おおひげ村の『へのぼっち様』やぁ~⚡️さんのブログ

おおひげ村の『へのぼっち様』やぁ~⚡️さんのブログ

2025.02.10
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



高木まどか:歴史研究者
社会
ニュースな本
🟥2025.02.09 07:00‼️


江戸時代に繁栄した吉原遊廓。 
連日、様々な客を相手にする遊女たちには
好ましい客も居れば
反対に出来れば相手をしたく🈚️い


遊女に嫌われた客たちの特徴について
吉原遊廓の遊女と客に関する研究をして居る
高木まどか氏が解説する


※本稿は、高木まどか『吉原遊廓 遊女と客の人間模様』
(新潮社、新潮新書)の一部を抜粋・編集したものです
著者の苗字は正しくは「はしごだか」







遊女に好かれた客と嫌われた客
それぞれの特徴とは⁉️


吉原の当初の客は大藩の大名や大身の旗本など、格式が高く由緒もある「お歴々」の武士たちが殆どでした

仙台藩主・伊達綱宗や姫路藩主・榊原政岑(まさみね)の豪遊が有名ですが、大名の吉原通いは珍しくもなかったとか

安価な散茶女郎の登場した寛文以降は、下級の武士や富裕な町人、果ては浪人まで、様々な客が吉原へ足を運ぶように成ります












様々なひとが足を運ぶ中、歓迎されたのは、高級遊女を買い揚げて、どんちゃん騒ぎをしてくれるような、粋で気前の良いお金持ちです。尤(もっと)も、お金がなくても🐅男ぶりが良ければ遊女達には喜ばれたとか






一方で歓迎されないのは、懐が貧しかったり、野暮な振る舞いをする人だったり……。他にも嫌がられる要素は枚挙にいとまがありませんが、取り分け興味深いのは、「おやぢ」と呼ばれた客たちです






2️⃣
『吉原三茶三幅一対(さんちゃさんぷくいっつい)』(延宝9年〈1681〉)には、伊勢屋という遊女屋の花代(はなよ)について、こんな評判が書かれています




顔は丸顔だが、確かに綺麗な顔立ちで、まさに花のようだ。然し、お年がふけていらっしゃるので、おやぢは好かない風だろう





年齢が近いほうが話も弾みやすいんじゃないかと思いますが

求めるところは別にあったんでしょう

新造や遊女に好き嫌いがあったように、お客だっていろいろ選り好みしていたわけですね







江戸時代では40歳前後の人でも
「初老」「年寄り」と扱われた




おやじ」という言葉は現代でも使われますが、厳密な意味を問われても、なかなか答えにくい言葉ではないでしょうか

『日本国語大辞典』には「年取った男を親しみをこめて、又、見下して呼ぶ語」とありますが、「年を取った」が何歳くらいからをいうのか、はっきりした定義がある訳ではありません

それは江戸時代でも同じですが、もう少し「おやぢ」がどういう存在を指したのか、掘り下げてみましょう




『吉原つれづれ草』には「おやぢ」の言い換えとして、「老(おい)ぬる客」という言葉がでてきます。老いた客という意味ですね

そう言われると、なんとなく現代の「おやじ」よりも年長の印象を受けます。しかしながら、現代と江戸時代では、その寿命が大きく異なることにも注意が必要です




勿論、江戸時代だって、現代のように80、90歳と長生きする人はいましたが、その長短は地域によっても随分異なったようです(氏家幹人『江戸人の老い』草思社、2019)




私が目にした史料では「人生五十年」などと書かれているものもあり、いまからみると随分短命なひとも少なくなかったことが読み取れます




そのせいか、40歳くらいから「おやぢ」といわれたり、甚だしくは「年寄り」「初老」扱いされる場合なんかもあったようです




3️⃣

少し時代は下りますが、『遊婦多数奇(ゆうだすき)』という史料には、「人は四十の内外(前後)になれば、猶更色深くなるもの也」とあり、甚だしくは、「腎虚」して死ぬ人も多かったとあります


「腎虚」と云フのは漢方の病名で、腎水(聖液)が涸渇し身体が衰弱すること、即ち精行為のし過ぎ等で起こる衰弱症を意味します



現代では殆ど耳にしないので「そんなこと本当に起きるのか……?」と疑問に思えてしまいますが、当時の史料に「腎虚」の記述は非常に多く、一般的な病としてとらえられていたことが窺えます




扨(さて)『吉原つれづれ草』には、「おやぢ」が遊女に嫌われることの詳しい説明として、こんなふうに書かれています




「老いた客は物事に気力が衰え、それでいてくどくどと益のないことを繰り返し言ったり、だらだらとしてのろく、淡白だ」



「おやぢ」を「老いた客」と説明し、その欠点ばかりをあげています。ひどい言いようですが、遊廓関連の史料では、「おやぢ」や老いた客について、似たような書き方がされていることは珍しくありません




 こうした説明以外にも、「老人は必ず疑うものだから、その人の想う遊女には近づかない方がいい」(『大通伝』)といった、その疑い深さや嫉妬深さを揶揄するような記述などもみられます




「おやぢ」が客になると、他の客が寄り付かない――そんなことになるのであれば、「おやぢ」が遊女たちから嫌がられたのも頷けます。くどくどしい話をするから嫌だというのも、類推できます




「おやぢ」は見習いの新造の客になる場合が多かったといいますが、新造は、ほとんどが10代。いくら今より成人が早いといったって、そんなに若い女性が、くどい「おやぢ」の話を楽しめる訳がありません





吉原遊廓:遊女と客の人間模様
(新潮新書 1061) 新書 – 2024/10/17
髙木 まどか (著)







江戸の初期、吉原遊廓は大いに賑わって居た

当時、市井の人々には縁遠かった廓内の出来事を伝え

好事家たちの注目を集めていたのが「遊女評判記」

謂わば遊女に関する情報誌である

馴染み客との恋愛やトラブルから

歌舞伎役者や座頭が嫌われた理由

ライバルの悪評を画策する遊女

新造と呼ばれる付き人の少女とのさりげない会話まで――


気鋭の歴史研究者が貴重な文献をもとに甦らせる

何気🈚️い吉原の日常










●吉原が大繁盛だった寛文~天和の頃
●花魁イメージは江戸中期以降
●女衒という仲介者たち
●散茶、格子、大夫――上下する遊女の位
●歌舞伎役者に惚れてはいけない
●「野暮」から「粋」の二十八段階
●馬鹿な男と「渡りに船」の情死
●妊娠と出産、間夫の存在
●「苦界十年」年季明けの人生は












【目次】

序章 吉原の明と暗──天国でも地獄でもない「日常」を探して






第一章 吉原遊廓

幕府公認の買売春地区  吉原が大繁盛だった寛文〜天和の頃  遊女評判記ブームと作者たち  客情報提供コミュニティの存在  出版統制の強化と吉原細見の登場  花魁イメージは江戸中期以降








第二章 遊女の実像

廓言葉「ありんす」「なんし」  女衒という仲介者たち  散茶、格子、太夫──上下する遊女の位








第三章 遊女と役者

浄瑠璃役者を振った「小ふじ」  高級遊女と流行のスター  太鼓持に惚れた新造「あづま」  芭蕉の弟子・其角による評判記  歌舞伎役者に惚れてはいけない  奔放な姉女郎、思慮ある妹女郎  役者の社会的位置づけ  知音(馴染客)の善し悪しの事








第四章 モテる客、モテない客

老ぬる「おやぢ」  遊女に嫌われるわけ  妖怪扱いまでされた「座頭」   遊廓通・藤本箕山の『色道大鏡』  「色道」という体系立て  「野暮」から「粋」の二十八段階  廓の者、役者、博徒は特別な存在  間夫と遊女の忍び会う恋  「モテない客」たちの嘆き








第五章 遊廓と遊女の闇

大坂新町の「心中」事件  馬鹿な男と「渡りに船」の情死  評判記作者の指切り介錯  遊廓経営者のルーツ  評判記作者の筆力と教養  エネルギッシュな批判の応酬  「大門を出る病人は百一つ」「不治の病」梅毒の蔓延  評判記には記載されないわけ 「誓詞」「血文」想い人の死  傷病や死と隣り合わせの世界







第六章 ささやかな日常の光景

妊娠と出産、間夫の存在  過密スケジュールと一息つく時間  古典に和歌に美文字  遊女間の噂と人間関係  「苦界十年」年季明けの人生は  評判記が書かなかった複雑な心情






終章 江戸から現代へ──「遊廓という町」に生きた人びと











【著者情報】

髙木まどか
東京都生まれ
成城大学非常勤講師
徳川林政史研究所非常勤研究員、他
成城大学大学院文学研究科修了、博士(文学)
著書に『近世の遊廓と客』がある






































































































































📰黒星★ULTIMATE☆新聞【吉原】





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2025.02.10 14:00:54
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: