元気力UP!

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2025年06月03日
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カテゴリ: 吾輩は猫である





その13
友人は訳がわからずにくっ付いて行く
彼等はついに朝から晩まで巴理《パリ》を探険した
その帰りがけにバルザックはふとある裁縫屋の看板が目についた
見るとその看板にマーカスという名がかいてある
バルザックは手を拍《う》って「これだこれだこれに限る
マーカスは好い名じゃないか
マーカスの上へZという頭文字をつける、すると申し分《ぶん》のない名が出来る
Zでなくてはいかん
Z. Marcus は実にうまい
どうも自分で作った名はうまくつけたつもりでも何となく故意《わざ》とらしいところがあって面白くない
ようやくの事で気に入った名が出来た」と友人の迷惑はまるで忘れて、一人嬉しがったというが、小説中の人間の名前をつけるに一日《いちんち》巴理《パリ》を探険しなくてはならぬようでは随分|手数《てすう》のかかる話だ
贅沢もこのくらい出来れば結構なものだが吾輩のように牡蠣的《かきてき》主人を持つ身の上ではとてもそんな気は出ない
何でもいい、食えさえすれば、という気になるのも境遇のしからしむるところであろう
だから今|雑煮《ぞうに》が食いたくなったのも決して贅沢の結果ではない、何でも食える時に食っておこうという考から、主人の食い剰《あま》した雑煮がもしや台所に残っていはすまいかと思い出したからである
……台所へ廻って見る
今朝見た通りの餅が、今朝見た通りの色で椀の底に膠着《こうちゃく》している
白状するが餅というものは今まで一|辺《ぺん》も口に入れた事がない
見るとうまそうにもあるし、また少しは気味《きび》がわるくもある
前足で上にかかっている菜っ葉を掻《か》き寄せる
爪を見ると餅の上皮《うわかわ》が引き掛ってねばねばする
嗅《か》いで見ると釜の底の飯を御櫃《おはち》へ移す時のような香《におい》がする
食おうかな、やめようかな、とあたりを見廻す
幸か不幸か誰もいない
御三《おさん》は暮も春も同じような顔をして羽根をついている
小供は奥座敷で「何とおっしゃる兎さん」を歌っている
食うとすれば今だ
もしこの機をはずすと来年までは餅というものの味を知らずに暮してしまわねばならぬ
吾輩はこの刹那《せつな》に猫ながら一の真理を感得した
「得難き機会はすべての動物をして、好まざる事をも敢てせしむ」吾輩は実を云うとそんなに雑煮を食いたくはないのである
否|椀底《わんてい》の様子を熟視すればするほど気味《きび》が悪くなって、食うのが厭になったのである
この時もし御三でも勝手口を開けたなら、奥の小供の足音がこちらへ近付くのを聞き得たなら、吾輩は惜気《おしげ》もなく椀を見棄てたろう、しかも雑煮の事は来年まで念頭に浮ばなかったろう
ところが誰も来ない、いくら
「吾輩は猫である」シリーズ NO.13:餅に挑んだ猫の哲学的煩悶

要約


物語はフランスの作家バルザックの逸話から始まる。彼が小説の登場人物の名前を考えるために、パリの町を一日中歩き回り、最後には「Z. Marcus」という名前を見つけて満足する話だ。吾輩はこの贅沢なこだわりに対し、自分はそんな余裕のある身分ではないと感じている。
現実の吾輩は、主人が食べ残した雑煮を台所で発見する。餅は硬く椀に貼り付き、見た目も香りも良いとは言えない。吾輩はそれでも「今食べなければ来年まで餅を味わえない」と判断し、誰もいない隙を狙って食べようとする。
しかし餅は粘着質で、口に入れた途端に歯にくっつき、噛み切れない。吾輩は必死に噛むが噛むほどに動きがとれず、焦り始める。尻尾や耳を動かしてみるが効果はなく、最後は前足で必死に餅を引きはがそうとする。
この一連の行動の中で、吾輩は2つの「真理」に気づく。1つ目は「得難き機会は動物に好まざることをもさせる」、2つ目は「動物は直感的に事物の適不適を予知する」。つまり、食べたくないものでも機会があると挑戦してしまうし、実は本能的にそれが危険だと分かっていたという哲学的な省察である。
物語は、猫の目を通して「欲望・衝動・後悔・思考」という人間にも共通する心理をユーモラスに描き出している。

解説


第13話では、夏目漱石の文学的巧みさと哲学的ユーモアが際立って表現されています。冒頭のバルザックの話からは、芸術家の異常なまでのこだわりと創作の苦悩を皮肉混じりに語り、猫の吾輩との対比が効いています。
その後の雑煮をめぐるエピソードは、猫という存在を通して、人間の「食欲」「機会の誘惑」「直感の不安」「後悔」といった感情を巧みに反映させています。食べたくないけれど、今しかないという「誘惑」、そして食べた後の「後悔と脱出不能」という展開は、日常に潜む滑稽と哲理の両面を表しています。
特に「真理の発見」という哲学的テーマを持ち込みながらも、猫の視点で語ることで、読者に思わず笑いを誘う軽妙さが光ります。「耳や尻尾を動かしても意味がない」というシーンなど、猫の無力さをリアルに描きながら、現代人の無駄な努力を象徴しているかのようです。
漱石はこのエピソードを通して、知識人の思索と動物の本能、そして現実との狭間にある「滑稽さ」を見事に融合させています。読者はただ笑うだけでなく、自分自身の行動や思考を重ね合わせ、ふと考えさせられる構造になっている点が、この章の大きな魅力です。

夏目 漱石


慶応3年1月5日江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠
享年50歳であった







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Last updated  2025年06月03日 09時55分40秒
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