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“異聞”である。何が“異聞”かというと、樵(実ハ渡辺眤ムツル)が見つめる大原の建礼門院という形で、能「大原御幸」を元にしたドラマが展開するからである。大原に隠棲した建礼門院、それに付き従う阿波内侍・大納言局、そして後白河法皇と、能「大原御幸」の人物が登場し、能の詞章に拠りながら、六道語りをしていく。樵夫である眤は『平家物語』壇ノ浦の戦で入水しかけた女院を助け出した男として語られる。その彼が、女院上洛後も、こっそりと付き従い、常に女院を見守っているのである。この樵夫の役を山口馬木也さんという役者が演じ、他の人物はシテ方観世流の梅若六郎家の人々が演じる。監修が六郎さんで、企画・脚本・演出を土井陽子さん。
山口さんはきりっとした顔で、渡辺競もかくやという俳優。一方の女院は梅若晋矢さん。気品のある面遣いで、ひっそりとした大原に隠れ住む女院の雰囲気充分。謡曲をベースにしながらも、新しい試みとしては面白く思われた。
ただ、あれやこれや気になるところがあったのも事実。徳子をトクコと読むのはさておき、出家して院号を得たように語る時間設定もどうだかだし、「トクコ様~」と叫ぶ樵夫にいたっては、「女院様~」にしていただきたいところ(実名を身分の低いものが呼ぶのはどうかと思う)。
そして「忍ぶれど色に出にけり……」の歌、「色にデニケリ」と詠みました。困ったちゃんです(笑)。
初夏の設定であるので、ほととぎすの鳴き声なども効果音に使うのだが、樵夫の手にしているのは、満開の桜の枝。散り残りなら良かったのに。“法皇の先触れが騒々しく走り回っていた”という説明も、後半の雰囲気にそぐわない。能や『平家』と違うという批判は無意味であるが、独立した作品として、内部で破綻というか矛盾が幾つもあるというのは苦しいところではなかろうか。 女院はなぜ生き続けたのか、そういう部分でも解釈の提示が今ひとつ。「生きたかったんだぁ(軽めに叫ぶ)by樵夫」というのもどうかと思う。