元気力UP!

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2025年06月05日
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カテゴリ: 吾輩は猫である





レスター伯がエリザベス女皇《じょこう》をケニルウォースに招待致し候節《そろせつ》も慥《たし》か孔雀を使用致し候様《そろよう》記憶|致候《いたしそろ》。
有名なるレンブラントが画《えが》き候《そろ》饗宴の図にも孔雀が尾を広げたる儘《まま》卓上に横《よこた》わり居り候《そろ》……」[#ここで字下げ終わり]孔雀の料理史をかくくらいなら、そんなに多忙でもなさそうだと不平をこぼす。
[#ここから2字下げ]「とにかく近頃の如く御馳走の食べ続けにては、さすがの小生も遠からぬうちに大兄の如く胃弱と相成《あいな》るは必定《ひつじょう》……」[#ここで字下げ終わり]大兄のごとくは余計だ。
何も僕を胃弱の標準にしなくても済むと主人はつぶやいた。
[#ここから2字下げ]「歴史家の説によれば羅馬人《ローマじん》は日に二度三度も宴会を開き候由《そろよし》。
日に二度も三度も方丈《ほうじょう》の食饌《しょくせん》に就き候えば如何なる健胃の人にても消化機能に不調を醸《かも》すべく、従って自然は大兄の如く……」[#ここで字下げ終わり]また大兄のごとくか、失敬な。
[#ここから2字下げ]「然《しか》るに贅沢《ぜいたく》と衛生とを両立せしめんと研究を尽したる彼等は不相当に多量の滋味を貪《むさぼ》ると同時に胃腸を常態に保持するの必要を認め、ここに一の秘法を案出致し候《そろ》……」[#ここで字下げ終わり]はてねと主人は急に熱心になる。
[#ここから2字下げ]「彼等は食後必ず入浴|致候《いたしそろ》。
入浴後一種の方法によりて浴前《よくぜん》に嚥下《えんか》せるものを悉《ことごと》く嘔吐《おうと》し、胃内を掃除致し候《そろ》。
胃内廓清《いないかくせい》の功を奏したる後《のち》又食卓に就《つ》き、飽《あ》く迄珍味を風好《ふうこう》し、風好し了《おわ》れば又湯に入りて之《これ》を吐出《としゅつ》致候《いたしそろ》。
かくの如くすれば好物は貪《むさ》ぼり次第貪り候《そうろう》も毫《ごう》も内臓の諸機関に障害を生ぜず、一挙両得とは此等の事を可申《もうすべき》かと愚考|致候《いたしそろ》……」[#ここで字下げ終わり]なるほど一挙両得に相違ない。
主人は羨《うらや》ましそうな顔をする。
[#ここから2字下げ]「廿世紀の今日《こんにち》交通の頻繁《ひんぱん》、宴会の増加は申す迄もなく、軍国多事征露の第二年とも相成|候折柄《そろおりから》、吾人戦勝国の国民は、是非共|羅馬《ローマ》人に傚《なら》って此入浴嘔吐の術を研究せざるべからざる機会に到着致し候《そろ》事と自信|致候《いたしそろ》。
左《さ》もなくば切角《せっかく》の大国民も近き将来に於て悉《ことごと》く大兄の如く胃病患者と相成る事と窃《ひそ》かに心痛|罷《まか》りあり候《そろ》……」[#ここで字下げ終わり]また大兄のごとくか、癪《しゃく》に障《さわ》る男だと主人が思う。
[#ここから2字下げ]「此際吾人西洋の事情に通ずる者が古史伝説を考究し、既に廃絶せる秘法を発見し、之を明治の社会に応用致し候わば所謂《いわば》禍《わざわい》を未萌《みほう》に防ぐの功徳《くどく》にも相成り平素|逸楽《いつらく》を擅《ほしいまま》に致し候《そろ》御恩返も相立ち可申《もうすべく》と存候《ぞんじそろ》……」[#ここで字下げ終わり]何だか妙だなと首を捻《ひね》る。
[#ここから2字下げ]「依《よっ》て此間|中《じゅう》よりギボン、モンセン、スミス等諸家の著述を渉猟《しょうりょう》致し居候《おりそうら》えども未《いま》だに発見の端緒《たんしょ》をも見出《みいだ》し得ざるは残念の至に存候《ぞんじそろ》。
然し御存じの如く小生は一度思い立ち候事《そろこと》は成功するまでは決して中絶|仕《つかまつ》らざる性質に候えば嘔吐方《おうとほう》を再興致し候《そろ》も遠からぬうちと信じ居り候《そろ》次第。
右は発見次第御報道|可仕候《つかまつるべくそろ》につき、左様御承知|可被下候《くださるべくそろ》。
就《つい》てはさきに申上|候《そろ》トチメンボー[#「トチメンボー」に傍点]及び孔雀の舌の御馳走も可相成《あいなるべく》は右発見後に致し度《たく》、左《さ》すれば小生の都合は勿論《もちろん》、既に胃弱に悩み居らるる大兄の為にも御便宜《ごべんぎ》かと存候《ぞんじそろ》草々不備」[#ここで字下げ終わり]何だとうとう担《かつ》がれたのか、あまり書き方が真面目だものだからつい仕舞《しまい》まで本気にして読んでいた。
新年|匆々《そうそう》こんな悪戯《いたずら》をやる迷亭はよっぽどひま人だなあと主人は笑いながら云った。
それから四五日は別段の事もなく過ぎ去った。
白磁《はくじ》の水仙がだんだん凋《しぼ》んで、青軸《あおじく》の梅が瓶《びん》ながらだんだん開きかかるのを眺め暮らしてばかりいてもつまらんと思って、一両度《いちりょうど》三毛子を訪問して見たが逢《あ》われない。

要約


迷亭先生のふざけた年賀状の続きを読む主人。手紙は、16〜17世紀のヨーロッパでは孔雀がご馳走として宴席に欠かせなかった、という「歴史的うんちく」から始まる。エリザベス女王の晩餐、レンブラントの描いた饗宴図の中にも孔雀が登場したと熱弁を振るう。
その後、迷亭は「現代人もローマ人のように嘔吐法を習得すべきだ」と主張する。ローマ人は宴の途中で入浴し、特別な方法で食べたものを吐き、胃を空にしてからまた食べ続けたという。そうすれば豪華な食事を何度も楽しめ、かつ内臓にも優しい“一挙両得”だと説く。
そして、日本もローマ人を見習って「嘔吐術の再発見」に努めるべきだと断言。さらに、自らもギボンやモンセンといった西洋史家の著作を渉猟して“嘔吐法”の復活に挑んでいると語る。
迷亭は「この秘法が再発見されれば、トチメンボーや孔雀の舌の御馳走もその時に供する」と結びつける。そして、「すでに胃弱である主人にとっても好都合である」と再三の嫌味。真面目すぎる文体に主人は読み進めるうちに本気で信じかけるが、最後に「新年匆々」と締められた文面に、ようやく「担がれた」と気づく。
主人は迷亭の暇ぶりに苦笑しながらも、しばらく何事もない穏やかな日々を送る。しかし退屈しのぎに三毛子を訪ねてみるも、とうとう会うことはできなかった。

解説


この回は、迷亭先生の筆による「年賀状という名の妄想手紙」の後半部分で構成されており、滑稽さと知識の雑多さが絶妙に融合した一章である。
迷亭は、孔雀料理という突拍子もない話題から始まり、「ローマ人の嘔吐習慣」「一挙両得の消化法」へと展開する。その過程で、文学史・美術史・古代史などがごった煮となり、独自の“食文化文明論”を構築しているかのようだ。
一見、博識の披露に見えるが、最後にはこれがすべて冗談であることが判明する構成は、「冗談を真面目に語ることで笑いを誘う」漱石らしいユーモア表現の真骨頂といえる。また、“胃弱の主人”を揶揄し続ける表現は、迷亭のキャラクターの性格と知的おふざけの象徴でもある。
物語の後半では、季節の移り変わりとともに、吾輩の孤独が描かれる。三毛子に会えずにいる描写は、猫という存在の気まぐれさと、やや切ない感情の余韻を残す。

夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる
本名は夏目金之助
帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する
帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表
1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表
1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社
そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる
1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠
享年50歳であった







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Last updated  2025年06月05日 12時30分36秒
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