しこせきだん

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2022.08.29
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テーマ: 藪井竹庵(167)
カテゴリ: がらく

 データ・・・三笑亭笑三 大正14(1925)年10月28日~ 前名=三遊亭歌風 出囃子=並木駒形 本名=斧田道男 
 この「呼び出し電話」と云う演目は、三代目 三遊亭金馬が作って、舎弟の二代目 三遊亭円歌にやらせた演目です。参照・・・http://blogs.yahoo.co.jp/yacup/62463010.html 
 三笑亭笑三は、円歌の「呼び出し電話」を聴いて噺家になる決意をし、円歌に入門したかったのですがそれは叶わなかったので、八代目 三笑亭可楽に、自分は新作好みだがそれでもいいかと許可を得て可楽に入門しました。その後、芸協内での可楽と柳橋のトラブルがあり、可楽が後の三木助同様にへそを曲げて芸協を脱退しそうになったりして休演したので、可楽の計らいで、一時円歌門に預けられ歌風を名乗りましたが、再度可楽門に復帰し、笑三で真打ちになりました。 


笑三 呼び出し電話

2011/06/19

竹庵藪井


 えっ? 今日は「父の日」で「敬老の日」じゃないって?
 何をおっしゃるウサギさん。一年365日、敬老の日なんですよっ! 
 って事で、今日は、長老噺家に付いての心だ~! (^ω^) 
 噺家で一番長命だったと云われているのが、数え年、百歳まで生きた、俗に「百歳正蔵」と云われている、五代目 林家正蔵(1824~1923 本名=吉本庄三郎)ではないでしょうか・・・と云っても、百歳まで高座に立った訳では無く、88歳の時に隠居名として、「正童(しょうどう)」を名乗り、沼津で隠居生活を送ったので、「沼津の正蔵」とも云われます。弟子が正蔵名跡を襲名していないので、江戸・東京の林家一門は、五代目 正蔵で終わりました。 
 しかしながら、大正4(1915)年当時、柳亭小燕路を名乗っていた柳派の噺家の今西久吉が、どう云う訳か沼津へ出向き、91歳の五代目から正蔵名跡を直接譲り受け、六代目を名乗りました。その時以来、この正蔵名跡は、怪談噺の元祖と云われる初代 正蔵の祟りとでも云うべきか、先代とは師弟関係のない噺家が代々襲名すると云う、落語界随一の特異な名跡となっております。 
 話が長くなるので大幅に端折りますが・・・
 最も最高齢まで高座に立った噺家さんは、上方の橘ノ圓都さん(1883~1972)ではないでしょうか。89歳の最晩年まで、米朝さんと二人会をやり、衰えを見せませんでした。 
 その次が、87歳の八代目 林家正蔵(1895~1982)と、五代目 柳家小さん(1915~2002)ではないでしょうか。以上は故人ですが、存命の噺家さんに目を向けますと・・・ 
四代目 桂米丸(1925/4/6~)
二代目 笑福亭松之助(1925/8/6~)
初代 三笑亭笑三(1925/10/28~)
三代目 桂米朝(1925/11/6~)
二代目 桂小金治(1926/10/6~)
二代目 古今亭圓菊(1928/4/29~)
三代目 三遊亭圓歌(1929/1/10~)
四代目 三遊亭金馬(1929/3/19~)
初代 川柳川柳(1931/3/23~)
九代目 入船亭扇橋(1931/5/29~) 
 以上がトップ10です。いつまでもお元気で、記録を伸ばして下さい。





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最終更新日  2022.08.29 22:36:22
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