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2009/10/01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日は江戸東京博物館で「よみがえる浮世絵―うるわしき大正新版画展」を見た。

浮世絵ふうの絵が半分で、あとは大正風のモダンな新しい版画だった。こういう絵は昭和の初めになってもずっと続いたので、竹久夢二、高畠華宵などの絵やデザインは私の子供のころしょっちゅう見なれていたのでなつかしい限りだ。
風景画は近代的な勝どき橋の下を白帆の舟がくぐったりしているが、こういうのは私は実際に見た記憶がある。とくに惹きつけられたのは夜景の絵だった。当時の夜が月が出なければ真っ黒闇で、都界では公園などにポツンとある街燈の下だけがぼんやり明るく、そういうところに女の人がぽつんと立っている光景はそれだけでなんだか一種の絵だった。暗い電燈にぼんやり映し出された夜店の人ごみ風景などもなつかしい限りだ。この絵に書かれたような和服を着た人たちはもうこの世にいないが、そういう人たちの人生があったことはたしかだ。どういう思いで人生を送ったのだろうかと思うとなんとも不思議な気がする。
 売店で版画集を買おうと思ったが、「別冊太陽の竹久夢二」を見つけて買う。電車の中や喫茶店でそれを見て感慨にふけった。
夢二の最初の愛人はたまきという目の大きい美人だったという。それが夢二の美人画のパターンになった。歌舞伎風の目の細い美人画からこれで現代に抜けた感じになった。

もう10月、晩秋である。私は若いころ、いまより感受性が強かったせいか、晩秋になるとなんとなくメランコリックな感じになり、どこからか聞こえてくるかすかなビオロンの音、はらはらと落ちてくる赤く染まった葉などということに少女みたいな感傷にふけったものだが、今、そういうポエムがなくなったことが残念である。しかし、さっき見てきた大正昭和の時代ならいたるところにそういう「詩心」を感じさせるところがあったのだろうと思う。もう詩は詩集の中にしかないのか。詩集を見ても詩がないから、感じることができない。こういう世界にもうずっとひたってしまった自分をさびしく感じた。
doki





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Last updated  2009/10/01 09:23:28 AM


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