現代徒然草

現代徒然草

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

八木哲郎

八木哲郎

Calendar

Category

Comments

万魯建@ Re:小沢一郎の詭計(11/07) 小沢さんの考え方は本当に理解できなかっ…
つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
古井戸@ 文学者は書を残す 小田実全仕事、をはじめとする膨大な小説…
inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2009/02/01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のサンデー・プロジェクトの派遣労働問題の討論は見ごたえがあった。派遣労働を13業種に限定して常用登録をみとめたのは1999年であるが、このときはコンピュータ要員などが会社によって不足し、それをおぎなう形で緊急に派遣を合法化する法律がつくられた。

番組は誰が、この「登録型」をみとめたのかを追求して、当時の労働省次官の関氏、学者の高梨昌氏の名が明るみに出た。来週はどういう手口でこの法案を通したのかを明らかにするという。戦後の労働行政がここにきて一挙に崩れた分水嶺であった。
来週の日曜日の番組が楽しみである。

さて、今、資料として、19世紀後半、救世軍の創始者となったウイリアム・ブースの「最暗黒の英国とその出路」という古い翻訳書をよんでいるが、これをよんでいると1880年代、イギリスの人口は2100万、このうち10%~15%%は最暗黒の貧民で、この頃からいかに失業者が多かったかがわかる。この人たちは東ロンドンに集中して住んでおり、港湾で荷降ろしなどの労働をあてにして毎日早朝集まってくるが、半分はあぶれてしまう。その中の一人が「われわれは労働助成金や慈善がほしいのではなく仕事がほしいのだ」と絶叫するのだが、この頃からいかに人類には仕事が不足していたがわかる。マルクスがロンドンの大英博物館で資本論を書いていたころであるが、この頃、労働者保護の法律などはなく、労働時間は16時間、夜間労働も婦人労働もあり、12,3歳の少年まで低賃金で働いていた。
要するに人類は常に「仕事がない」という現実と長い歴史の中で向き合ってきたと思う。仕事と言うのは、人間がそれに従事することによって収入を得る手段である。だから、人生を過ごすにあたっていい仕事をみつけ、それを一生の仕事にする。これがなんといっても大切である。
しかし、文明が進歩した今日においても学校を卒業しても仕事にありつけない、ということが起こる。今日のように派遣切りが行われて、職を失い茫然となった人たちが大量に生まれる。どうしてこういう不幸な人が生まれるのか、いろいろ食べられなくなった人たちをどうしたら救えるか、セキュリティ・ネットということなどについて考えたことをこれから書いてみようと思う。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009/02/01 12:44:47 PM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: