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2006年04月17日
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カテゴリ: いろんなこと
魂の螺旋ダンス

第2章 民族国家宗教
第3章 超越性宗教
第4章 絶対性宗教
第5章 内閉的カルト
第6章 さらなる螺旋へ

~~~~~~~~~
だいぶ前からこの本を購入していたのだが、最近ようやく読み始めた。私は字を読むのが遅く、集中力もそう長く持たないので、まだまだ読み切ってない。まだ二章の最初の方だ。
宗教の変化というか、権力者に利用されてきた歴史が見えてきた。彼は宗教を、部族シャーマニズム・部族国家宗教・超越性宗教に分類している(今読んだ時点では)。また聖なる表徴についても、最初は動物の精霊だったが、豊穣の女神(農耕民族)・男性的な天空神(遊牧民)へと変化していっていると言っている。そして日本の国家神道は部族じゃーまにズムではなく、部族国家宗教であると断言している。国家を護持するために作られたものなのだそうだ。国家体制を護持するものが神道であるといっていた。国家を統制するために、護持するためのシステムとして「宗教」があったということなのだろう。そのための目的で宗教が使われていたということ。ひとつの宗教を信仰するものとして考え込んでしまう。心が重たくなる。


宗教は民衆を眠らすために、民衆を民衆(人間)として自覚させないためのものとして今もずっと利用されている、これが宗教なのだ。時には釈尊、キリスト、私たちからすれば法然・親鸞と民衆のための宗教という動きを作っていくのだが、いつのまにか国家を統制するシステムとして宗教が利用されている。
まさに「宗教はアヘンなり」だ。
だから私は親鸞に返ろう!釈尊に返ろう!って決意するのだ。
親鸞、釈尊が歩もうとした道を同じく進みたい、鮎みたい。

イスラム教については自分の中でほとんど知識がないので、何も語らない。





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最終更新日  2006年04月17日 16時26分16秒
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