元気力UP!

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2015年01月15日
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カテゴリ: 吾輩は猫である


主人は伯父さんと云う言葉を聞いて急に思い出したように「君に伯父があると云う事は、今日始めて聞いた。

今までついに噂をした事がないじゃないか、本当にあるのかい」と迷亭に聞く。

迷亭は待ってたと云わぬばかりに「うんその伯父さ、その伯父が馬鹿に頑物でねえ――やはりその十九世紀から連綿と今日まで生き延びているんだがね」と主人夫婦を半々に見る。

「オホホホホホ面白い事ばかりおっしゃって、どこに生きていらっしゃるんです」「静岡に生きてますがね、それがただ生きてるんじゃ無いです。

頭にちょん髷を頂いて生きてるんだから恐縮しまさあ。

帽子を被れってえと、おれはこの年になるが、まだ帽子を被るほど寒さを感じた事はないと威張ってるんです――寒いから、もっと寝ていらっしゃいと云うと、人間は四時間寝れば充分だ。

四時間以上寝るのは贅沢の沙汰だって朝暗いうちから起きてくるんです。

それでね、おれも睡眠時間を四時間に縮めるには、永年修業をしたもんだ、若いうちはどうしても眠たくていかなんだが、近頃に至って始めて随処任意の庶境に入ってはなはだ嬉しいと自慢するんです。

六十七になって寝られなくなるなあ当り前でさあ。

修業も糸瓜も入ったものじゃないのに当人は全く克己の力で成功したと思ってるんですからね。

それで外出する時には、きっと鉄扇をもって出るんですがね」「なににするんだい」「何にするんだか分らない、ただ持って出るんだね。

まあステッキの代りくらいに考えてるかも知れんよ。

ところがせんだって妙な事がありましてね」と今度は細君の方へ話しかける。

「へえー」と細君が差し合のない返事をする。

「此年の春突然手紙を寄こして山高帽子とフロックコートを至急送れと云うんです。

ちょっと驚ろいたから、郵便で問い返したところが老人自身が着ると云う返事が来ました。

二十三日に静岡で祝捷会があるからそれまでに間に合うように、至急調達しろと云う命令なんです。

ところがおかしいのは命令中にこうあるんです。

帽子は好い加減な大きさのを買ってくれ、洋服も寸法を見計らって大丸へ注文してくれ……」「近頃は大丸でも洋服を仕立てるのかい」「なあに、先生、白木屋と間違えたんだあね」「寸法を見計ってくれたって無理じゃないか」「そこが伯父の伯父たるところさ」「どうした?」「仕方がないから見計らって送ってやった」「君も乱暴だな。

それで間に合ったのかい」「まあ、どうにか、こうにかおっついたんだろう。

国の新聞を見たら、当日牧山翁は珍らしくフロックコートにて、例の鉄扇を持ち……」「鉄扇だけは離さなかったと見えるね」「うん死んだら棺の中へ鉄扇だけは入れてやろうと思っているよ」「それでも帽子も洋服も、うまい具合に着られて善かった」「ところが大間違さ。

僕も無事に行ってありがたいと思ってると、しばらくして国から小包が届いたから、何か礼でもくれた事と思って開けて見たら例の山高帽子さ、手紙が添えてあってね、せっかく御求め被下候えども少々大きく候間、帽子屋へ御遣わしの上、御縮め被下度候。

縮め賃は小為替にて此方より御送可申上候とあるのさ」「なるほど迂濶だな」と主人は己れより迂濶なものの天下にある事を発見して大に満足の体に見える。

やがて「それから、どうした」と聞く。

「どうするったって仕方がないから僕が頂戴して被っていらあ」「あの帽子かあ」と主人がにやにや笑う。

「その方が男爵でいらっしゃるんですか」と細君が不思議そうに尋ねる。

「誰がです」「その鉄扇の伯父さまが」「なあに漢学者でさあ、若い時聖堂で朱子学か、何かにこり固まったものだから、電気灯の下で恭しくちょん髷を頂いているんです。

仕方がありません」とやたらに顋を撫で廻す。

「それでも君は、さっきの女に牧山男爵と云ったようだぜ」「そうおっしゃいましたよ、私も茶の間で聞いておりました」と細君もこれだけは主人の意見に同意する。

「そうでしたかなアハハハハハ」と迷亭は訳もなく笑う。

「そりゃ嘘ですよ。

僕に男爵の伯父がありゃ、今頃は局長くらいになっていまさあ」と平気なものである。

「何だか変だと思った」と主人は嬉しそうな、心配そうな顔付をする。

「あらまあ、よく真面目であんな嘘が付けますねえ。

あなたもよっぽど法螺が御上手でいらっしゃる事」と細君は非常に感心する。

「僕より、あの女の方が上わ手でさあ」「あなただって御負けなさる気遣いはありません」「しかし奥さん、僕の法螺は単なる法螺ですよ。

あの女のは、みんな魂胆があって、曰く付きの嘘ですぜ。

たちが悪いです。

猿智慧から割り出した術数と、天来の滑稽趣味と混同されちゃ、コメディーの神様も活眼の士なきを嘆ぜざるを得ざる訳に立ち至りますからな」主人は俯目になって「どうだか」と云う。

妻君は笑いながら「同じ事ですわ」と云う。




本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。

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