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新しいことを始めてみよう、と久しぶりにログイン。さてさて、いつまで続くかな
Jan 9, 2010
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オフクロの爆弾パワー、最近では妻の実家をも巻き込む気配を見せている。先日、お中元のお礼の電話が僕のオフクロから妻の母にあった。母「息子からさびしくしている○○さん(妻の名前)に電話をちょくちょくしてほしいとお願いされたので、よくしているんですよ~~」と言っていたらしい。妻は仕事をしている。したがって、朝から晩までバタバタで電話はかけてもなかなか繋がらない。“そんなはずはない‥”と思いながらも妻の母は相槌をうっていたらしい。そのエピソードを聞きながら、僕ら夫婦は結婚式直後のある“事件”を思い出した。前回の日記に書いたような小競り合いはあったものの、そこは皆大人、和やかに帰途につこうとしたのだが‥事件は成田空港で起きた!僕たち夫婦はお互いの両親と兄弟、友人たちに挨拶をして空港で別れた。空港内のレストランでささやかな慰労会を二人で開き鳥のからあげをつまみにビールを一口飲もうとした途端、僕の携帯に電話が入った。父「あっ、もしもし俺だ。」僕「どうした?」父「ふぅー・・・カアサンがいないんだよぉ・・・」いつになく小さな父の声が電話から聞こえてくる。いらいらしながらも僕は事態を掌握しようとした。僕「いったいどうしたんだよ」父「カアサンがいなくなったんだよー、荷物はあるんだけど。」僕「とにかくオフクロに連絡取ってみるから」すぐ母の携帯に連絡した。すると、耳を疑うようなセリフが飛び出した。母「あっオフクロ!別々に帰ることにしたからぁー」僕「えっ飛行機のチケットはどうしたんだよ」母「カードで買ったよぉ~」とさらり答える。なんと!!母(当時60歳)は自分たちの荷物合わせて7個!!!!を空港に置いたまま、別便を取り単身で家へと帰ったのだった。“訳分からん‥???”と思いながらも父は残された荷物を一人でかかえて泣く泣く、家路に。。。その夜は周りに住んでいる親戚の家も巻き込んでの大騒動になったのは言うまでもない。鼻毛爆弾空港で爆発!!一時の猶予も許さない。。。理由ははっきりとは未だ解明されていない。。。
Jul 19, 2005
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そういえば、2年前ハワイで挙式をあげた。招いたのは互いの両親、親しい友人のみというシンプルさ。北の大地で生まれ育った僕の両親は、海外へ渡るのが初めてだった。ハワイでの結婚式には気掛かりなことがあった。初めての海外で母お得意の“鼻毛爆弾”が自爆するのではないかと。。さて、問題の旅行中、ワイキキビーチに“北のトド”が、しかも顔がかなり赤いものが打ち上げられたと連絡があった。他でもない、母であった。妻を伴い慌ててホテル前のビーチに駆けつけたところ、パラソルも帽子もなく直射日光にさらされている母が一人でいた。父とケンカしたのか、赤ら顔の母は右手に缶ビールを握り締めていた。還暦迎えたばかりの母は、ホットパンツにTシャツという服装。心配した妻は帽子とビーサンを買ってきたが母は「あぁーあっ!一人でせいせいするわー。」とのたまい、私流にハワイを満喫しているようだった。原因はやはり父だった。母を置き去りにして、親戚へのお土産用に、ABCマートで「hawaii」とプリントされたTシャツ(5ドル)を買いまくっていたようだ。せっかくハワイに連れてきてもらったのに‥と母はスネ思わず缶ビールを手にしたというわけだ、息子夫婦が渡した帽子とビーサンさんを気にも留めず、暑さと酔い、そして怒りで顔を真っ赤にしながら母は夫への不満をぶちまけていた。恐るべし、“鼻毛爆弾”の匠。たくましさに年季がはいっていて、僕ら夫婦が束になってもかなわない大御所ぶりを発揮した結婚式旅行でのエピソードだ。滞在期間中、色々あったが今回は1つだけにしときます。母も人の子だが、それにしても。。。
Jul 6, 2005
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還暦迎えたオフクロのキャラを象徴的にあらわすもの‥それは「園芸市!!」妙齢のご婦人なら誰もが好きだろうが、彼女の思い入れはちょっと違う。妻を連れ故郷の両親に挨拶に行った時のこと、ちょうど園芸市をやっていた。僕らは園芸市の会場で待ち合わせをしたのだが、向こうから満面の笑顔でなにやら掴み空に振り上げている女性がやって来る...オフクロだった。聞くと、サクラの苗木というではないか。日ごろ“鼻毛爆弾”を生んだ母親を何となく敬遠気味の僕もこの時ばかりは感動してしまった!後日、結納が東京某所であり、再び皆で顔を合わせた。結納が終わると、オフクロがなにやら後ろでもぞもぞしている。「こっそりと!!こっそりと○○さんに!!」どうやらお祝いのつもりで買ってきたらしいその花はなぜか「ハイビスカス!!」花を買うと決まってオヤジに渋い顔をされる母はこっそりと僕たちの祝いの為に買ってきてくれた。普段からそっけない僕もその時は多いに感動し、感謝したのであるが...もらったハイビスカスを数ヶ月で妻は枯らしてしまった。爆弾女は一人ではなかったのか‥‥僕の苦悩は続く。。。。
Jul 4, 2005
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オフクロの口癖の中で、僕を最も悩ませるものがある。受話器から聞こえてくる母の第一声、「あんたペテン師かいっっ!」いつの頃からか覚えていないが、ほんのり酔った調子で昼夜問わず電話をかけてきては罵る。原因にこれといって心当たりもない(そして、言っていることもほとんど分からないが)どうやら母曰く、そのときは僕がペテン師らしい。しかし次の日にはすっかり忘れて「今日はこちら快晴でーす」とのたまう。そんな母の好きな柄は「花柄」。それ以外をプレゼントされても自分にもらった気がしないらしい。そこで、先日でかけた陶器市でペテン師呼ばわりの息子から花柄の急須と湯のみを母の日用に買い、郵送した。数日後「いいものいただいたわぁ~。早速おいしい緑茶を毎日飲んでます」湯のみにお酒を入れてるのではないかと心配していた僕はほっと胸をなでおろした。。。再び何時、母から人生の決意を綴った“鼻毛爆弾”が舞い込むのか、ひやひやしながら暮らす日々は今日も続く‥
Jul 4, 2005
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発端は平日の朝の電話だった。出勤前の慌しい中、携帯に出ると母の声が聞こえてきた。“オヤジと別居したいから、弁護士さんに証言してよ”“はぁ!?”“証言するくらい簡単なことでしょ”“いま忙しいからかけ直す”電話を切ると、妻がアイスコーヒーを持ってきた。“お母さんから?”-----“そうだ”短く答えて僕はPCに向かった。DVなどテーマに活動する女性用のNPOを検索するためだ。団体の連絡先はすぐに見つかり、実家の母に電話をかけた。“今から言う番号に電話するといいよ。シェルターも紹介してくれるし、オフクロの力になってくれるはず。”しかし、今度は母が異を唱えた。“何で証言してくれないわけ!?”数日後、故郷の消印が刻まれた手紙が届いた。妻が代わって封を切ると、母の筆跡だった。“○○へ(私の本名)一人の62才の女性が必死になっている。そんなにむずかしいこと、オフクロたのんだかなー。☆☆弁ごしもやはり証人が必要 かといって証言台にたつわけでない。生活を変えるむずかしい 少しずつ進歩している。自分はぶれない力をつけたと思うが自宅で夜 ケンカしない チエが笑われるから。お前も幸福なる オフクロも幸福なる。ともすれば あおられる これは赤信号。そんなにムズかしいこと。”文面には実際に誰かに相談した形跡はなかった。妻は手紙の到着を僕に知らせてくれたが、中身は詳しくは言及しなかった。土曜日、仕事がひと段落した僕は母に電話してみた。“俺だけど、天気はどう?”-----“快晴だよ!”“そうか、こっちは雨降りだよ”例の話題から切り出さなかったのは、気にかけてることを相手に悟られないためだ。“ところで、どうなったの?”------------“何にも。順調だし元気だよ!”またか、と思いながら僕は短い会話を終えた。オムレツをつまみながら、僕と妻は総括を行った。“結局、何だったのかなー”“いいじゃない、お母さん元気なんだし、問題ないって言うんだから”“でも、今回は弁護士まで持ち出してきたわけでしょ”“お母さんは貴方に聞いてもらい手紙書いてスッキリしたのよ”“はぁ!!??”“伸びた鼻毛を抜けば、スッキリするのと同じかもよ”僕は納得できなかったが、言葉を重ねはしなかった。「鼻毛でできた爆弾なら、平和かも」----そう思えたからだ。
Jul 3, 2005
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