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後年「平成最後の日に何してたっけ」となりそうだから、4月30日にあった事「いちいち全部」をここに記録しておこう。9時頃起きて、帰省の荷造りして、車で伊勢原の市役所駅前出張所に印鑑証明五部取りに行って、車は駐車場へ置いたまま小田原線で本厚木に移動して帰省の土産に神奈川の地ビールとか菓子とか買って、ついでに自分の「おかしなTシャツ」も買って、駅デパート「ミロード」で昼食にワッフル食べて、一旦家に帰ってから15時に実家へ向けて出発して、神奈川県内は凄い渋滞で、眠くなったから富士川で30分休憩して、その後はノンストップで袋井で高速降りて、「改元祝いの紅白饅頭とかあるだろ」と磐田の「又一庵」へ行ったら紅白きんつば売ってたので買って、バイパス沿いの吉野家で夕飯に「スパイシーキチンカレー」食べて、実家に着いたのが20時、22時半に母が寝るのを見届けてからBSジャパンで池上彰の番組見つつ家計簿付けて、0時の瞬間はNHKで爆笑問題の「ゆく年くる年」みたいな番組見て、改元の瞬間を迎えた後に1時半頃に寝た。で、翌朝は7時に起きて、実家の自分の部屋を開ける為に、本棚二本を処分場へ持ってくアクションをしなくては。父の墓も、祖母の墓も参らなくてはな…と。これが、自分の平成最後の日&令和最初の日。
2019年05月01日
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放置ブログにも…新年が…来たー。(老後に思い出を読み返す備忘録として、このブログを残しています。)
2019年01月01日
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最近はすっかり放置のこのブログだけど、最近は加齢のせいか「車買い換えたのいつだったっけ?」とか「今の眼鏡は何年使ってるのかな?」とかそんな事が気になって。確認するのに、このブログが役立っている。Twitterだと「何年も昔の自分の呟き」にアクセスするのは困難だからな。
2016年12月18日
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ツイッターがメインになって、ブログはすっかり放置だなぁ…。備忘録として、残しては置くけど。
2016年10月26日
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六年使ったF505iに別れを告げて、遂にスマホデビュー。「機能なんて、イマドキどれ選んでもなんでもできるんだろ」って事で、完全に見た目で選んだのは、綺麗なオレンジ色でデザインが格好よくてずば抜け抜けて高級感のある「XPERIA A2」。あえて小さい方。『一度大画面を味わったら小さい画面には戻れないよ』なんて話をどこかで見たけど、5インチのあんなデカいモノをポケットに入れて持ち歩く気にはなれないわー。スマホ、使い方わからんし、やっぱりタッチパネルで作文するのは馴染めないわー。壊れなけりゃ、今でもF505iでよかったんだけどなぁ。
2014年07月05日
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またひとつトシをとった~。 ほぼ人生の折り返し地点。 うれしくないな~(苦笑)。
2014年04月23日
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長期間放置しているみのブログでも、一日数件から十数件のアクセスがあり、あと89件で10万アクセスになる。今週か来週には達するかのー?
2012年07月17日
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前回の日記には18:30頃部屋の片づけが済んだと書いたけど、まだ日の残っている明るさだったから本当は17:30頃だったかな?自転車で、商店や交通の現状を確認するために街の様子を見に行く事にした。自分は、中越や四川の地震を報道で見た頃「これは他人事じゃなくて絶対にいずれは自分にも起こりうる」と思い(東海地震が“起きる、起きる”と言われ続けている静岡で育ったせいもある。)水・食料・乾電池など非常時の備えをそれなりにしてあった。備えといっても、カロリーメイトと缶詰と「六甲のおいしい水」程度だけど。趣味のバイク旅行で、飯をガスバーナーで炊いた事が何度もあるので、飯の心配はない。一時期は、車のガソリンもタンクの半分になったら満タンにして「タンクを空けない」ように心がけていたけど、最近は少々サボッてしまって、3月11日の時点では燃料計の残量が1/4になっていた。なので、商店はともかくガソリンスタンドがやっているかどうかは気になった。停電で街灯も信号も灯らない街に漕ぎ出すと、余震を恐れてか開いている商店を探してか、所在無さ毛に歩いている“家族”が多かった。(何故か、皆 家族単位の数人で歩いていて、一人で歩いている人は全然見かけなかった気がする。)部屋から一番近いコンビニ・セブンイレブンの様子を見に行ったら、まさかと思ったが営業していた。“停電でレジスターが動かないのでお釣りは出せません”という条件付だが。店内はすごい混雑だったが、それでも客は“千円ちょうどになるように”商品の買い合わせを選んだりする余裕はあった。無くなっていたのは「おにぎり」「インスタント麺」「缶詰」「乾電池」。飲料はモノさえ選ばなければ、まだ残っていた。不思議なことに、こんな時こそ重宝されそうなカロリーメイトやソイジョイ等、より非常色の高い食品は売れ残っていた。地震直後、実家へ無事を伝えようと携帯で一度だけ掛けたが繋がらなかったのでコンビニ店頭の公衆電話を使おうと思ったが、この時点で十人程度の列が出来ていたのであきらめた。部屋から二番目に近いコンビニ・ローソンの様子を見に行ったら、こちらは営業を停止していた。その後、国道にあるガソリンスタンドの様子を見に行ったら「機材点検中につき営業停止」となっていた。3軒ほどガソリンスタンドが隣接しているのだが、どこも閉まっていた。国道の大きな交差点には、停電で動かない信号の代わりに警官が立っていた。最後に、部屋から一番近いスーパーマーケットと薬局を見に行ったがやはり営業を停止していた。まだ様子を見に行きたい所はあったが、暗くなってきて信号も動かない中、自転車で無闇に出歩くのも利口でないと思ったので帰る事にした。スーパーの駐車場で、やはり“放浪”していた家族の「お父さん」が『困ったことになったぞ、こりゃ…』と言っていたのが印象的だった。確かに、自分はひとりモンだから備えもできたし、もしこのまま電気もガスも水道も2~3日動かなかったとしても「どうにかなる」けど、子供のいる一家となると本当に大変だろう。一度部屋へ帰り、停電でテレビを見れないので、ちょくちょく車へ行ってナビの映りの悪いテレビでニュースを見たり、ラジオ(レース観戦のためにたまたま買ってあった。たまたま手元にラジオがあって本当によかった)のニュースを聞いて過ごしほぼ完全に日の暮れた19:00近く、もう一度最寄のセブンイレブンに行ったらさすがに混乱に対処しきれなくなっちゃったのか、営業を停止していた。(店内にはまだ商品は残っていた。)公衆電話が空いていたので、ここで実家へ無事を連絡。この直前から、非常事態につき公衆電話は無料となっていた。(その事はラジオで知った。)コンビニへの行き帰り余震を嫌ってか車の中で過ごす人・家族を多く見かけた。(家では見れないニュースを、車のナビでなら見れるからってのもあったろう。)その後部屋へ戻り、カロリーメイトを食べた後は、横になってずっとラジオでニュースを聞いて過ごした。まだ余震が頻発していたので、非常時に役立ちそうな物と数日分の着替えをDパックに入れて車に移し、車の鍵・懐中電灯・普段いつもポケットに入っている物など最低限の身の回り品はいつでも持ち出せるように小さいコンビニ袋に入れて、寝る時はその袋を腕に通したまま寝た。(安心のため。これは2週間くらい続けた。)その後、自分の部屋はワンセグの映りが悪いのだが窓際の高い位置ならNHKが入る事を発見。深刻な被害の映像を見て唖然とする。しかし、携帯をかざす不自然な姿勢をいつまでも続ける訳にもいかず(携帯のバッテリーは予備を二つ持っていて、車の中で充電できるしオモチャみたいな太陽充電器もあるので携帯の電源の不安はなかった)情報源はラジオを点けっ放しにして、寝るともなくときどき余震に揺り起こされながら不安な夜を過ごした。そうするうちに、確か2時半頃、電気が回復した。(電力が復旧したら気が付くように、部屋の灯かりのスイッチはONにしたまま寝ていた。)
2011年06月12日
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とりあえず生存報告。 部屋が散らかった程度で、ガス水道は止まらなかったし 電気も夜2時頃に復帰して何の被害もなし。 いま街へ様子を見に行ったらスーパーは買い出し客で一杯だったけど、 自分はこういう事態に備えて食料も用意してあるので問題なし。 ネット回線負荷を鑑みて、以後当分書き込みはしません。
2011年03月12日
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すこし考えた末に、好ましくないが車で帰る事にした。やはり信号は動いておらず、表通りはかなり混んでいた。ちょっと交差点があると、そこで往来が止まってしまう。なので、なるべく幹線道路を避けて、通ったこともないような裏道脇道をあてずっぽうに走って、なるべく大きな交差点と信号・踏切を避けて帰った。これが結果的に上手くいったようで、ふだんは15分の帰路を30分で帰る事ができた。職場を出る前に、携帯のワンセグで漁港が冠水している映像を見た時には「現地の人は皆、非難して無事なのでは…」と期待していたが帰りの車内、写りの悪いカーナビのテレビで名取市の平野部を津波が遡っていく空撮映像を見て、甚大な人的被害が避けられないと解った。途中、車内で大きな揺れを感じた時もあったが道路脇にあるどこかの資材倉庫では、フォークリフトに乗ったおじさんが平然と仕事を続けていて「帰宅を急ぐ車で道が塞がってるこんな状況でも、業務を切り上げずに働いてるなんてすげえなあ~」と感心した。反面、住宅地では、余震を恐れてか多くの人が玄関先に出て立ち話をしていた。(ほとんどが“おかあさんと子供”。)何箇所か、瓦の落ちた家や倒れたブロック塀をいくつか見かけたが、傾くほど壊れたような建物はひとつも見なかった。マンションに帰り着いたのが17時。オートバイが二台とも倒れていなかったのでひとまずホッとした。「でも、部屋の中はどんな事になっているやら。本棚が倒れたりしてたら嫌だなあ」と思っていたが、“少し散らかった”程度で大した事はなかった。本棚には、つっぱり棒で固定-まではしてないけど、底面にクサビみたいなゴムを噛ませる「倒れ防止」を施してあったので多少は効果があったのかも知れない。被害らしい被害は、パソコンデスクのてっぺんに置いてあったプリンターがおっこちて部品の欠片が散らばってたのと(調度インク切れを起こしていたので、わざわざインク買って動作確認するか・いっそ買い換えるか思案中。)室内保管していた自転車が倒れた拍子にギアが“飛んだ”みたいで、1速~3速が使えなくなった程度。(まだ直してない。)あとは、台所の食器や調味料が散らばってお皿が割れたり欠けたりした程度で大した被害はなかった。とりあえずライフラインの確認をしたら、電気は停電。水は出た。ガス(プロパン)は止まっていたので、ガスメーターのリセットボタンを押したら復帰した。もし都市ガスが止まったら復旧するまではかなりの時間を要する筈なので、こんな時だけはプロパンが有利だなと思った。「とりあえず電気がいつになったら復帰するのかわからないので、暗くなる前に部屋を片付けなければ」と思い18時頃まで掛けて片付け、さらに部屋の中で本棚の上など高い所に置いてあった物を下へ降ろした。いちばん面倒だったのは、床に散らばった爪楊枝と 落っこちたトースターからあふれたパン屑を拾い集めた事wといえば、どれだけ「大した被害じゃなかったか」がわかってもらえると思う。調度暗くなった18時半頃にそうじと片付けが済んだので、道路状況はどうなのか?商店はやっているのか?を確かめに使えるギヤが半分になった自転車で街の様子を見てくる事にした。その4・街中編へつづく
2011年03月11日
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すこし考えた末に、好ましくないが車で帰る事にした。やはり信号は動いておらず、表通りはかなり混んでいた。ちょっと交差点があると、そこで往来が止まってしまう。なので、なるべく幹線道路を避けて、通ったこともないような裏道脇道をあてずっぽうに走って、なるべく大きな交差点と信号・踏切を避けて帰った。これが結果的に上手くいったようで、ふだんは15分の帰路を30分で帰る事ができた。職場を出る前に、携帯のワンセグで漁港が冠水している映像を見た時には「現地の人は皆、非難して無事なのでは…」と期待していたが帰りの車内、写りの悪いカーナビのテレビで名取市の平野部を津波が遡っていく空撮映像を見て、甚大な人的被害が避けられないと解った。途中、車内で大きな揺れを感じた時もあったが道路脇にあるどこかの資材倉庫では、フォークリフトに乗ったおじさんが平然と仕事を続けていて「帰宅を急ぐ車で道が塞がってるこんな状況でも、業務を切り上げずに働いてるなんてすげえなあ~」と感心した。反面、住宅地では、余震を恐れてか多くの人が玄関先に出て立ち話をしていた。(ほとんどが“おかあさんと子供”。)何箇所か、瓦の落ちた家や倒れたブロック塀をいくつか見かけたが、傾くほど壊れたような建物はひとつも見なかった。マンションに帰り着いたのが17時。オートバイが二台とも倒れていなかったのでひとまずホッとした。「でも、部屋の中はどんな事になっているやら。本棚が倒れたりしてたら嫌だなあ」と思っていたが、“少し散らかった”程度で大した事はなかった。本棚には、つっぱり棒で固定-まではしてないけど、底面にクサビみたいなゴムを噛ませる「倒れ防止」を施してあったので多少は効果があったのかも知れない。被害らしい被害は、パソコンデスクのてっぺんに置いてあったプリンターがおっこちて部品の欠片が散らばってたのと(調度インク切れを起こしていたので、わざわざインク買って動作確認するか・いっそ買い換えるか思案中。)室内保管していた自転車が倒れた拍子にギアが“飛んだ”みたいで、1速~3速が使えなくなった程度。(まだ直してない。)あとは、台所の食器や調味料が散らばってお皿が割れたり欠けたりした程度で大した被害はなかった。とりあえずライフラインの確認をしたら、電気は停電。水は出た。ガス(プロパン)は止まっていたので、ガスメーターのリセットボタンを押したら復帰した。もし都市ガスが止まったら復旧するまではかなりの時間を要する筈なので、こんな時だけはプロパンが有利だなと思った。「とりあえず電気がいつになったら復帰するのかわからないので、暗くなる前に部屋を片付けなければ」と思い18時頃まで掛けて片付け、さらに部屋の中で本棚の上など高い所に置いてあった物を下へ降ろした。いちばん面倒だったのは、床に散らばった爪楊枝と 落っこちたトースターからあふれたパン屑を拾い集めた事wといえば、どれだけ「大した被害じゃなかったか」がわかってもらえると思う。調度暗くなった18時半頃にそうじと片付けが済んだので、道路状況はどうなのか?商店はやっているのか?を確かめに使えるギヤが半分になった自転車で街の様子を見てくる事にした。その4・街中編へつづく
2011年03月11日
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揺れが収まってから、防災訓練の手順にのっとり、ヘルメットを被って屋外へ退避。駐車場で職場のグループごとに集まって点呼、人数の確認。員数確認が終わっても、絶えず余震が起きているためしばらくこのまま野外で待機の指示が出た。市内では、いたる所で消防車・救急車のサイレン音がしていた。後日の報道で見ると市内で直接の怪我人などは発生しなかったようだが、それでも緊急車両は活発に動いていたようだ。この頃になって、携帯のワンセグでテレビのニュースを見て震源地が三陸であること、かつてないような大きな震災となりそうな事がわかってきた。職場には宮城県出身の人も何人かいて、その人達は解散指示を待たず同僚に『実家の様子を見に行く』とひと声掛けて帰ってしまった。(その人は、以後翌週の火曜日まで消息がわからなかった。)震源が三陸と知って、同僚達と「原発は大丈夫なのか?」などと軽口を言い合ったが(まだこの時は冗談事でそんな事を言える空気だった)『緊急停止装置が正常に作動し停止』と報じられたので安心していた。(震災後に読んださる記事で、原子力技術者が『緊急停止したと聞くと、誰もが安心するだろう。しかし発電所の現場では、その時から修羅場がスタートするのだ。』と述べていた。我々が知らなかっただけ・想像力が足りなかっただけで、過去のどの地震・どこの原発でもそうだったのだろう。)そうして駐車場で待機していて「寒い、寒い」とはじめて自分も皆もコートもジャンパーも羽織らず手荷物も持たず野外へ出て来た事に気付いた。普段なら“屋外へ退避→当分室内へは戻れない→だったら上着とバッグ位は持って外へ出よう”と、それ位の気は利く筈なんだが。やっぱりあの時、誰も平静ではなかったんだろう。実際の被害に遭われた方たちとは比べ物にならない些細な事だが“着の身きのままで逃げた”というのはこういうことなんだな、と思った。寒さをしのぐ為に車に入ってニュースを見たが、自分のカーナビはテレビの映りが悪くて映像はよく見えなかった。野外退避中、一度“とびきり大きな余震”が起きたが、室内にいる時と違って野外では身体的には揺れの大きさを実感しなかった。しかし、目の前の建物がわずかとはいえしなり、駐車されている車が一斉に左右へ揺れだしたので視覚的には揺れの大きさが見てとれた。結局屋外で1時間ほど待機して、ようやく屋内へ戻る許可が出た。出された指示は『停電によって業務にならないので解散とする』(この時点では被害の甚大さがまだ解っておらず、あくまで“仕事ができないから帰る”程度の認識だった)『一度に全員が帰ろうとすると車が集中して混乱を招くので、先ず女性から16:00で退社、男性は16:30退社とする』『停電によって信号も機能していないようなので、十分気をつけて帰ること』-だった。実際には男性社員も、16:30を待たずに多くの人がさみだれ的に勝手に帰って行った。屋内に入った時点では、同僚との会話も「気仙沼で津波警報が10メートルだってよ」「大事を見て10メートルとか警報出してても、実際に来るのはきっと1メートルとかその程度でしょ?」くらいのもので“高さ10メートルの津波”という物を全くリアリティを持って受け止めていなかった。自分は、三陸で過去明治・大正・昭和にかけて何度か地震による大きな津波の被害があった事、三陸のリアス式海岸が被害を大きくすること、過去には最大海抜30数メートルまで津波が到達した記録がある事を知識としては知っていたけど、それでも“それがいま現実に起こっている”とか、その30数メートルの津波が押し寄せる景色や、結果として“どうなるのか”まではその時点ですらまだ想像できてなかった。が、携帯のワンセグでニュースを見ているとどこかの漁港が水没している映像が流れ「て事は、あそこに居た筈の人達はどうなっちゃったの?」などと思っていたら“仙台空港の滑走路が水没”というニュースも流れてきて(この時点では、水没といってもまさかあんな威力で根こそぎ流されたとは思わず“冠水”しているイメージを描いていたが)だんだん被害の甚大さがわかって背筋が寒くなってきた。やがて、16:30になり帰る事にした。職場からマンションまでの距離は5キロ。徒歩でも1時間掛からない筈。路上はかなりの渋滞が予想されるので、車を置いて歩いて帰ろうかとも思ったが(何より、その“こんな事態なんだから歩いて帰ればいいものを、無理くり車で帰ろうとして震災渋滞を起こす愚か者のうちの一人”に自分が荷担するのが物凄く嫌だった)翌日になって道路事情が改善する保証もないとなると車を取りに来れるかどうかもわからない、そもそも職場の駐車場が閉鎖されてるかもしれないので、大いに抵抗はあったが車で帰宅する事にした。その3へ続く。
2011年03月11日
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3月11日。地震が起きた時は、職場でパソコンを使った設計業務中だった。「おっ、揺れはじめた」と思ったらどんどん揺れの振幅が大きくなってきてた。「地震の揺れは1分程度」と聞いているので、時計を見た。14時46分の中頃だったと思う。机の下に潜る前に「作業中のデータを保存しよう」とファイル名をコチョコチョしている内に、停電になってPCが切れた。机の下に潜り込むのとPCのモニターが倒れるのが同時だったと思う。自分は地震の揺れというのは上下にガタガタ揺れるのかと思っていたが、何と言うか“不規則な円運動で揺すられる”ような揺れだった。(現在続く震度3から4程度の揺れも、同じような“横揺れ”に感じる)机の下では「揺れが収まるはずの“1分先”」を測るために時計を見ていたが、二分経っても揺れが収まらないので「いつまで続くのか」と思った。その間、壁のキャビネットがしなるように揺れていた。一番気になったのは“震源がどこなのか”という事だった。自分の住む栃木県南には活断層がなく、震源の直下でない事ははっきりしている。実家の有る静岡ではいつ大地震が起きてもおかしくないといわれているけど「東海が震源で、北関東がこんなに揺れるはずはないよな。だとしたら、東京が震源なのか?」と思うと、都内にいる知人の身と、日本“国”の行末が心配になった。結局、揺れが収まったのは腕時計で見ておよそ3分後だった。後日の報道によると、この時自分のいた地域の震度は“震度5強”だった。先に書いた様に、静岡で生まれ育ち、小学校の頃から“いつか東海地震がくるぞ、いつか大震災が来るぞ”と言われて育ったが未だに東海地震が来ないので、過去最も大きい震度でも「4」までした体験した事がなかった。(話が脱線するけど、静岡県出身の漫画家「しりあがり寿」氏は、以前あるインタビューで自身の作風に絶えずほの暗い影がある事を『いつか大地震が来ると言われて育った影響があると思う』と述べておられた。自分もその心境がわかる。だって、子供の頃から、家や学校で“いつか必ず大地震が来て、あなたもみんなも死ぬかもしれませんよ”と言い聞かされてきたのだから。)
2011年03月11日
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楽しい楽しい北海道バイク旅行(2008年8月5日から2008年8月17日の日記参照)から帰ってきて一ヶ月経った2008年の9月中頃、掛川にあった前仕事先から「11月一杯で業務終了」との打診を受けた。とても居心地が良い職場で、同じチームで働いてたメンバーも良い人ばかりで、地上の楽園みたいな職場だったのだが…その“地上の楽園”へ配属されてから その時点で2年と4ヶ月経過していたので「そろそろ業務終了の話が出てくる時期だな」とも思っていた。同僚の社員さん達は皆「ずっと居て欲しい」と惜しんでくれたけど、現場のそういう気持ちと経営者の判断は全く別物だからしょうがない(泣)。しかし、掛川は実家からも親類親戚からも、距離的に「会おうと思えば会える、会わない理由にもなる」という調度良い距離感で。また、東京にも名古屋にも、遊びに行こうと思えば行ける距離でもあり。町並みも雰囲気も良くて住みやすく、山も海もあって非常に気に入っていた。今まで住んだ街(浜松、蒲郡、掛川)の中で一番気に入っていた。なので、この9月時点では「次の仕事先も掛川周辺で見つかるといいな~、今のアパートから引っ越さずに済むといいな~」位にしか考えてなかった。当事は まだ リーマンショックの影響も限定的で“派遣切り”なんて言葉の生まれる前で、「業務が終了しても、自宅待機でも基本給は貰えるんだから、当分つぎの仕事決まらなくてもいいな~。2~3ヶ月はゴロゴロ休んでいたいな~」とさえ思っていた。そうして、9月中頃から、自分の代わりを務める正社員と業務の引継ぎに入った。「製造現場で単純作業をしていたニンゲンってのは、こんなになんにも出来ない物なのか!」って驚いたけど(^_^;そういう人に対しては、そういう人なりにわかるように、いっしょうけんめい引継ぎした。2009年のまとめ・その2 2008年11月~12月へつづく。
2010年01月01日
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前日の30日はコミケのために東京日帰りし、結構くたびれた。そして、新年の初日の出は実家のある浜松で拝みたいと思っていたので31日の日中は 特になにもせずゴロゴロして過ごし午後のまだ明るいうちから眠り夜9時頃に起きて、年越し蕎麦の「緑のたぬき」を食べて23時頃に栃木を出発した。そうすれば、最も近い高速料金所である浦和を通り過ぎる頃には日付が1月1日に変わっていてETCの土日祝日割引が適用されるから。大晦日深夜は、栃木の街中も・高速道路上も空いていた。初詣に出かけるのか、家族連れの車もあり、自分と同じように帰省するのか、一人で車を走らせている人もあり。「大晦日のこんな時間にあえて車を走らせている人は、どんな用事・どんな理由があるんだろう?」なんて考えながら車を走らせた。車の中、カーナビで紅白歌合戦のクライマックスを観…聞いていたら、仲間ゆきえと森光子がトンチンカンなやりとりをしていた(爆)。「行く年来る年」は東北自動車道上で観て、新年は時速100キロで走行中に迎えた。こんな特異な大晦日は初めてだ。しかし、2009年は…居心地のよかった前仕事先の業務が終了し、次の仕事先自体を獲得するのに大苦労を要し、居心地のよかった掛川からの転居を余儀なくされ、それ上収入が3割減って、とても辛く苦しい一年だった。一日の内、家計簿を見て考え込んでる時間がすごく長かったからな~。(元々かなり詳細な家計簿をエクセル上で付けていたけど、収入源と同時に未来収入と予想支出を予測して将来の口座残高を自動的に計算できるようにした。)2009年の事を総括するのには、先ず2008年の9月まで遡る必要がある。つづく。
2009年12月31日
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この日はお台場・東京ビッグサイトにて行われる、コミックマーケットの開催日二日目。以前の日記に書いた通り、コミケへ行こうか行くまいか悩んでいたが。結局、今回も行ってしまった。もう毎回惰性で行ってるだけで、特に見たい物とか買いたい物とかないんだが。(毎回楽しみにしていたバイクの同人誌を出してたサークルはもう出展しなくなってしまった)でも「静岡から北関東へ引っ越して、せっかく都内日帰りできるようになったんだから」という事で出掛ける事にした。ついでの用事もあるし。しかし。毎回愛知・静岡から上京して、新宿のカプセルホテルに泊まって都内滞在するのは大きな楽しみだったのよね。だから、今回もできれば新宿に一泊したかったのだが、財政事情も厳しい事だし「ここが我慢のしどころ」と思い都内滞在は諦めた。グリーンプラザ新宿へ最後に泊まったのは去年の12月。あれからどうなってるのかなー?最近メルマガで“おトクな宿泊プラン、一泊2900円!”とか盛んにキャンペーンを打ってたけど、さすがのグリーンプラザも経営が苦しいのかなー?「北関東へ引っ越して都内が近くなった」と言っても、駅まで2.5キロ歩かないといけないので都心まで鈍行で90分プラス歩き30分の計2時間。以前住んでた掛川からだと駅まで歩き15分プラス新幹線で1時間40分の合計約2時間だったから、料金的には財布に優しくなったけど 時間的には全然「近くなった」という気がしないんだよなー。(尤も、掛川在住時に上京するときには 新幹線なんて滅多に使わず ケチって頑張って鈍行で4時間掛けて行ってたけどね。)駅まで2.5キロの歩きがダルいから(往路はともかく、遊んだ帰りに歩くのがちょーダルい)自転車が欲しいと常々思っているけど。駅前の駐車場が上限一日千円だから、大人しく駅まで車で行くのもアリかもなー。でも、駅まで歩いて行く途中には「猫出現ポイント」があるので。車だと、猫なでられないし。この日はパンパンに膨らんだ黒猫が居た。黒猫かわいいなあ。まずはついでの用事その1.銀行の記帳に、新宿へ行った。静岡銀行の記帳ができる支店は都内まで行かないとないので。UFJの通帳も記帳した。UFJの支店も、栃木にはないので。ついでに歌舞伎町へ行って来た。コマ劇場は既に閉鎖されていたが、まだ取り壊されてはいない。コマ劇場前の映画館も多くが閉鎖され、すっかり寂しくなっていた。周囲の商店・雑居ビルのテナントもかなり減って見えた。あの景色の中で結構目立っていたペットショップも無くなっていたな。なんだか物悲しいなー。歌舞伎街のマクドナルドが閉店したというのはネットニュースで知っていて「跡地は何になるんだろう」と思っていたらうどん屋へ様変わりしていた。折角なので、昼食に入ってみた。地元・栃木にある「丸亀製麺」に似てるけど、この店は麺が太くて、顎が疲れる程噛み応えがきつい。“コシがある”というよりは“ただ硬い”という感じ。まだ開店二日目かそこらみたいで、店員は皆不慣れな様子だった。この立地ではマックの方が確実に集客があるだろうが、ニュースで騒がれたみたいに“コーヒー百円で夜明かしする人”なんかが居付いちゃったりして問題もあったろうな。うどん屋、いつまで保つかわからないが、検討を祈る。新宿の後はついでの用事その2.実家へ帰省する土産に焼栗を買いにアメ横へ行った。まだ大晦日じゃなくて30日だったので、そこそこの混み具合に見えた。ていうか、栗を売ってる店は交差点から入ってスグ二軒目か三軒目の店なので、用事だけさっさと済ませて“年末風景”は見ずにアメヤ横丁を離れた。栗は千円で4袋だった。例年はもう一袋かふた袋多かった気がするけど。気のせいか?今年の栗は、渋皮が身に張り付いて剥き難い栗が多かった。そんなこんなで、ビッグサイトへ着いたのは もう14時頃になってたかなあ?西館の、車・バイク・ミリタリーと旅行記のスペースを回って車の本と廃墟の写真集計4冊を買って、使ったのは1500円。その後、企業スペースへ行ったが。不況の影響で出展企業が激減したのか、通路幅がめちゃくちゃ広くなってて驚いた。チラシ配りのコスプレねえちゃん達も、いつもの2/3か半分くらいに減って見えた。会場内滞在時間は1時間くらいかな?本当は、この後また新宿へ戻ってカプセルホテル・グリーンプラザ新宿に一泊して翌朝ゆっくり帰りたかったが先述の通り、節約のために栃木へ直帰した。グリーンプラザ、泊まりたかったなー。グリーンプラザの一階にあるペッパーライスを食べたかったなー。新宿駅にある喫茶店「ベルク」でも食事したかったなー。次に上京する機会は、知人の出演舞台がある2月上旬か。
2009年12月30日
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冬休み4日目。この日は部屋の大そうじ…と言いたい所だが、部屋は普段から結構綺麗にしているので、床を拭いて掃除はおしまい。車が埃っぽくなっていたので、ガソリンスタンドへ洗車機に掛けに行ったが皆「新年へ向けて車を綺麗にしたい」という思いは同じなのか、順番待ちになっていた。1時間ちょっとで洗車終了。あー、すっきりした。「昨日おとついはブログの書き込み、今日は掃除に洗濯・洗車と我ながら頑張った」と思うので、洗車の後は自分への御褒美に近所の道の駅に行って「きなこソフトクリーム」を舐めてきた。ちゃんと、きなこの味がしてうまかった。
2009年12月29日
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前日の27日は、11月分のブログに使う写真整理に追われてこの日は その 11月分のブログ本文を書き込むのに追われてた。最中、マテ茶を飲んでがんばった。ちょっといがらっぽくて、臭いにドクダミっぽさがあるけど、味自体は悪くない。マテ茶を買ったのは、去年の今頃だったか。浜松市のアクトシティ内にある、お茶屋を冷やかしに覗いた時だった。本当に冷やかしのつもりで入ったんだが、薄茶糖とか出してくれてもてなしてくれちゃったので手ブラで出にくくなったから、たまたまその場にあったマテ茶を買ったのだった。マテ茶の事自体は、以前 南米旅行をした人の同人誌を読んで知っていた。南米では、ひょうたんへ入れて茶漉しとストローが一緒になったような器具で回し飲みをする習慣があるそうな。(件のお茶屋では、そのひょうたんと茶漉しも売っていた。)このマテ茶というのは、野菜の採れない南米の山岳地帯でビタミン・ミネラルの不足を補う程とても栄養価の高い飲み物だそうで。しかし、あまり飲み過ぎると幻覚作用もあるそうな。ただし、およそ常識的な量では そんな効能は現れず“マジックマッシュルーム”的なモノを予想すると、期待外れに終わるので。念の為。
2009年12月28日
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冬休み二日目。毎月月末は“宿題”と化した「前月分のブログ」をまとめ書きするのが恒例となってしまっているんだけども(楽天のブログは“先月”までしかさかのぼって書く事ができないから)この日は、その“11月分の日記”を書くための写真整理とUPに追われて終わった。「そんなに大儀ならブログなんて辞めれば?」ってハナシなんだが(じっさい、過去には数ヶ月間ブログを放置していた時期もあったし)これはコレで自己発散と“自分向けの記録”なのでしょうがない。昼飯は吉野家の“牛綴じ鍋定食”。前から気になっていたので。まあ、だいたい予想通りの味だった。
2009年12月27日
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この12月26日から10日間の冬休みに入った。一日目は、宇都宮の「インターパーク」にあるホームセンター“ジョイフル本田”へ行って来た。自転車の値段を見に。インターパーク自体、いつも横目で通り過ぎるばかりでまだ行った事がなかったし。DAHONのメトロが32800円か。店頭販売ではここが一番安いけど、ネットなら29800円で売ってる所もあった。そりゃ、もっと高くて良い自転車が欲しいに決まってるけど、出せる金額としてはこれ位が上限だなあ。フードコートへ行ったら、2009年いっぱいで日本撤退する“ウエンディーズ”が入っていた。ウエンディーズって一回か二回位しか食った事ないんだよな。「最後の機会に食べとくか」と思ったが、セットメニューの下限が630円だったのでハンバーガーにしては高いと思って止めた。画像を撮った時点では閑散としていて「撤退も止む終えないなあ」といった雰囲気だったが、やはり「無くなる前に食べとこう」みたいな思いの人が多かったのかこの十数分後には長蛇の列が出来ていた。で、自分はウエンディーズを止めて、ラーメン店の“刀削麺”を食べた。海鮮の。650円だったから、結局ウエンディーズと大して変わらないんだけど。野菜も沢山入っていて、悪くなかったよ。他に、たこやき屋でたいやきと・カレー店でカレーパン買って帰ってきたが、注文するとその場で揚げてくれるカレーパンが美味かったな。あげたてで。インターパークは広大な複合商業団地で、とても回りきれる大きさで無いのでこの日はジョイフルだけで力尽きた。元々ここんところ疲れが溜まっていたので、帰ってからは何もする気になれずグーグー寝てしまった。
2009年12月26日
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仕事帰りに近所のケーキ屋へ行ってクリスマスケーキ買ってきて、ひとりクリ○○スした。2008年は、掛川の「たこまん」で2300円のクリスマスケーキを買って一人で食べたんだったな。2009年のケーキは1000円で我慢。なんか、チーズケーキとクリームの合わさったような感じ。ほんとうは、スポンジ生地でもっとデコデコした“クリスマスらしい”奴がよかったんだが、味は悪くなかった。ひと晩で3/4食べちゃったし。
2009年12月24日
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この日は、天皇誕生日だが出勤日だった。「昨日に引き続き寒い」と思ったら、1度だった。どうりで寒い筈だわな。
2009年12月23日
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この日は、朝「ずいぶん寒いなー」と思ったら車のダッシュボードに貼った温湿度計が、なんと氷点下!まあ、こんな簡易温度計がそれ程正確だとは思われないが、それにしても寒い筈だわな。
2009年12月22日
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昨日に引き続き、ささやかながら賞与が出たので(まあ実際には“出た額全部実家送り”になってしまった訳だが)「何か良い物食ってもいい筈だ」と思い(普段、チーかまと魚肉ソーセージと、自作の味付玉子しか食ってないからさー)近所の「スシロー」へ“一人回転寿司”を楽しみに行った。数日前の新聞に、海老蟹フェアーのチラシが入っていて気になっていたのよ。海老と蟹メインにアン肝と中トロ、一貫しか乗ってない皿が多かったからそんなに沢山食べてないけど10皿食べておしまい。もともとそんなにモリモリ食べたりしないので。まー、贅沢はこれで終わりで、また明日からはチーかま・魚肉ソーセージ・煮玉子生活だな。
2009年12月20日
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ささやかながら賞与が出たので(まあ実際には“出た額全部実家送り”になってしまった訳だが)「何か良い物食ってもいい筈だ」と思い(普段、チーかまと魚肉ソーセージと、自作の味付玉子しか食ってないからさー)以前の日記に書いた近所のオムライス屋さんへランチを楽しみに行った。自分にとっては「とっておきのお店」なので、こんな時にしか行く気になれないのよ。9月に一回行っただけなのに、ご主人から「以前、いちどお見えになられましたよね?」と言われて驚いた。チーズオムライスセット1700円うまかったー!「オムライスが1700円!?」と思うだろうけど、たっぷりの野菜とうまいスープとデザートが二品ついて、しかもここのオムライスは世界一うまいんだから1700円は全然高くない!デザートの皿には、ココアパウダーで“MerryChristmas”と書かれていて。それは食べるのが勿体無いくらい見事な技だったけど、男ひとり客にはちょっと気恥ずかしかった(^_^;)。誰か、一緒に楽しみに行けるような女性が居てくれたらナー(T_T)。
2009年12月19日
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ここ数ヶ月、ずーっと「自転車が欲しい」と考えていた。最初は「近所のホームセンターで、一番安いママチャリでも買えばいい」と思っていたがだんだん欲が出てきて“車に詰める、輪行(電車に自転車を持ち込んで旅行する事)できる自転車”が欲しくなってきた。そこで、この日は幕張メッセで行われた自転車の見本市幕張サイクルモードへ行って来た。しかし、千葉の市街地を抜けるのに渋滞へハマって4時間も掛かってくたびれた。幕張へ行くには必ずどこかしらが混むんだよなー。混んでる区間はわずか数キロなんだけど、そこだけで1時間くらい時間を喰っちゃうんだよな。入場受付は対して混んでなかった。来場者は“自転車好きの一般人”よりも“日本全国から来た自転車屋さんとその家族”の方が多そうだった。試乗の申し込みはかなり混んでいた。そりゃ、このイベントに来て自転車を試乗しなかったらイミないからな。「怪我や弁償に際しては自己責任を負います」みたいな事が欠かれた用紙に署名をして、試乗パスを貰う。会場風景。「えっ、こんな狭くて小さい催しなの?」と思ったら会場は二つに分かれていて 本会場はこの6倍くらいの広さだった。自分が買いたいと思っているのは「ドッペルギャンガー」。ドイツっぽいメーカー名だけど、実態は中国製産の2~3万で買える安物自転車。基本的にネット通販の自転車なので、街の自転車店の店頭に並ぶ事がないから実物を見れる機会もないので はるばるこの幕張まで来た次第。興味があるのは、このドッペルギャンガー211なんだが、試乗車が用意されてなかった。ドッペルギャンガー221に乗ってみた。20インチタイヤの折りたたみ自転車。以前、ホームセンターで買ったメーカー不明な16インチの折りたたみ自転車を使っていた時期があったが漕いでも漕いでも進まず、重くてとてもじゃないが車に積んだり出したりする気になれなかった。だから「20インチの折りたたみ自転車ってどうなんだろう」と半信半疑だったがなかなか軽快で“漕いでも進まない”なんて事は全然ないと解った。しかし、ハンドリングはチョロチョロしていて、直進安定性が悪くキョロキョロするので少々恐かった。次に乗ったのは、欲しい211と同じフレームで装備が違うモデル“ドッペルギャンガー205”。前足にサスペンションが備えられているせいか、先に乗った221と違って、安定感があり落ち着いたハンドリングだった。これはサスの有無による違いなのか、フレームの持つ特性によるものなのか?自分が欲しい211はサスペンションが着いていないのだが、“キョロキョロ”と“しっとり”、果たしてどっちの乗り味なんだろう?そもそもドッペルギャンガーは、正統派の自転車趣味人からは「際物」と見られているメーカーで(“そもそも眼中にも相手にもされてない”って話も…)折り畳み自転車では「DAHON」というメーカーが定評を得ているらしい。なので、DAHONとドッペルギャンガーの乗り比べをしたかったのだが、残念ながらDAHONは今回のサイクルモードに出展していないのだった。かろうじて、トレーニング用ローラー台メーカーのデモ用に一台置いてあった物にまたがる事はできた。ローラーを回してみたところで、どんな自転車なのかはわかりっこなかったけども。会場内に設けられた試乗コースは数キロにも満たない短いものだけど、自転車自体がひさしぶりなので腹が減った。会場内に出展していたタイ料理の屋台で、海鮮やきそばを食べた。そばってビーフンみたいな米粉の麺だったけど。スパイシーな味を想像していたら甘酸っぱい奇妙な味付けで、予想と270度くらい違ってた。この焼きそばのせいとは思いたくないが、幕張からの帰路はお腹が痛くなってほぼ30分おきにコンビニのトイレに駆け込む羽目に(爆)。その後、会場内をひとまわりしたが。自分の趣向には合わない高額自転車がほとんどだった。先の二台の試乗で「20インチの自転車でも速度は十分」と解ったので“思いっきりタイヤの小さい自転車”にも乗ってみた。Smartcogというメーカーの「bipod MINT」という自転車。タイヤ径は14インチ。以前持ってた16インチ自転車の感覚で「どうせ漕いでも漕いでも進まないんだろうなー」と思っていたらいたって普通に走れて驚いた。自分の車・トヨタヴィッツの後席を畳まずトノカバーも外さずに乗せるには、多分この大きさが限界。(20インチになると後席を畳まねばならぬと思う。)しかし68250円もするんだよな。ドッペルギャンガーの倍以上。14インチの自転車が意外とまともな走りっぷりだったので、もっとタイヤの小さい自転車にも乗ってみた。Pacificというメーカーの「CARRY ME」。タイヤ径は8インチ。ここまでタイヤが小さいと、さすがに癖のある操縦性で曲がろうとするととたんに強烈に内側へ向きたがるがその特性さえ掴めば(曲がり角ふたつみっつで十分)あとはいたって普通に走れた。正直、2.5キロ離れた駅までの行き来ならこれでも十分と思えるくらい。しかし、値段が57750円もするんだよなあ。このように立てた状態で収納できるので、場所を取らない。立てた状態の下辺にコロが付いているので、キャリーカートみたいに転がして運べて輪行にも便利という触れ込み。しかし、いかんせん自分には高すぎる。普通の自転車とは大分違った感覚の乗り物だし。じっさい、コレを買う人もこの一台で何でも済ませようってんじゃなくて“二台目三台目”の需要だろうし。あと、車のトランクに積むには縦方向の長さを食いすぎる。自転車趣味の人達というのはそうとうストイックな方々みたいで、モーターショーやゲームショーと違ってキャンギャルはほとんど居なかった。その中で、この二人は飛びぬけてエロかった。じゃなくて、可愛かった。会場のライティングのせいで下から光が当たるような、ちょっと残念な写り具合になってしまっているが。特に、右側の背の低い方の子がエロかった。じゃなくて、可愛かった。服の露出度やプロポーションの問題じゃなくて、顔つきと雰囲気、佇まいが可愛かった。じゃなくて、エロかった。ちなみにこの日、幕張メッセ本館で行われていたイベントは この自転車見本市だけで…会場の半分以上がこうして空いていて寂しかった。こんな状態のメッセを見たのは初めて。これも不況の影響なんだろうか?
2009年12月12日
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組合と会社の折衝の結果、今回の冬季賞与は“基本給の6割相当”という事になり、この日、支給された。当初のゼロ解答や0.37ヶ月と比べればなんぼかマシだけど、この額だと実家へ渡してそれでオシマイだ。生活が苦しい事にかわりはない。結果的に、年収は去年の30%ダウンとなった。ワーキングシェアの話題がニュースで流れていた時に「年収が1割減る位なら、我慢どころか何とも思わない」と考えてたし「残業手当なんていらないから、毎日定時で帰って充実した余暇を過ごしたい」と思ってたけどそれもこれもボーナスが人並みに出ていて初めて言える事だったんだなー。まあ、しかし、3月以降次の派遣先が決まらずに解雇された多くの仲間達の事を考えると栃木へ引越しさせられたとはいえ、仕事にありつけた自分は幸運だった。クビになっちゃったみんなは、今頃どうしているんだろう…?俺なんかよりも、優秀で頭が良い人、一杯いっぱい居たのになぁ…。生活は苦しいが、せめてユメとキボウだけは抱きたくて、年末ジャンボを もう10枚買い足した。
2009年12月11日
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車のダッシュボードに、温湿度計を貼り付けているのだが。(エアコン入切の判断基準にするため。)この日朝、車に乗り込んでの車内温度は4℃!朝起きて「寒い、寒い」と思っていたが。そりゃ寒い筈だよな。別の寒い話。今冬の賞与額が、会社と組合の折衝の結果“ゼロ”から“基本給×0.37”となって、なお交渉中という事で。この分では今年の年収は去年の35パーセントダウン。しかし、税金は去年の年収を元に算出されているので、年収が去年より大幅に下がったという事はそれだけ“税金取られすぎた”という事で年末調整の還付金が多く返ってくるのではないか…とアテにして過去の年収と還付金額を調べてみたが…どうやら、年収が前年より下がった年は、還付金も大幅に下がる傾向があるみたい?たぶん、年収が下がるという事は源泉徴収される額自体も年収に応じて減ってる訳で“税金取られ過ぎ”って事にはならないんだろうな。この読みが当たってるのかどうかはわからんけど、もし当たってたとしたらガッカリ。還付金、少しでも多く戻って来るといいな~。
2009年12月08日
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しばらく前の日記に高野豆腐を人参と煮たと書いたが、そのリベンジを行った。いつもは日曜日の夕方に昼寝なんかしていて鉄腕ダッシュが始まる頃に起きてそれから飯つくって風呂入って寝るのは1時過ぎだったが最近は“「坂の上の雲」を生で見たいから”夕方寝ないでこの煮物も頑張って作ったよ。前回「彩りが少ない」と感じたので、今回は高野豆腐の他に人参・さやえんどう・鶏肉に乾燥椎茸も入れた。えんどうの筋を取るとか知らなかったので、口に茎が残る煮物になってしまったが、別にマズくはなく普通に食えたよ。椎茸を中国産でガマンすればいいんだが、国産に拘ったら結構高く付いちゃったな…。その代償として、翌日・翌々日の弁当のおかずはこれダケ。朝も夜も、おかずはこれダケ。夜は「坂の上の雲」第二話を見た。前回同様、国家の青春と個人の青春が偶然幸福にも一致したその時代の空気と景色を上手く描いて見せてくれてよかった。やがて劇中で日清・日露の戦争が起こってしまうけど(俺自身はミリタリーおたくだが、それでも)過度にミリタリズムを鼓舞して見せないで欲しい。最終回まで見た時に“あの時が一番よかった。あの松山・予備門時代が一番良い時期だった”と。そう言える・そう感じさせる番組作りであって欲しい。(今の所、それはかなりの充実度で成功していると思う。)そしてこのドラマ。物語自体もさることながら、菅野美穂が演じる正岡子規の妹・律のキャラクターがイイ!今で言う「ツンデレ」っぽくて(笑)。原作ではさほど描かれていない人物だそうだが、それを敢えて膨らませて描いているだけあって番組制作者側がこの人物に込めた愛を感じる。(逆にいうと、この人物についてはテレビ化にあたって創作された部分が多いという訳で。遺族の方とかは複雑な心境かもしれないが。)帰京する真之と律が海岸で再会する場面は見ているこっちが嬉しくなる程の名場面だった。10台の頃の菅野美穂に対しては「トカゲ顔の女」といった印象しかなくてハタチでヌード写真集を出した時には「なにコイツ」と思ったけど、今なら その ヌード写真集も欲しいかも!(物凄いプレミア付いてて、買えっこねーけどなw)件の写真集を出す際にご本人が語ったという『自分は芸能活動を始めてこれまでとても大事にしてもらって来たから二十歳のこの機会に、反対に“自分が一番やりたくない事”をやろうと思った』という言葉も、今なら意味がわかる。それに、菅野美穂は、あのごっついオタクの稲垣悟郎と長年付き合えてる(というか“許せてる”)んだから大した女性だと思います。(稲垣悟郎はテレビではスカしているけれど、実は漫画アニメ好きのモデルガンマニア。「お勧めのコミックはエリア88」」「ガンダムには芸能界一詳しいんですよ」「装甲騎兵ボトムズを実写化して、主人公のキリコ・キュービィは自分が演じたい」等という“高度なオタク”なんです。)
2009年12月06日
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この日は冬コミックマーケットのカタログ発売日。「もういいかげんコミケへ行くのはやめようかなー」とも思うが、「それは一応カタログを見てから考える事にしよう」と。(今、これを書いている時点は1月10日だから、結論から言うと なんやかんや言って結局今回も会場へ行ってしまったが。)で、そのカタログを入手するのに一番近いのは宇都宮のオタク書店。しかし、敢えて大宮のア○メイトまで行く事にした。宇都宮より大宮へ行く方が距離も時間も掛かりそうだが、以前の日記に書いた通り、大宮はいつも電車で都内へ向かう時の通過駅で「“車”と“足”で行ったらどんな街だろう」と気になっていたので。11時半出発。国道4号線を快走し「このぶんなら13時前には着いちゃうんじゃないかなー」と思っていたら、目的地の駅前まであと5キロの地点でいきなり道が混みだして、その5キロだけのためにおよそ40分を費やし、結局目的地へ着いたのは13時半。大宮駅間近でこんな架橋を見つけて「へー、大宮にはモノレールが走ってるんだー」と思ったけど今にして思うと、ただの道路橋なのかな?アニ○イト大宮店前の景色。大宮はちょっとしたターミナル駅だから、周辺には幹線道路が整備されてさぞアクセスが良いだろうと思って車で行ったのだが実際には真逆で、狭い路地がゴミゴミ入り組んでとっても走り難く混雑の酷い街だった。もう車で行く気にはなれない。せっかく大宮まで来たんだから、何か変わった物食って帰りたいなーと思って周辺をしばらく歩いたが、変哲の無い居酒屋と飲食店しかなかった。電車の乗り換え時に目にする駅ビル内には、目移りする程いろんな店や変わった店があるのにねぇ。仕方が無いので「ガラ喰楽学校」?とかいうラーメン屋に入った。いや…店頭で「いらっしゃいませー」をやってた女の子(バイトだろう)が、素朴そうで ちょっと“良い子”だったのよ。そんな不順なキモチで入った店だが、ラーメンはうまかった。店内は“昔の小学校”を模した調度で、客席が小分けされていて「○年×組」なんて名づけられてたり、大きな黒板があってメニューが掛かれてたり、始業・終業のチャイムが時々鳴ったりして面白い。ただし、デザートに頼んだ「杏仁プリン」が出てくる迄そうとう待たされた。まあ“男ひとり客”がプリンだのアイスだの杏仁豆腐だのを頼むと“まるで忘れ去られたかのように”いつまでも待たされるのは いつもの事なのでべつに怒ってないが。(今回も、厨房の中で「これはどこの席のオーダーだ?」と右往左往している姿が 自分の席から見えたw)帰りの車の中でHNKを見…聞いていたら「スタジオパーク」みたいな番組で「坂の上の雲」の特集をやっていて、主演の本木雅弘がいろいろ良い事を言っていた。自分は「シブがき隊」なんて大嫌いでバカにしてたけど、主演作の映画「中国の鳥人」を見てから、本木雅弘さんを見直した。件のNHK番組の中で、本木さんは「主役を演じてどうですかー」みたいな、掴み所の無いテキトーな質問を何度も投げられる訳だが。そういう質問に、先ず共演者を称えるエピソードや実在の秋山真之の話をして、空いた部分で、自分の事を控えめに話す。「俺が、俺が」という感じは一切無い。とても元ジャニーズのアイドルだとは思えない。ちょっと前、糸井重里がキムタクの事を「頭が良い、感性が光ってる」とやたら持ち上げてた時期があったが。木村拓哉のその主の発言からは“ここでこう言っとけばいい点取れる”みたいな下心が感じられて嫌らしい。対して、本木雅弘の発言にはそういう打算計算みたいな感じを受けない。逆に(上手い言葉を見つけられないが)“無自覚の知性”みたいな物が感じられる。そういう“頭の良い人”が、自分は好きだ。帰りは大した渋滞にも巻きこまれなかったが、大宮を出たのが14時20分、栃木へ帰ってきたのが16時10分。混んで無くても、大宮まで2時間近くは掛かっちゃうのか…。決してつまらなくはなかったよ。ラーメンも杏仁プリンも美味かったし。でも、もし次に大宮へ行くとしたら、車じゃなくてバイクか電車にしよう。
2009年12月05日
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結城のカインズへ行ったら、にしんの塩焼きを売っていた。にしんと言えば、甘露煮にして蕎麦に乗ってるのとか…北海道へツーリングに行った時には、ルイベ(凍ったまま供される刺身)で食べた事もあったが…とにかく、にしんの塩焼きなんて食べたことなかったので、買ってみた。海無し県の栃木なのに(厳密に言うと結城市は隣県の茨城だが、いずれにせよかなりの内陸だ)不思議とスーパーの魚屋は地元の静岡愛知よりは充実していて結構変わった魚が扱われてたりする。それだけ魚介への憧れ?があるんだろうか?まあ、ちょっと変わった風味ではあったが、別に素っ頓狂な味ではなく、普通に食えたけど。この何週か後に発行された「ビックコミックスピリッツ」に載ってた「美味しんぼ」に『ニシンは油にクセがあって云々』という台詞があった。「いわれてみればそうかなー」って程度だったけど。北海道のオホーツク海沿岸では、近年までニシン漁が盛んだったけどそれは油を採るためで(身はしぼりカスとなって肥料に用いる)食用じゃなかったんだもんね。
2009年12月02日
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先日、日光へ行って買って来た湯葉を食べて「高野豆腐みたいな味だと思った」と書いたが「だったら、高価で入手し難い湯葉じゃなくて、高野豆腐を食べればいいじゃない!」という事で高野豆腐とにんじんを、市販の和風だしで煮て見た。ま、普通に食えるけど、色合いが寂しいので今度は何か緑の物も入れよう。しいたけがキクラゲも加えられたらいいんだけど。夜は、NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」を見た。べつに楽しみにしていた訳じゃなくて、むしろなりふりかまわぬ宣伝ぶりにウザさを感じていたけど作中に登場する松山や江田島へは以前行った事があるし、横須賀の戦艦三笠も去年見物したし何より明治という時代が好きなので「一応見るだけみるか」程度の興味だったのだがかなり面白かった。自分が明治好きになるきっかけとなった劇画「坊ちゃんの時代」の中に“明治は日本の青春だった”という台詞があるんだがまさに その 国家の青春と個人の青春が偶然かつ幸運にも一致したその時代の機運というか雰囲気というか、その感じを上手く見せて教えてくれた。エンディングを見たら、件の劇画「坊ちゃんの時代」の原作者・関川夏央氏が“脚本詰問委員会”の一員として参加しておられた。どうりで。今、明治を描くのに この方に声が掛からない筈がないからな。(もともと、NHKの歴史番組にコメンテイターとしてよく出演なさっているし。)だが、ドラマのオープニングから主人公・秋山真之の誕生・成長をバカ正直に時系列にそってなぞって展開したのでそれはどうかなあ、と。長編ドラマの第一話にしては、始まり方がいささか地味に過ぎたきらいがある。冒頭に5分でも3分でも、このドラマのクライマックス(の筈)である日本海海戦を視聴者に“チラ見”だけでもさせておいて、その場にいる秋山真之の回想という形でドラマ本編部分に入るようなやり方がよかったんじゃないかなぁ…と。勿体無いというか、惜しかった。
2009年11月29日
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この前日「よつばと!」というコミックスを買ったのだが、その中に“まだ日が昇らない朝早くから出かけて、気球のイベントを見に行く”というエピソードがあった。(どうも、作中の季節と「都内から二時間」という距離からいって 描かれたのは栃木で毎年秋に行われる気球大会のようだが。)それを読んで「いいな。気球はともかく、自分も久しぶりに夜も明けきらない朝早くから車でどこかへ出かけたい」と思い、この日意味も無く朝出かけてみた。ただし、モタモタしているうちに6時を過ぎてしまって“夜も明けきらない”という程早くはなくなってしまったが。それでも撮れた、筑波山に朝日が掛かるところ。特に「どこへ行く」という目的もないので、栃木に越して来て以来、あまり行った事の無い「東」の方角へ向かった。茨城を30キロほど走って、折り返して帰ってきたのだが。途中に“セイコーマート”発見!去年まで5年連続で北海道ツーリングを欠かさなかった自分としては、セイコーマートと再会できて驚くやら嬉しいやら。確かに“千葉だか茨城には店舗展開している”と聞いた事はあったけど。自宅から25キロだから決して近いとはいえないが、北海道へ行く事考えたら手軽に北海道気分を味わえて嬉しかった。何故セイコーマートが茨城で店舗展開してるのかってのは…大洗にフェリーターミナルがあるから、その近辺にだけは物流ルートが確保できるからって事なのかなあ?(本土から北海道へ荷物を運んだ車を、空のままで返すのは勿体無いだろうし。)さらに、道中には「ローソンストア100」もあった。ショップ99がローソンに吸収合併されて業態がローソンストア100と同じになったというのは知っていたのでショップ99みたいな百円ショップなんだろうと思って入ってみたらまるっきり定価販売なフツーのコンビニだったのでガッカリ。去年の3月まで掛川に住んでいた時は、自宅から一番近い店がショップ99で生活の五割を頼る程重宝していたのよ。店内で掛かってる、まぬけな“ショップ99の歌”も好きだった。掛川で過ごした2年と10ヶ月。あの頃は、良い仕事先・よい環境に恵まれ、自分の人生の中で一番心穏やかに過ごせた時期だった。ああ、できる事なら また 掛川に戻りたい…。茨城を30数キロ進出して、8時頃に部屋へ帰ってきたが、その間ナビからテレビニュースを音声だけ聞いていたがずっと“タイガー・ウッズの交通事故”を報道していた。その間、ずっと「全ての局がトップで報じるような事か?」と思ってたけど。部屋へ戻ってからは、また「宿題」と化した前月分のブログを書き込んでいた。昼食はセイコーマートで買ってきた「百円パスタ」と「百円やきそば」。どっちも百円にしては良い出来だった。ビバ・セイコーマート。
2009年11月28日
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この日の夕飯は「栃木やきそば」。焼きそばにはジャガイモを入れるのが“栃木の流儀”らしい。U字工事がテレビでそう言ってたし。
2009年11月26日
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仕事帰りにジャスコへ買い物に寄ったら、惣菜コーナーで「レバーフライ」なる物を見かけたので今夜のオカズはそいつに決定。関東の下町に“レバーフライ”というB級グルメがある、という事は以前テレビと新聞の記事で見て知っていたが、栃木で目にするとは思わなかった。件のテレビでも新聞でも『薄切りにしたレバーをフライにしてあるので、レバーが苦手な人にもお菓子感覚で召し上がって頂ける』という紹介をされていて、じっさいその通りのおいしさだったが、“レバー上等”で血生臭さとか全く気にならない自分としては、むしろもっとレバー感があってもよかった。“冬の賞与が出るかどうかも怪しい”と囁かれている情勢の中で、敢えて年末ジャンボを買った。10枚。本当はこの三千円も惜しい処だが。億とは言わないから、せめて百万円でも当たってくれないかな~。
2009年11月25日
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ドコモショップから、携帯の無料点検&クリーニングサービスの案内が来ていたので行って来た。まあ、大して綺麗にはならなかったけどね。(自分の手で、ブラシで磨いてウエットティッシュで拭いた方がマシ。)自分が店に居た時間、ヘンなチンピラくずれみたいなクレーマーが女性店員を罵倒しまくっていて怖かった。恐い世の中になったものねぇ~。昼飯はたこやき。最近むしょうにタコ焼きが食べたくなってたところ、タイミングよく近所のホームセンターのフードコートが250円セールだったので。ねぎ塩とチーズ海苔のふたつ、どちらもおいしゅうございました。夜はりんごを砂糖で煮た。これで数日は、弁当に甘い物を少し入れられる。
2009年11月23日
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この日は小雨でバイクに乗る気にならず。(前日にバイクで関宿城へ行っといてよかった。)午前中は近所の格安床屋へ行って(髪なんか短くなりさえすればいいので美容院なんて行かない)午後は「宿題」と化した10月ぶんのブログを書き込んでた。毎月月末に、先月分のブログをまとめ書きするのが恒例になってしまっているので(楽天ブロクは1ヶ月以上過去の記事は書き込めないから)なんとかブログを現実時間に追いつかせたい。今、この記事を書いている時点で全然状況改善できてない訳だが。
2009年11月22日
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この日は朝から、洗濯3回と(恥ずかしながら)何ヶ月ぶりかの掃除。栃木に引っ越して来てから、新しい土地・新しい仕事・新しい環境に置かれてなかなか余裕がなかったのよね。でも、部屋が汚いと自然と生活も心境も荒んでくるので、ずーっと気にはしてたんだけど。床に溜まってた綿ホコリと○○毛を一掃出来た。あー、スッキリした。やっぱり部屋が綺麗だと気分が良くなるな。(この掃除以降、窓まで拭いて・2~3日おきに床を拭いてるから部屋は非常にキレイだ。一応、オタクの部屋らしくならないようにきちんと片付けているし。部屋を“にぎやか”にするのが嫌いなので、壁にポスターとか貼らないし。)午後は時間が空いたので、前から気になってた関宿城を見に行く事にした。バイクで。先日の日光行には、小さい方の二号車(ホンダのGB500)を使ったので今回はデカい方の一号車(カワサキのGPz900R)を用いる。件の関宿城だが。以前、幕張メッセへバイクで行った時通りすがりに「こんな所にお城が?」と横目で見かけて以来「いつか見に行かねば」とずーっと気になっていた。部屋からは45分くらいの距離だった。時刻は昼過ぎ。関宿にある「道の駅さかい」で昼食。数量限定の手打ち蕎麦を食べた。大根が乗ってるのがなんだか不思議だったけど、良い蕎麦だった。蕎麦ひと盛りではちょっと腹に足りなかったので、あんみつも食べた。業務用の餡と求肥と寒天を、器に盛っただけだろうけど、十分おいしかった。先ず、関宿城の前に鈴木貫太郎記念館を見物。前日に関宿周辺の地図を眺めていて、この地にこの記念館があるのを知った。「鈴木貫太郎ってダレよ?どこかで聞いたような気はするが…」と思ったら、鈴木貫太郎とは昭和20年終戦当時の内閣総理大臣。つまり、終戦内閣を指揮したお方。(元は海軍の出で、その後は裕仁天皇の侍従長。天皇の信認が厚く、終戦処理を依頼された。)ネットで探してみたら、敗戦処理にあたったという以外にも“日本海海戦で活躍した”とか“226事件で4発の銃弾を(頭部にも!)受けて生還した”とか、いろいろ凄い逸話のあるお方で(このへんが分かり易い)興味を持った。記念館は少々わかりにくい場所にあり(「近くへ行けば案内板とかあるだろ」と思ったら、なかった。)探すのに苦労した。何故この地に鈴木貫太郎の記念館があるのかというと、敗戦処理・首相辞職後に隠遁したのがこの場所だそうで。(出身は関西。)墓所も、記念館近くの実相寺にあるとの事。記念館自体の規模は小さく、展示も素朴で質素なものだった。経歴をつづった物や、愛用の衣服・物品が展示されていた。前日に経歴と人柄を予習して来たので、興味深く・感慨深く見れた。だが。しかし。展示物の記述の中に何度も“誰よりも平和を愛し望んだた鈴木貫太郎翁”という記述が出てきたが「それはどうかな?」と思うよ。鈴木貫太郎翁が対米開戦反対派で、敗戦処理を見事に成し遂げたのは事実だけど。敗戦処理は義務と任務で行った“仕事”であって。元軍人だった鈴木貫太郎が平和主義者のだったかというと「それは違うんじゃないか」と。対米開戦に反対だったのも、それは“勝ち目が無い”から反対だったのであって、“勝てる戦争ならやる”人だったのでは?という気持ちになった。軍人っていうのはそういうもんだからね。それを、一元的に“平和主義者のお人よし”みたいに決め付けて奉っちゃうのはどうかな?という気になった。まあ、それでも、興味深く意義深い記念館だった事に代わりは無い。鈴木貫太郎にちょっとでも興味がある人にはお勧め。鈴木貫太郎記念館を出て、関宿城へ向かう。利根川流域のまっ平らな田園地帯そこにそそり立つ関宿城。この辺りは昔から利根川を渡って人と物が行き来する交通の要衝で、そこに睨みを効かせてきたのが関宿城ということらしい。しかし、この界隈は利根川の治水対策として川の流れを変えるために何度も地形が(人工的に)改造されていて、この関宿城も場所自体からして当時と違うらしい。関宿城入り口。本物の関宿城は廃藩置県の時に取り壊されてるので、これは鉄筋コンクリートの再現品。一応、資料を元に天守閣の外観を似せてはいる模様。内部は資料館になっていて(有料。300円だったかな?)治水に関する展示が大部分を占めていた。それ程、この地域に住む者にとっては利根川流域の治水が重大問題だったのね。じっさい、現地では新たな堤防の建設工事も行われていたし。(昨今の情勢からすると“本当に必要な堤防なのか”という疑問もあるけど。)あと、館内のビデオ案内に登場するカッパのキャラクターの声が、声優の淵崎ゆり子(の男の子声)だった。館内は撮影禁止なので、展示物を撮る事はできなかった。最上階からの景色。利根川堤防の上はサイクリングロードになっていた。自転車を買ったら走りに来たいものだな。大きな公園も整備されていて、家族連れが結構来ていた。博物館に入る人はあんまりいなかったけど。先日の日光行では見れなかった、真っ赤な紅葉をここでは見る事ができた。利根川を渡って、小山へ帰る。鈴木貫太郎記念館は興味深かったけど、関宿城はしょうじき面白くなくて、あんまり来た甲斐がなかったな。まあ、前々から気になってた観光スポットがひとつ潰せたからいいや。この関宿・境には、利根川を渡る渡し船が通っている。この画像の地点を往復するのだが。が、一年のうち運行期間は限られており、11月はもう運休期間に入っていた。船は丘に引き上げられていた。部屋へ帰ってきて、走行距離は70キロくらい。ちょっと走り足りない感じ。今日は我ながら掃除と洗濯を頑張ったと思うので、境の道の駅で買った「自分へのご褒美」。抹茶カステラと黒糖カステラと柚子饅頭。おいしゅうございました。
2009年11月21日
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この日は、職場で廃材を移動するのにフォークリフトへ乗った。自分、小型フォークリフトの免許を持っております故。しかし、フォークリフトを操れるのは5年ぶりくらいだから嬉しかったな~。多少はマゴつくかと思ったが、5年ぶりでも体が操作を覚えているもんだね。派遣社員だから、本当は仕事先の社内安全講習とか受けないとリフトを動かしたりしちゃいけない筈なんだけども。万が一事故でも起きたら面倒な事になるからな。そんな事より、旧型ヴィッツの車検が終わった。五千円のサービスチケットを使って、掛かった費用は115870円。家計簿上では「想定金額12万」で計算してたので、予想以内に収まってくれてよかった。「そのへんの整備工場」でやってもらえば、8万くらいで収まったかも知れないけど、やっぱり整備はディーラーで受けたいよなあ。もし普段の整備を受けてるのが「そこいらの整備工場」だったら、いつぞやのオイル漏れの件も補償で直してなんてもらえなかっただろうし。ヘッドライトカバーの樹脂が紫外線で黄ばんで古ぼったい外観になってたけど、ピカピカに磨いてもらえた。これはよかった。黄ばんだままだとライトの明かりが暗くなって車検の基準を通らない恐れがあるので最初から無償で磨くように車検整備のメニューへ入っているそうだ。
2009年11月19日
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旧型ヴィッツを車検に出して、あてがわれた代車はトヨタの「ベルタ」。この車は、現行ヴィッツにトランクを足してセダン型にした車。つまり、トランクが付いてる以外は「基本的に現行ヴィッツそのものの車」と考えて良い。旧型ヴィッツに乗る自分としては、当然その差に興味が向く。このベルタは1300ccの四気筒。まだ登録されて半年くらい、6000キロしか走ってない。(不況による販売不信で、新車の販売実績をなんとか稼ぐためにディーラー自らが購入・登録し、営業車として使用している物と思われる。)以前、母が車を買い換えると言った時に 現行ヴィッツの1000ccの方(3気筒)には試乗した事がありその時は全く感心しなかった事を覚えているが。(結局、母はホンダのフィットを買った。)四気筒の1300の方は果たしてどうかな?まず、車の外寸が必要以上に大きい。とてもリッタークラスの車には思えない。前後の見切りも悪く、実際以上に車が大きく感じる。いつかどこかにぶつけそうで怖い。外見がブカブカでかく感じる割に、運転席は狭っ苦しく感じる。Aピラーが運転席の頭近くに迫ってくる感じで、実際以上に狭さと息苦しさを感じる。この点は、母のつきそいで現行ヴィッツに試乗した時も気になった。トランクが高く、後ろも見えにくい。この空調の吹き出し口は、風の向きを上下と開け閉めの調節はできるが左右方向にはスイングせず吹出し口の向きを変える事ができない。コストダウンにしても「そこまでケチるか?」とびっくりした。エアコンとオーディオの操作パネルも、デザインが悪く安っぽい。自動車雑誌には「現行ヴィッツの質感は旧型から大幅に上がった」とか書かれていたが、全然そうは思えない。ただ、トランクはさすがに広かった。「こんなに広くてどうしよう」っていう位に。1300のエンジンは、さすがに良かった。自分の旧型ヴィッツの1000では「力が足りぬ」と思う場面が多々あるが、代車のベルタでは痛痒さを感じる事は全くなかった。母のつきそいで現行ヴィッツの3気筒に試乗した時は軽自動車チックな音と振動の安っぽさに心底あきれたが(車にも工学にも全く無知なウチの母ですらまったく同じ感想を口にしていた)4気筒になった1300のエンジンは、音が静かで、走りもスムーズ。運転感覚には乏しいが。自分のヴィッツは凸凹を正直に拾うが、代車のベルタだと まるで「凸凹も踏み均す」みたいに走る。ボディも強くて、ミシリとも言わない。(まあ、まだ下ろして半年の車だからな。)しかし、自分のヴィッツに感じるすがすがしさは全く感じない。でかくて重くて、絶えず釈然としない感じがつきまとう。やっぱり、自分の車が一番だ。早く車検を終えて、自分の古くてちっちゃくてうるさくて臭い、ボロボロのヴィッツに戻って来てホシイ。
2009年11月18日
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車を、ディーラーへ車検に出した。以前に一悶着あったけど、どうか穏便に済みますように。
2009年11月17日
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この日、来年(2010年)の手帳を買った。しかし、どうして能率手帳はもっと色を増やしてくれないのかなー。毎年毎年、黒・黒・黒・黒。みんなが黒い手帳を持ってたら 落とした時に中を見ないと誰のか見分けがつかないし(という事は、他人に中身を見られる可能性が高くなるという事だ。落として無くしたりしないまでも、他人に「自分の手帳と勘違いして」開かれる恐れもあるし。)いろんな色があった方が、年ごとに色を変えてひと目で見分けがつけられるから便利じゃないか。できれば辛子色とかセージグリーンとか、そういう色があって欲しいんだけど。
2009年11月15日
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この日は、知人の声優が、霞ヶ関ビルで催されるある催しの余興?に出演なさるというので見物に行った。昼頃に霞ヶ関の官庁街に到着。「おお、これが霞ヶ関ビルか」と思ったら、そうじゃなくて…隣のビルを「これこそが霞ヶ関ビルか」と思ったら、それも違って…さらに隣の、このビルが霞ヶ関ビルだった。自分が子供の頃には、モノの大きさを示すときには よく「霞ヶ関ビル何杯分の…」などという表現がされたものだった。地方の小学生は、霞ヶ関ビルを目の当たりにする機会が無いから 却ってピンとこなかったけどね。(「王選手のホームラン何本分」とかいう言い回しも よくあったな。)先ずは昼飯。地下レストラン街にタイ料理の店があったので、鳥肉のゴハンだか何かを食べた。「お子さんだって来る複合ビルのレストランだから、そんなに大した事ないんでショー」とか思ってたら、意外と「本格的な辛さ」で手強かった。催し事は2時間のうち余興は30分程で、知人は紙芝居を披露したり・皆さんのリクエストに答えてアニメの声を出したりして、来場者に喜ばれていてなんだか嬉しかった。いつもの自分は、そういう「リクエストに答えて○○の声を-」みたいなのを好まない。何故なら声優さんを前にして『ぼぼぼ、ボクに○○の声で××って言ってクダサイ!』なんて言うのは愚か者のする事で、勿体無い事甚だしい。普段、声しか聞けない人達が生身で目の前に居るっていう貴重な時間には全力でその人の佇まいを観察したり感性を感じたりするべきでアニメの声でアニメの喋りなんか披露させてるようなヒマは無い筈だ。「アニメの声ならアニメで聞ける」んだから。-というのが、自分のスタンスだから。(過去には自分自身が漫画家の卵だった事もあり、メディアへ露出している人達とも度々お会いしたり同席させて頂いた事もあり、そういう過程で色々嫌な思いをしたり・させたり、見ているこっちが恥ずかしくなるような風景を何度も見させられたりして、そういう心境に達した。ようするにミーハーな奴・ミーハーな場・ミーハーな雰囲気がキライなのだな。)でも、この日会場に居たのはキモくてイタいアニメファンとかじゃなくて素朴な人達だったので、腹も立たず知人の声でみなさんが喜んでくれてるのを素直に喜べた。催しが終わって、霞ヶ関ビルの上のほうの階からの展望。この日は天気があまりよくなかったんだよな…。催し自体は15時過ぎに終わり。この日は、また別の知人俳優さんが出演する舞台が中目黒でもあって。劇場に電話で「当日券はありますか」と問い合わせたら『全席完売なのでキャンセル待ちとなります』と言われ折角都内まで出てきてこのまま帰るのも勿体無いから、浅草を観光して帰る事にしたが浅草寺の本殿は普請中で幕に覆われていた。まあ、浅草に来るのはこれで3回目だか4回目なので、べつにいいけれど。人形焼き買って、揚げ煎餅食って、きびだんご食べて、揚げ饅頭も食べて、濡れ煎餅も食べて、結構楽しかったし。(欲言うと、ハゼの天麩羅とあなごの天麩羅も食べたかったけどはっきり言ってこれ以上は胃が受け付けなかった。)浅草見物も終えて帰路についたが…埼京線に乗り赤羽駅に達した時、携帯へ知人俳優さんから『空席が出ましたので当日券ご用意できます!』とのメールが。主演にそう言われては、引き返さない訳にはいかない。中目黒の劇場に着くのは開演時間をちょっと過ぎそうだが、大抵芝居の開演は予定よりも5分や10分は遅れるから大丈夫だろう-と、精一杯頑張ってギリギリ開演に間に合った。芝居は面白い内容で-「ゲラゲラ笑える」とかそういう面白さじゃなくて、自分の生い立ちや両親に大して色々思うところがあったり・アンビバレンツを抱えている自分には共感させられたり感じ入ったりする所の多い舞台だった。結局最後にオチらしいオチは着かずに終わったが(より厳密に言うと「オチはついたが、広げた風呂敷は閉じきらずに終わった。」)モヤモヤを抱えたまま帰れる所がまたよかった。ヘンに丸く収まるよりも、そういう「投げっぱなし」で終わった方が良い場合もあると思う。
2009年11月14日
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日曜日の昼食、おかずは湯葉巻き。前日の日光へ観光に行った日記に「湯葉が食べたかったけど、店で食べると高いので我慢した」と書いたが。土産物屋では味の付いた湯葉巻きを1パック4個入り500円で売っていたので、そっちを買って来ていたのだ。おいしかったけどー。なんていうかー、高野豆腐みたいな味がしたなー。湯葉も高野豆腐も 元を正せばどっちも大豆蛋白なんだから、当たり前といえばアタリマエか?ちなみに、昼のおかずは湯葉「だけ」です。それで別に嫌でもなんでもないから、これでいいんです。ええ、十分です。
2009年11月08日
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華厳の滝から中禅寺湖の温泉街までは、歩きでも行けるほどスグ。温泉街で止まらずに、先ずは湖畔の北側を通る国道120号を湖沿いに走れる範囲で走ってみる。地獄川という川の河口近くで、道は湖畔から離れ山間へと向かう。(その先には戦場ヶ原と日光湯元スキー場がある。)ここでまた温泉街の方へ引き返すので、いったん湖畔へ降りてみた。(いま思い返すと、折角ここまで来たんだから もうちょっと走って戦場ヶ原も見てくればよかった。)足元の石は、歩くとシャキシャキ鳴る軽石。穴は空いているが密度は高く、比重が重いので水に浮く程軽くはなかった。中禅寺湖入り口の温泉街へ戻って、湖畔と「男体山」の景色を楽しんだ。やはり紅葉は終わって一面枯れ木色だった。「あー、そういえば『頭文字D』って漫画の作中にこの景色出てきたなー」なんて思った。件の漫画には もう 付き合いきれなくて、10巻行く前に読むのを止めちゃったケド。遊覧船乗り場の桟橋。自分は旅先で遊覧船に乗るのが好きなんだが、今回は湖面に出てもどうせ一面枯葉色なので さすがに止めといた。料金2000円だから、どうせなら景色の良い日に乗りたい。時間も1時間以上掛かるし。中禅寺湖見物を終えて、今度は「半月山」を上がる。男体山と中禅寺湖を見下ろせる展望台があるというので。道はかなり曲がりくねった峠道で面白いが、何故だか路面が湿っぽかった。所々は水が流れてたりしたし。「ここ数日雨は降ってないけど何故なんだー」と思いつつおっかなびっくり走っていたら、なんと、路肩に雪が!これには驚いた。バイク用ナビの機能で標高を確認してみたら、この時点で1562メートル。そんな高い所まで来ている自覚が全然無かった。後で昼飯食べた時お店の人に聞いたら、10月末にやたら寒い日が数日だけあったが その時日光ではもう雪が積もっていたそうで。駐車場なんか一面まっ白けになる位積もったそうだ。やがて、展望台へ到着。山道では日陰に雪が残ってるだけだったが、展望台の辺りでは日なたにも雪が残ってた。展望台から見下ろした中善寺湖。展望台から見た男体山。半月山は標高1753メートル、男体山は2486メートルなので、向こうの方が大分高い。デジカメの画角におさまりきらなかったけど、肉眼では中禅寺湖と男体山の両方が一望できるので眺めは最高。今回の日光行で、ここの景色がいちばんよかったと思う。湖を見下ろす展望台からからに道は続いているので、終点まで行ってみた。終点の展望台は、半月山の南西方向を見下ろす事になるのだが…「冬だから」と言うにしても、あまりにも茫漠とした風景。この方角の山並みは、足尾銅山が排出した鉱毒で草木の生えない死の山と化しているのだった。木々を愛で・花を愛するワタクシとしては これは あんまり「見たくない景色」だった(T_T)。でも、自分の目でこういう風景も見て感じるべき事を感じなきゃいけないからな。行政側は、草の種を撒いたり・植樹イベントを催したりして、一応の努力をしている模様。ここの駐車場で、年配のライダー二人がいらしたので ちょっと話した。お年は40代後半から50代半ばの間とお見受けしたけど、おひとりがホンダCB72(実はエンジンは305cc改造したCB77仕様)、もう一方が「中古を海外から格安で個人輸入した」と仰るGSX-R1000(2004)という異色の組み合わせ。話を聞くと、他にドゥカティも持ってる、カワサキのマッハ系だけでも8台も持ってるなどと凄い話が出てくる。「つい先日、みかもの道の駅でクラシックバイクのイベントがありましたが…」と言うと『自分も行ってたよ。改造したマッハの750SSで。』と言われた。あー、自分、その750SSの走り去る姿を見ていたわ(爆)。やはり、地価の安い田舎ではバイクを置いておく余裕のある人が多いのでコレクションを持ってる趣味人が多いみたいだな。景色は悲しかったけど、意外な縁?ある人と会えて面白かった。半月山から下りて、時刻は12時半。中禅寺湖東岸にあたる立木観音周辺で昼飯を食べる場所を探す。湖北岸の中禅寺湖温泉街が「いかにも観光地然」としているのに対し、東岸の立木観音周辺はちょっとほの暗く寂れた雰囲気。昭和の佇まいが色濃く残っていると感じた。店先に「『メレンゲの気持ち』で紹介されました」と書いてあったので、この店へ入る事にした。そばとヤマメとかそばと湯葉巻きとかのセットメニューが多くて、そうなるとどれも千円を大きく超えてしまうので、やむなくそばがき(単品)を頼んだ。700円くらいだったかなー?柚子が掛かってておいしかった。本当は湯葉も食べたかったけど、お金がないから我慢した。(店でセットメニューに組み込まれた湯葉を食べるより、土産物屋で売ってる味付き湯葉を買って帰った方が安上がりなので。どうせ店で出してる湯葉も、パックから出して皿に盛ってるダケだろうからおんなじ事さぁー。)席から湖畔を眺める事ができて、良い店だったよ?中禅寺湖湖畔を離れ、いろは坂を戻る頃には車の数が大分多くなっていた。「時間に余裕があったら、帰りに日光東照宮を見物していこう」と思ったが駐車場は一杯で渋滞もヒドくなっていたので、いずれ日を改める事にした。わざわざ込んでて・時間的余裕のない日に見ても勿体無いし。どうせ見物するなら、ちゃんと覚悟を決めて・予習もして来た方がいいからな。往路に使った「日光幣使街道」は杉並木に日光を遮られ寒い事が分かったので、岐路は普通に国道を使い、宇都宮市内を抜けて、国道4号線のバイパスを通って、15時40分に小山へ帰って来れた。紅葉が終わってたのはとても残念だったけど、久しぶりにバイクでそこそこの距離を走れたし よい一日だった。
2009年11月07日
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明智平から華厳の滝へはスグだった。10分掛からなかったと思う。最近はバイクを歩道へ好き勝手に停めたりできない御時世なので、駐車場所を探す。大駐車場よりも、土産物屋の駐車場の方が安かった。(何か買い物すれば、さらに値引きもしてくれる。)土産物屋の店頭につながれてた犬。「まあかわいい」と思って撫でようとしたら、着せられてる服の背中に『猿除けのための犬です 絶対触らないで下さい』と書かれてた。残念也。そう言えば、日光というと何かと話題にのぼる猿を まだ 目にしていなかったな。「しかし、こんな小型の愛玩犬で、ニホンザルに対して戦闘力あるのかなー?」と思った調度その時犬が土産物屋の屋根方向に向かって身を立てて吠えはじめたので何事かと思ったら、その犬の視線の先にサルがいた。という事で、この犬でも戦闘力はある模様。猿の登場に、観光客大喜び。自分も画像を撮ったつもりだったけど、何故かメモリーに残ってなかった(T_T)。外国人観光客は、なんでか知らないけど「クレイジ~…。」とつぶやいていた。土産物屋の店員さんは「みなさん、もう(猿の)写真撮りました?じゃあ、もういいですかね?」と言って電動エアガンを取り出した(爆)。とたんに猿は逃げた。物見遊山の観光客と違って、地元で商売をする方にとっては やはり猿害は深刻な模様。結局、今回の日光行で猿を見たのはこの一匹だけだった。土産物屋街にある展望台から見た華厳の滝。滝を上から見る事しかできない。滝を下から見上げるには、有料(530円)のエレベーターに乗って滝壷へ下らねばならぬ。エレベーターの他には道も階段もないので、カネを払わなければ下まで降りる術はない。「降りて上がるだけのエレベーターに530円はちょっと高くないか?」とは思ったけど、折角ここまで来たんだからケチらず乗ってみた。エレベーター下の展望台から見た華厳の滝。「まあ、これなら530円取るだけの事はあるかなー」と思ったが、展望台にはさらに下の階層があって行ける範囲で一番下の位置から見たらこの景色だった。まあー滝としては綺麗と言えば綺麗。反対に言えば、野趣とか変化には乏しいかな?滝を囲む岩肌が、柱状節理って言うんだろうか?面白い景色だった。滝見物を終えてエレベーターで再度土産物屋街へ上がり、暖かい飴湯を飲んだ。麦芽っぽい水飴を湯に溶いたような素朴な感じ。ハッカや生姜は入ってなかったと思う。土産物屋で売られていた、イナゴの佃煮。値段は500円だか750円だったかな?決して安い物ではないのだ。通りかかる人達は口々に「あ~、駄目、駄目。無理、無理。」と言っていた。自分も「いっぺん食べてみようかなー」とは思ってるんだけど、なかなかファイトが沸かないのよね~。きっと、食べてみれば美味しいモノなんだろうとは思うけど、やっぱり形がね~…。つづく。
2009年11月07日
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トイレ休憩から10分ほど走って、日光東照宮などの社寺群のある奥日光へ到達。「先ずは紅葉見物、参拝はその後・時間があったら」と考えていたので、一時停止もせず横目で見ながらいろは坂へ歩を進める。その後、十数分でいろは坂のふもとへ着いた。予想にに反して全然渋滞していなかったのだがそれもその筈、景色はすっかり“枯葉色”だった。10月の末に急激な寒波があったけど、そのせいで紅葉は一気に終ってしまった模様。いろは坂は登り車線と下り車線が完全に完全に分かれているので、下手糞の自分でも楽しく走れた。明智平という展望所に着いたので休憩明智平から見たいろは坂。これは下り専用の車線。さらに高所にある展望台へ行くロープウェイがあったので乗った。たしか往復千円ちょっとだったかな。5分と掛からず展望台へ到着。これから向かう、華厳の滝と中禅寺湖を眺める。これが華厳の滝こっちが中禅寺湖。華厳の滝の手前に見えるこの川の流れも気になるが…見逃した。景色を楽しんだので、明智平へ戻る。このロープウェイ、料金の割には楽しさは小粒だったかなー?名物の湯葉を食べたいと思っていたので、出発前に土産物屋で“海老湯葉”というのを食べた。海老のすり身に湯葉が巻いてあって…まあ、想像通りの味で、おいしかった。つづく。
2009年11月07日
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静岡から栃木へ3月に引っ越して来て以来、ずーっと日光へ行きたい(というか、「行かねば」)と思っていた。心理的にも経済的にも天候的にもナカナカ余裕がなくて先延ばしにしていたのだが、車検費用にどれくらい掛かるか目途も立った事だし「まだ紅葉の名残が見れるだろう」と思いこの日行ってきた。行楽客で渋滞が予想されるので、小さい方のバイクである二号車(ホンダのGB500)を用いる。まだ日の昇りきらないような朝早くに出発するつもりだったが、モタモタしているうちに8時近くになっちゃった。国道4号線のバイパスを使えば時間短縮になるだろうが、今回は敢えて“日光例幣使街道”を使用する。日光東照宮へ参拝する勅使が通った街道だそうだ。鹿沼の手前あたりでは流れのよい二車線道路だったが、国道121号線の日光市内に入りしばらくすると、延々と杉並木が続く。ウィキペディアによると、総延長37キロ。ギネスブックにも登録されている、世界一長い並木道だそうだ。「そんな歴史のある道を今自分が走っているんだー」と思うと情緒と趣があって面白かったけど、いかんせん両脇を杉並木に覆われているとずーっと日陰になるから寒くてね。この日は決して寒くはなかったから、日が差しさえすけば暖かかったんだが。あまりの涼しさにトイレが近くなって、今市のあたりで小便休憩。ここまでで、出発後二時間。日光市は結構広くて、“日光市”に入っても東照宮やいろは坂のある辺りまでにはケッコウな距離がある。つづく。
2009年11月07日
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この日は筑波サーキットで、旧いバイクのアマチュアレース“テイスト・オブ・ツクバ”が行われる日で。静岡・愛知に住んでた頃から“見に行きたい”と思っていたので「栃木に引っ越してツクバまで45分の所に住めた事だし、今回は見に行ける」と楽しみにしていたのだが。昨日の車検の見積もりオイル漏れ修理の話で意気消沈してしまって、出掛ける気になれなかった。歯の治療中で“歯応え”のある物を食べる気になれないので、朝食は1本88円の安売りスイスロール、バニラ&モカ。子供の頃、スイスロールとかういろうとかを“ひとりで1本食べたかった”よね。その夢、大人になって実現してみると1本食べ切る前に飽きが来て、大した事ないんだけどさ(笑)。スイスロールをやっつけた後は家でふてくされてたんだけど、車検費用を少しでも抑えるためにはワイパーのゴムを自分で交換しようとオートバックスへ。その途中で、こんな看板を発見。せんべい屋なのだが、店構えはどう見てもイタリア料理店。栃木小山にも結構おもしろい店があるな。賞味期限が比較的近くなって(といっても期限が切れるのは二週間も一ヶ月も先だが)安くなってた商品の中からしょうゆ、サラダ、ソースの3つを選んで買ってきた。ひとつ百円ちょいだったかな?先述の通り この日は歯の治療中なので硬い物食べる気になれなかったので後日食べたがどれもおいしかった。さすがせんべい専門店。ワイパーのゴム交換は、ブログのネタにもならない程簡単に終了。前後ともにガラコのワイパーゴムにしたので、雨天時の水はじきがよくなった。拭き残しもなく視界スッキリになったので嬉しい。
2009年11月01日
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車の車検が11月30日に切れるので…この日は、車検の予約&いくら掛かるかの見積もりを出してもらいに、トヨタのディーラーへ行ってきた。とにかく今年はカネの心配ばっかりしてるので(不況の影響で年収3割減)、この車検が今年最後の大きな出費だから“いくら掛かるのか早くハッキリさせておきたい”のだ。どこも悪い所がなければ、95000円位で収まるんじゃないかなあ?30分程度で終わるだろうと思い、11時頃に行ったのだが。結果、1時間くらい待たされて、「エンジンのフロントケースからオイル漏れを起こしているので、それを直すのに45000円。車検費用と足して14万円」と言われた。えーっ。実は、オイル漏れについては、12ヶ月点検の時じぶんで既に気付いていて前住んでた所のディーラーの人に何度も聞いたけど『漏れてません。問題ありません。」って言われて釈然としなかったけど「まあ、プロが言うんだからそうなんだろう…」と矛を収めた所だったのよ。しかし、中古で買った時に有償で付けた3年保証がまだ一年残っているので「保証が効きますよね?」と聞いたら『それは前のディーラーの話で、ウチでは受けられない』の一点張り。ハナっから「そんなワケあるかい」と思って聞いてたけど。『前のディーラーが保証で代金を出すというのなら、それをウチで受け取って修理するけど、その折衝等の手配は自分でやってくれ』とまで言われた。そういう打ち合わせ擦り合せをするのもディーラーの仕事の筈で、そんな“作業”を店が客に負わせるような事があっていい訳がないのだが。コッチは過去に“揉め事の多い仕事”をしていた時の経験から「あー、もう、コイツ相手にいくら話しても時間の無駄だな」と思ってたから、家に帰ってから(これも過去に“揉め事の多い仕事”をしていた経験上、口頭でアレコレややこしい話を他人に聞かせても埒があかないので)“起こった事”をまとめて報告書形式に文章化して、車を買った時の担当セールスマンと以前住んでた所で世話になってたディーラーの両方に電話でひと声掛けた後にファクシミリで送ったらすぐにセールス氏・ディーラー両方から電話が掛かってきて“保証を適応させて頂きます!”という事だった。『保証を適応するのが当たり前なのに、栃木のディーラーは何をオカシな事言ってるンでしょう?』とも言っていた(笑)。そりゃそうだっていうか、当たり前だ。結果的に修理は保証で・タダで直せる事になったから、車検も10万以内に収まる事になりそうだけど。件の「報告書」をPCでまとめるのに午後の2時間潰れたし、すぐに返事が返ってきたとはいえ、セールス氏・ディーラーの二箇所に連絡して折衝するのにさらに1時間半を費やして、土曜の午後はこの一件に潰されちゃったのさ。何より、今回のセールスマンみたいな“鈍重な仕事”に晒されると、気分悪いし。これから あのディーラーへ行く度に あの鈍臭い担当者と会わなきゃいけないのか…(T_T)。この日の午後は、栃木市で行われていた市内の旧家をカフェにするっていう観光イベントに行こうと思っていたのにさぁー。
2009年11月01日
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