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お久しぶりで御座います。夏休みにはこんな所へ行っていました。どこだか分かりますでしょうか?意地が悪いから、どこだか分かりにくい写真ばかりです。が、、、一部、場所を特定出来てしまう写真が入っています。それがヒントかな。ちなみに、分かっているとは思うけど、一箇所ではありません。と言うわけで、お散歩してきました。
2007.08.19
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今日、このブログを更新して、リネージュの存在を思い出しました。本日も一段落したので、さっき「久しぶりにやるかぁ~」ってINしようとしたら。。。爆笑したwwwww継続してプレイをご希望は当面無いでしょう。しかしだ、出来ないとなると、無償にやりたくなるのは人情だね。まあ、INしたところで1時間くらいしか出来ないし、ペットでも育てて終わりなんだろうけど・・・今後、何かのきっかけでINした時に、知ってる誰かと会えたら楽しいね。今後は、超レアなドロップ以上にレアな存在になるでしょう。もし、見かけたら優しくしてやってくださいね。ちなみにこのブログは、今朝書いた内容のようにわたしの趣味的なことやら、思いついたことやら、その他、雑記帳と化す予定です。更新頻度は、、、あんまりないだろうけど。リネにINしたらリネの事書くけどね~ネカフェINの場合は基本的にSSないと思うよ。ってか、ネカフェなんてゲームする為に使わねぇし。ネカフェは会社のPCの充電の為に立ち寄る事ばかりだからなぁ。ネカフェで1時間とか仕事してますw最近喫茶店も少ないし、特に充電できて、長時間占拠できるところが少ないからネカフェ重宝するわ。以前はネカフェなんて気にもしなかったけど、最近は長時間外回りする時はネカフェチェックだな。でもさ、電波通じない店舗はダメね。エッジで会社と通信してるから電波が入らないと最新情報は引き出せんし、送れません。ま、そういう時はPC充電のみでマンガ読んでますがwこないだリネしようとしたら、PlayNC のセキュリティーカード持って歩いていないからIN出来ない事に気付いたwまさか、仕事の合間にゲームしようとか思ってもいないからセキュリティーカードなんて持って歩かないよ。。。
2007.08.04
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幻の名馬、「トキノミノル」号のブロンズ像です。こちらは、横浜根岸森林公園併設されている「馬の博物館」のブロンズ像。所在地はこちら:横浜市中区根岸台1-3「財団法人 馬事文化財団」により運営されています。ホームページはこちら:「馬の博物館」同じく、「トキノミノル」号のブロンズ像です。こちらの方が有名でしょう。(ちょっと暗くてごめんなさい)東京競馬場を見守っています。このブロンズ像の所在は、東京競馬場。所在地はこちら:東京都府中市日吉町1-1平日は、平日払い戻し所とJRA競馬博物館などの一部施設しか利用できません。競馬の開催日は、場内に入れます。東京競馬場【トキノミノル】1948年5月2日~1951年6月20日競争成績:10戦10勝(レコード7回)トキノミノルは、デビュー戦「パーフェクト」という名であった。そのデビュー戦を8馬身差のレコードタイムで圧勝。その新馬戦の勝ちっぷりに、ついに「時の実る」時が来た、と、2戦目から「トキノミノル」という名に改められる。「パーフェクト」という馬名はその後のトキノミノルの運命を暗示していたのかもしれない。 元パーフェクトこと「トキノミノル」は、朝日杯3歳Sまでを無敗の6連勝で飾る事になる。岩下騎手は、馬が勝負所を知っていて、馬なりのようなレースで勝っていたのだと語ったという。4歳(現在では3歳という)になってからも圧勝を続け、結局ダービーを勝つまで無敗であった。2着につけた差が最も縮まったのがダービー時の1馬身半で、あとは2馬身差以上の圧勝だったという。 まさに、パーフェクト。しかし、現在の馬でも強い馬に良く見られるが、その脚力により慢性的な疾患(膝の故障、裂蹄など)を抱える事になる。ボクシングでハードパンチャーが自らの拳を潰すのと同じである。ダービーに向かったトキノミノルは、必ずしも体調万全という訳ではなかった。慢性の膝の疾患に加え裂蹄も抱えていた。従って、満足な調教も積めなかった。裂蹄を誤魔化す為、爪と蹄鉄の間にフェルトを挟んでのダービー出走となる。さながらテーピングをして試合に出場する怪我をした選手である。しかし、そんな不利があったにもかかわらずダービーではトキノミノルは三角坂上で早くも先頭に立つと、そのまま一気に独走してレコードタイムでゴールイン!18代ダービー馬と成るのである。その後の記念写真撮影の時に場内のファンがどっと馬場内になだれ込んできて、人波の中で多くの人に祝福されながらの表彰式となった。大観衆の前で祝福されるトキノミノルの姿は、競馬が大衆化したことの現れであった。戦後、米国占領下での出来事である。人々に、希望を与えた一瞬でもあった。ダービーを制覇して、秋の大一番「菊花賞」へ向けてファンの期待・陣営の期待はイヤでも高まった。ダービーまで10戦10勝。無敗である。もはや三冠も確実だと思われていたトキノミノルだったが、突然の悲劇が彼を襲う事になる。1951年6月20日。トキノミノルはこの世を去った。ダービー制覇後、わずか17日後のことである。破傷風を患ってしまっていたのである。彼は裂蹄持ちであった。簡単に言えば、爪が剥がれた状態と考えて貰えばいい。馬にとって、蹄は靴。それを保護するのが蹄鉄であるが、そのあまりの脚力の強さに彼の蹄自体が耐えることが出来なかったのである。傷口から破傷風に感染したようである。ダービー出走の段階ですでに破傷風に感染していたらしい。破傷風は現在ではワクチンが存在するが、当時は人用の物ですら入手がきわめて困難であった。日本にはなく、輸入する必要があったという。特効薬が無い中で懸命の治療が行われたが、力及ばず、「トキノミノル」は伝説と希望を持ったままその生涯を閉じる。「初出走以来10戦10勝、目指すダービーに勝って忽然と死んでいったが、あれはダービーをとるために生まれてきた幻の馬だ」馬主でもあった作家、吉屋信子さんが、トキノミノルの急死後、毎日新聞に寄せた文章の一部である。ダービーに勝つためだけに存在した名馬。まさにそんな言葉が当てはまる稀代の名馬である。10戦10勝が輝いている。血統表・競争成績追記:遺伝的にも興味深い血統を見せており、The Tetrarch 3×4 The Tetrarch(ザトテラーク)は稀代の快速馬。種牡馬としても成功しておりこの血の影響が強いと見られている。3×4 血統は若干近親ともいえる危険性を含んでいるが、遺伝の神秘を見せる事が可能な配合である。参考までに、インブリードは遺伝学的には再現性を求める事が可能である配合。ホルスタインなどの乳牛もその昔このようにして人間によって創られた家畜である。
2007.08.04
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