元気力UP!

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2025年06月04日
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カテゴリ: 吾輩は猫である




吾輩は猫である
その14



今度は左《ひだ》りの方を伸《のば》して口を中心として急劇に円を劃《かく》して見る
そんな呪《まじな》いで魔は落ちない
辛防《しんぼう》が肝心《かんじん》だと思って左右|交《かわ》る交《がわ》るに動かしたがやはり依然として歯は餅の中にぶら下っている
ええ面倒だと両足を一度に使う
すると不思議な事にこの時だけは後足《あとあし》二本で立つ事が出来た
何だか猫でないような感じがする
猫であろうが、あるまいがこうなった日にゃあ構うものか、何でも餅の魔が落ちるまでやるべしという意気込みで無茶苦茶に顔中引っ掻《か》き廻す
前足の運動が猛烈なのでややともすると中心を失って倒れかかる
倒れかかるたびに後足で調子をとらなくてはならぬから、一つ所にいる訳にも行かんので、台所中あちら、こちらと飛んで廻る
我ながらよくこんなに器用に起《た》っていられたものだと思う
第三の真理が驀地《ばくち》に現前《げんぜん》する
「危きに臨《のぞ》めば平常なし能《あた》わざるところのものを為《な》し能う
之《これ》を天祐《てんゆう》という」幸《さいわい》に天祐を享《う》けたる吾輩が一生懸命餅の魔と戦っていると、何だか足音がして奥より人が来るような気合《けわい》である
ここで人に来られては大変だと思って、いよいよ躍起《やっき》となって台所をかけ廻る
足音はだんだん近付いてくる
ああ残念だが天祐が少し足りない
とうとう小供に見付けられた
「あら猫が御雑煮を食べて踊を踊っている」と大きな声をする
この声を第一に聞きつけたのが御三である
羽根も羽子板も打ち遣《や》って勝手から「あらまあ」と飛込んで来る
細君は縮緬《ちりめん》の紋付で「いやな猫ねえ」と仰せられる
主人さえ書斎から出て来て「この馬鹿野郎」といった
面白い面白いと云うのは小供ばかりである
そうしてみんな申し合せたようにげらげら笑っている
腹は立つ、苦しくはある、踊はやめる訳にゆかぬ、弱った
ようやく笑いがやみそうになったら、五つになる女の子が「御かあ様、猫も随分ね」といったので狂瀾《きょうらん》を既倒《きとう》に何とかするという勢でまた大変笑われた
人間の同情に乏しい実行も大分《だいぶ》見聞《けんもん》したが、この時ほど恨《うら》めしく感じた事はなかった
ついに天祐もどっかへ消え失《う》せて、在来の通り四《よ》つ這《ばい》になって、眼を白黒するの醜態を演ずるまでに閉口した
さすが見殺しにするのも気の毒と見えて「まあ餅をとってやれ」と主人が御三に命ずる
御三はもっと踊らせようじゃありませんかという眼付で細君を見る
細君は踊は見たいが、殺してまで見る気はないのでだまっている
「取ってやらんと死んでしまう、早くとってやれ」と主人は再び下女を顧《かえり》みる
御三《おさん》は御馳走を半分食べかけて夢から起された時のように、気のない顔をして餅をつかんでぐいと引く
寒月《かんげつ》君じゃないが前歯がみんな折れるかと思った
どうも痛いの痛くないのって、餅の中へ堅く食い込んでいる歯を情《なさ》け容赦もなく引張るのだからたまらない
吾輩が「すべての安楽は困苦を通過せざるべからず」と云う第四の真理を経験して、けろけろとあたりを見廻した時には、家人はすでに奥座敷へ這入《はい》ってしまっておった
こんな失敗をした時には内にいて御三なんぞに顔を見られるのも何となくばつが悪い
いっその事気を易《か》えて新道の二絃琴《にげんきん》の御師匠さんの所《とこ》の三毛子《みけこ》でも訪問しようと台所から裏へ出た
三毛子はこの近辺で有名な美貌家《びぼうか》である
吾輩は猫には相違ないが物の情《なさ》けは一通り心得ている
うちで主人の苦《にが》い顔を見たり、御三の険突《けんつく》を食って気分が勝《すぐ》れん時は必ずこの異性の朋友《ほうゆう》の許《もと》を訪問していろいろな話をする
すると、いつの間《ま》にか心が晴々《せいせい》して今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生れ変ったような心持になる
女性の影響というものは実に莫大《ばくだい》なものだ
杉垣の隙から、いるかなと思って見渡すと、三毛子は正月だから首輪の新しいのをして行儀よく椽側《えんがわ》に坐っている
その背中の丸さ加減が言うに言われんほど美しい
曲線の美を尽している
尻尾《しっぽ》の曲がり加減、足の折り具合、物憂《ものう》げに耳をちょいちょい振る景色《けしき》なども到底《とうてい》形容が出来ん
ことによく日の当る所に暖かそうに、品《ひん》よく控《ひか》えているものだから、身体は静粛端正の態度を有するにも関らず、天鵞毛《びろうど》を欺《あざむ》くほどの滑《なめ》らかな満身の毛は春の光りを反射して風なきにむらむらと微動するごとくに思われる
吾輩はしばらく恍惚《こうこつ》として眺《なが》めていたが、やがて我に帰ると同時に、低い声で「三毛子さん三毛子さん」といいながら前足で招いた


要約


餅が歯にくっついてしまった吾輩は、懸命にそれを取ろうとして台所で大騒動を引き起こす。最初は前足で口の周囲を擦るが取れず、ついには両足で立ち上がって暴れ回る。猫とは思えぬ二足歩行の姿でキッチンを駆け回るうちに、「第三の真理」が降臨したかのような妙な気迫に包まれ、餅との格闘に没頭する。
しかしついに足音が迫り、小供に発見されてしまう。「猫が雑煮を食べて踊ってる!」という声に、家族中が面白がって集まり、吾輩は笑い者になる。主人には「馬鹿野郎」と怒鳴られ、細君には「いやな猫ねえ」と呆れられ、小さな女の子にまで皮肉を言われ、家族の同情心のなさに落胆する。
ようやく餅を取ってもらえたが、歯を引っ張られた衝撃で痛みと屈辱に包まれる。家族はとっとと奥の間に引き上げ、取り残された吾輩は羞恥心に打ちのめされる。
その後、吾輩は気分転換を図るべく、近所の美猫・三毛子のもとを訪れる。三毛子は日向ぼっこをしながら椽側に優雅に佇んでいた。その優美な毛並み、曲線美、耳の動きに心を奪われる吾輩。しばし恍惚として眺めた後、そっと三毛子に呼びかける――。

解説


この一編には、明治時代の家庭生活や猫に対する人々の態度がユーモラスに描かれている。当時の日本では正月料理として「御雑煮」が家庭ごとの伝統に則って振る舞われていた。猫が餅を食べるというだけでも滑稽だが、さらにそれをきっかけに家中が笑いに包まれる様子は、文明開化以後の「家庭のにぎやかさ」や「笑いを楽しむ風土」を反映している。
吾輩の心の内もまた重要だ。人間の冷淡さに怒りや悲しみを感じる描写には、漱石自身が社会との不協和を猫に投影しているとも読める。また、最後に訪ねる三毛子という存在は、まさに癒しの象徴。猫同士の交流を通して、傷ついた心が回復するという構図は、漱石の人間観の一端を垣間見せる。
さらに、三毛子を見た時の描写には、美と静けさへの強い憧れが詰まっている。まるで彫刻や絵画のように描かれたその姿は、ただの猫以上の象徴的存在として、読者に強烈な印象を残す。

夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠
享年50歳であった






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Last updated  2025年06月04日 15時04分58秒
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