元気力UP!

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2025年06月04日
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カテゴリ: 吾輩は猫である





「吾輩は猫である」シリーズ No.16:黒猫との舌戦と春の来客



黒の性質として他《ひと》が己《おの》れを軽侮《けいぶ》したと認むるや否や決して黙っていない
「おい、名なしの権兵衛《ごんべえ》、近頃じゃ乙《おつ》う高く留ってるじゃあねえか
いくら教師の飯を食ったって、そんな高慢ちきな面《つ》らあするねえ
人《ひと》つけ面白くもねえ」黒は吾輩の有名になったのを、まだ知らんと見える
説明してやりたいが到底《とうてい》分る奴ではないから、まず一応の挨拶をして出来得る限り早く御免蒙《ごめんこうむ》るに若《し》くはないと決心した
「いや黒君おめでとう
不相変《あいかわらず》元気がいいね」と尻尾《しっぽ》を立てて左へくるりと廻わす
黒は尻尾を立てたぎり挨拶もしない
「何おめでてえ? 正月でおめでたけりゃ、御めえなんざあ年が年中おめでてえ方だろう
気をつけろい、この吹《ふ》い子《ご》の向《むこ》う面《づら》め」吹い子の向うづらという句は罵詈《ばり》の言語であるようだが、吾輩には了解が出来なかった
「ちょっと伺《うか》がうが吹い子の向うづらと云うのはどう云う意味かね」「へん、手めえが悪体《あくたい》をつかれてる癖に、その訳《わけ》を聞きゃ世話あねえ、だから正月野郎だって事よ」正月野郎は詩的であるが、その意味に至ると吹い子の何とかよりも一層不明瞭な文句である
参考のためちょっと聞いておきたいが、聞いたって明瞭な答弁は得られぬに極《き》まっているから、面《めん》と対《むか》ったまま無言で立っておった
いささか手持無沙汰の体《てい》である
すると突然黒のうちの神《かみ》さんが大きな声を張り揚げて「おや棚へ上げて置いた鮭《しゃけ》がない
大変だ
またあの黒の畜生《ちきしょう》が取ったんだよ
ほんとに憎らしい猫だっちゃありゃあしない
今に帰って来たら、どうするか見ていやがれ」と怒鳴《どな》る
初春《はつはる》の長閑《のどか》な空気を無遠慮に震動させて、枝を鳴らさぬ君が御代《みよ》を大《おおい》に俗了《ぞくりょう》してしまう
黒は怒鳴るなら、怒鳴りたいだけ怒鳴っていろと云わぬばかりに横着な顔をして、四角な顋《あご》を前へ出しながら、あれを聞いたかと合図をする
今までは黒との応対で気がつかなかったが、見ると彼の足の下には一切れ二銭三厘に相当する鮭の骨が泥だらけになって転がっている
「君|不相変《あいかわらず》やってるな」と今までの行き掛りは忘れて、つい感投詞を奉呈した
黒はそのくらいな事ではなかなか機嫌を直さない
「何がやってるでえ、この野郎
しゃけ[#「しゃけ」に傍点]の一切や二切で相変らずたあ何だ
人を見縊《みく》びった事をいうねえ
憚《はばか》りながら車屋の黒だあ」と腕まくりの代りに右の前足を逆《さ》かに肩の辺《へん》まで掻《か》き上げた
「君が黒君だと云う事は、始めから知ってるさ」「知ってるのに、相変らずやってるたあ何だ
何だてえ事よ」と熱いのを頻《しき》りに吹き懸ける
人間なら胸倉《むなぐら》をとられて小突き廻されるところである
少々|辟易《へきえき》して内心困った事になったなと思っていると、再び例の神さんの大声が聞える
「ちょいと西川さん、おい西川さんてば、用があるんだよこの人あ
牛肉を一|斤《きん》すぐ持って来るんだよ
いいかい、分ったかい、牛肉の堅くないところを一斤だよ」と牛肉注文の声が四隣《しりん》の寂寞《せきばく》を破る
「へん年に一遍牛肉を誂《あつら》えると思って、いやに大きな声を出しゃあがらあ
牛肉一斤が隣り近所へ自慢なんだから始末に終えねえ阿魔《あま》だ」と黒は嘲《あざけ》りながら四つ足を踏張《ふんば》る
吾輩は挨拶のしようもないから黙って見ている
「一斤くらいじゃあ、承知が出来ねえんだが、仕方がねえ、いいから取っときゃ、今に食ってやらあ」と自分のために誂《あつら》えたもののごとくいう
「今度は本当の御馳走だ
結構結構」と吾輩はなるべく彼を帰そうとする
「御めっちの知った事じゃねえ
黙っていろ
うるせえや」と云いながら突然|後足《あとあし》で霜柱《しもばしら》の崩《くず》れた奴を吾輩の頭へばさりと浴《あ》びせ掛ける
吾輩が驚ろいて、からだの泥を払っている間《ま》に黒は垣根を潜《くぐ》って、どこかへ姿を隠した
大方西川の牛《ぎゅう》を覘《ねらい》に行ったものであろう
家《うち》へ帰ると座敷の中が、いつになく春めいて主人の笑い声さえ陽気に聞える
はてなと明け放した椽側から上《あが》って主人の傍《そば》へ寄って見ると見馴れぬ客が来ている
頭を奇麗に分けて、木綿《もめん》の紋付の羽織に小倉《こくら》の袴《はかま》を着けて至極《しごく》真面目そうな書生体《しょせいてい》の男である
主人の手あぶりの角を見ると春慶塗《しゅんけいぬ》りの巻煙草《まきたばこ》入れと並んで越智東風君《おちとうふうくん》を紹介致|候《そろ》水島寒月という名刺があるので、この客の名前も、寒月君の友人であるという事も知れた

要約


吾輩は黒猫に出くわすが、会話を避けて通り過ぎようとする。だが黒は、吾輩が教師宅に住み「えらくなった」ことを皮肉り、あれこれと言いがかりをつけてくる。吾輩はなるべく穏便に接しようとするが、黒の言葉遣いは次第に荒くなり、ついには悪口を浴びせ始める。
そこへ、黒の飼い主である女の大声が家から響き、「棚の鮭がない、きっと黒が盗った」と怒鳴る。黒は知らぬ顔をして反応するが、吾輩はその足元に落ちた鮭の骨を見つけ、黙って驚く。
さらにその女が「牛肉を買ってこい」と大声で叫ぶと、黒はそれをあざけり、「牛肉一斤で大騒ぎか」と軽蔑する。その後、黒は突然吾輩に霜柱を投げつけ、どこかへ逃げてしまう。
吾輩はようやく静けさを取り戻して帰宅すると、家の中がどこか華やいでいる。主人が笑いながら話している相手は、きちんとした服装の見知らぬ青年である。名刺から彼が「水島寒月」の友人である越智東風という人物だと知れ、吾輩は客に興味を持ち始める。

解説


この章では、吾輩が黒猫と繰り広げる言葉の応酬を通して、漱石独特の風刺と人間観が描かれる。黒猫は典型的な江戸っ子気質で、口が悪く、社会的地位に対する反感を露わにする。これは明治の階級変化の混乱期に、かつての庶民や下層階級が新興知識層に抱く不満を代弁しているようでもある。
一方で、黒猫の飼い主である女性の大声や牛肉一斤に対する騒ぎぶりも、当時の庶民の生活感や価値観をユーモラスに描写しており、漱石の観察眼が光る。また、鮭や牛肉は明治時代の庶民にとってごちそうであり、それを盗む黒と笑う吾輩の対比からは、物欲や世俗との距離感がにじむ。
後半、家に訪れる越智東風という青年の登場は、物語に新たな知的要素をもたらす兆しである。名前の通り「東風」のように穏やかで礼儀正しい彼の姿は、黒猫の粗野さとの対比となり、今後の展開を予感させる。
本章は、猫同士の喧嘩という形をとりつつも、文明と野蛮、階級と欲望、知と無知といった対比を巧みに織り込み、読者に社会の一断面を笑いとともに提示する一編となっている。

夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠
享年50歳であった



近頃は黒を見て恐怖するような吾輩ではないが、話しをされると面倒だから知らぬ顔をして行き過ぎようとした
黒の性質として他《ひと》が己《おの》れを軽侮《けいぶ》したと認むるや否や決して黙っていない
「おい、名なしの権兵衛《ごんべえ》、近頃じゃ乙《おつ》う高く留ってるじゃあねえか
いくら教師の飯を食ったって、そんな高慢ちきな面《つ》らあするねえ
人《ひと》つけ面白くもねえ」黒は吾輩の有名になったのを、まだ知らんと見える
説明してやりたいが到底《とうてい》分る奴ではないから、まず一応の挨拶をして出来得る限り早く御免蒙《ごめんこうむ》るに若《し》くはないと決心した
「いや黒君おめでとう
不相変《あいかわらず》元気がいいね」と尻尾《しっぽ》を立てて左へくるりと廻わす
黒は尻尾を立てたぎり挨拶もしない
「何おめでてえ? 正月でおめでたけりゃ、御めえなんざあ年が年中おめでてえ方だろう
気をつけろい、この吹《ふ》い子《ご》の向《むこ》う面《づら》め」吹い子の向うづらという句は罵詈《ばり》の言語であるようだが、吾輩には了解が出来なかった
「ちょっと伺《うか》がうが吹い子の向うづらと云うのはどう云う意味かね」「へん、手めえが悪体《あくたい》をつかれてる癖に、その訳《わけ》を聞きゃ世話あねえ、だから正月野郎だって事よ」正月野郎は詩的であるが、その意味に至ると吹い子の何とかよりも一層不明瞭な文句である
参考のためちょっと聞いておきたいが、聞いたって明瞭な答弁は得られぬに極《き》まっているから、面《めん》と対《むか》ったまま無言で立っておった
いささか手持無沙汰の体《てい》である
すると突然黒のうちの神《かみ》さんが大きな声を張り揚げて「おや棚へ上げて置いた鮭《しゃけ》がない
大変だ
またあの黒の畜生《ちきしょう》が取ったんだよ
ほんとに憎らしい猫だっちゃありゃあしない
今に帰って来たら、どうするか見ていやがれ」と怒鳴《どな》る
初春《はつはる》の長閑《のどか》な空気を無遠慮に震動させて、枝を鳴らさぬ君が御代《みよ》を大《おおい》に俗了《ぞくりょう》してしまう
黒は怒鳴るなら、怒鳴りたいだけ怒鳴っていろと云わぬばかりに横着な顔をして、四角な顋《あご》を前へ出しながら、あれを聞いたかと合図をする
今までは黒との応対で気がつかなかったが、見ると彼の足の下には一切れ二銭三厘に相当する鮭の骨が泥だらけになって転がっている
「君|不相変《あいかわらず》やってるな」と今までの行き掛りは忘れて、つい感投詞を奉呈した
黒はそのくらいな事ではなかなか機嫌を直さない
「何がやってるでえ、この野郎
しゃけ[#「しゃけ」に傍点]の一切や二切で相変らずたあ何だ
人を見縊《みく》びった事をいうねえ
憚《はばか》りながら車屋の黒だあ」と腕まくりの代りに右の前足を逆《さ》かに肩の辺《へん》まで掻《か》き上げた
「君が黒君だと云う事は、始めから知ってるさ」「知ってるのに、相変らずやってるたあ何だ
何だてえ事よ」と熱いのを頻《しき》りに吹き懸ける
人間なら胸倉《むなぐら》をとられて小突き廻されるところである
少々|辟易《へきえき》して内心困った事になったなと思っていると、再び例の神さんの大声が聞える
「ちょいと西川さん、おい西川さんてば、用があるんだよこの人あ
牛肉を一|斤《きん》すぐ持って来るんだよ
いいかい、分ったかい、牛肉の堅くないところを一斤だよ」と牛肉注文の声が四隣《しりん》の寂寞《せきばく》を破る
「へん年に一遍牛肉を誂《あつら》えると思って、いやに大きな声を出しゃあがらあ
牛肉一斤が隣り近所へ自慢なんだから始末に終えねえ阿魔《あま》だ」と黒は嘲《あざけ》りながら四つ足を踏張《ふんば》る
吾輩は挨拶のしようもないから黙って見ている
「一斤くらいじゃあ、承知が出来ねえんだが、仕方がねえ、いいから取っときゃ、今に食ってやらあ」と自分のために誂《あつら》えたもののごとくいう
「今度は本当の御馳走だ
結構結構」と吾輩はなるべく彼を帰そうとする
「御めっちの知った事じゃねえ
黙っていろ
うるせえや」と云いながら突然|後足《あとあし》で霜柱《しもばしら》の崩《くず》れた奴を吾輩の頭へばさりと浴《あ》びせ掛ける
吾輩が驚ろいて、からだの泥を払っている間《ま》に黒は垣根を潜《くぐ》って、どこかへ姿を隠した
大方西川の牛《ぎゅう》を覘《ねらい》に行ったものであろう
家《うち》へ帰ると座敷の中が、いつになく春めいて主人の笑い声さえ陽気に聞える
はてなと明け放した椽側から上《あが》って主人の傍《そば》へ寄って見ると見馴れぬ客が来ている
頭を奇麗に分けて、木綿《もめん》の紋付の羽織に小倉《こくら》の袴《はかま》を着けて至極《しごく》真面目そうな書生体《しょせいてい》の男である
主人の手あぶりの角を見ると春慶塗《しゅんけいぬ》りの巻煙草《まきたばこ》入れと並んで越智東風君《おちとうふうくん》を紹介致|候《そろ》水島寒月という名刺があるので、この客の名前も、寒月君の友人であるという事も知れた


吾輩は黒猫に出くわすが、会話を避けて通り過ぎようとする。だが黒は、吾輩が教師宅に住み「えらくなった」ことを皮肉り、あれこれと言いがかりをつけてくる。吾輩はなるべく穏便に接しようとするが、黒の言葉遣いは次第に荒くなり、ついには悪口を浴びせ始める。
そこへ、黒の飼い主である女の大声が家から響き、「棚の鮭がない、きっと黒が盗った」と怒鳴る。黒は知らぬ顔をして反応するが、吾輩はその足元に落ちた鮭の骨を見つけ、黙って驚く。
さらにその女が「牛肉を買ってこい」と大声で叫ぶと、黒はそれをあざけり、「牛肉一斤で大騒ぎか」と軽蔑する。その後、黒は突然吾輩に霜柱を投げつけ、どこかへ逃げてしまう。
吾輩はようやく静けさを取り戻して帰宅すると、家の中がどこか華やいでいる。主人が笑いながら話している相手は、きちんとした服装の見知らぬ青年である。名刺から彼が「水島寒月」の友人である越智東風という人物だと知れ、吾輩は客に興味を持ち始める。
解説
この章では、吾輩が黒猫と繰り広げる言葉の応酬を通して、漱石独特の風刺と人間観が描かれる。黒猫は典型的な江戸っ子気質で、口が悪く、社会的地位に対する反感を露わにする。これは明治の階級変化の混乱期に、かつての庶民や下層階級が新興知識層に抱く不満を代弁しているようでもある。
一方で、黒猫の飼い主である女性の大声や牛肉一斤に対する騒ぎぶりも、当時の庶民の生活感や価値観をユーモラスに描写しており、漱石の観察眼が光る。また、鮭や牛肉は明治時代の庶民にとってごちそうであり、それを盗む黒と笑う吾輩の対比からは、物欲や世俗との距離感がにじむ。
後半、家に訪れる越智東風という青年の登場は、物語に新たな知的要素をもたらす兆しである。名前の通り「東風」のように穏やかで礼儀正しい彼の姿は、黒猫の粗野さとの対比となり、今後の展開を予感させる。
本章は、猫同士の喧嘩という形をとりつつも、文明と野蛮、階級と欲望、知と無知といった対比を巧みに織り込み、読者に社会の一断面を笑いとともに提示する一編となっている。

夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠







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Last updated  2025年06月04日 19時09分09秒
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