つれづれなるままに・・・

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January 14, 2004
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          「男の愛」

       ――――――――――――――――――――  


愛という言葉は、あまりにも大きくて甘く厳しいから、
テーマとして「男の愛」なんてもってきた瞬間から、
逃げたくなってしまう。

けれど私は「愛」という言葉を使ってみようと思う。
ディエゴ・リヴェラ。
彼が、妻フリーダ・カーロに対して抱いた、複雑で変幻な感情の
正体を私は「愛」と呼びたいからだ。

ディエゴ・リヴェラといえば、革命後のメキシコで推進された
「壁画運動(自国の歴史と革命の意義を壁画を通じて民衆に伝え
ようというもの)」の中心的画家として知られる、画家としても
社会的にも認められた、メキシコの国民的英雄だ。

一方フリーダ・カーロは、いまやその芸術と彼女の人生
そのものが伝説となっている画家である。

見た瞬間に目が離せなくなる絵というものがある。
観る者に訴えかけてくるそのエネルギーに、目をそらすことが
できなくなる絵、フリーダのはまさにそういう絵だ。
痛々しいばかりの自画像が多いのだけれど、それがどんなに傷ついて
いようと、ぎりぎりの状態であろうと、絶望を描いていないところに
私はうたれる。

フリーダは六歳の時に小児麻痺を患い、右足が不自由になった。
さらに十八歳の時に交通事故(鉄パイプが腹部から子宮を貫通し、
計十八箇所を骨折した)に遭い、その後遺症が三十回に及ぶ手術を
経験させた。
それだけではない。
ディエゴの子どもを切望するが三度も流産をしている。
死の前年に彼女は言っている。

「私の絵は苦悩という言葉の表現である」。

そして夫、彼女が激しく愛した男、ディエゴ・リベラも彼女の
苦悩の原因のひとつだった。

フリーダがディエゴに出会った時、彼はすでに超人的な画家として
有名だった。
象のような巨体、ひきがえるのような風貌にもかかわらず、
陽気なユーモアと並外れたバイタリティーで女たちを魅了した。

画家を志すフリーダは尊敬と興味をもってディエゴに惹かれ、
ふたりはまもなく結婚する。
フリーダ二十歳、もちろん初婚。
ディエゴは四十過ぎで、三度目の結婚だった。

「退屈な友人を一人持つよりは頭の切れる敵を三人持つ方がましだ」
と言うディエゴにとって、フリーダは充分満足のいく刺激的な女性
だった。

けれど、彼女はたしかにエキセントリックではあったけれど、女と
してはひたすらディエゴに愛されることを、父親のように庇護され
ることを望んだ。

そしてディエゴは、結婚後も他の女性と奔放に関係し、フリーダを
苦しめた。
フリーダも他の男、ときには女性と関係を持ったが、それは空白を
埋めるためのものだったに違いない。
彼女はキャンバスに苦悩を塗り込めた。
悲鳴とともに、傷ついた自画像を、描いた。
それでもディエゴは浮気をやめようとはしなかった。

やがて、ふたりは離婚する。
「結婚して十年が経っていたが、二人はいまだに愛し合っていた。
ただ僕は、気に入った女と気がねなくつき合いたかっただけなのだ」
というディエゴの希望で。

しかし「離婚」状態は一年と続かない。
フリーダの体調が悪化したのだ。
医師は離婚による精神的苦痛が原因、とディエゴに告げ、彼は再婚を
決意する。
この時、医師はフリーダに言った。

「ディエゴは君を愛しているが、君もよく承知している通り、
彼には君以外に二つの熱愛しているものがある。
絵を描くことと、すべての女性たちだ。
彼はこれからも貞節を守ることはないだろう。
そんなことは取るに足らない不自然なことだと思っているのだから」

■ 愛する人の才能を 輝かせる存在■

普通に考えれば、そしてフリーダが描いた『いつも私の心にいる
ディエゴ』などの一連の絵を観れば、フリーダの愛情に比べディエゴは
いかにもひどい男に見える。
けれど、一歩踏み込んで、フリーダの絵が、ディエゴに裏切られた時、
そして特に彼に捨てられた離婚の一年間、ひときわ強いインパクトを
放つことを思えば、「貞節ではない夫、ディエゴ」の存在が彼女の
芸術に命を与えたことは否めない。

フリーダは凡俗な女ではなかった。

「苦悩する」ことで自分自身の生を確認していた。
苦痛、懊悩。
それこそが彼女の芸術の源だった。

だから、ディエゴは他の誰にもできない方法で、彼女に「命」を
与えたとは言えないだろうか。
フリーダはひたすらディエゴに愛されたい、安らぎたいと願ったけれど、
本当は、それでは彼女は生きられないのだ。

出会った時から彼女の才能に驚嘆し、その激しい気性に惹かれた
ディエゴは、彼女の「生」の根底にあるものを、本能的に
見抜いていたのではないか。


常々、私は男女の組合せの重要さについて考えている。
同じ人間でも、パートナーによって、その才能の輝きは違ってくる。
相手の「生」の根底にあるものは何か。
快楽? 思想? 安定? 慈愛?それともフリーダのように、苦悩? 

それを見抜き、相手の才能が存分に発揮されることを
何より願う愛もあるのではないか。

ディエゴは言った。
「僕はフリーダの絵を見ると怖くなるよ。
彼女の絵は僕にとってキリストやマリアや聖人像以上の
何ものかなんだ。
生命の源泉みたいに神秘的に思えるんだよ。
彼女の絵は今にきっと世界中に知られるようになるよ」

そして死の前年の「告白」。

「今になって僕は、僕の人生で最も素晴らしかったことは、
フリーダへの愛だと気づいた」

女の「生」を、彼にしかできないやり方で刺激し、
輝きを与える、男の愛。

私はディエゴとフリーダの関係はもちろん、ディエゴ・リヴェラに、
感動と羨望の拍手を、贈りたい。

*******************************
■DIEGO RIVERA■
ディエゴ・リヴェラ(1886~1957)

スペイン系メキシコ人として生まれる。
パリでピカソ、ブラック、モディリアニら多くの画家と
親交を持つ。
帰国し、革命で新しく生まれ変わったメキシコで「メキシコ壁画運動」
に取り組み、自国の歴史と革命の意義を壁画という表現方法
で民衆に伝えることに尽力した。

■「フリーダ・カーロとディエゴ・リヴェラ」■
フリーダ・カーロ作
http://www.angel.ne.jp/~muse/magaz3p/mag3_24.html
新婚の頃の肖像画。
結婚写真をモデルに描かれたと考えられる。
フリーダの小さな足とディエゴの大きな足。
大芸術家である夫を誇らしく思う気持ちと自分が夫に寄り添う
頼りない存在であることを快く思っていた様子が伺える。
本文では触れていないが、フリーダ自身もかなり奔放で
(それが夫に対する仕返しかどうかはわからない)、亡命者トロツキー、
イサム・ノグチなど多くの男性を関係を持っている。
同性愛者でもあった。
非凡な人間で傑出した芸術家であるふたりに平穏な結婚生活が
なかったのは当然のことなのだろう。

【今日の名言】

どんな動作でもかまいません。あらかじめプラスのボディランゲージを決めてお
くのです。

 『すべての人から好かれることは無理だとしても、あなたを嫌っている人の
 心の中から、その理由を消去することは可能です。』


 どんな人気者でも悪口を言われることはあります。人はみな固有のパースナ
リティーを備え、関心のある事柄や性格なども異なるのですから、知り合った
すべての人から好かれるなどということは、実際に不可能なのです。

 皆に好かれることを人生の使命にしてしまったら、大きな失望があなたを待
ち構えているでしょう。しかし、常に親切と思いやりをもって他人と接してい
れば、その人たちはあなたを気に入るまでには至らないとしても、嫌うことは
できなくなるでしょう。

 あなたが人格者である、つまり正直で率直で善悪をわきまえた人だ、という
評判を裏切ることがなければ、他の人たちとの結びつきを強くすることができ
ます。そして、そのように行動し続ければ、あなたと価値観が異なる人からは
必要とされないかもしれませんが、皆あなたを尊敬するようになるでしょう。

 しかし最終的にあなたにとっては、単なる人気などよりも、“ 自尊心 ” が
はるかに重要なものになるはずです。







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Last updated  January 14, 2004 02:09:59 PMコメント(0) | コメントを書く


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