スポーツブログ

スポーツブログ

PR

×

カレンダー

サイド自由欄




キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2010年01月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
速報


 17日、心不全のため57歳で急死したプロ野球巨人、阪神投手の元エース、小林繁さんは、福井で少年野球の指導にも当たっていた。福井市内で営まれた通夜、葬儀には、熱い指導を受けた教え子たちが悲しみをこらえる姿があった。

 関係者によると、きっかけは近鉄などのコーチを務めた後の2005年ごろ。中学生の硬式野球チーム「オールスター福井」の東哲平監督(現敦賀気比高コーチ)と知り合い、練習を指導するようになった。妻の郷里でもある福井に自宅を構え、週5日の練習には欠かさず訪れた。

 技術指導で怒鳴ることはなかったが、礼儀には厳しかった。子供たちにたびたび口にしたのは「野球を続けさせてくれる両親への感謝」。県外遠征で、保護者に余計な遠征費を負担させまいと、子供たちと同じく安価な料金で宿泊施設に泊まったこともある。

 報酬は受け取らず、完全なボランティア。08年8月から総監督を務め、日本ハムのコーチとなってからも、「日本ハムを辞めたら福井県の子供たちを一生指導する」と話していたという。

 教え子の高原涼太君(15)は、小林さんにもらった日本ハムの陽仲寿選手のグラブが宝物だ。「全力でバットを振り、全力で走ってこいと教えられた」とうつむいた。「江川事件」で阪神へ移籍した時のように、潔さの内に秘めた小林さんの心意気と情熱は、次の世代に受け継がれていく。 




【特集】昭和 野球のアルバム~V9と、その時代~

【特集】波乱万丈 野村克也

【特集】プロ野球 笑える?事件簿

【特集】高校野球 戦国MAP

【特集】ドラフトの悲喜劇・昭和編-プロ野球2世代写真展

※この記事の著作権は、ヤフー株式会社または時事通信に帰属します。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年01月23日 06時00分36秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: