田中康升さんの8月12日の投稿です=「あれかこれか」ではなく、政治の課題は常に「あれもこれも」
「命か経済か」「Gコロナの全国的感染の防止か、観光地900万人の救済か」「PCR検査の大幅拡大か、医療崩壊の防止か」「感染者のくいとめか、プライバシー保護か」「休業命令か、営業の自由か」「」
る。
分かりやすい。みんなと同じで安心出来る。悪者退治の正義感が持てる。自分を正当化できる。
評論家は、まことに〝お気楽〟だ。
しかし、難しいことに、政治の課題は常に「あれもこれも」である。「あれにもこれにも」それぞれ国民の〝幸不幸〟がかかっているからだ。「あれかこれか」を選択すると、犠牲になる人がいて、その責任は、結局は政治に帰ってくる。
もちろん、「51%のニーズをとって、49%を犠牲にする」ことを選ばなければならないことはある。例えば、マイナンバーで個人の収入の把握をすれば、公平性が確保されるし、弱者救済のスピードが速くなるが、プライバシーの侵害になる。
それが、明らかに〝正義〟であっても、それで損失を被る人がいる。その人たちの損失を減らす目配りと努力は不可欠だ。そして、多様な立場を理解する〝想像力〟が必要だ。
安全補助問題でも、自分は絶対平和を信念とし、軍拡を否定していても、「北朝鮮からの偶発的核攻撃や中国の島嶼部占領の危機を心配する多くの国民の不安」を無視することは、政治家にとっては許されない。「韓国や中国は絶対に攻撃してこない」という証拠はないからだ。
政治だけではない。責任感のある所、必ず〝苦渋の選択〟と〝損失者への配慮〟は付いて回る。ワイドショーを観るとき、このことを忘れてはならないと思う。
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