ガムザッティの感動おすそわけブログ

ガムザッティの感動おすそわけブログ

PR

×

Calendar

Free Space

設定されていません。

Comments

gamzatti @ Re[1]:「ムー」「ムー一族」(05/28) ひよこさんへ 訂正ありがとうございました…
ひよこ@ Re:「ムー」「ムー一族」(05/28) ジュリーのポスターに向かってジュリーっ…

Profile

gamzatti

gamzatti

2007.12.25
XML
テーマ: お勧めの本(8119)


おととい紹介した 熊川哲也のインタビュー の中で、
彼は英国ロイヤルバレエ団にいて「不満はなかった(I wasn't frustrated.)」と言っているけれど、
「やっぱ不満、あったんじゃん!」と思うようなことが書いてあるのが
この 「メイド・イン・ロンドン」
ロイヤルバレエを退団してほどなく刊行された本だ。

彼の不満は「どうして僕には王子役をやらせてくれないの?」。
それは、当然の要求ともいえる。

「ドン・キホーテ」「ラ・バヤデール」「真夏の夜の夢」などの主役はやっているが、
「眠りの森の美女」「白鳥の湖」「ジゼル」などで王子役は一切やらせてもらっていない。
(私の記憶が正しければ、93年『チャイコフスキー・ガラ』の「くるみ割り人形」グラン・パ・ド・ドゥのみ)

「眠り」も「白鳥」も「ジゼル」も、
全幕ものの王子役初演は、すべて日本のバレエ団での客演で果たしている。

そんな中、彼は1997年にボリショイバレエ団に招聘され、
「ジゼル」の王子役を踊って好評だった。
この時のアルブレヒトには気品があふれていた。
世界の「ボリショイ」で王子役に合格したんだから、
これからは、ロイヤルでも王子役がまわってくるかも。少なくとも「ジゼル」では!
…と、私は密かに喜んでいた。


えーっ!????

ロイヤルは、ボリショイでの高評価を知っても王子役をさせる気がなかったのか?
それで、退団を決意したのか?と思いきや、
「メイド・イン・ロンドン」を読むと、
まったく違うことが書いてあった。



ボリショイで『ジゼル』のアルブレヒトを踊った後、
ロイヤルから「うちでも踊らないか」という提案があった。
おそらくボリショイでの踊りを見て、僕の王子役も意外といいじゃないかと思ったのだろう。
だが、僕はそれを断った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このくだりを読んだとき、私はびっくりした。
断ったの? アルブレヒトを? 何で?

「ずっと僕の踊りを見ていたのに、今さらなんだよ」という熊川の言い分には、
はっきり言って納得いかなかった。
大人げない、と思っていた。せっかく実力で勝ち得たチャンスなのに、と。

私とて、彼がいつかはロイヤルをやめるだろうとは思っていた。
でも、それは今(1998年)じゃないと思ってもいた。
だから、自分の目が曇っていたのかもしれない。
「今帰って、日本に熊川の受け皿があるのか?」
「単なる客演を繰り返す、根無し草的便利な男性プリンシパルになってしまわないか?」
これが、私の(一ファンとしての)心配だった。

物事を「現状」でしか考えられない人間に、
「未来」を軸に動いている男の頭の中などわかるはずもない。
まさか、自分でバレエ団を立ち上げるとは、それも、
ロイヤルのような本格的なバレエ団を作りたいと思っているとは、
10年前は思いもしなかった。
最初Kバレエを作ったときも、
バリシニコフの「ホワイト・オーク・ダンス・プロジェクト」のような「バレエ集団」を
めざしているのかな、と思っていたくらいだ。

あれから10年が経ち、 CNNのインタビュー を読み、
もう一度、「メイド・イン・ロンドン」を読み返す。
そしてKバレエを率いてから書かれた「 ドメイン 」も読み直す。

そうすると、
熊川がずっとずっと以前から、現在のKバレエのような組織を必要としていたことが見えてくるのだ。

それほど、熊川が望んでいたものは大きかった。
彼の“不満(frustration)”とは、

「ぼくに王子をやらせてくれない」ではなく
「ぼくに王子役をふる発想がない(あるいはシステム的に困難な)バレエ団には、
 これ以上いてもしかたがない」だったのだ。

「ドメイン」の一節、
1999年11月、「ドン・キホーテ」ソロのパートの映像撮りの時のこと。
カメラがそのスピードとジャンプの高さについていけず
カメラマンは「すっげー、寄れねぇよ!」とつぶやく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このあと、興奮の冷めやらぬ僕(乗越たかお氏・「ドメイン」の文担当)は(中略)
熊川の横へ行き、スゴイですね、感動しましたよ、といった意味のことを言った。
すると、熊川はぼそりと、
「そういう感動は長続きしないよ」
とつぶやいた。(中略)
「僕だって歳をとるしさ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

熊川哲也、当時27歳。
まだ、27歳、Kバレエを立ち上げて、1年たたない時の言葉である。

誰よりも速く回り、誰よりも高く跳び、誰よりも長く空中に留まっていた
その驚異的な滞空時間のさなか、
彼が追い求めていた「感動」とは、どんなものだったのか。

過去をひもとくようにして読んでいたこの二冊の本が、
これほどまでに未来について書いていたとは。
再読も、悪くない。



ドメイン

*上の「 「メイド・イン・ロンドン」 」は文庫版です。
 最初に出たのは、ハードカバーで、
 20代前半の熊川の写真が載っています。
 文庫版は未見ですが、
 説明に「写真多数収録」とあるので、同じ写真が入っているようですね。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.12.28 18:23:32
コメント(0) | コメントを書く
[熊川哲也とKバレエカンパニー] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: