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いつも思うが鈴鹿はチャンピオンシップにとって重要なレースとして開催されるので、本当に興味深いレースになる。
今回は、ブリヂストンがホームレースになるのだが、路面温度がそう高くならない条件なのでミシュランにもチャンスがあるかな?と思っていたが、どうやらBSは切り札的タイヤを持っていた・・・・。此処はBSのお膝元、路面の詳細なデータもあるし、負けるわけには行かない!と言うことと、引退を表明したミハエルに勝って引退をさせたいと言う思いが、ここまでの差をミシュランにつけたと言えるのだろうか?
ミハエルは第二予選で鈴鹿のレコードタイムを2秒以上短縮してしまったが、当にタイヤ戦争の結果と、マシンの熟成が進んだことを物語るのに充分なデータだが、去年の900馬力のエンジンを積んでいたら一体どんなタイムになったのだろう。残念ながらそうした実験は行われないから、タイヤで得たラップタイムの向上と言う純粋な部分は判らないのだが、シーズンの始まる以前のテストでは、3秒遅くなることが判明していた訳だから、此処鈴鹿で去年のキミ・ライコネンの出したレコードタイムを2.58秒上回ってしまったのだから実に5.58秒ほどV10/900馬力のマシンより実質速くなったことになる。
タイヤ以外で伸びた分と言うのは、最高速と加速で得た分と言うことになるが、実はそこが空力との相関関係で、一概に言えないことが多い。
なぜなら、空力の進歩と言うのはトータルな空気抵抗を減らしつつ、ダウンフォースは増やす方向の進歩だから、ボディー下面を流れる気流によるところが大きいグランドエフェクトによるダウンフォースが上手く得られ、ボディー表面とボディー後端、前後のウイングとタイヤなどで起こす乱流によるドラッグ(空気抵抗の一番大きな原因)を少しでも減少させられれば、直線で速く、しかも高速なカーブではダウンフォースの大きさの為、物凄い力で路面にタイヤを押し付けることになって、コーナリング性能が向上するわけだから、コーナーで速くなり、したがってそのコーナーに続く直線の速さが増すという相乗効果を生むことになる。
まあSAF1-06が遅い理由はそこいら辺に多くあって、少ないドラッグで大きなダウンフォースを得ていないことが最大の理由なのだろうし、そのバランスが高い車が、フェラーリでありルノーと言うことだが、今回ホンダが7位8位の予選結果になったが、実際にルノーやフェラーリとのマシンの差は非常に少なく、同じミシュランタイヤを履くルノーとのタイム差を比較して見ると第2予選でのジェンソンのタイムとフェルナンドのタイムを見れば良く判る。
トヨタも速かったが、フェラーリとの差は1秒以上あるというのが現時点のマシンの空力の差になっているので、ほぼマシンの差が同等なフェラーリとルノーと言うことを考えてみると、ホンダのほうがトヨタより空力を含めたシャーシの性能では勝っているようだ。
残念ながら当にホンダのホームレースだが、ブリヂストンが1秒ほどミシュランに差をつけてしまったので、ホンダはトヨタの後ろで決勝レースのスタートを迎えることになってしまったのだろう。
それにしても、この予選結果をよ~く記憶して置いてください。トップドライバーの実力と言うのはこれほど接近していて、タイヤで一秒の差があれば、マシンに問題が無ければこういうタイムになるということを、良く記憶しておいて欲しいのです。人間であるドライバーの差ってそれほどに少なく、勝敗にとってドライバーの握る分部が案外小さいということなんです。
私がそれを語る時の根拠は、人間の脳や神経の情報伝達速度はほぼ互角で、訓練された人間同士の肉体的な制御能力も、どちらも生体であるという意味で殆ど差が無いことにあります。
これがコンピューター制御や機械制御となるとハードウエアのクロックやアーキテクチャー、制御ソフトの効率的設計などで、倍ほどの速度を出すことはいとも簡単なことになることがよくあります。
つまり人間が作り出すハードウエアもソフトウエアも発展途上そのもので、進歩する伸び代が無限に近くあるのです。しかるに人間の能力と言う部分で、F1パイロットの受け持ちは、三半規管を主体とする正確なGセンシングと反射的な古典的脳部分を使った素早いハンドリング等、多くがその生体反応能力で決まり、レース運びや全体的な判断力などを除けば、大脳皮質によらない動物としての肉体の勝負だということなので、殆ど差が無くて当たり前なのです。
その僅かな差で勝負がひっくり返ることはありますが、大方の差と言うのは前に書いたとおり、発展途上で、まだまだ無限に進歩する可能性を秘めたマシン、タイヤといった物質やハードウエア制御システムの問題なのです。
陸上競技のスタートで、スタートの合図から人間がスターティングブロックを蹴る時間を測定して、選手が予測でスタートしたかスタートの音を聞いてから反応したかを判定していますね、それを人間が可能な反応時間を元に行っていることを思い出してください。
充分訓練された、しかも元々優れた人間の肉体の能力の差と言うのは殆ど無いんです。ミハエルが7度のチャンピオンに輝いたのは、彼の生体としての能力ではなく、2時間あまりのレースディスタンスを集中できるメンタルの強さを長年維持したことも見逃せませんが、大脳皮質を使った、ハンドルを握っていない時の人間の能力、熟慮した時の判断力によって築き上げたものだと思うのです。
瞬間的な判断ではミハエルはしばしは間抜けなこともやってしまうのは、皆さん良く知っていますね?だからフェルナンドに尊敬できないチャンピオンなどと雑言を言われるのですよね~・・・・・・・。
そこを、これを読んで理解していただければ、レースにとって、マシンと言う人間が作る部分の能力差は、簡単につけられる可能性を常に秘めているが、逆に人間がどんなに頑張っても、一見大きな差がついたように見えるときも、実はマシンに多くの問題が隠れていて、そうなるということが判ると思うのですが・・・・・。
これは科学なのです。
追記
しかしそれにしてもタイヤの選択の難しさ、影響の大きさをここ鈴鹿でも再確認した。 キミ・ライコネンが予選の10位にも入れなくなるんだからね・・・・。
誰だってキミ・ライコネンがF1のトップドライバーの一人だと知っているよね?それでも予選は11位だ・・・・・・この事は「タイヤの影響が強すぎる」ということと「パイロットの能力の差は少ない」と私が主張していることを、如実に裏付けていると思う。
訪問していただいた方の指摘で、F1ドライバーなら誰が乗っても同じと言うニュアンスを感じるというご指摘がありましたので、此処でおことわりを一言付け加えさせていただきます。
トップドライバー数人の力は拮抗していると考えていますが、ドライバーは個性溢れる生身の人間であり企画された機械ではありませんので、私は決して誰が乗っても同じとは考えていません。
レースに同着は無く、どんなにドライバー以外のファクターが拮抗していても1位2位3位と異なるリザルとになります、ですからどんな僅かでも差は厳然とある訳で、F1パイロットはその僅かな差を競っていると言えると思います。
全体に対して一言、言うまでも無いと思いますが、これは私のblogであり私の個人的意見を文章にしています。