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2002年12月17日
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気持ちじゃないのさ、言葉が必要なんだ。

これはかの有名な一方○行9→○というバンドのかの有名な楽曲「心に○るう○」の中の一節である。
これを書いたときに、これは自分への戒めとして書いたつもりであったが、
最近になって、本当に、本当に、ほんとーーーうに、実感としてわかってきた。

おれには言葉が足りない。
ボキャブラリーがないという意味ではなく、何かを伝えたい時に、伝えたいことを十分に言えないのだ。
伝えたいことを十分に言えない、というのは結果論である。
伝えたいことがないから言えないのではない。
おれは言葉の前に頭を使う。

「過程」をすっとばすと、相手に何かを伝えたいときに誤解されたり、意味を理解してもらえなかったりする。
これは仮にも表現者としてせっかくあーだこーだしている今現在において、とっても勿体無いことだ。
せっかく曲について聞かれても、過程をすっとばすせいで思っていることが伝わらない。
こんなことではアーティストになる資格はない。

基本的に、俺は歌詞の解釈に関してはリスナーに委ねる主義だ。
それは曲げるつもりはない。
しかしやはり、それを書くからには俺は何かを思って書いているわけで、
あくまで俺の、俺自身の解釈として、俺のその歌詞に対する解釈を述べることは非常に重要である。
最初からリスナーに全てを解読させるのではなく、まず自分の解釈を述べてから、
それを踏まえた上でリスナーに考えてもらうというのが筋であろう。
順番を勘違いしていたようだ。

こんなことは説明しなくてもわかるだろう、といった甘えは許されない。
説明しなくてもわかる歌詞というのも面白みに欠けると思う。
逆に説明しなければ全くわからない歌詞も、ただ単純に面白いと歓迎していいものか疑問である。
結論
自分の歌詞は、説明しなくても面白いが説明するともっと違った面白さを持ち得るものでありたい。


歌詞についての結論はこんなところか。
まあこれはなにも歌詞に限った話でもないのだが。
現実生活の中でも自分は言葉が足りないと思うことがよくある。
なんかつい、不必要な部分(不必要と自分で勝手に決めつけてしまった部分)は端折ってしまう。
それはそれでいいときもあるが、よくないときもある。
理想はどっちもできる人だろう。
必要なときに必要なだけの言葉を過不足なく言える、表現できるということだろう。
そのためには、常日ごろから想いを端折ったりすることなく伝える努力をする必要がある。
余った分は削ればいいが、足りないものを補うのはけっこう大変だ。
努力をすると言ってもなにをしていいものかわからないが、
とりあえず、思ったことをその場で綴ろうノートでも持ち歩いてみようと思う。
そしてそれは誰にも見せない。
だから文の構成やら字の精度は気にする必要がない。
ということは、そのとき頭にあることがそのままそのノートに綴られることになる。
これはなんだかZOKUZOKUしてしまう。
よし、これはやっていこう。
例えば街中で僕を見つけたとき、ノートになにやら書いている最中だったとしたら
決して話しかけないでください。
頭の中をそのまま綴りたいので。
頭の中をそのまま綴るっつっても、脳みそをGURUGURU書きまくるわけではなーい。
だれもそんなこた言ってないっつーの。

どうだ、今日は言葉多いぞ。頑張ったぞ。この調子だ。


~本日の1曲~
「SAY THE WORD」 安室奈美恵





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最終更新日  2002年12月18日 02時49分07秒
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