2016.08.17
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
心労は歯にきた。日疋には上の奥歯がほとんどない。「裁判の結果が出る日とか、朝起きると口の中がジャリっとする。吐き出すと歯の欠片」。借金問題が片付いてようやく歯科医院に行ったが、すさまじい歯ぎしりで神経まで傷ついてしまい、抜歯するしかなかった。「うちのやきとりは柔らかいねって言われるけど、私に歯がないから」と日疋は笑う。

■「やきとり屋」の意味

 日疋は広告企画業から、見るのも嫌だったやきとりに本腰を据え始める。川越商工会議所の勉強会や経営研究会に通った。しかし、裏社会の狡猾(こうかつ)な男たちとのやりとりに慣れ切った日疋は、商工会議所の説く「正直な商い、正しい経営」に「ぬるいことを言っていると足元をすくわれる」と疑心暗鬼だった。

 「自分のやりたいことを数字と言葉で表せないものは事業ではない」という教えにも手をこまねいた。特に「言葉」が見つからなかった。なぜ、やきとり屋をするのか―。

 裁判に勝訴し、戻ってきた550万円で97年、3店舗目を作る。3坪にも満たない小さな店の前である日、老婆が手を合せて拝んでいた。店を建築した大工の母親だった。「不景気で首をくくるところだったが、ここの仕事をもらえて息子夫婦は助かった」と感謝の言葉を口にした。

 日疋はすぐさま店に戻り、領収書の控えを見た。近所の草野球チーム、団地の寄り合い、学校の保護者会...。店は地元の人々に支えられていた。「地域の商業も、工業も、農業も、人々の暮らしも一本の串に刺して、街を誇りに思える名物を作るのが私の使命。たかがやきとり、されどやきとり。埼玉は東京のおまけなんかじゃない」

■借金問題終結

 金融機関との交渉の末、99年5月、父が連帯保証した残り2億円ほどあった債務の放棄が決定。借金問題は終結した。「ほっとしたけど、私も父も感情の神経が壊れてるのか、喜んだわけじゃなかった」

 父の文爾(ぶんじ)も最後の力を振り絞った。支払いの滞りがあってもパートは辞めず、業者も納品を続けてくれた。「迷惑をかけた。でも、よくついてきてくれた」。文爾は不払い分を全額支払った。



 周りは皆、物心ともに幸せなのに、なぜ自分だけこんな目に遭うのかといつも思っていた。「でも、親を憎む気持ちも、見捨てるという選択肢もなかった」

 日疋は46歳の文爾と40歳の一枝が授かった、たった一人の息子。両親が自分にしてくれたことを思い返す。「そうしたら、きっと乗り越えられるだろうと根拠もなく思っただけ」

■相次ぐ入院

 2000年、大学院を卒業した胡文が入社した。社員3人、パート数人のまだ小さな会社だった。この頃、食品偽装事件が相次いで起き社会問題化したが、「トレーサビリティー」という言葉がまだ耳慣れない時代。養豚養鶏時代から当たり前に行っていた出所追及の仕組みが注目され始める。

 クレームには日疋自身が謝りに出向いた。愚直な姿勢はやがて丸広百貨店の目にも止まり、01年丸広日高店との契約を皮切りに、店舗を拡大する足掛かりをつかんだ。

 しかし、同年10月、文爾が脳梗塞で倒れ、半身不随に。その1カ月前に、同居していた叔父ががんで入院したばかりだった。さらに不運は続く。11月、今度は母の一枝が親戚の葬式参列中に脳出血を起こし、緊急搬送された。

 日疋は三つの病院から呼び出され、付き添いに走り回った。転院も数カ月ごとに迫られ、受け入れてくれる病院を探した。3人分の高額な医療費はまたもや日疋を苦しめた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.08.17 00:17:34
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: