老いてこそ勉強

老いてこそ勉強

December 16, 2024
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12月16日(月)

雲が少々。まあ、風もなく静かなお天気。


ほとんど重機の動く音がしなくなった。その工事は何年も続いていたので
やけに静けさを感じるこの頃である。

最近朝いちばんにブログを入れるようになって、ブログの内容が、昨日の出来事やら
その日の予定などと変わった。そこで今朝は趣向を変えて昔語りにお付き合い
くださいませ。




島の海岸で拾った、流木がすごく気に入って、長崎まで連れてきた。
西洋松の松ぼっくりを添えて飾っている。
・・・・・

今日の主役はその右横の写真。


実家の嫁さんがこれはおねえさんのおじいちゃんおばあちゃんの
写真だから、お姉さんが持っていってと私にいただいた。


サンフランシスコにて と裏に少々のたよりが書かれている・・・。


祖父と祖母はアメリカ西海岸シアトルで知り合い結婚。

その後 私の母がシアトルで生まれ、その後帰国。

写真のおばあちゃんはアメリカから帰ってきた後、島原半島の見岳という
田舎の雲仙に近い祖父の家にいったものの、こんな田舎では暮らしたくないと
離婚。私の母と弟、子供二人は残された。祖父の家は大地主で人手もあったの
で安心して家を出たのだろう。

その後おばあちゃんは
東京銀座に洋装店を開き
店は大繁盛。皇族の方々や富裕層が御得意様だったとか。




ああーーー。昔々の物語。

こんな話は私の父方の叔母さんが話してくれた。

そのおばさんも洋裁師であったがリュウマチになり、父が 遠慮する叔母を
無理に我が家に引き取り、そして私は中高時代、その叔母の身の回りのお世話をした。私はヤングケアラーだった。そのおばさんは長生きして父が新しく建てた家にも暮らした。
私は父もだが、その叔母がなくなった時本当に悲しかった。


お世話する合間にいろいろとこんな生みの母の話とその両親についての
こんな話を聞いたものだった。

その証拠がこうして古びた写真となって私の手ものとにある。

祖母は見たこともないが、祖父とは高校生ごろまで行き来があった。

そうそう、ウクレレが欲しくてねだったこともあった。
そのころ千円だったと思う。快く買ってくれた。



ローズコーン









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最終更新日  December 16, 2024 11:15:48 AM
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