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韓国の達人!さんいやー今日も暑いですね。皆様も熱中症にお気をつけて!
で、本題ですが、ある日母親が「 この先生のとこしかない !」って。テレビで出演されたんです。ある神社の方ですが、心霊写真とかこれはどう意味があるのか、たまたまなのか、作られたものか、それを見て、やはり心霊写真なのか、どういうことに気をつけなくてはならないかとか、場合によっては神社でお祓いをやりましょうとか、そんなテレビだったと思います。
母親は、この神社の先生のやりとりを見て「 ここでお願いするしかない 」と思ったそうです。
「 とにかくついておいで 」で朝、かなり早くに行きましたね。朝4時5時くらいに行っても、もう順番待ち。げーーですよ。見てもらえるのは12時くらいとか、いろいろだったな。
とにかく自分自身は「 もういいよ、早く帰ろうや 」だったです。1、2回で終わりかと思ってたら「 なんとかお願いします 。」って。テレビの影響もあってか、日に100人越えは普通で、だから一人約3分くらい。それに私には奇妙としか思えないことやってるし。
参ったなあって思って、行きましたよ。当時。
なんだか、しらないけど、 痙攣とか少なくなっていってね 。自分で体調の 異変を自分で感じるので 、これ医学じゃないし、やっぱなにかあるんだなあって。
いろいろ病気の方もいっぱいおられて、癌がすっかり無くなって、もうお医者さんが不思議だというんだよって、あの人の楽しそうな顔はよく覚えてる。こんなの1例でね。お医者さんもよく来てたし、芸能人もよく見ましたよ。
自分のほうも調子がいいから別に薬なくてもいいんじゃない?ってかかりつけの先生に経過を話して、医学的には変わりはないはずなんだど、そんなに調子がいいなら、薬を減らしてもいいのでは?と減りました。
いやー普通に、いや相当ハードに仕事できましたよ。でも身体影響なし。だから、自分で何人かに紹介したことあります。ほんとに効果あったんで。それで感じたことは、 人それぞれに縁というものがある、だからそれは押し付けになるから、紹介してもお互い気分が悪くなるだけ。縁があったら、勝手にそうなるからって。 だからあんまり人には言わないことにしたんです。
いろいろ他いっぱいあるけど、ある外資の会社に採用になったとき、なんでか、ここの先生、どうしてもいい返事くれない。
当時の将来性からも、自分のやりたいことも出来そうだし、なんで?だったです。で、その神社の先生曰く「 お前は先が見えないだろ?わしには見える。また勤務が東京になることもある。空気も悪いとこ。そんなとこで身体が持たないだろう?。またそこで転勤になったら、ご両親はどうするんだ?」 って。
父親も当時は「 まあ、これからの世の中を考えると、賛成できないわけないはずなんだけどなあ。まあそこまで見えなんだろうな 」とか言ってましたよ。で、しぶしぶみたいな格好ですね、「なんとかお願いしてみよう」って。神社ですから、この先生がお祓いやお護摩してくださる。もう病気のこと忘れてましたしね。
4年目に名古屋転勤、6年目に東京本社勤務。
それから、だんだんと体調が崩れ始めた。疲れも多くなったし。痙攣の前兆、はきもどし、幸いだったのは、いつも勤務以外時によく出たので、なんとかなった。実家から帰る新幹線内で動けなくなったり、でも翌日から勤務にしてなかったので、1泊病院で仕事には影響なしで良かった。というか、しばらくこれで持ったですが、悪くなる一方。
例の 引き込み線がすー とでる。痙攣もよく出るようになってたし、痙攣の種類が変わっていったね。ある会社に訪問に行ったけど、急にトイレまで行ったはいいけど、身体が動かない。意識はある、あせりました。冷静に冷静にと、、、、
すこし休むと身体が動いたので、その会社に行った。「xxx会社のxxですが、xxさんおられますか?」って総合受付で言ったつもり。けど口にでたのは「▽■●xxxxxx??」
まずい、(+_+)、今でも覚えてるけど、にこにこしながら、頭さげて、失礼って出て行ったな。受付の姉ちゃん、変な顔はしてなかった。名刺出してたからそのせいかもしれない。いかに自分の状態を伝えるか、こういう時用に紹介状を常に持ってた。
ガードマンになんとか伝えて、救急車呼んで、ここからが重要で、新宿区にいたので、病院のある区とは違う。基本的には区を超えての搬送はしない。紹介状で先生に確認がとれたところで、病院へ搬送。
いいかげんな病院、いっぱいありますから、紹介状とか診断書のコピーは必ず持ち歩くといいです
今思えば、神社の先生の話、当たってる。また他にも説明のつかないことはありました。いっぱい。その中でも最も不思議なこと。(つづく)