元気力UP!

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2025年06月01日
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カテゴリ: 吾輩は猫である





その10
主人は旅順の陥落より女連《おんなづれ》の身元を聞きたいと云う顔で、しばらく考え込んでいたがようやく決心をしたものと見えて「それじゃ出るとしよう」と思い切って立つ
やはり黒木綿の紋付羽織に、兄の紀念《かたみ》とかいう二十年来|着古《きふ》るした結城紬《ゆうきつむぎ》の綿入を着たままである
いくら結城紬が丈夫だって、こう着つづけではたまらない
所々が薄くなって日に透かして見ると裏からつぎ[#「つぎ」に傍点]を当てた針の目が見える
主人の服装には師走《しわす》も正月もない
ふだん着も余所《よそ》ゆきもない
出るときは懐手《ふところで》をしてぶらりと出る
ほかに着る物がないからか、有っても面倒だから着換えないのか、吾輩には分らぬ
ただしこれだけは失恋のためとも思われない
両人《ふたり》が出て行ったあとで、吾輩はちょっと失敬して寒月君の食い切った蒲鉾《かまぼこ》の残りを頂戴《ちょうだい》した
吾輩もこの頃では普通一般の猫ではない
まず桃川如燕《ももかわじょえん》以後の猫か、グレーの金魚を偸《ぬす》んだ猫くらいの資格は充分あると思う
車屋の黒などは固《もと》より眼中にない
蒲鉾の一切《ひときれ》くらい頂戴したって人からかれこれ云われる事もなかろう
それにこの人目を忍んで間食《かんしょく》をするという癖は、何も吾等猫族に限った事ではない
うちの御三《おさん》などはよく細君の留守中に餅菓子などを失敬しては頂戴し、頂戴しては失敬している
御三ばかりじゃない現に上品な仕付《しつけ》を受けつつあると細君から吹聴《ふいちょう》せられている小児《こども》ですらこの傾向がある
四五日前のことであったが、二人の小供が馬鹿に早くから眼を覚まして、まだ主人夫婦の寝ている間に対《むか》い合うて食卓に着いた
彼等は毎朝主人の食う麺麭《パン》の幾分に、砂糖をつけて食うのが例であるが、この日はちょうど砂糖壺《さとうつぼ》が卓《たく》の上に置かれて匙《さじ》さえ添えてあった
いつものように砂糖を分配してくれるものがないので、大きい方がやがて壺の中から一匙《ひとさじ》の砂糖をすくい出して自分の皿の上へあけた
すると小さいのが姉のした通り同分量の砂糖を同方法で自分の皿の上にあけた
少《しば》らく両人《りょうにん》は睨《にら》み合っていたが、大きいのがまた匙をとって一杯をわが皿の上に加えた
小さいのもすぐ匙をとってわが分量を姉と同一にした
すると姉がまた一杯すくった
妹も負けずに一杯を附加した
姉がまた壺へ手を懸ける、妹がまた匙をとる
見ている間《ま》に一杯一杯一杯と重なって、ついには両人《ふたり》の皿には山盛の砂糖が堆《うずたか》くなって、壺の中には一匙の砂糖も余っておらんようになったとき、主人が寝ぼけ眼《まなこ》を擦《こす》りながら寝室を出て来てせっかくしゃくい出した砂糖を元のごとく壺の中へ入れてしまった
こんなところを見ると、人間は利己主義から割り出した公平という念は猫より優《まさ》っているかも知れぬが、智慧《ちえ》はかえって猫より劣っているようだ
そんなに山盛にしないうちに早く甞《な》めてしまえばいいにと思ったが、例のごとく、吾輩の言う事などは通じないのだから、気の毒ながら御櫃《おはち》の上から黙って見物していた
寒月君と出掛けた主人はどこをどう歩行《ある》いたものか、その晩遅く帰って来て、翌日食卓に就《つ》いたのは九時頃であった
例の御櫃の上から拝見していると、主人はだまって雑煮《ぞうに》を食っている
代えては食い、代えては食う
餅の切れは小さいが、何でも六切《むきれ》か七切《ななきれ》食って、最後の一切れを椀の中へ残して、もうよそうと箸《はし》を置いた
他人がそんな我儘《わがまま》をすると、なかなか承知しないのであるが、主人の威光を振り廻わして得意なる彼は、濁った汁の中に焦《こ》げ爛《ただ》れた餅の死骸を見て平気ですましている
妻君が袋戸《ふくろど》の奥からタカジヤスターゼを出して卓の上に置くと、主人は「それは利《き》かないから飲まん」という
「でもあなた澱粉質《でんぷんしつ》のものには大変功能があるそうですから、召し上ったらいいでしょう」と飲ませたがる
「澱粉だろうが何だろうが駄目だよ」と頑固《がんこ》に出る
「あなたはほんとに厭《あ》きっぽい」と細君が独言《ひとりごと》のようにいう
「厭きっぽいのじゃない薬が利かんのだ」「それだってせんだってじゅうは大変によく利くよく利くとおっしゃって毎日毎日上ったじゃありませんか」「こないだうちは利いたのだよ、この頃は利かないのだよ」と対句《ついく》のような返事をする
「そんなに飲んだり止《や》めたりしちゃ、いくら功能のある薬でも利く気遣《きづか》いはありません、もう少し辛防《しんぼう》がよくなくっちゃあ胃弱なんぞはほかの病気たあ違って直らないわねえ」とお盆を持って控えた御三《おさん》を顧みる

タイトル
「吾輩は猫である」シリーズ NO.10
出不精な主人、蒲鉾と砂糖の哲学
本文要約
旅順の陥落という時事よりも、寒月の連れていた女性の正体が気になっていた主人は、ようやく外出を決意する。いつものように着古した紋付きと綿入れ姿で、着替えもせずに出かけた。その後、吾輩は寒月が食べ残した蒲鉾を頂戴し、猫としての格が上がったように感じる。
吾輩は人間の“間食癖”を引き合いに出し、台所の御三や、主人の子供たちですら、他人の留守を狙って餅菓子や砂糖を失敬している様子を観察している。特に子供たちが砂糖の分配をめぐって熾烈な「一匙戦争」を繰り広げた末、壺を空にしてしまった出来事を例に、人間の公平感の裏にある利己性を痛烈に批判する。
帰宅した主人は朝食で雑煮を無言で食べ続け、最後に一切れだけ残して箸を置いた。胃弱改善のための薬「タカジヤスターゼ」についても、以前は絶賛していたのに今は「効かない」と言って頑なに飲まない。その態度に妻は呆れながら「もっと我慢が必要」とたしなめるが、主人は「効かないから飲まない」と言い張るばかり。傍らで見ている吾輩には、その頑固さと身勝手さが滑稽に映るのだった。
解説
この章では、明治時代の「内面にこもる知識人像」を、ユーモラスかつ批判的に描いています。主人は時事的な「旅順陥落」などよりも、友人が連れていた女性の素性に興味を示し、それが動機となってようやく重い腰を上げるという有様。彼の着古した結城紬と同じように、精神的な頑なさと変化を拒む性格が表現されています。
また、人間の利己心や「公平」の概念を猫の視点から逆照射する描写も特徴的です。特に子供たちが砂糖を一匙ずつ積み重ねて「公平」を競う場面は、子供らしい無邪気さの中に潜む“計算”が皮肉に描かれ、猫の冷静な観察が際立っています。
薬のやり取りの場面では、主人の頑固で短気な性格が浮き彫りにされます。これは単なる胃弱の描写ではなく、明治の男性像にありがちな「理屈では引かない」「自分の主観を真実と信じる」性質への風刺でもあります。
本章もまた、漱石の特徴である“猫の目線による社会観察”が巧みに活かされており、家族の中で繰り広げられる些細な出来事の中から、人間の本質を映し出す構成となっています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠
享年50歳であった







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Last updated  2025年06月01日 19時14分32秒
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