元気力UP!

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2015年04月21日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
苦沙弥君などのように来るたんびに寝ている人を見ると羨 しいですよ。
もっとも胃弱にこの暑さは答えるからね。
丈夫な人でも今日なんかは首を肩の上に載 せてるのが退儀でさあ。
さればと云って載ってる以上はもぎとる訳にも行かずね」と迷亭君いつになく首の処置に窮している。
「奥さんなんざ首の上へまだ載っけておくものがあるんだから、坐っちゃいられないはずだ。
髷 の重みだけでも横になりたくなりますよ」と云うと細君は今まで寝ていたのが髷の恰好

迷亭はそんな事には頓着なく「奥さん、昨日 はね、屋根の上で玉子のフライをして見ましたよ」と妙な事を云う。
「フライをどうなさったんでございます」「屋根の瓦があまり見事に焼けていましたから、ただ置くのも勿体ないと思ってね。
バタを溶かして玉子を落したんでさあ」「あらまあ」「ところがやっぱり天日 は思うように行きませんや。
なかなか半熟にならないから、下へおりて新聞を読んでいると客が来たもんだからつい忘れてしまって、今朝になって急に思い出して、もう大丈夫だろうと上って見たらね」「どうなっておりました」「半熟どころか、すっかり流れてしまいました」「おやおや」と細君は八の字を寄せながら感嘆した。

「しかし土用中あんなに涼しくって、今頃から暑くなるのは不思議ですね」「ほんとでございますよ。
せんだってじゅうは単衣 では寒いくらいでございましたのに、一昨日 から急に暑くなりましてね」「蟹 なら横に這
倒行 して逆施 すまた可ならずやと云うような事を言っているかも知れない」「なんでござんす、それは」「いえ、何でもないのです。
どうもこの気候の逆戻りをするところはまるでハーキュリスの牛ですよ」と図に乗っていよいよ変ちきりんな事を言うと、果せるかな細君は分らない。
しかし最前の倒行して逆施すで少々|懲
これを問い返されないと迷亭はせっかく持ち出した甲斐 がない。
「奥さん、ハーキュリスの牛を御存じですか」「そんな牛は存じませんわ」「御存じないですか、ちょっと講釈をしましょうか」と云うと細君もそれには及びませんとも言い兼ねたものだから「ええ」と云った。
「昔 しハーキュリスが牛を引っ張って来たんです」「そのハーキュリスと云うのは牛飼ででもござんすか」「牛飼じゃありませんよ。
牛飼やいろはの亭主じゃありません。
その節は希臘 にまだ牛肉屋が一軒もない時分の事ですからね」「あら希臘のお話しなの? そんなら、そうおっしゃればいいのに」と細君は希臘と云う国名だけは心得ている。
「だってハーキュリスじゃありませんか」「ハーキュリスなら希臘なんですか」「ええハーキュリスは希臘の英雄でさあ」「どうりで、知らないと思いました。
それでその男がどうしたんで――」「その男がね奥さん見たように眠くなってぐうぐう寝ている――」「あらいやだ」「寝ている間 に、ヴァルカンの子が来ましてね」「ヴァルカンて何です」「ヴァルカンは鍛冶屋 ですよ。
この鍛冶屋のせがれがその牛を盗んだんでさあ。
ところがね。
牛の尻尾 を持ってぐいぐい引いて行ったもんだからハーキュリスが眼を覚 まして牛やーい牛やーいと尋ねてあるいても分らないんです。
分らないはずでさあ。
牛の足跡をつけたって前の方へあるかして連れて行ったんじゃありませんもの、後 ろへ後 ろへと引きずって行ったんですからね。
鍛冶屋のせがれにしては大出来ですよ」と迷亭先生はすでに天気の話は忘れている。

「時に御主人はどうしました。
相変らず午睡 ですかね。
午睡も支那人の詩に出てくると風流だが、苦沙弥君のように日課としてやるのは少々俗気がありますね。
何の事あない毎日少しずつ死んで見るようなものですぜ、奥さん御手数 だがちょっと起していらっしゃい」と催促すると細君は同感と見えて「ええ、ほんとにあれでは困ります。
第一あなた、からだが悪るくなるばかりですから。
今御飯をいただいたばかりだのに」と立ちかけると迷亭先生は「奥さん、御飯と云やあ、僕はまだ御飯をいただかないんですがね」と平気な顔をして聞きもせぬ事を吹聴 する。
「おやまあ、時分どきだのにちっとも気が付きませんで――それじゃ何もございませんが御茶漬でも」「いえ御茶漬なんか頂戴しなくっても好いですよ」「それでも、あなた、どうせ御口に合うようなものはございませんが」と細君少々厭味を並べる。
迷亭は悟ったもので「いえ御茶漬でも御湯漬でも御免蒙るんです。
今途中で御馳走を誂 らえて来ましたから、そいつを一つここでいただきますよ」ととうてい素人 には出来そうもない事を述べる。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。





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Last updated  2015年04月21日 10時50分06秒コメント(0) | コメントを書く


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