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有馬温泉をうたった歌を集めたら3.000首を超えるといわれています。
2.000首に絞り、200首・・・そして100首選びました。太閤さんや蓮如さん。小倉百人一首の歌人も7名が有馬を詠んでいます。
その有馬百人一首完成報告に歌人の兵庫県知事の井戸さんを訪問しました。選ばれた100人の中には御所坊ゆかりの人物も数多く・・・
【34】 岩坂や 七坂八峠 越し過ぎて 有馬の山の 湯にぞ着きけり
[作者] 蓮如(1415~1499) 本願寺法王兼寿。室町期浄土宗真宗中興の祖とされる
[大意] 険しい坂や峠道を何度も越えて、念願であった有馬温泉にやっと今着きました。
[出典] 有馬道の記、有馬温泉史料(上)
【52】 笹の葉に ふるや霰の ふるさとの 宿にも今宵 月を見るらむ
[作者] 良寛(1758~1831)江戸時代後期の曹洞宗の僧侶。越後の人。歌人、漢詩人、書家。
[大意] 有馬の宿に泊まっているが、急にあられが降りだし音を立てて笹の葉をたたいている。やがてこのあられもやんで、今宵も月を見る事ができるだろぷ。故郷の人も同じようにこの月をみるのだろうか。
[解説] 御所坊に歌碑あり
[出典] 良寛の遺墨
御所坊の中庭、偲豊庵の左わきに歌碑が建っています。
【碑面】
ありまのなにてふむらに
やとりて
さヽのはにふるやあられのふるさとの
やとにもこよひ月を見るらむ
有馬のなにてふむらに宿りて笹の葉に降るや霰のふる里の宿にも今宵月を見るらむ
【歌碑の案内】
良寛が国仙和尚のもとで修行を了えた後、諸国を行脚修行し、帰郷の途についたのは寛政八年(1796年)39歳の時であったと云われている。赤穂-韓津(姫路市福泊)-明石-須磨-生田-有馬-吉川(高代寺)を経て京都に入っている。有馬の歌はその時に詠んだのであろう。
建碑者は名古屋市在住の書家 川口霄亭さんです。
【66】 月も日も いのち有馬の 湯にうつり 病はなしの 花とちりけり
[作者] 豊臣秀吉(1537~1598) 戦国大名。木下、羽柴、豊臣。有馬温泉に十回ほど入湯。
[大意] 有馬の湯には、昼間は太陽が、夜は月が写り込んでいる。そのように太陽と月の命をとりこんだ有馬の湯だから、私の病も梨の花(なくなる)となり散ってしまったことだ。
[出典] 有馬小鑑
【86】 ほのかなる 桜の光 添ひたりな 鳥地獄にも 虫地獄にも
[作者] 与謝野晶子(1878~1942) 明治、大正期の日本の代表的女性歌人、作家。夫は与謝野鉄幹
[大意] 有馬の名所に鳥地獄、虫地獄があります。炭酸ガスの影響で、鳥や虫が死んだから地獄というようですが、じめじめして暗い所です。せめて春のシーズンはほのかな桜の花の明りを添えてあげたいものです。
[出典] 冬柏 第十一巻 第六号
与謝野晶子はこの歌の他「花吹雪 兵衛の坊も御所坊も目におかずして空に渦巻く」と、御所坊前の桜並木の風景を詠んでいる。
有馬百人一首の選考基準のうちの一つに、有馬に碑があれば、それを尊重するという決まりがあった。御所坊の川ぞいにいつか、この歌の碑を建てようと思っていたのだが、先に建てておけばよかった。
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