ごぼはん(あおさん)のひとりごと

ごぼはん(あおさん)のひとりごと

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月

カテゴリ

コメント新着

プロじゃないから恥ずかしくないもん @ 正統派美少女 正統派美少女正統派美少女正統派美少女正…
あおsan @ Re[1]:今までのがよかった(01/21) abhiさん 新しいことはよいことあるので…
abhi @ Re:今までのがよかった(01/21) 誰だー、オレの留守中に勝手に台所に入っ…
あおsan @ Re:使ってみてどう?(12/26) まだ餃子しか焼いていないのですが、今ん…
nappa2914@ 使ってみてどう? いーなー、私も欲しい!28cm狙い目。 テ…
2006年08月15日
XML
カテゴリ: 真宗
61年前の今日太平洋戦争が終結した日、日本が戦争に負けた日だ。
「二度と同じ間違えを繰り替えなさいように」
と祈りを込める人が多いことであろう
でもこの祈りどうだろうって今思う。
何でかというともう間違えを繰り返しているじゃないか、なんて私は思ってしまう。
靖国も前で、各県の護国神社の前で二度と同じ間違えを繰り返さないでという祈りがむなしく感じる。
ただ私はやっぱり「戦争はイヤダよ~」と祈るばかり。「二度とは」とはもう言えない。

戦争犠牲者を利用するのはもうやめようよ。
特に戦争にかり出された人、兵隊として戦争に引っ張っていかれて亡くなった人。

また靖国神社に参拝する人を利用するのはやめようよ。
靖国神社に祀られているとする人達は英霊ではなく、戦争犠牲者だろう。
戦争を肯定した人もいるだろうし、否定した人もいるだろう。
でもみんな犠牲者。
そんなこと考えると加害者っているのだろうか。
兵隊となり殺させられたという意味では結果加害者なのかも知れないが、させられたのなら被害者だと私は思う。
なら加害者は誰だ。得したのは誰だ。

兵士として戦死した人を英霊とする限り、立派な人だった、大切なことをなさった人とする限り、私たちの先輩方が経験した戦争を否定することにはならない。
二度と繰り返さないという願いとあい違って戦争を肯定し、戦争をまた繰り返す装置になってしまう。

我が故郷浄土は立派な人だけがいけるところ、立派だった人だけが住んでいるところではない。南无阿弥陀仏とたすかりたいという叫びを上げた人がいけるところ。
浄土の人となった人を先祖をする私たちは、死者を立派な人と無理矢理いう必用はない。たすかりたい、幸せになりたいという叫びを持ったかどうかが大事なんだから。

等身大の死者を見抜き、死者の奥底にある大いなる願いに気づいていかなければならないことだろう。

靖国神社を国民の総意で解散することが大事なのかな。
特定の人だけの思いによって無くすことも、
他国がいうからと言う性的判断で無くすこともよくないだろう。
日本に住む人がみんな靖国神社が必要ないと思える社会になることが大事なのかな。


コイズミクンは首相としてモーニング服を着て靖国神社に参拝にいった模様だ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年08月15日 07時33分58秒
コメント(0) | コメントを書く
[真宗] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: