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ALOHA!今日は朝から雨ですね。私は、毎朝仏壇と神棚にご挨拶をするのですが、雨の日は心が沈静するのか、今朝はいつも以上に、集中している自分に気がつきました。雨が降ると土の香りが強く感じられるので、私は雨の日が好きです。さて、先日の伊豆・松崎で行われたハワイアンカヌーの竣工式が無事に終わりました。大雨の中、びしょ濡れになりながらのセレモニーでしたが、こういったことにも訳があるのだな~と感じました。セレモニーの様子は、私は写真などを撮る余裕がなかったのですが、私が指導いただいているフラの先生のブログに写真が掲載されていますので、是非ご覧ください。その場の雰囲気を感じ取っていただけると思います。ゆるゆる湘南~'olu'olu Hawai'iはコチラをクリック今回のセレモニーは、アイヌの儀式とハワイアンのフラとアヴァの儀式を行いましたが、ハワイの文化はもちろんのことアイヌでも、雨は「祝福」を意味するのだそうです。*アヴァはハワイの儀式で使われるお神酒みたいなものです。ですから、このセレモニーのためにチャント(詠唱)を作ってくださり、儀式をしに来てくださったクム・フラのタンガロー先生によると、雨はまさに儀式を始めるためにスピリットが海へ戻っていく姿であり、ハワイ島のヒロから彼が連れてきたのだとのことでした。*ハワイ島のヒロは雨が多い場所なのです。そして、セレモニーの前日に天気を心配するみんなに、「風にまかせることが大切」であり、儀式が終わるまでは「ネガティブなことを言わないように」と教えてくださいました。自然やそこに宿るスピリット達をダイレクトに感じる経験でした。そして、その大切さをあらためて気付かせていただきました。それはそれは、とても貴重な経験で、素晴らしいものを目撃したがゆえにエネルギーあたりのようなものを起こしてしまい、雨にあたったこともあり、2,3日は身体がとてもだるかったです。また、帰りのバスの中で、お話をさせていただいたケイキのママさんに伺ったところによると、このタンガロー先生は、いつも自分をゼロにしているので、あらゆることを瞬時に吸収できるのだということでしたところどころで、たたずんでいる姿をお見受けしましたが、何かその場と対話をしているような…そんな風に見えましたよ。何か一つのものを探求している人というのは、もう色々なことを体観して、知っているんだろうな~6月にはハワイからカヌービルダーさんをお招きしてワークショップなどもあり、男性でカヌーの彫りだしをお手伝いできる人も募集しているようなので、興味がある方、周りに興味がありそうな男性が居る方はお声かけくださいね。最後まで読んでくれてありがとう。今日もあなたの笑顔が輝きますように!
2012.04.27
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ALOHA!私の職場前を流れる中目黒は八重桜の季節に入りました。濃いピンクがかわいらしい姿でゆれています今日は、二十四節気の穀雨ですね。立春からちょうど77日目にあたります。あと15日もすると立夏(八十八夜)…そう、もう季節は春というより夏に近づいているんですね~。穀雨とは、「雨が降って百穀を潤す」という意味の言葉らしく、この言葉通り、春雨が多く降る季節となります。穀物(稲や麦)さんの成長のためには雨は必要な惠みでもありますよね~。蒔かれた種が実をつけるためには、ここでしっかり栄養を吸収しておかないといけません。そして、夏を越えて秋に迎える「実り」という目標に向かって、ここで過程を今一度見直す時期でもあります。夏を向かえますので、光がどんどん満ちてきて、穀物さんたちの成長過程のように、これからどんどん身体を動かしたり、何かの決断をして動きだしていく方も多いと思いますし、今はそういったタイミングなので何かにチャレンジしていく時期でもありますよ~。私は、最近は、エネルギーとか波動とか意識について考えさせられることが多いです。昨日は、お金というエネルギーについて考えさせられる出来事があり、眠れなくなってしまいました。そこには「奪う」というキーワードが関連しているようで、これに気付いたので変換しろってことなんだろうな~シータヒーリングで変換を試みようと思っていますあと、宇宙人とか宇宙語とかが今、とても気になっています。そろそろ「宇宙人は居る!」とか、どこかの国の政府が発表したりするのかしら~そして、私もそろそろ何かを決断しなければならない場所に来ているようなのですが、その肝心な何を決断したらよいのか判らず…色々気持ちもさまよっていますが、5月始めの立夏前後には気持も定まり、動いてるんじゃないかな~と思ってます。あとは、本の情報がたくさん飛び込んできて、古い本の再読から新しい本まで次々に読んでいます。ひょっとしたら、今までやってきたこととか、価値観とかガラッと変わっちゃうかも…そんな気配を感じています。今週末は、4月23日(月)に伊豆の松崎港で行われるハワイアンカヌーのセレモニーに参加してきます。日本でカマクラ号というハワイアンカヌーを作ろうというプロジェクトです。ハワイや海を愛する方にとっても、私達日本人にとっても、非常に意義のあるセレモニーになることと思います。どんな状況で行われるかが、私にはハッキリ判らないのですが、もし、何かピンと来た方がいれば観に来るのも良いかもしれません。詳しくは、日本ハワイアンカヌー協会(JHCA)のホームページへ最後まで読んでくれてありがとう。今日もあなたの笑顔がキラキラ輝きますように。
2012.04.20
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ALOHA!春は体を動かしたくなるようで、最近は一つ手前の駅で降りて職場のある駅まで歩いています。今日は、歩いていると、ホトトギスか…?ウグイスか…?という、緑の小さな鳥を見かけました。都内にも居るんですね~そして、いつも歩いている蛇崩川支流緑道は花盛りこの季節…桜の樹を見て、いつも思うことはここに存在してるだけで素晴らしいんだよな~ってことです。最近は7の数字の羅列をよく見ます。先日は、77というナンバーの車が通ったと思ったら、777、そして7777というナンバーが矢継ぎ早に前からやってきました。友達にシータヒーリングのセッションをしようかどうかのメールをやりとりしている途中の出来事。シータヒーリングでは7は聖なる数字なので、OKサインが出たということなんでしょう。そして、先日の日記にも書いた大磯での7777の車のOKサイン。今日は自宅を出たところで、77を発見…すると、また前から77のナンバーの車。そして今、祟徳院という落語が気になって調べてみたら、この落語のネタに使われている「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」という歌は、小倉百人一首の77番目の歌なんですってね歌の意味は、「流れが速いので岩にさえぎられ、二手に分かれている川の流れがまた一つに合流するように、今別れ別れになっているあなたともまたいつか逢いたいと思っています。」ちょっとこの歌って、ツインソウルっぽい感じ。そして、昨夜寝ているときに、ふと思いたち「アミ 小さな宇宙人」を再度読み直しています。ちなみに、7777はエンジェルナンバーでは、「おめでとうございます!」というメッセージ。直感や六感が冴えているので、成功発展していくサインなのだそうです。火星逆行も終わるので…良いことが起きそうな予感ま、これ口グセなので、友達には「またか~」って言われますが。でも、いつもそんな予感しているのは悪くないよね!最後まで読んでくれてありがとうございます。今日もあなたの笑顔がキラキラと輝きますように
2012.04.13
…つづきです。この雰囲気が2011年3月11日に壊れた。 日本がこれまでに遭遇したことのない大事故が起きてからだ。 14時46分に日本をこれまで最大規模の地震が襲った。 マグニチュード9だった。 しかし、地震は太平洋沖で始まったその後の ホラーの引き金に過ぎなかった。 時速数百キロという激しい波が津波となって 日本の東部沿岸を襲った。 津波は場所によっては30メートルの高さがあり 町や村をのみこみ消滅させてしまった。 約2万人の人がこの津波で命を失った。 そして福島第一にも津波が押し寄せた。 ここの防波堤は6メートルしかなかった。 津波の警告を本気にせず 処置を取らなかった東電や原発を監査する当局は 警告を無視しただけでなく、立地場所すら変更していたのだ。 (菅前首相) もともとは、原発は35mの高さに建てられる予定でした。 しかし標高10mの位置で掘削整地し そこに原発を建設したのです、低いところの方が 冷却に必要な海水をくみ上げやすいという理由で。 東電がはっきり、この方が経済的に効率が高いと書いています。 巨大な津波が、地震で損傷を受けた福島第一を完全ノックアウトした。 まず電源が切れ、それから 非常用発電機が津波で流されてしまった。 あまりに低い場所に置いてあったからである。 電気がなければ原子炉冷却はできない。 (菅前首相) 法律ではどの原発もオフサイトサンターを用意することが義務付けられています。 福島第一ではその電源センターが原発から5キロ離れたところにあります。 これは津波の後、1分と機能しなかった。 それは職員が地震があったために、そこにすぐたどりつけなかったからです。 それで電源は失われたままでした。 こうして送電に必要な器具はすべて作動しませんでした。 つまりオフサイトサンターは、本当の非常時になんの機能も果たさなかったということです。 法律では原発事故と地震が同時に起こるということすら想定していなかったのです。 菅直人はこの時、原発で起こりつつある 非常事態について、ほとんど情報を得ていなかった。 首相である彼は、テレビの報道で初めて、 福島第一で爆発があったことを知ることになる。 (菅前首相) 東電からは、その事故の報道があって1時間以上経っても なにが原因でどういう爆発があったのかという説明が一切なかった。 あの状況では確かに詳しく究明することは難しかったのかもしれないが それでも東電は状況を判断し、それを説明しなければいけなかったはずです。 しかし、それを彼らは充分に努力しませんでした。 2011年3月15日、災害から4日経ってもまだ 東電と保安院は事故の危険を過小評価し続けていた。 しかし東電は菅首相に内密で会い、 職員を福島第一から撤退させてもいいか打診した。 今撤退させなければ、全員死ぬことになる、というのだ。 (菅前首相) それで私はまず東電の社長に来てもらい 撤退はぜったい認められない、と伝えた。 誰もいなくなればメルトダウンが起き そうすれば莫大な量の放射能が大気に出ることになってしまう。 そうなってしまえば広大な土地が住めない状態になってしまいます。 菅は初めから東電を信用できず 自分の目で確かめるためヘリコプターで視察した。 しかし首相である彼にも当時伝えられていなかったことは フクシマの3つの原子炉ですでにメルトダウンが起きていたということだ。 それも災害の起きた3月11日の夜にすでに。 (菅前首相) 東電の報告にも、東電を監査していた保安院の報告にも 燃料棒が損傷しているとか メルトダウンに至ったなどということは一言も書かれていなかった。 3月15日には、そのような状況にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました。 事故からほぼ1年が経った東京。 世界中であらゆる専門家が予想していたメルトダウンの事実を 東電が認めるまでなぜ2ヶ月も要したのか、私たちは聞こうと思った。 自然災害が起きてからすぐにこの原発の大事故は起きていたのである。 (ハーノ記者) 「原子炉1号機、2号機そして3号機でメルトダウンになったことを、東電はいつ知ったのですか」 (東電・松本氏) 「私どもは目で見るわけにはいきませんが 上がってきましたデータをもとに自体を推定し 燃料棒が溶けおそらく圧力容器の底に溜まっているだろう という認識に達したのは5月の初めでした。」 膨大なデータに身を隠そうとする態度は今日も変わらない。 東電は、毎日行う記者会見でこれらのデータを見せながら、事態はコントロール下にあると言い続けている。 しかしこれらのデータの中には、本当に責任者たちは なにをしているのかわかっているか、疑いたくなるような情報がある。 たとえばスポークスマンはついでのことのように 放射能で汚染された冷却水が「消えてしまった」と説明した。 理由は、原発施設ではびこる雑草でホースが穴だらけになっているという。 (ハーノ記者) 「放射能で汚染された水を運ぶホースが 雑草で穴が開くような材料でできているというのですか?」 (東電・松本氏) 「草地に配管するのは私たちも初めてのことですが 穴があくなどのことについては知見が不十分だったと思っています。」 しかし原発の廃墟をさらに危険にしているのは 雑草だけではない。 私たちは富岡町に向かった。 ゴーストタウンだ。 原発廃墟の福島第一から7キロのところにある。 私たちはナカ氏に便乗した。 彼のような住民は、個人的なものをとりに行くためだけに 短時間だけ帰ることが許されている。 彼は、地震に見舞われた状態のまま放り出された会社を見せてくれた。 今では放射能のため、ここに暮らすことはできない。 (ナカ氏) この木造の建物はとても快適でした。 とても静かで、夏は涼しく、冬は暖かかった。 私たちは皆ここで幸せに暮らしていました。 80人の原発専門のエンジニアが彼のもとで働いており 原発事故後も、事故をできるだけ早く収束しようと努力している。 ナカ氏と彼の社員は、原発廃墟で今本当になにが起きているのか知っている。 (ナカ氏) 私たちの最大の不安は、近い将来、 廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。 あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。 どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません。 しかし、まだ被爆していない原発の専門家を集めなければ 事故を収束するのは不可能だ。 例えこれから40年間、充分な専門家を集められたとしても 日本も世界も変えてしまうことになるかもしれない一つの問題が残る (ハーノ記者) 今原発は安全なのですか? (ナカ氏) そう東電と政府は言っていますが 働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。 私が一番心配しているのは4号機です。 この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく この4階にある使用済み燃料プールには 約1300の使用済み燃料が冷却されています。 その上の階には新しい燃料棒が保管されていて 非常に重い機械類が置いてあります。 なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば 建物は崩壊してしまうはずです。 そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。 このような臨界が青空の下で起これば 日本にとって致命的なものとなるだろう。 放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。 そうすれば高い確率で 第1、2、3、 5、 6号機もすべてが抑制できなくなり まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。 東京で著名な地震学者の島村英紀氏に会った。 2月に東大地震研が地震予知を発表したが それによれば75%の確率で4年以内に 首都を直下型地震が襲うと予測されている。 (ハーノ記者) このような地震があった場合に原発が壊滅して 確率はどのくらいだとお考えですか? (島村教授) -はい、とても確率は高いです。 (ハーノ記者) -どうしてですか? (島村教授) 計測している地震揺れ速度が、これまでの予測よりずっと速まってきています。 私たちはここ数年千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。 これは日本の建築物にとって大変な意味を持つだけでなく 原発にとっても重大な問題となることを島村氏は説明する。 (島村教授) これが原発の設計計算です。 将来加速度300~450ガルの地震が来ることを想定しています。 そして高確率で発生しないだろう地震として600ガルまでを想定していますが この大きさに耐えられる設計は原子炉の格納容器だけで 原発のほかの構造はそれだけの耐震設計がされていないのです。 しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと 4000ガルまで達したことがわかっています。 想定されている値よりずっと高いのです。 (ハーノ記者) 電気会社は、それを知って増強をしなかったのですか? (島村教授) 今のところ何もしていません、不十分であることは確かです。 これだけの地震に耐えられるだけの設計をしようなどというのは ほとんど不可能でしょう。 ここは原発廃墟から60キロ離れた場所だ。 フクシマ災害対策本部では東電、保安院、福島県庁が共同で 原発の地獄の炎を鎮火するための闘いの調整をはかっている。 私たちは東電の災害対策部責任者にインタビューした。 ことに彼に訊きたいのはどうやって今後 これだけ損傷している原発を大地震から守るつもりなのか、ということだ。 ことに、危ぶまれている4号機について訊いた。 (東電・白井氏) 4号機の使用済み燃料プールには夥しい量の使用済み燃料が入っています。 これをすべて安全に保つためには、燃料プールの増強が必要です 燃料プールのある階の真下に、新しい梁をつけました。 (ハーノ記者) 原発はほとんど破壊したといってもいいわけですが 原発が健在だった1年前ですら大地震に耐えられなかった構造で どうやって次の地震に備えるつもりなのでしょうか? (東電・白井氏) 我々は耐震調査を4号機に限らず全体で行いました。 その結果、問題ないという判断が出ています。 (ハーノ記者) でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。 半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても 全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか? (東電・白井氏) その4000ガルという計算は別の調査ではないでしょうか それに関しては、私は何とも言いかねます。 (ハーノ記者) 原発を日本で稼動させるだけの心構えが、東電にできているとお考えですか? (東電・白井氏) それは答えるのが難しいですね。 (ナカ氏) これがやってきたことの結果です。 この結果を人類はちゃんと知るべきだと思います。 一緒に未来の政策をつくっていくことができるように あなたの動画チャンネルに、このビデオを掲載してください。 あなたのブログに、書き起こし文を掲載してください、 日本中の人が目にするまで、拡散してください。ここまでが転載の記事です。みなさんは、どうお感じになったでしょうか?より良き日本の未来が構築されるために、地道でも各々が出来ることをやっていきたいですよね。最後まで読んでくださりありがとうございます。今日もあなたの笑顔が輝きますように♪
2012.04.12
ALOHA!ちょっと指針が欲しいときに見に行く「プレアデスからのスピリチュアルメッセージ」で、気になる記事を見つけました。ドイツのテレビで放送された「フクシマのうそ」という番組の書き起こしだそうです。無断転載、拡散歓迎と言うことで、こちらのブログにも載せます。 これを鵜呑みにしていいかどうかの判断は私自身もまだ出来ていませんし、感じ方は人それぞれ、でも、各個人が原発について考える上で参考になると思い転載させていただきました。ビデオもあります。⇒ クリックこちらが書き起こし、楽天ブログは半角で10000文字までしか入らないので2回に分けて書きますね。長いですよ~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我々は放射能から身を守り、警察から外人と見破られないよう 防護服を着こんだ。 汚染され、破壊した原発が立っているのは立ち入り禁止区域だ。 そこに連れて行ってくれることになっている男性と落ち合った。 なにが本当にそこで起きているか、彼に見せてもらうためだ。 ナカ・ユキテル氏は原子力分野のエンジニア会社の社長で もう何十年間も原発サイトに出向いて働いてきた。 フクシマでも、だ。 私たちは見破られず、無事チェックポイントを通過した。 作業員たちが作業を終え、原発から戻ってきたところだった。 3月11日に起こったことは、これから日本が遭遇するかもしれぬことの 前兆に過ぎないのかもしれないことが次第にわかってきた。 そしてその危険を理解するには、過去を理解することが必要だ。 (タイトル) フクシマの嘘 (監督) ヨハネス・ハノ 私たちは立ち入り禁止区域の中、事故の起きた原発から約7キロ離れたところにいる。 ナカ氏はここで生活をし 福島第一とフクシマノ第二の間を股にかけて仕事をしてきた。 ナカ氏と彼の部下は、何年も前から原発の安全性における重大な欠陥について注意を喚起してきた。 しかし、誰も耳を貸そうとしなかった。 (ナカ氏) 私の話を聞いてくれた人はほんのわずかな有識者だけで その人たちの言うことなど誰も本気にしません。 日本ではその影響力の強いグループを呼ぶ名前があります。 原子力ムラ、というのです。 彼らの哲学は、経済性優先です。 この原子力ムラは東電、政府、そして 大学の学者たちでできています。 彼らが重要な決定をすべて下すのです。 私たちは東京で菅直人と独占インタビューした。 彼は事故当時首相で、第二次世界大戦以来 初の危機に遭遇した日本をリードしなければならなかった。 彼は唖然とするような内容を次々に語った、たとえば 首相の彼にさえ事実を知らせなかったネットワークが存在することを。 マスメディアでは彼に対する嘘がばらまかれ 彼は辞任に追い込まれた。 彼が原子力ムラに対抗しようとしたからである。 (菅前首相) 最大の問題点は、3月11日が起こるずっと前にしておかなければ いけないものがあったのに、何もしなかったことです。 原発事故を起こした引き金は津波だったかもしれないが 当然しておくべき対策をしなかったことが問題なのです。 この過失は責任者にあります。 つまり、必要であったことをしなかった、という責任です。 では原発事故の原因は地震と津波ではなかったのか? 原子力ムラの足跡を辿っていくと、 嘘、仲間意識と犯罪的エネルギーの網の目に遭遇する。 調査は2つの大陸にまたがった。 まずカリフォルニアに飛んだ。 目的地はサン・フランシスコである。 私たちはある男性と話を聞く約束をしていた。 彼は長年原子炉のメンテナンスの仕事で フクシマにも何度も来ており かなり深刻なミスや事故を東電が隠蔽するのに遭遇した。 フクシマの第1号原子炉は70年代初めに アメリカのジェネラルエレクトリック社が建設し それ以来アメリカのエンジニアが点検を行ってきた。 そしてフクシマでは何度も問題があった。 (ハーノ記者) 東電は、点検後、なにをあなたに求めたのですか? (スガオカ氏) 亀裂を発見した後、彼らが私に言いたかったことは簡単です。 つまり、黙れ、ですよ。 何も話すな、黙ってろ、というわけです。 問題があるなど許されない 日本の原発に問題など想定されていない アメリカのエンジニア、ケイ・スガオカ氏も それを変えようとすることは許されなかった。 (スガオカ氏) 1989年のことです、蒸気乾燥機でビデオ点検をしていて そこで今まで見たこともないほど大きい亀裂を発見しました。 スガオカ氏と同僚が発見したのは、それだけではない。 (スガオカ氏) 原子炉を点検している同僚の目がみるみる大きくなったと思うと 彼がこう言いました 蒸気乾燥機の向きが反対に取り付けられているぞ、と。 もともとこの原発の中心部材には重大な欠陥があったのだ。 スガオカ氏は点検の主任だったので 正しく点検を行い処理をする責任があったのだが 彼の報告は、東電の気に入らなかった。 私たちは点検で亀裂を発見しましたが、東電は 私たちにビデオでその部分を消すよう注文しました。 報告書も書くな、と言うのです。 私はサインしかさせてもらえませんでした。 私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機のことも 報告するに決まっていると知っていたからです。 (ハーノ記者) では、嘘の文書を書くよう求めたわけですか? (スガオカ氏) そうです、彼らは我々に文書の改ざんを要求しました。 スガオカ氏は仕事を失うのを怖れて、10年間黙秘した。 GE社に解雇されて初めて彼は沈黙を破り 日本の担当官庁に告発した。 ところが不思議なことに、告発後何年間もなにも起こらなかった。 日本の原発監督官庁はそれをもみ消そうとしたのだ。 2001年になってやっと、スガオカ氏は「同士」を見つけた。 それも日本のフクシマで、である。 18年間福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏は 当時の日本の与党、保守的な自民党所属だ。 佐藤氏は古典的政治家で 皇太子夫妻の旅に随行したこともある。 始めは彼も、原発は住民になんの危険ももたらさないと確信していた。 それから、その信頼をどんどん失っていった。 (佐藤前知事) 福島県の原発で働く情報提供者から約20通ファックスが届き その中にはスガオカ氏の告発も入っていました。 経産省は、その内部告発の内容を確かめずに これら密告者の名を東電に明かしました。 それからわかったことは、私も初めは信じられませんでした。 東電は、報告書を改ざんしていたというのです。 それで私は新聞に記事を書きました。 そんなことをしていると、この先必ず大事故が起きる、と。 それでやっと官僚たちもなにもしないわけにはいかなくなり 17基の原発が一時停止に追い込まれた。 調査委員会は、東電が何十年も前から重大な事故を隠蔽し 安全点検報告でデータを改ざんしてきたことを明らかにした。 それどころか、フクシマでは30年も臨界事故を隠してきたという。 社長・幹部は辞任に追い込まれ、社員は懲戒を受けたが 皆新しいポストをもらい、誰も起訴されなかった。 一番の責任者であった勝俣恒久氏は代表取締役に任命された。 彼らは佐藤氏に報告書の改ざんに対し謝罪したが 佐藤氏は安心できず、原発がどんどん建設されることを懸念した。 そこで佐藤氏は日本の原発政策という 「暗黙のルール」に違反してしまった。 2004年に復讐が始まった。 (佐藤前知事) 12月に不正な土地取引の疑いがあるという記事が新聞に載りました。 この記事を書いたのは本来は原発政策担当の記者でした。 この疑惑は、完全にでっち上げでした。 弟が逮捕され 首相官邸担当の検察官が一時的に福島に送られて検事を務めていた。 彼の名はノリモトという名で 遅かれ早かれ、お前の兄の知事を抹殺してやる、と弟に言ったそうです。 事態は更に進み、県庁で働く200人の職員に 圧力がかかり始めました。 少し私の悪口を言うだけでいいから、と。 中には2、3人、圧力に耐え切れずに 自殺をする者さえ出ました。 私の下で働いていたある部長は、いまだ意識不明のままです。 それで、同僚や友人を守るため、佐藤氏は辞任した。 裁判で彼の無罪は確定されるが しかし沈黙を破ろうとした「邪魔者」はこうして消された。 これが、日本の社会を牛耳る大きなグループの復讐だった。 そしてこれこそ、日本で原子力ムラと呼ばれるグループである。 (菅前首相) ここ10~20年の間、ことに原子力の危険を訴える人間に対する あらゆる形での圧力が非常に増えています。 大学の研究者が原発には危険が伴うなどとでも言おうものなら 出世のチャンスは絶対に回ってきません。 政治家はあらゆる援助を電力会社などから受けています。 しかし、彼らが原発の危険性などを問題にすれば、 そうした援助はすぐに受けられなくなります。 反対に、原発を推進すれば、多額の献金が入り込みます。 それは文化に関しても同じで スポーツやマスコミも含みます。 このように網の目が細かく張りめぐらされて 原発に対する批判がまったくなされない環境が作り上げられてしまいました。 ですから原子力ムラというのは決して小さい領域ではなくて 国全体にはびこる問題なのです。 誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。 東電から献金を受け取っている 100人以上の議員に菅首相は立ち向かった。 その中には前の首相もいる。やはり彼と同じ政党所属だ。 ネットワークは思う以上に大きい。 多くの官僚は定年退職すると、電事業関連の会社に再就職する。 1962年以来東電の副社長のポストは 原発の監査を行うエネルギー庁のトップ官僚の指定席だ。 これを日本では天下り、と呼んでいる。 しかし反対の例もある。 東電副社長だった加納時男氏は当時与党だった自民党に入党し 12年間、日本のエネルギー政策を担当し それからまた東電に戻った。 このネットワークについて衆議院議員の河野太郎氏と話した。 河野氏の家族は代々政治家で 彼の父も外相を務めた。 彼は、第二次世界大戦後日本を約60年間に渡り 支配した自民党に所属している。 原発をあれだけ政策として推進してきたのは自民党である。 (河野議員) 誰も、日本で原発事故など起こるはずがない、と言い続けてきました。 だから、万が一のことがあったらどうすべきか、という準備も 一切してこなかったのです。 それだけでなく、原発を立地する地方の行政にも 危険に対する情報をなにひとつ与えてこなかった。 いつでも、お前たちはなにも心配しなくていい 万が一のことなど起こるはずがないのだから、と。 彼らはずっとこの幻想をばらまき事実を歪曲してきた そして今やっと、すべて嘘だったことを認めざるを得なくなったのです。 …つづきはその2へ
2012.04.12
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ALOHA!すっかり暖かくなりましたね…少し歩くと汗ばむぐらい。4月から休みがさらに増えたのと、予定していたセミナーの受講を辞めたおかげで、今週末はノンビリ4連休です。今日は、大磯の高麗山~湘南平~小淘綾ノ浜(こゆるぎのはま)を巡るハイキングコースを散策してきました。平塚駅南口からバス(12分おきぐらいに出ています)に乗車し終点の西海岸バス停を下車。そこから歩いて、まずはハイキングコースの入り口の高来(たかく)神社に向かいます。祭神は、神皇産霊尊、天津彦穂邇々伎尊、応神天皇、神功皇后です。高句麗からの渡来人が由来とも言われていますが、高麗ですから間違いないような気もします。帰ってきてから判ったことですが、源頼朝が北条政子の安産祈願をしたそうです。また出た、このお2人…頼朝さん&政子さんは最近の私の魂にまつわる旅に欠かせない方々になっています。参道が桜の道になっていて、とてもきれいです。湧水もありましたよ~ヒンヤリと冷たい。でも、モーターなどが見え見えなので雰囲気はないかも~でもでも、とても大切にされている感じがします。祠の下にいた住人(カニちゃん)がお出迎えしてくれました。ここに導いていただき、ありがとうございます。あなたもお幸せに!そして、高麗山山頂に向かいます。男坂と女坂ありますが、私は迷わず「男坂」かなり厳しい勾配ですが、祭事の時にはここをお神輿かついで登るそうですよ山頂には上宮がありますが、その更に一段上が山頂らしく、石が積みあがっていました。私も石を載せてみました。紫の花がたくさん咲いていました~幼稚園や小学校の遠足でたびたび訪れたことがあるテレビ塔。ハイキングコースからこのアングルで見るのは始めてです。湘南平の名物といえば、この恋人達のカギ。みんな、幸せが長く続くといいね山頂の桜は7分咲きぐらいですかね。まだ、全然花が咲いていない木もありましたよ。テレビ塔の下から見る海。少しモヤッてましたが、でもきれいそういえば、平塚駅からバスを降りるまでの間に、66や666、99、69という数字をたくさん見かけました。その時、今日のハイキングは陰陽のバランスのリトリートっていう言葉が浮かびましたしかもね、高来神社に入る国道1号線の高麗の交差点は日本橋からちょうど66km地点にあるのこの標識見たときは、ビックリしたよ。でね、この湘南平で恋人達の結びつきとなるカギが名物になるのは、間違ってないと思いました。そういうエネルギーがここには流れています。高麗が高句麗から由来とありますが、現在の韓国の国旗も円で「太極」を表して、赤と青の2色で「陰陽」を表してますもんね。やっぱり、6と9の数字は陰陽を意味していたのね~と、思いながら、山道を降り切って住宅街に入ったら1台車が近づいてきましてね~そしたら、ナンバーが「7777」でした。正解ってことですということで、湘南平はプロポーズや告白にうってつけの場所かもしれません。あとは、喧嘩あとの仲直りとかね。でも、もしうまくいかない場合には、愛ではなくエゴや恐れから相手を支配したいという気持ちが強いのかもしれないと少し自分を振り返ってみてくださいね。あとは、失恋を癒すにも良い場所だと思います大磯は大きくて立派でキレイな家が多いですね。気の流れも良いです。そして、線路をくぐって立ち寄った島崎藤村が晩年を過ごしたお家です。中には入りませんでした。外にある説明書きを読むと、藤村は「涼しい風だねぇ」と言って亡くなったそうです。これを見た瞬間に、大磯に住みたいと思いました。もひとつ、今、新しい趣味を始めようと思っていて、どこで習うか悩んで、散歩がてらスクールの調査をしていたのですが、大磯と茅ヶ崎に拠点のあるスクールで始めることに決めました。そして、西湘バイパスをくぐるトンネルを抜けて…海へ小淘綾ノ浜(こゆるぎのはま)です。知ってましたか?湘南は大磯が発祥なんですよ。と~っても広くて、清々しいキレイな海。イリイリ(カスタネットのようなハワイの打楽器)になりそうな石がゴロゴロ転がっています。この石達は、さざれ石だそうです。その石達の美しさを見て、「やっぱりここに住みたい!」と思ったのでした。とここまで書いたところで、テレビを見たら…通販の電話番号が、666-666だってこれをもって、リトリート完了ってことかな…おあとがよろしいようで最後まで読んでくださり、ありがとうございます。今日もあなたの笑顔が輝きますように
2012.04.10
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ALOHA!春の嵐が去り、朝ベランダに出たときに昨日とは違った氣の流れを感じたので、自宅の窓を全て開け放し、その新しい氣を部屋に迎えいれてみました。昨年の今頃は、新しい恋にウキウキしてたっけ!今年はというと…新しい趣味を始めようと、これまたウキウキしています。職場がある中目黒に着いたら、桜も一気に咲いてました。ところどころ、つぼみも残っていますが…。出店もたくさん出て、良い香りが漂ってます~誘惑が多い。そう、今日は二十四節気の一つ「清明」でもあります。暦の上では晩春となり、これから土用入りにかけて徐々に夏の氣に変わっていくタイミング今は新しく立てた目標や、新しく飛び込んだ環境での仕事や勉強がスムーズに流れるよう、その経過・過程をじっくりと体感するときだそうです。結果や成果ではなく何が自分にとっての真実なのかに焦点を当てると、物事は楽しく面白く進んでくれるように感じます。4月の開運ポイントにも書きましたが、ある物事に関わることだけでも、その人にとっては成功です。過程を楽しみましょう!最後まで読んでくれてありがとう。今日もあなたの笑顔がキラキラと輝きますように!
2012.04.04
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ALOHA!今日は良いお天気でしたね。自宅マンションのエレベーターを降り、我が家へ向かう正面に富士山が見えるのですが…なにげに「ダイヤモンド富士」じゃ~ん!と慌てて携帯を探してる間に、太陽が沈んでしまい…こんな感じの写真になってしまいましたさて、4月の開運ポイントです。今月ひいたカードは「KU(クー)・HINA(ヒナ)」のKUが上のパターンです。クーはハワイの戦いの神様。 意味も「戦い」を意味します。このカードを見たとき、「戦わずにして勝つ」という言葉が浮かびました。世の中何が勝ちで何が負けか…なんてのは判らんですけどね。根っこのところでは、ある人に起こった物事の結果がどんなものであろうと、それが一見悪いことのように感じても、すべてはその人にとっては「勝利」なんだと私は観じています。それを味わいに私たちはココに来ていますからそして、「戦わずにして勝つ」というのは自分に起こる問題はどんなに困難なものであっても、それは「戦い」ではなく「経験または体験」だということです。だから、戦わなくていいんです経験をするんです。昨日は「ガイアの法則2」の輪読会に行き、そこでも話題になったのですが、ある人の行動や思想に対して自分の考えを言うのは、その人を批判することになってしまいそうで不安だという言葉が出たので、それは、自分の意見であって、その人を批判することにはならない。思ったことは言っても良いのではないか…と提案しましたが、このカードも同じようなメッセージがこめられています「自分の意見や思いを伝えることは大切。だけれど、そのときには他人を責めないようにしよう!」そして、その率直な態度こそが、お互いに信頼感と親密さの感情を与えるのだと。だから、自分の気持ちの捉え方がとても大切になってきます。あと、自分の心の中に怒りや嫉妬や悲しみなどがあっても、そのことで自分を責めないことです。自分自身と戦うことはないのです。人間なんですから、そんな気持ちが起きてしまうことだってあります。そんな気持ちが自分の中に「あるな!」と感じたら、自分への挑戦だと思って「ようこそ!」と喜んで迎えてあげてください。その感情が起こるということは、ずっとあなたの心の奥深くに隠れていた何らかの問題をそろそろ解消できるというサインだからです。だから、その気持ちから逃げたり、戦おうとせずに、一旦受け容れて、「なぜ、自分はそういう思いを抱くのだろうか…」と自分に疑問を投げかけてみてください。抱いている気持ちと同じような気持ちを前にも抱いたことはないか?それは、どんな時だったか?なぜ、それは起きたのか?そのことで許せない人はいるか?ひょっとして許せないのは自分自身なのではないか?もし、そうであれば自分を許してあげてください。あなたが自分を許せば、そこから全ては変わります。自己愛の欠如は他人から愛を奪うための戦いを繰り返すだけですつまり、戦わずして勝つ…ということは、自分を愛すること。そうすれば、他人へ愛を与える余裕もできます。そして、調和が生まれ…戦いはもう必要なくなるのです。すべては自分です。だから、今月は素直な気持ちを表現し、そんな自分を楽しむことを意識してみてくださいねもし、それでもモヤモヤする場合は、シータヒーリングで隠れた自分の思いこみを探り、手放す、お手伝いもできますのでご興味ある方は是非お試しください。最後まで読んでくれてありがとう。今日もあなたの笑顔がキラキラ。みんなのパワーになりますように!
2012.04.01
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