PR
Keyword Search
宝生会秋の別会第2日、いつもの席にて鑑賞。
自分の中でしっかりとワキ方則久英志さんの存在を意識したのは、今から6年前の五雲会「加茂」であった。この時のシテは五雲会登場2年目の小倉伸二郎さんで、きりっとした神(シテ)と朗々とした神職(ワキ)に仕上がっていた。この頃ワキツレで頑張っていた大日方&則久ペア(ペアなのか?)に注目し始めたのだった。その則久さんが本日「張良」ワキで登場。シテよりもワキが重要な役回りのこの曲は初めてだろうか。そして同じ舞台にツレで伸二郎さんが登場。なんだか、そんな懐かしさで胸がいっぱいになる。
肝心の沓飛ばしは軌道が低く、「やばっ」と思った時には白洲へドボン……そのため龍神(ツレ)が袖の中に沓を隠し持っての登場となってしまった。前シテ退場の幕もちょっと……それと……(以下略)。いいのだ、この2人が別会で並んだ、それで大満足である。
そして、近藤乾之助さんの「姨捨」。三老女の残り2つ(関寺小町・檜垣)がほぼ上演されない宝生にあって、実質最奥となる曲ゆえの会としての気迫ばかりではなく、ちょっとただ事ではすまない舞台であった。先日の「姨捨」が前で良かった。今日の「姨捨」を観てしまった後であちらを観るのは酷というものだ。 前シテから澄んだ謡でひっそりとした秋の気配を出しつつ、姨捨山の景色が広がっていく。小鼓が幸清次郎さん、大鼓が柿原崇志さんで、抑えめの鼓がそれをさらに磨き上げる。そして後シテ、橋掛リで立ってこちらに向く時に、気品溢れる孤独さをまとった老女の霊そのままで、早くも涙腺が緩む(今思い出してまた涙目になった)。この一瞬で後半は決まったも同然。ごくごく少ない動きの中で月光が煌めき、宝生らしい謡がそれをくるんでいく(地頭は佐野萌さん)。そして序之舞、もはや何も言うまい、この場に居合わせてくださったことを神仏に感謝するばかりである。
最後は登坂さんの「山姥<杖之型>」。これもなかなか良い出来で、自分としては大変満足。「姨捨」から切り替えるにはもう少し時間が欲しかったところ。
さて、自分の研究課題とはまったく関係ない話に終始しているが、鞄の中には読むべき論文をちゃんと入れていた。というか、もはや提出締め切りが差し迫っている。でも、そんなものはどうでも良くなってしまう午後であった(ちなみに文学の論文ではない)。明日はその分頑張るぞっと。