけの生き残りの一人になってしまう。色々あって、銀河系大統領の船に同乗。そこには大統領にナンパされたおかげで生き残ってたトリリアンという、アーサーの意中の人が偶然居合せていた。そして、この銀河系大統領はバカでアホでボンクラで冒険家なので、就任式の途中で船を奪って逃亡中。「生命、宇宙、そのすべて」という謎に750万年かけて「42」と答を出した宇宙最高のコンピューター「ディープ・ソート」に会いに行くために一行の旅のはじまりはじまり。写真のロボット、マーヴィンがかわいい。出てきてすぐ「ぼく落ち込んでるんだ」とか言って、全編ボヤきっぱなし。しかも、まるで役に立たない(笑) でもクライマックスは、この鬱型ロボット、マーヴィンの一発大逆転劇で終るのでした。主題歌「さよなら、魚をたくさんありがとう」は、滅び行く人類に向けて、地球で二番目に知能の高い生物であるイルカが歌う曲(ちなみに人類は三番目、一番目はネズミなんだけど、それがなぜかは映画を観てくださいね)。イルカは地球が滅ぶのを察知して空を飛んで地球から逃げちゃうのです(笑)。ともかくマーヴィンが最高です。もっと出番がいっぱいあれば良かったのにな。
Sep 27, 2005
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疲れた…。今日のお仕事は、久しぶりに激しい現場だったので、ぐったりしてます。おまけに朝は5時起きだったから、帰りの電車の中で寝過ごしちゃうし…。ふと気付くと読んでた『死なう団事件』が足元に落ちていて、裏表紙に載ってる「死なう! 死なう! 死なう!」という文句が丸見えになってた。「すわ! 見られたか?」と辺りを窺うが、みんな素知らぬ顔してる。ぎりぎりセーフということで納得しておくことにする。さて、疲れた時には優しい音楽をかけましょう。今日は、この前出てたスーパー・ファーリー・アニマルズの新譜『ラブ・クラフト』。このバンド、どんどん変になってくなあ…。最近の作品はテーマが世界状況の風刺になってて、やたらシリアスだったんだけど、音楽は相変わらずストレンジでファニーでポップ、そして子守唄みたいに、耳に心地よく、果てしなく優しい。昔の元気な頃の作風も好きだけど、こういう感情の襞をためらいがちに揺さぶるハッピー・サッドな歌も好きだなぁ…。『ラブ・クラフト』は風刺は控えめになってて、「愛」についてのアルバムらしいんだけど、歌詞をちらっと見たかぎりでは、そんな感じでもない気がしたな。どっちにしろ良いです。寝るときにかけるには、ちょっとキックの音が強いんだけど、音量をぎりぎりまで下げれば大丈夫。疲れた心身を沈静化してくれます。でも曲が、今までにくらべても、変になってる。ちょっと地味かもしれないし、今までよりもキャッチーではないかもしれない。ハイ・ラマズのショーン・オヘイガンが書いたというストリングスとか入ってるので荘厳なバックに、ちょっと間抜けな歌が乗っかるところが笑える。というか、いまもうすでに、すごく眠い。明日も仕事かあ……信じらんない! もう寝ますね。おやすみなさい。みなさんも良い夢を。
Sep 22, 2005
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半日、排気ガスを吸いこんでいたので、喉が痛い。渋滞する靖国通り。やって来ない生コンミキサー車。半ば瞑想状態に入る僕。ちょっぴり雨が降ってくる。気持ち良い。歌が頭の中に流れ出す。小室等の「雨が空から降れば」という大好きな曲。しょうがない 雨の日はしょうがないしょうがない 雨のひはしょうがない仕事が終わり、とりあえず我が四畳半に帰り、シャワーを浴びて、人と会ってご飯を食べて、心がほんわかする。ふわふわしたまま、四畳半へ戻る途中、また雨が降ってくる。しょうがない 雨の日はしょうがないしょうがない 雨のひはしょうがないそして今、小室等のファースト・アルバム『私は月には行かないだろう』(なぜ廃盤なのか?)を聴きながら、こんな駄文を連ねている。なんだかんだで幸せなのですよ。こんな幸せでいいのかね? いつか罰が当たるよ。明日も雨が降って、仕事が流れればいいのにな…。しょうがない 雨の日はしょうがないしょうがない 雨のひはしょうがない…って感じでさ。
Sep 20, 2005
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いまだに、ネクタイの結び方もいまいち良く分からない28歳。今日も今日とてバイトに向かう。バイトの身でありながらスーツ姿。似合ってない。世間はお休み、なんだか、のどかな雰囲気。眠くなってしまう。帰りに古本屋で長年探し求めていた『辺境最深部に向って退却せよ!』と『ヤマザキ、天皇を撃て!』を発見。買う。また、そっち系……。自分の性向が狂いつつあるのを自覚してはいるのですが、果たして正気を保ったまま、情念を理論化することは可能なのでしょうか…?ところで、「社会に出る」という時の「社会」とは、一体どこのことなのでしょうか? 今日のバイト先は普通の会社の職場みたいなところだったのですが、みんな僕より年上だろうに、かなりだらけた職場環境。みんな言ってることが「社会人」のそれとしては、如何なものか? と思わざるを得ないほど間抜けで迂闊だ。思うに「社会に出る」っていうことは、「会社で働く」ってこととイコールではない。教条主義的なことは言いたくないので、あえて結論めいたことは書きませんがね。あーあ! 「生きること」と「生活すること」はまったく意味が違うのであって、僕は本当には生きてもいないし、社会に出てもいないんじゃないかなあ? いまは別にそれでも全然かまわないけど、いつまでも、このままじゃいけないな。でも働きたくないんだよー!
Sep 19, 2005
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日曜なのに急遽、仕事に出向く。出向いた先で、やんごとなき御方の至近距離に…!頭の中に革命歌が鳴り響く!嗚呼革命は近づけり 嗚呼革命は近づけり起てよ白屋襤褸の子 覚めよ市井の貧窮児見よ我が自由の楽園を 蹂躙したるは何者ぞでも何もせず。その後、現代における天皇制についてしばし熟考。二時半に仕事は終わったので、さっさと我が四畳半に帰り、昼寝。そしてさっき起きた。何だか、とっても不毛な一日だった気がします。ところでスコセッシ・ブーム来襲中。最近レンタル開始になった『アビエイター』観てから、スコセッシの映画を見直しています。『アビエイター』は劇場公開されてたとき観ようかどうしようか悩んだ末、やっぱりディカプリオ主演というのに、ひっかかって観に行かなかったのですが、よくよく考えれば『ギャング・オブ・ニューヨーク』もディカプリオ主演だったので、あんまり気にする必要もなかったかな……。ていうかスコセッシ良いなぁ。『ミーン・ストリート』『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』なんて誰もが認める傑作ですが、個人的には誰が何と言おうと大傑作だと思う『グッドフェローズ』『救命士』『ギャング・オブ・ニューヨーク』あたりも今だに忘れられません。そして僕は知らなかったんだけど、スコセッシの次回作は『インファナル・アフェア』のリメイクらしいですね…。オリジナルがすでに傑作だから、ちょっと不安だけど、スコセッシが撮るなら、まず間違いはないでしょうね。でも主演がディカプリオとマット・デイモンらしい・・・そこは何とかならないものなのかなぁ・・・。
Sep 18, 2005
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平凡社新書『昔、革命的だった お父さんたちへ』を読む。副題に“「団塊の世代」の登場と終焉”とあるように、団塊の世代に向けられた批判。三章で構成されており、全共闘の流れをわかりやすく解説した一章は勉強になった。それ以外は、はっきり言ってクズみたいな論旨。著者は林信吾と葛岡智恭という人達の共著。この二人、何にも分かってない。というか批判のための批判でしかないので、興醒めも甚だしい印象。団塊世代を批判したいために、それ以外のものを何でも肯定的に捉えようとしているのが滑稽だ。要するに、今の世の中、どうにもこうにも上手く回っていないのは、全部、団塊の世代のせいだって言いたいだけみたい。何か個人的な恨みでもあるのかもしれない。とにかく退屈で凡庸で仕方ない現状分析。この程度の認識で本を書くことを許されるなんて信じられない。そもそも「世代論」という奴ほど、馬鹿馬鹿しいものはないと思う。そりゃ、人間は自分が生きてる時代の影響というものを否応無しに受けざるを得ないものだけど、結局は個人の選択で生きているのであって、世代なんていう便利なキーワードで社会を語ってしまうと、重要なものがこぼれおちてしまうんじゃないのかな? 全共闘が時代の気分に浮かれたお祭り騒ぎでしかなかったって言い方は、それはそれで正しいのでしょう。ほとんどの人は、それらをトレンドとして消費してたって言い方も、まあ頷ける。でもやっぱり革命を求める初期衝動みたいなものは疑ってはいけないという気がするのです。団塊の世代が革命に挫折して社会に入りエコノミック・アニマルと化し、世の中をこんな風にしてしまったと断罪するのは、外野の人間からしたら、あまりにも容易い。でも人間なんてそんなものじゃないのか? この本は結論として、近々、定年を迎える団塊世代に向けて「もう一度、行動を起こせ」と言う。老人にそんな無茶言ってどうするんだ? というか、お前らが行動を起こせよ! 要するに、この馬鹿著者は責任転嫁して、自分では何もしないんだ。こんな連中は本当は、社会を良くしたいとか、人間を解放したいとか、権力を打倒したいとか、そんなことは考えたこともないんだ。反革命なのだ!
Sep 17, 2005
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竹中労が好きだ。大好きだ。この背中に水滸伝の花和尚魯智深の二重彫りを背負った「失業革命家」が好きだ。共産党に入りながら「女性自身」で芸能記事を書いていたトップ屋が好きだ。そして何を書いても窮民革命について触れずにすまされない「民族派アナーキスト」ぶりが好きだ。美空ひばりを愛し、ビートルズに狂い、マヘリア・ジャクソンから嘉手苅林昌そして、たままで聴いていた歌狂いの男が好きだ。売文屋、えんぴつ稼業とは、よくも言ったり、反骨のジャーナリスト? そうそう、ジャーナリズムってのは、こうでなくちゃいけないよ!現在、竹中労の本は、ちくま文庫から数冊でてるくらいのようだ(わすれちゃいけない『黒旗水滸伝』もあるけど第一刷で絶版でしょうね…みんなはやめに買っとこう!)。その竹中労の出世作である『完本 美空ひばり』を読む。当然、美空ひばりについての本なのですが、そこはそれ、相変わらずの竹中節全開。美空ひばりを、戦後の焦土から生まれた大衆の歌い手と位置付け、占領下の革命運動の世相とリンクして語り、植民地主義に「日本民衆的なるもの」がいかにアメリカナイズされるかを問い、左翼エリート主義が大衆運動と大衆を断絶させた由縁を美空ひばりを低俗視した批評家達の言説と同義なものとして措定し、一方、戦前戦中戦後の歌謡史から民衆の情念を浮き彫りして、正史が語らない下層階級の生き様を補完し、そして戦後民主主義の虚妄を衝く・・・・・・そういう内容です。ああ…お腹いっぱいだ。単純に昭和の歌姫美空ひばりのガイドラインとして読むには異様な内容ではあるのでしょう。しかし、この美文…というよりアジテーションのような檄文が読む者を熱に浮かせ、いやがうえにも勇気を奮い立たせ、時に世に怒り、時に人生の悲哀に涙させる、圧倒的なスピード感は何なのだろう? たぶん僕が世界で最も好きな文章家と断言しても良いと思う。とても良い本です。物書きに一番必要なのは、やはり「愛」なのかもしれませんね。それと「怒り」かな……?
Sep 14, 2005
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どうせ負け犬。だからせいぜい遠吠え。あいつらみんな大嫌いなんだ。お前らの作る未来なんて糞食らえ。もしすべての人が投票用紙ではなく、爆弾を手にしたなら。議会が国民の意思を反映していないってことだけは証明されました。どうせなら世の中もっと悪くなればいいのに。戦後の言説の空間から、いまだに抜け出せてないってのは問題だと思う。どうでもいいんだけど、なんせみんな選挙の話しかしないもんだからね。郵政民営化だけが争点になってしまって、他の問題はどうでもいいのかね? 国民のみなさん? 北朝鮮は? イラク派兵は? 雇用と社会保障は? 年金は? 憲法改正は? なにより増税は? 本当はみんなだって、どうだっていいんですよね? だから自民党があんなに議席取っちゃうんですよね? そういうことでしょ? でも、僕は別に絶望してませんよ。諦めませんから。確信が持てたもの、大衆は情念によって動く。だから、この流れは、革命への素地となりうるのではないか、とも思うのです。ほらほら左翼のみなさん、労働者運動のみなさん、いまが踏ん張り時ですぞ!
Sep 12, 2005
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誕生日プレゼントにファミコンを貰いました。高円寺のおもちゃ屋(ドンキホーテとかにも売ってるらしいです)で見かけた、コントローラーの中にソフトが80個くらい入ってるというスーパー・マシン。ファミコン世代の僕には懐かしいゲームがいっぱい。スーパーマリオはもちろん、ツインビーとかマイティー・ボン・ジャックとかテトリスとかバルーン・ファイトとかアイス・クライマーとかスター・フォースとか……そのコントローラーには差込口が付いていて、そこにカセットを差込むとそのゲームも遊べるという優れものなのです。僕はファミコンからスーパー・ファミコンに時代が移り変わった時点でゲームからは足を洗って、音楽とか文学とか映画とかの世界に入ったのですが、やっぱり、あの頃の単純なゲームって面白いですね。しばらく、これがあればいいやって感じです。そういえば、今日は選挙の日だ。と思ったので今、テレビをつけてみたら、うわー、自民党圧勝じゃないですか…? みなさん投票には行きましたか? 僕は当然行きませんでしたよ! しかし、何だこの議席数。民主党終ったな…ざまみろ。社民党は存在意義が問われているのだと自覚すべし。共産党は革命路線に走れってば! しかし、あれだな、これはやっぱり、自民党支持ってわけでも、郵政民営化賛成ってわけでもなくて、「改革」って言葉に民意が浮き足立った結果でしかないんでしょうね。共産党も同じようなこと言ってたんだけど、それをちゃんと票に結び付けられないのが情けない。そんなわけで、やはり僕は、投票とか民主主義ってのに対する不信が募ります。みんな騙され過ぎだよ。小泉さん、今回ばかりは、確かにあなたの一人勝ちでしょう。すごいと思います。でもね、民意があなたの側にあるとは思わない方が身のためですよ。
Sep 11, 2005
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腹痛は治まったみたい。まだ本調子ではないけど、一応、ものも食べられるようになった。3日間ほど、家に帰ってすぐ寝てたので、妙に早い時間に眠くなる。お腹は痛かったけど、肩こりは治った。変なの。しかし、辛い3日間だった。その間、目に映る食べ物がどれもこれも、おいしそうだった。なんかおいしいもの食べたいけど、何か3日間バナナとヨーグルトの生活だったせいか、小食気味。とかなんとか言ってるうちに本日は、僕の誕生日なのでした。28歳になりました。これでジミヘンよりもジャニスよりもジム・モリソンよりも、そしてカート・コバーンよりも長生きしてしまったというわけです。信じられないね!
Sep 9, 2005
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風邪なのか食あたりなのか分からないけれど、お腹を下しっぱなしの今日この頃。苦しい…。死にそう…。この3日間、ものが食べられない。わずかにバナナとヨーグルトだけ。もう、お腹が痛いのか、お腹が空いているのか、胃が痛いのか、腰が痛いのか、わけが分からない。立ってると、ふらふらする。はやく治って欲しい、と痛切に思う。病院に行きたいけど、健康保険に入ってないので、行くに行けない。貧乏人は死ねってことだな、きっと。ついでに、めったに見ない夢を見るようになる。悪夢ばかり。寝汗をぐっしょりかいて何度も目覚める。もうやだ。げっそり疲れた。はらはらと涙をこぼして寝ます。とっとと寝ます。一人暮しで病気になると、本当に弱気になりますよね? 弱音を吐いて、誰かに甘えたいけど、そんなことして嫌われたくないので、眠ります。はやく元気になって、荒れ果てた部屋を掃除して、洗濯して、美味しいもの、たらふく食べたいよー…。
Sep 7, 2005
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実家へ帰った。親と一緒に酒を酌み交わしつつテレビを見てると、選挙についてのニュース。親がもっともらしく「選挙には行けよ」みたいなことを言う。普段なら、「うん」とか言ってやり過ごすのですが、その日の僕は酔っ払ってしまっていて、しかも最近の気分はすっかり「真っ赤っ赤」なので、つい「一生、投票はしません」と宣言してしまう。まさか親を相手に自分の主義主張をぶっちゃけてしまうなんて…不覚でした。いや…でもタイミングが悪かったのです。最近、古本屋で色んな本を買ってしまっていたのですが、それを列挙すると…木村哲人『テロ爆弾の系譜』保坂正康『死なう団事件 軍国主義下の狂信と弾圧』重信房子『わが愛 わが革命』重信房子『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』松下竜一『狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線“狼”部隊』『日本反政治詩集』『WAVE』のテロ特集号こんなんだから、まあ仕方がないですよね…。というか最近、自分でも頭がおかしいのではないだろうか? と思い始めてきました。ああ…自分が恐い。もっと心安らかに、まともな人生というやつを考えなおしてみた方がよいのではないだろうか? 「ナーンセーンス!」「自己批判せよー!」「総括が必要ですね」「反革命のプチブル」 異議無し…。そして朝、テレビを見ていたら、例のロンドンでのテロの、アルカイダの犯行声明の映像がちょっとだけ流れていた。「あなた方が民主的に選んだ政府が、世界中で我々の同胞を虐殺している。我々は我々が安全だと感じるまで、あなた方を標的にするだろう」これはイギリス市民に向けられたメッセージだが、僕達、日本人にも120%当てはまる。僕達が民主的に選んだ政府がODAだの企業進出だのの名の下に、どれだけの人々を苦しめているのか…? もちろん僕達は間接的に、しかも圧倒的に加害者なのです。しょうがないよ…テロが起きるのは仕方がないことだと思う。だから本当は、この日本でもテロが起きて然るべきなのだ。それで、大勢の人が犠牲になったとしても、僕達は、決して「罪もない人達」でも「無辜の市民」でも「無関係の庶民」ではないんだ、ということを自覚しなければ。グローバリズムでも南北問題でも何でもいいけど、いい加減に戦後民主主義のつけが回ってきたということなのだ。だから、しょうがないよ。しかし、願わくばテロリズムは手段であって目的化されぬことを…!『断影 大杉栄』によれば、有島武郎は死(いわゆる情死行というやつ。ああ『愛は惜しみなく奪う』!!)の前日にテロリスト結社「ギロチン社」のメンバーに大金をカンパしている、その際、こんな言葉を残したという。「愛の思想のないテロリズム、くみすることはできない。私は、諸君に望みたい。憎しみのためには人を殺さぬことを」
Sep 4, 2005
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ちょっと前に読み終わってはいましたが…竹中労の遺作『断影 大杉栄』について書こうと思います。日本におけるアナーキズムの理解のされ方は「無政府主義」という翻訳のされ方で、大分、誤解を招いているのではないかと常々思っていたのですが、それは海外でも似たり寄ったりなようで、よく「リバータリアン」とか何だかしっくりこない言い方をされる思想家もいるようです。アナーキズムとは何ぞや? という問いについて難しく考える必要なんてないと思います。「あらゆる制度から自由でありたい」という素朴な発想から立ち上げられた考えが、時代時代の体制との相克で浮き彫りされるストラグルの運動なのです。さて日本のアナーキストと言えば、幸徳秋水と大杉栄。僕は明治文学を集中して読んでいた時に、大逆事件に興味を持って幸徳秋水について調べたことがあるのですが、大杉栄については、まったくの無知でした。その大杉栄、そして彼の生きた大正デモクラシーの時代についての心踊る評伝が、この『断影 大杉栄』という名著なのです。もちろん、大杉栄という人物についての評伝なのですが、この本が、読む者に与える鮮烈な印象は、何より、竹中労という著者の文章、そしてその文章から伝わってくる思想、情熱、願い、憧れ、怒り、希望……とにかく竹中節炸裂で実に小気味よく項を捲ること請け合いです。大杉栄は、私である! 竹中労はあとがきでそう本書を締めくくりますが、まさにそういう内容なのです。「歴史は歪められ偽られる、なぜか? それは、戦後民主主義よりも自由な時代が過去にあったということを、日本の知識人は禁忌としたからである」そのように語り始められるお話は、まさに大正という「何もなかった時代」とされてきた近現代史の常識を根底から疑わざるを得ない内容だ。足尾銅山、大逆事件、葉山日陰茶屋、ロシア革命、動乱の中国、白樺派、ギロチン社、アナ・ボル抗争、荒畑寒村、北一輝、辻潤、甘粕正彦、陰りゆく天皇制その中に一筋の希望として現れる親王裕仁、陋巷の巷、樋口一葉が描こうとした市井の窮民、その窮民の中に入る最も孤独で優しいテロリスト難波大助、添田唖蝉坊の狂い咲く演歌、かの夢野久作の父・百魔杉山茂丸、自由恋愛、水平社創立、共産党結党、関東大震災の虐殺、そして時代は大東亜戦争へ向かう。確かに、平成の世は、大正の世より、平和で安全で食うに困らず、権力も淡いベールの向こうに見え隠れするだけだろう。でも本当に自由なのは幸福なのは、「生活の安定」を安全保障する平和な現代なのだろうか? 人間が生きるということは、いまの僕らのような生き方で良いのだろうか? そのように「今こうあること」に疑問をもつ人は、間違い無くアナーキストだ。アナーキストであるということは、自分の生き方を自分で決めるということに他ならない。そして、その次に他者を思うこと。「思想に自由あれ、しかしまた行為に自由あれ、さらにはまた動機にも自由あれ」大杉栄の言葉である。彼は革命家として稀有な素質を有している。彼は誰より過激なイデオローグありながら、革命の現実主義的に依拠する、冷静なオルガナイザーであった、と竹中労は言う。つまり日本国内においては社会主義運動を孤立させないために各地の運動組織を総連合として柔軟な連帯を図るよう苦心し、国外においては日本の社会主義運動を汎アジアの中に位置付けようと海外へ雄飛する。しかし、アナ・ボル抗争、日本帝国主義、そして何より大杉栄の死により、すべては関東大震災の灰燼と帰すのである。そして日本の革命の火は費えた。もう一度だけ革命を! そんな風に思うのは、単なる夢想なのだろうか? アナーキズムなんて実現不可能な絵空事なのだろうか? 本当に?「自由恋愛、テロリズム、『勝手連』、その態様を整合しない、人々はそれぞれの立場と属性において闘えばよいのだ。アナキズムは鉄の規律を強制せず、個別の情動と創意とを連動する。自由を求めるものは、みずからが自由でなければならない……それは机上の空論か、無何有の理念に過ぎないか? だが“大正”という時代、大杉と彼の運動にはまぎれもなく、そうした同志の関係が成立して、時代を変革する思潮となりえた。関東大震災の厄にあわなければ、アナキズムは民衆に支持をひろげ、国家と体制を根幹からゆり動かす広汎な戦線を、構築していたにちがいない」だがそうはならなかった。あの戦争は、やはりいまだ重要で、問い続け、語り直さねばならない。選挙入場券が届いたけれど、当然、引き破いてゴミ箱の中に放りこんだ。投票で何かが変わるなんてことはありえない。政党政治、議会制民主主義、そんなものはまやかしじゃないのか? 本当の政治というやつは、我々、民衆の生の只中にあるのである。
Sep 1, 2005
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