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今を史観的考察で言うなら、いまだ間違いなく戦後下である。其れも敗戦側の混沌・無気力・荒廃下の戦後である。当たり前でない鬼子を無数に生み出し、其れが正道化され、逆転尾世相、”当たり前のことを当たり前にやる”ことのできない、正義為るものが存在規定されるものであるなら、不在と為り、不徳不義が強者の存在因子となる。これは勝利した側の国の人種特質の伝播であり、かの国では正義の士が獄中につながれ、不義のやからが法で守られ自由に街をを闊歩するといったことが当たり前のことになって居る社会が現象として、無条件に流入汚染されているということに他ならない。こういう時代性悪な資質の人格の階層のみが、其の利己的エゴの充足のため、其の無節操をもって無知無盲従順羊群的民衆を活用して、私利私欲の限りを尽くす。それに乗じて、軽輩無節操な品性下劣な人格者集団である追従のマスコミが、プロパガンダの先方となり、洗脳煽動の限りを尽くしいい例が吝嗇姑息の下卑官僚の天下りが一例である。これは社会の腐敗とかいった問題理念のでなく、明らかに人道的には犯罪であり、糾弾粛清されべき社会に対し、公的に、一死を持って償われるべき本来なら、当たり前の世の中であれば、重犯罪である。そういった社会状況の中、大衆側に起こる現象として、民衆同胞階層の中の順不義者の裏切り行為である。其れの一例を挙げるなら、企業エゴと低質化である。企業を経営する才覚のないものが、エゴのためにだけ経営し、経済を不景気化し、経済を破綻させるサイクルを招聘する。企業に能力なくしがみつくだけしかない人種が自己保全のためにだけ、べんねいと管理社ぶる。人を雇ってはいけない品格の人格が、人を己のエゴの充足のために利用するため雇用しようとする。このくだりは次回。心ある民衆同胞に告ぐ。いまや一人一殺こそが平成維新成就の手段であると。続く
2010年01月09日
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2010年も、相変わらずに、June的社会観且つ逆転世相が継続するのであろう。昨年後半において、ついに小沢ご乱心が民衆に露見することになり、本年は環善意政治不在の、事となろう。低質無節操の汗顔的官僚の謳歌独壇場が昂進する事であろうか。哲学的見地において、美文土壌の介在しない、超現実的弩級のえげつない人種の闊歩全盛となるものであろうか。それに付け、自己性愛的全く公的使命感を有しない、利己的人格欠落者の官僚群はいかにしたら、淘汰デリート可能なことであろうか?糾弾粛清といった生易しい段階は既に存在し得ない、末世的状況下、断固徹底例外なく、職種分類的に現実から、イレイスするにはいかなる手法が効果的な事己であろうか。
2010年01月05日
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