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今日は祖母の法事でした。
昨日の夜(おたんや)と今朝早く(あさじ)にお寺に行きました。
自宅でもお経を上げてもらいました。
私のおうちは浄土真宗です。
私がそれを信心しているかというとそうではないわけで。
たまたま浄土真宗のお家に生まれただけなんですよね。
お経を唱えたあと必ずお説教(説法)があるんです。
「幸福とは」
有頂天の最中にあるのではなく、苦しいとき耐え難いときの中で
心の拠りどころが「ある」ことが幸福なのです。
とのことらしいです。
それが『宗教』らしいです。
ああそうだなぁと思いました。
うまく説明できないので、これで止めときます。
というわけで、私はアルフィー教の信者ということです。
「信心」
「信じなきゃ、そう思わなきゃ」と思っているうちは信じていない。
そう思っているのは「疑い」があるから。
子供が親に抱きかかえてもらっている姿が「信じる」姿なのだそうです。
親は絶対に自分を落としたりしない!と思って抱っこされているのではなく
心からすべてを委ねている、そのことが「信じる」ということらしいです。
これまたそうだなぁと思いました。
ちょっと時間が経ってきているので、自分の中で勝手に消化して書いてるかも知れません。
その道の方が読まれて、違うよって言う場合は教えてください。
(宗教によって違うかも)
というわけで、ありがたいお話でした。
天上天下唯我独尊
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