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ちっとはモノを考えてみたく、書評。
少々古いが、その辺は気にせず。
「私塾のすすめ」
「声に出して読みたい日本語」斎藤氏と「ウェブ進化論」梅田氏の対話集。
私塾とは、何も寺子屋に戻れ!ではない。
たとえば憧れる対象があり、「あの人のようになりたい!」というモチベーションが自然と発生したり、そこから生じる、熱気を帯びた言葉と言葉が交わされる場、ということだ。
少々、抽象的な部分もあるが、「ネットが技術的にどう発展するか」ではなく
「ネットの『向こう』にいる人が、どう受信・発信していくか」という論点が、関心高く読み進めることができた。
p12 学ぶための条件が飛躍的に改善された今、学ぶモチベーションの強弱によって、学習の格差は広がってしまう。だからこそ、今、「私塾」というコンセプトを強調する意味がある。そう思っています。
まさにウェブのお陰で、情報自体は溢れるようになった。
ただ、それだけでは「学び」にならない。
コピー&ペーストだけで継ぎはぎされた文書は
けして「論文」足りえないのだ。
そしてこれは、ウェブ上の技術進化だけで解決できる領域の問題ではない。
アクセスのしやすさ、デザイン性、軽さ…当然革新はこれからも続いていくが、
画面の向こうにいる「誰か」を心からモチベートすることが出来たとき、
「情報革新」は「知恵の革命」のステージへ進むのではないか。
画面の向こうにいる各々のオリジナルな情報と情報が、有機的につながりあい、行動しあう。そんなステージへ。
そのステージへの足がかりとして、梅田氏曰くの「志向性の共同体」が、現在数多く創発されている。
p100 ネットによるモチベーションの高まりには、すごいものがあるんですね。いま、子どもを育てる時の「励まし」が以前より必要になっている、ということがあります。(中略)もしネットで良い共同体があって、賞賛してくれる人があちこちにいるとすれば、先生が四十人をつねに賞賛しなくてもよくなるわけですね。
共同体こそ、私塾を生み出す土壌になりうる。
何がしかの大きな環境変化が生じたとき、
共同体は情報の集積ではなく、変化にしっかりと呼応して、具体性を伴った行動ことが出来るのではないだろうか。
書評:正しく決める力 2009.05.10