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補聴器 5月8日 入院3日めは、まだ「水」とか「リンゴ」とか、「寝返りしたい」とか言っていた。3点セット(酸素吸入器とバルーンと点滴)だけ取り付けられていた。食事はしない。4日めは心電図盤がベッドの側に置かれた。指に嵌められた測定機をイヤがって、すぐにとってしまう。酸素マスクも外す。どんな病人も、このマスクはみんな嫌うが、潜水キャップがいいだろうに。でなければ、上半身すっぽり覆う箱型にすべきだ。 5日め、ほとんど喋らなくなった。点滴容器が2つになった。1日6回ぐらいだった痰の吸出し回数が、12回になった。どこでお葬式をしようかと思案している母は、病人の言うことが聞き取れるよういい補聴器を買うため、外来で聴力テストをして貰った。16万円のをテストに借りたが、補聴器をしない時とあまり変わらない。「新しい補聴器、つけてるよ」と、義父に言っている。「わかってるわ。『ピー、ピーって、聞こえてるやろ?』言うたら、ウン、ウン、て頷いてる」「え? ピー、ピーいうてるのん?」「うん」「おかしいわ、それ。貸してみ」と母の耳から取って自分の耳に近づけてみると、「ピーーー」と周波数の合わないラジオみたいに鳴っていた。この「ピー」が邪魔にならないということは、全然聞こえないということではないか。2002/07/31 20:23:50だんだん「痰とるのん、あんまりイヤがらんようになった」 母が言った。義父はほとんど意識がないようだ。血糖値を計る機械がまた増えた。「どうして家へつれて帰ったらええか、看護婦さんに聞くわ」「葬儀屋さんに連絡したら、運んでくれはる」「家へ帰るねんで」「会館へ運んでもうたらええやないの」「家へ帰らしたんねん。2日ぐらい置いといてやりたいから、会館はあかん」「家へなんか連れて帰ったら、お姉ちゃん来てくれへんようになるよ」「かめへん」 こんな話をして5時間ぐらい経ってから、母は突然言った。「寝台車、雇おうと思うねん」「葬儀屋さんが、寝台車で運んでくれはるやん」「家へ帰るねんで。会館と違うで」「どこへでも、云うたとこへ運んでくれはる」「いつ帰って来てもええように、新しいお布団敷いといた」「座敷に?」「ベッドに」「死んだ人、ベッドになんか寝かせへんわ」「かめへんねん」 ベッドを捨てるのがタイヘンだ。「なにを着せて帰るのかなあ」「浴衣がええと思うわ」「いつ持って来たらええやろか? あんまり早いこと持って来てもけったいなし---」「早よ持って来て、ロッカーへ入れといたらええやん」「ええやろか?」「誰が、あかんて言うのん!? それにしても、まだまだやで」「いつごろやと思う?」「来月やわ」2002/05/13 23:25:46無題 入院3日めは、まだ「水」とか「リンゴ」とか、「寝返りしたい」とか言っていた。3点セット(酸素吸入器とバルーンと点滴)だけ取り付けられていた。食事はしない。4日めは心電図盤がベッドの側に置かれた。指に嵌められた測定機をイヤがって、すぐにとってしまう。酸素マスクも外す。どんな病人も、このマスクはみんな嫌うが、潜水キャップがいいだろうに。でなければ、上半身すっぽり覆う箱型にすべきだ。 5日め、ほとんど喋らなくなった。点滴容器が2つになった。1日6回ぐらいだった痰の吸出し回数が、12回になった。どこでお葬式をしようかと思案している母は、病人の言うことが聞き取れるよういい補聴器を買うため、外来で聴力テストをして貰った。16万円のをテストに借りたが、補聴器をしない時とあまり変わらない。「新しい補聴器、つけてるよ」と、義父に言っている。「わかってるわ。『ピー、ピーって、聞こえてるやろ?』言うたら、ウン、ウン、て頷いてる」「え? ピー、ピーいうてるのん?」「うん」「おかしいわ、それ。貸してみ」と母の耳から取って自分の耳に近づけてみると、「ピーーー」と周波数の合わないラジオみたいに鳴っていた。この「ピー」が邪魔にならないということは、全然聞こえないということではないか。2002/05/13 22:42:40
2002.05.13
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部屋片付けて 4月26日 母が契約して母がかけていた弟の生命保険のお金が、弟本人が受取人だったため、娘にしか下りないという。そのことを電話で話したら、弟の娘YA子と別れた嫁Q子さんが、連休に来るという返事だった。「積もる話しがあるから、泊ってもらう」と、母は姉の娘Mymeを呼んで部屋を片付けた。3DKで一部屋応接セットが入っているから、もう一つの部屋は箪笥がずらりの仏壇にミシンで一人分の蒲団を広げるのがやっと。90歳になっても縫い物や洋裁をしたりするので、片付けるなんて容易ではないなだ。「学校の先生やねんて。別嬪さんになってるやろな」「私らの顔、覚えてるやろか」「近くにええ空家があるから、YA子に借りてやろと思うねん」 などと、YA子の来るのを二人で待ちかねていた。ところが28日になって、Q子さんから「行けなくなりました」と手紙が来た。「戸籍謄本と委任状は、後日お送りします」と書いてあった。会うのを楽しみにしていた義父はひどくガッカリして、病気になった。5月2日の晩に倒れ、3日に入院した。「入院した」と聞いて、YA子とQ子が新幹線でやって来た。待っている戸籍謄本は持たず、お見舞いとYA子の写真一枚、置いて帰った。「もう行きません」なんて言わずにあっさり来ていたら、義父は病気にならなかっただろうに。2002/05/13 21:55:47縁なき人 4月15日 弟と一緒に暮らしていた女の人に、「百万円ぐらいやろうと思う」と父が言った。「死んだ人も引き取らないし、お葬式にも来ないのに、そんなことする必要ない」と反対した母も、「一遍は籍も入ってたし、長いこと世話になっていたんやから」と言われて「そうやなあ」と思いなおした。「誰に持って行って貰おかなあ。Tちゃんのお嫁さんに頼もか。Mちゃんに頼もか?」なんでも、誰彼なしに頼もうとする。「うちが持って行ったるわ。いろいろ話も聞きたいし」「そう」 そのつもりで待っていたが、「郵便局、お金くれへんねん」と電話して来た。生命保険金の受取人が当人の名前になっているので、父も母も受け取れないというのだ。「私が20年も掛けててんで。つい10日前にも今月分払ろた。『入院してます』言うてお金貰うてもええとこを、そうそう貰うのもヤらしいと思て黙って払ろたのに、イケズなこと言うわほんまに」 弟の、20年前に別れたムスメになら、お支払いしましょうと言うらしい。簡易保険なんか、掛け金が高い割に入院時の補償金が少ないから損だと、以前から言ってやってたのに、集金人さんが好きだというだけで、自分たちのが次々と満期になっても弟のや私のを掛けていたのだ。「C子さんの実家に、まだ誰かいてはったらええけど……」 C子さんはとっくに再婚しただろうし、28歳になるムスメは結婚しているだろう。行方探すのもタイヘンだ。「そんなわけで、一緒にいてた女の人には百万円やるのンやめとくわ。死んだ人引き取れへんというたし、お葬式にも来なかったし」2002/05/04 17:41:43弟の娘 4月20日 「C子さんの実家に、C子さんのお兄さんがいてはった。C子さんは再婚したけどYA子はまだ独身やねんて。連絡しときます、言うたはった」と、電話の母の声は嬉しそうだった。「AYATAの家が絶えてしまうから、孫のYA子に戻って来て貰おかと話してるねん。一千万円やるというたら、来てくれへんかなあ」 AYATA家というのは滋賀県の郷氏で、広大な山地田畑を所有していたが昭和の初めに絶えかけて、HIGASI家の八男だった父が養子になって跡目を継いだ。しかし大阪へ出て来て長く住んでいる内に、「不在地主」とみなされて山や土地は大方国に没収された。くわえて息子は、AYATAの土地に大きな屋敷を建てて暮らしているHIGASI家の子供に田畑を売り、バクチと酒に遣ってしまった。絶えて当然のAYATA家だ。「まだ結婚してへんかったら、AYATAへ戻ってくれるわなあ」 豊臣秀吉だって自分の財産をどうにも出来なかった。(絶える家は絶える)と思ったけど、「そうやねえ」と言っておいた。2002/05/04 17:27:45
2002.05.04
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