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韓国の達人!さん大変ご無沙汰しており申し訳ありません。
平成21年8月29日午後8時16分、おかんは他界致しました。今日東京に戻りました。
27日に東京を出て、その時「危篤」であると携帯には入りましたが、大阪に着いた時、なんとか持ち直し。
この日は病院に泊まるよう指示がありました。おとんは、くたくただったので、その夜はわたしが泊まることとなり、おかんといっしょなのはこれが最後となりました。
激痛が20分おきで、もうなんの薬も効かない。デュプロパッチという麻薬系の薬も限界。ただ一つ、この注射をすれば痛みは治まるかもしれないが、そのまま目覚めない可能性が高いので、医師としては使いたくない、今日、明日でしょうとのこと。
おかんには激しい幻覚。いろんなこと言ってたな。さすってやるしかないんだ。。。
看護婦さんから、身体がもたないですよと、特別に布団を出してくれ、ソファで気がついたら寝てた。
朝、おかんはびっくりするくらい、痛みが治まって、でも今日くらいだなって感じました。
おとんと交代。ちょうどいいの。最後の夜となるはず。おかんはおとんといっしょに最後がいいと思ってたから。
ただ、この時期、亡くなったらどうする?が何も聞いてない。看護婦さんにこの病院のシステムと亡くなったときの着替えが必要と、初めて知った。
もう、おとんに遠慮してる場合ではない。悪いけど亡くなったらどうしたい?って。だから、お寺にもしかしたらって電話だけしておいた。8時16分、深夜かと思ったけど、早かった。
この日だけは、痛みがなく、だんだんと自然に亡くなったとのこと。わたしは、おとんと交代して家にいたから。これは良かったと思う。
なんだか、こんなこと書いてたら10000字になってしまうね。
通夜、告別式、こいつはきつかったなあ。見事な遺影でね。これ、おかんやわって。妻が選択してくれた。まともに見ることができない。あの遺影。あの世で見てるのだろうか?
わしと最後の夜、おかんは「注射して!」とか「いま絵を書いてる」とか、「トイレにいく」とか。やっぱ息子にみせたくない、これはあったんだろう。痛みが限界になった時、わしにこう言ったわ。
「あんたも悪党や」
って。。その時は気にならなかった。少しでも痛みが消えてくれたらとは思ったけど、最後の注射は頼めなかった。悪かった。おかんよ。激痛だったろうに。
亡くなってから、あの「あんたも悪党や」という言葉が、深く突き刺さってね。最後の注射してあげればよかったのか。。。最後の夜をおとんと過ごせたらいいとは思ったから、これでいいと思ったけど、遺影を見る度にあの言葉が忘れられない。。。。
ただ救われるのは、「妻といつまでも仲良くしてね」これははっきり言った。あれから、いろんなこと言い出したなあ。痛かったんだろう。
この1週間、1回で書ききれないくらいあった。
おかんよ、1年と少し、頑張ったなあ。天国でいっぱい水飲んでな。ありがとうな。