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2005年10月23日
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カテゴリ: 真宗
今し方湯船につかり心の中に涌いてきた思いがある。
それは
民衆とともに生きた(民衆を課題にした)証(あかし)として法難があるんだと感じた。
ついこの間まで日蓮宗に対してちょっと拒否感があった、しかしネットで日蓮宗のお方と少し関係が出来、日蓮宗のことを少しずつ知る中で、日蓮宗も法難を大切にしているということを知った。何故拒否感があったかというと、日蓮系では親鸞に対する拒否感というか存在否定というものを感じていたので…。
鎌倉新宗教といわれるものが開かれる一つの契機として、既存仏教に対する絶望感があったと思う。比叡山、高野山、奈良仏教が名前だけの仏教になっていて、成仏という課題を背負っていなかったことがはっきり見えたのであろう。
その中でも特に法然、日蓮、一遍、親鸞は、混乱日本の中で、民衆救済という課題があったのだろう。
ニホンに伝わってきた仏教は大乗仏教といわれる。大いなる乗り物として、多くの人々を救済するという課題を持つ仏教として日本に伝わってきた。
当時の日本は、政治を司るものは「自己中」そのもの、そして我身を守るものとして仏教寺院に加持祈祷を依頼した。それが勅願寺となっていく。日本のことを願ってというよりは我身を守るため。「民衆」のことなど眼中にはなかった。利権にまつわる争いごとも起こる。利権を求め武士階級のものも戦を起こす。民衆虫のところで政治権力の争いがされ、民衆にしわ寄せがいく。なおさら民衆の生活が貧窮していく。でもここでいう民衆とはまだまだ、都の人々なのだろう。
世の中を見渡す中、仏教に出遇う中、「民衆と共に生きん!」という課題が明らかになったのが、念仏系、日蓮系なのだろう。

民衆が我々も人間なんだと気づき、人間として生活しようとする中で、その基盤となる法然・親鸞・日蓮の教えが朝廷に取ってジャマな存在として写ってきたのだろう。
人間救済、あらゆる衆生と共に生きんという課題が明らかになったあかしとして法難を見て行かなくてはならないと思う。
その教えを受け継ぐ私たちにとって法難をともしびとして生きていくことが大事なのだろう。大事な視点として法難を頂いていかなければならない。

思い起こせば原発の問題、ハンセン病の問題、そこに関わっておられるかたがの中に「お題目」を大事しておられた方々の姿を思い出す、足跡が見えてくる。

でも、今カルト教団に対する宗教弾圧、これは法難なんだろうか。私たちに法難がやってくる契機となるものだということは頂けるのだが、カルト教団対策は必要なのかどうなのか、何をすればいいのだろうか。
課題は沢山ある。


そろそろ仕事に行く準備にかからなければ、現実が待っている。自分が生活をするという中で、課題がもみ消されていくのだろう。(自分が消すのだが)







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最終更新日  2005年10月23日 08時47分00秒
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