ポエムガーデン

エッセイ 「ロンリーザウルス」




天職と思えていたはずの働きの場を替えたのは、この会社でいったい何度目だろう。
前回サヨナラした会社はどんな理由で辞めたのだろう。
そして夜毎綴られるノートにはどんな代物が描かれているのか?
そして今日一日に飲んだ麦茶の量はどのくらいなのか?
記憶を手繰り寄せてみればきっとそれらのすべてに答えることはたやすいだろう。
けれどそれはいつだってできることだから今はやめにしておくとして・・・。

一日中身につけていた汗と油とホコリでまみれた作業着を脇に抱えて会社のロッカーを後にする。
蒸し暑かった昼間のあのむんとした空気を僅かに含んだ風が、沈みかけの夕陽の色に染まった駐車場を爽やかに吹き抜けていた。
さっきまであくせくしていた工場を振り返ってみると事務所の窓のブラインドがすべて下げられようとしているところだった。
今日も一日の戦いが終わったという合図だ。

「お疲れさん!」
同僚が元気な声を残して車を走らせて帰って行った。
「お疲れさん!」
すっかり通り過ぎて行った車に高々と手を上げて僕はそれに応えるのだった。
長い影をひきずりながらゆっくりと車の中へ滑り込むとそんなに遠くでない帰宅の途へと僕も車を走らせた。
カーラジオからはご機嫌なナンバーに乗ってDJの「お仕事ご苦労様♪」の労いの言葉が聞こえてきた。

家へ帰るとまず風呂に入るのが習慣だ。
身体中にまとわりついた汗や油やホコリやらを石鹸でゴシゴシと洗い流さなければならない。ここまでの作業が今日の僕の仕事ということだ。
風呂から上がると食事はしっかりとビールは適当に口の中に流し込んで、あと三割で満腹というところで缶ビールを一本持って自分の部屋へと引き上げる。
部屋に入るとスローモーションで見るヘッドスライディングのごとくベタッと床に滑り込み、それから数十秒したあとにラジオのスイッチに手をのばす。
このような行動パターンを毎日のように繰り返しているのだった。

「へぇ~恐竜かぁ~」と僕はつぶやく。
その日のラジオのDJは恐竜についてあれこれ語っていた。
僕はなんとなくゴジラとイメージを重ね合わせてみる。
けれど恐竜は火を噴かないとのこと。
でももしも恐竜が火を扱っていたとしたら恐竜による文明が存在していたかも・・・と、考えが飛躍してしまう僕。
僕はタバコを吸い込むとゴジラが火を噴くかのような姿を真似て煙を吐き出してみる。

キョウリュウ・・・。
現実からかけ離れているせいか、仕事で疲れているせいか、どこか心が癒されるような響きに感じられた。


疲れがいくらかとれて、身体が少し軽くなったところでゆっくりと立ち上がり、窓辺に移動し飲みかけのビールをいっきに飲み干した。
「う~ん、少し足りないかな」と缶の底を覗き込む。
この喉の渇きは暑い夏のせいだろう。
この心の渇きはいったい何のせいなのだろう?

窓の外に目をやると、草むらの中で蛍たちが、小さいながらも精一杯の力で生命の光を放ち続けていた。
力無くタバコの火を光らせている僕は、なんともけなげで小さい存在のように思えてきた。

ラジオのDJは「おやすみなさい」の言葉と共に番組ラストの曲を流し始めていた。
明日もまたいつもと同じ時間に目を覚まし、今日と同じような汗の中の仕事が待っている。
そして同じように戦っているであろう仲間たちもきっと、他の蛍たちと同じようなささやかな光を放ちながら、つかの間の癒しの中にいることだろう。

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