現代徒然草

現代徒然草

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

八木哲郎

八木哲郎

Calendar

Category

Comments

万魯建@ Re:小沢一郎の詭計(11/07) 小沢さんの考え方は本当に理解できなかっ…
つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
古井戸@ 文学者は書を残す 小田実全仕事、をはじめとする膨大な小説…
inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2005/07/01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
当代きっての名経営者の一人である小倉さんの死を心から哀悼します。

まず東京から九州の田舎まで個人の荷物を送るとしましょう。まず近所の薪炭店(こんなのがありました。夏は氷を売る)とか酒屋からリヤカーを借りてきて、それを国鉄(今のJR)の駅の裏のほうにある小荷物取扱室に持って行き、きちんと荒縄で縛ってあるかどうかをチェックされ、2枚のハリガネのついた荷札をくくりつけます。無愛想なオジサンが秤にかけて重さを量る。ブツブツ言われてやっとOK。いつごろ着きますかと聞くと、あんたの送り先は支線の駅だから早くて10日、遅ければ2週間だね、といわれます。
受け取るほうは、そこの駅に荷物がついたかどうかを電話で問い合わせ、着いたと知れば、またリヤカーでとりに行きます。
小倉さんはこんな面倒くさいことを解決して、コンビニまで持っていけば、あっという間に届けてくれる宅急便システムを開発してくれました。ほんとうにありがとう。

ところがです。小倉社長がいよいよこの商売を始めようとしたとき、世間はもとより、当の会社役員は全員がこんな商売はぜったいなりたたないと絶対反対に回りました。個人の小口荷物の営業はぜったいに成立しないというのが業界の通説でしたから。
小倉さんの会社は1919年に父上の小倉康臣氏が15人で大和運輸株式会社として、立ち上げ、東京小田原間小口貨物定期トラック便を始め、やがて関東一円にネットワークを広げ、戦時中は軍需輸送、戦後は三越などの小口配達、国鉄の通運事業などに参入し、やがて東京大阪間の定期便を始め、小倉さんは赤字を解消するために、いろいろ画期的な方策を考え出しました。トレーラーシステム、乗り継ぎ制、運転業務と積下ろし業務の分離、コンテナやフォークリフトを活用したユニット・ロード・システムなどです。しかし、70年代に入って、かの三越の岡田茂時代に百貨店の小口輸送はまったく割りに合わなくなり、撤退します。経営はピンチに陥りました。
ここで小倉さんは起死回生の小口運送に賭けることになります。
しかし、小口運送の採算性を証明するデータなんてまったくありません。中野区の2千世帯を調べたところ、各家庭で年間に出す小口荷物はだいたい2個というのがわかったほか、郵便小包は年間1億9千個、国鉄小荷物6千万個、かりに1個あたり5百円とすると、マーケットは1250億円という数字が出ました。しかし、どこで誰がいつ小口荷物を発送するのをどうしてキャッチするのか。考えれば考えるほど、絵空事に思え、成功の確率は低い。だから誰だってこんなことをやるはずはないのです。企業は採算性を予想するからこそ、事業を始めるのですが、小倉さんの偉いところは、とにかくサービスを徹底してお客さんを喜ばせれば、採算性は後からついてくるという信念を通したことです。このとき小倉さんを支えたのは、主婦は値切らないし、現金でその場で払ってくれるということと、吉野家が成功しているのは、メニュウを牛丼ひとつにしぼっているためコスト削減できることと、店員はアルバイト程度の人で人件費は安いから、あれを参考にしたことでした。

この構想を発表したとき、役員は全員反対、こんなことをすれば会社は必ずつぶれると言って辞めていった人が多かったそうです。しかし、労働組合は会社がつぶれるよりはやってみようと協力を申し出た。
小倉さんの語録は胸を打ちます。「サービスが先、利益は後」「車が先、荷物は後」「社員が先、荷物は後」。とにかくああだこうだと心配するより、サービス、車の数、人の数を先にふやして取り掛かれ、投資を惜しむな、営業や利益は必ず後からついてくるという考えでした。こうして商売がはじまると、面倒くささから解放されたお客さんは喜んで、1世帯あたり年間2個などという数字よりうんと増やすものであることが証明されました。
しかし、小倉さんの前に立ちはだかった氷山のような冷たい壁は運輸省の規制でした。いちいち数えきれないほど不特定多数の小口荷物運送を規制する法律でいっぱいでした。不特定多数の小口荷物輸送は不特定多数の客がのる乗り合いバスと同じ扱いをされ、路線許可が下りません。それもそのはず、官業である郵便局と国鉄という商売の中に割り込むのですからがんじがらめに縛られたのです。これをひとつひとつ取り払っていく苦労は並大抵のものではなかった。小倉さんはワイロを使ったり、政治家に取り入ったりする人ではありませんから、以来血みどろの役所との戦いが始まりました。
「官僚は虫歯、抜けばいい」。こういう明快な言葉を連発して、庶民の側にたった小倉さんは現代の快男子でした。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005/07/01 08:52:41 AM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: