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これまで、ブログを読んでくださり、ありがとうございました。 2006年12月9日をもって、こちらのブログを閉じることにしました。 長い間、私がやりたかった子ども達の「共育」を出来る環境が整いました。 一人でも多くの子ども達が伸び伸び生きていくために、私が研究してきた「脳」の しくみを知ることで、学習、生活、人間関係など・・・さまざまな関わりが 見えてきました。これは、医学的なことではなく、私が、14年間にわたって 子ども達に接し、たくさんの子どもと関わることで繋がってきた自分のデーターから 研究してきたものです。 子どもの脳がどのような状態だと伸びていくのか、 世の中に出て、つぶされていく脳とはどういう脳なのか、 集団の中に交わることの出来ない脳とは・・・ そんな研究は、子どもに限らず、大人にも当てはまることです。 全ての人間が、生きていくために自分を知ること、相手を知ること、、、 大変大事だと思います。 それは、性格ではなく、脳の指令がどのようにしたのか・・・ということです。 学習でも、好き嫌いのはっきりした子どもは、人間関係でも好き嫌いがはっきりしてきます。 絶対手をつけたくない教科がある子どもは、人間関係においても、嫌いな人に 近づくことは有りません。 これまでありがとうございます。 これからは、「宮城共育研究所」の中の違うブログにて綴ってまいります。 是非、こちらにも遊びに来てください。 ありがとうございました。 http://www17.plala.or.jp/hanamaru-sun/
2006.12.09
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私は、音楽高校、音楽大学でピアノを学び、卒業後10ヶ月間銀行員をしました。学生時代から家庭教師をしていた私は、合格までお世話をする、ということで約束を交わしていたので、銀行員になっても、あわてて家に帰り、二つ目の仕事をしていました。男の子がいよいよ受験になろうとしたとき、私はまだ銀行員をしており、「俺みたいにできないのはたくさんいるから、塾の先生をしたらいいのに、、、、」そういわれて、心の中に奮い立ったものを感じて、1ヵ月後に銀行を退職。低い点数と中3だけの限定で、やりたいのにどうしていいかわからない、という子供たちに勉強を教えることとピアノの教室を拡大して、出張レッスンもこなすようになりました。河北新聞にも取り上げられ、塾の生徒の人数が増える一方、ゆとり教育導入されてから小学校になった生徒たちが中学に入学し、生徒の層の変化に本当にこれでいいのか・・・と疑問を感じたと同時に自分の指導限界も感じました。教えても教えても忘れる、私の時間のほとんどを費やしても、またくり返し。そこで、仕事をやめるための決断をしつつも、あきらめられない思いに子供たちの脳について、分析を始めました。右脳ということに着目し、勉強を楽しいと感じなければ、すべてが詰め込みだけになり、時間とともに忘れてしまう。そのためにでは、何をしたらよいのか・・・そんなことをやって、早くも2年の月日がたった。もっと早くに、この子達と知り合いたかった。せめて4~6歳の間に・・・そうしたら、こんなにも苦しまずにすんだはず。もっと、未来にむかって夢を広げられたはず・・・・子供たちに教えていて感じることは、おちこぼれてしまった子供たちがあまりにも多すぎて、次から次へと卒業させても、減ることがない・・・。こんなに世の中、たくさんの塾や、教材があって、小学校前に親がいろんなことをさせているのに、ほとんど役に立っていない・・・どころか、高いお金をかけた親の思いは後々に子供への負担へと変わっていく。そんな気持ちが強くなり、11月から4~6歳までを対象としたレッスンを始めることにした。私には、新しい世界だが、中学生にやっていたことをほとんどそのまま使えると思うので、未来の広がる生き生きした子供たちが増えていくだろう…と私自身、夢を描いている。5歳の子供が方程式解ける、、、、だからなに???私が子供たちに、一番必要だと思うのは新しい物事について、自分で解決方法を見つけたり、切り開いていこうとする力。方程式が今、わからなくても、教科書を読んだとき理解して、どんどん進んでいける力。東北大の受験合格者上位のほうは、塾や予備校には、通っていなかった子供たちだという。本当にその意味が理解できる。人から学ぶことには限界がある。しかし、自分自身で切り開き、学び取っていくことは無限なのだ。誰も教えてくれないこと、教わらなかったこと、、、、それに気づくのは人を頼りにせずに学び取ってきた者だけが味わうに違いない。4~6歳の子供たちのレッスンが始まったら、親たちの会もたくさん企画しよう・・・。いろんな知恵を伝えあい、子供を知る、ということに重点をおいてみよう。そうしたら、親自身も心豊かになれると思う。どんな悩みを抱えていても、必ず解決策があり、必ず道は開けていく。
2006.09.07
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先日佐渡島に2泊で行ってきました。久しぶりの旅行でした。5歳の娘がちょろちょろ・・・どこの家庭でもあることですよね。その姿を観察していて、あー、なるほど、と今関わっている中学・高校生のことを思い出しました。こうしちゃだめ、あーしちゃだめ・・・と、つい言いたくなる言葉。娘は、常に興味のあるほうに引き寄せられて、じっとしていない。子供の目線から何が見えているのか、そんなことを知る由もなく、世の中の親たちは、子供の目線(未来)をふさいでしまうのかもしれない。中学校、高校の生徒たちは、何をしたいのか、と聞いても、すぐに答えがでてこない。関心のあること、興味のあること・・・それがあまりになさすぎる。ちょろちょろ・・・いいじゃない。いろんなことを模索している姿は止めないほうがいい。そう思った。普段は、自由奔放にしていることが多く、のびのびすぎるほどである。ほとんど間食せず、ご飯は大人みたいに食べるから、なぜか・・・体が小学校2年生くらいにたくましく、丈夫に育ってくれた。ありがとう・・・愛しき娘。
2006.09.05
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今日、7月から通いだした水泳教室の2度目の進級テストでした。今回は1度目と違って、娘に合格できるのかな~という課題でした。昨夜、「明日、テストだね」と言ったら、お風呂でカエルのおもちゃ相手に練習してました。これには、たまげた。娘はカエルに一生懸命教え込んでるのです。娘の口調は、コーチの指導そのもの。しばらくお風呂から出てこないまま、カエルに教え込んでいました。そして、次の日、テストが終わってコーチに言われたことは、「進級できるか、とても心配でしたが、今日は全くの別人のようでしたよ。あまりの上手さにとても驚きました。」私はあっけにとられてしまいました。でも、これが、娘流の学びなんだろうな・・・とまたひとつ、娘を知りました。週に2回のプールがとっても楽しいようです♪親が心配すると子供はプレッシャーを感じちゃうと思うから見てみぬふり、声をかけてくるまで、じっくり親は親の幸せを夢見ているほうがいいのかもしれませんね。
2006.08.24
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10年近くなるでしょうか。いじめで,使い走りされていた生徒が登校拒否になり,高校浪人をしました。地元にいると,公立高校でまたその生徒たちと会ってしまう,ということで多賀城に引っ越してきました。初めて,その男の子と対面した夏,その子は私と目を合わせることもなく下を向いたまま,すでに,人間不信になっており,通えるのだろうか,,,と心配したものでした。最初は,他の生徒たちと顔を合わせない時間帯から,勉強を教え始め,その後,徐々に他の生徒たちと一緒に勉強する時間を作ったり,ボーリングに出かけたり,,,,とすっかり打ち解けるまでそう長い時間はかかりませんんでした。無事,行きたかった公立高校にも合格して,塾を去っていきました。その生徒と重なるような生徒が昨夜きました。人と目を合わせることなく,敵ばかり,というような鋭さをもつ目つき。ある種攻撃的で,落ち着きがなく,自分の言葉に,言葉を重ねられると,苛立ちを見せる・・・マニュアルがなければ学習できない,私の塾の内容を事細かに質問し,マニュアルにこだわる。その男の子は,6年生まで私が教え,中学からはレベルの高い生徒たちがいる中でやっていったほうがいいと思います,と伝えてやめていった生徒でした。しかし,,,2年間通った塾というのは,ただ,勉強を押し付けられ,やらせる塾・・・だったようです。自分の意思もなくさせられるというのは,人間形成までも変えてしまうんですね・・・その子のお母さんは,心配になって,今年3月にやめさせたら,パニック状態でますます,おかしくなってしまった・・・と相談に来られていました。そのような子供が社会にでたら,どうなるのでしょう・・・勉強ができるだけに,さらに手に負えなくなるでしょう。押し付けられた行く末…させられることを強制されるようになると,人間はこんなにも心を失い,破壊されてしまう私は精神科でありませんが,きっと,このような子供に,何らかの精神障害の名前がついているのだと思います。その子供は前の塾の先生に,うまくやっていきたいなら,沢山のキャラをもちなさい,といわれたそうです。母親はそのことを聞いて疑問に感じたそうですが,母親が塾をやめさせたときに,「俺はこれまで,沢山のキャラを作ってきたんだぞ。苦労してきたんだ」と怒鳴ったそうです。その生徒は,私の塾に対して,どのような授業なのか,,,ということを事細かに説明を求めました。私が,一緒に勉強してみることをすすめると,言葉で細かに説明ができないことはいい加減なんじゃないんですか?と言うんです。世の中,目に見ないものがどれくらいあることか…説明と違うことがどのくらいあることか…「信じる」…その子の中に,自分を信じる,という意思がなくなってしまったのでしょうか。その生徒が私のところに通う気持ちになるのは,非常に難しいと感じました。しかし,その生徒が通う一歩を踏み出し始めたら,あとは,心の氷はゆっくりと解け始めると思います。最初の一歩・・・その子のお母さんには,絶対あせらないでください,と言いました。私は子供たちの心にお花畑が作れるような,心の環境を作りたい。これからも,やっぱり,その気持ちが変わることなく,そして,沢山の子供たちと出会っていきたい。私が,自分の子供と出逢ったように,大事にしていきたいな。それが,私が生まれてきた印のような気がします。昨夜,最後にそのお母さんが「先ほど帰っていったお子さんは中学3年生ですよね。みんなすごく元気ですね。」と改めて確認するかのようにおっしゃって,帰られたのが,印象的でした。
2006.05.06
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明日から4月1日ですね。また,新しい1年のサイクルで新たなものが沢山生まれてくる。不安になったり,心配になったり・・・大丈夫,大丈夫…って自分に言い聞かせながら,踏ん張ったり。そうやって,また頑張ろうね。私の引越し先はエレベーターなしの3階なのです。1階が駐車場になってて・・・でも,行き来を何回もしていると,きっと何か今足りないことがわかってくるぞ,,,って予感がしているのです。だから,階段も頑張ってみよう♪生徒がたちが寝袋もってやってきました。素直で元気で,いい子達だな~・・・とつくづく。
2006.03.31
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誰かのために頑張ること子供のために,妻のために,夫のために,母のために,父のために・・・人はこんな思いを何度も,思い抱いて,生きるのかな。誰かのために,,,と思ったとき,その人のためである自分を作ろうとする。誰かのためにと思った時から,裏切ってはいけない,こうであってはいけない・・と理想の自分を作り出す。そこに,自分のための自分がいなくなる。なんて,苦しいことだろう。なんで,そんな十字架を背中に背負わなければいけないようなことを自分にするの?あなたのために・・と口に出したとき,相手に十字架を背負わせている。親が子供のために,,,とあくせく働く。お金を得るために働く。子供のために,子供のために・・・。しかし,子供はどうなのか???もしかして,イライラしている親の顔しか覚えていないかも。もしかして,ほとんど家にはいない両親だったために,寂しさのあまり,ゆがんでしまうかも・・・親は,自分がしてやっている満足感を得る。その裏には,子供を支配できる満足感を得ているのかもしれない。勝手だよね。子供が一番望んでいるだろうことを勝手に作り上げる大人・・・生徒と向き合いながら感じること…それは,「子供たちと接しているときが勝負!そのときがすべてだ」ということかな。子供たちは『生もの』だから…先生って,,,先に生ものになった人って書くんだね(笑)人って,心地よい感情に浸れることが多ければ多いほど,豊かになっていくと思う。そんな思いを味わえたときって,なんだか知らないけれど,万物に感謝せずにはいられなくなる。ありがとうって,何度も何度も言いながら泣けてきちゃうときも,,,,あったり・・。
2006.03.21
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4月は新学期に向けて,机や椅子が納品される。かれこれ,14年くらいのお付き合いになる器材やさん,塾開講以来の古いお付き合いとなる。担当者とは,お互いに近い年齢であり,,,,やっぱり年々年をとっているんだなあ。私的には,変わんない感じがするけれど(苦笑)。… … … … … … … … … … …昔購入した器材などの話になった。やはり,物はいろんなエネルギーを吸ってしまう。物の多い部屋に寝ると,体が疲れるのと同じで,物には寿命があると私は思う。お財布もお気に入りであっても,定期的に新しいものに変えないと,お金が入らなくなってしまうよね~電化製品と一緒なのかな。物を買い換えすぎるのも問題!?だけど,定期的に新しい息吹を入れることは必要かなあ。何か滞りを感じたりしたら,新しい息吹を入れることで,また流動的になるよ。「大胆で思いっきり」の時期って,きっとあるのかも。何かが動き出すと,動かそうとして消費したエネルギーが倍になって戻ってくるんだよ。これって,すごいよね~~~
2006.03.19
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ロイヤルホストで食事をしました。娘が食事後,ロイヤルホストにあるかわいい動物が描いてあるぬりえ用紙とクレヨンを持ってきた。絵は動物たちがお料理しているようで,沢山の動物が細かく描いてある。何気なく,色塗りしている娘の方を見たら,真っ赤で塗りつぶしていた。下絵など,目に入っていないようだ。「どうしたの?」と聞くと,娘は「血だらけ~」と言ってぐちゃぐちゃ描いている。さすがの私も,感心と笑いの中で,娘の精神状態を考えた。右下のほうには,青色で直線の連続で絵をつぶしている。娘は「水をかけたー」と言う。その後,裏返しして,白紙のほうに,体のついているハート形の顔にいろんな表情を付け出した。なんともかわいいハートたちが遊んでいるようだ。あー,この子は何かに当てはまる,ということがないんだなあ,形のあるものに入れてはいけないんだなあ,と改めて感じた。形あるものを無視できることも,すごいなあ(笑)きっと,こんな子は幼稚園の中にいたら,なんだー?と思われちゃうんだろうか・・・。「個性」なんだよね。きっとこれが。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー娘:「ねえ,おかあちゃん,これわかんなーい」私:「わかんないことはやらなくていいよ・・・もっとわかることやればいいよ」娘:「これ,おしえて」私:「いいよ,これはね~」 なんか,今まで当たり前にこんな会話があったけれど, そんなはっきりした会話って,大事だなあと改めて思った。現実的に大変かもしれないけれど,娘のやること,やっていることはできるだけ邪魔をしないようにしたいと思ってきた。この子が何を見つめて,何を感じるのか・・・思いのままにいろんなことを発見してほしいなあ。子供がやることに目をつぶる,というのは,親として大変だよね。ついつい,あっ・・・と思っちゃう。子供の姿を見ると,いつも違うことをしていて,片づけをするまえに次のことをしているから,こちらも大変。でも,それでも,そんな散らかりを,まるで,今見つけたかのように「あれーーー???」と大きな声で言うと,あわてて駆け寄ってくる。そんな子育てだけど,まあ,いいか・・・って母をやる自分にも微笑ましく感じたり。何よりも,言うのは簡単なんだよね。だれだって,言うことはできるし,言葉を借りることだってできる。じっと,こらえると,そこにエネルギーがたまる。じっと辛抱していると,そこに活力が生まれる。そんな時期もあるよね。
2006.03.18
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合格発表から,ようやく,落ち着きました。三女高1名多賀城高5名利府高1名塩釜高2名広瀬高1名松島高1名 合格しました。駄目だった塩釜女子高1名は,本当にチャレンジでした。彼女の感想は・・・「なんで私を落としたんだ!」という勢い(笑)でした。でも,みんな行くべきところに決まったと思います。駄目だった女の子は私の家族分のチーズケーキを作って持ってきてくれました。なんか,すごく,嬉しかった。箱も,テープで丁寧に止めた本当に心のこもったものでした。素敵なお母さんになるんだろうなあ・・・って感じたよ。おめでとう。みんなに奇跡が起きたんだね。31日は女の子10名が泊まりにきます。ついでに,私は合格した生徒たちのお母さんたちも誘う予定です。主婦はいろいろ大変なんですよ(笑)おめでとう…。おめでとう!!!私にたくさんのことを学ばせてくれた子供たち,,,生徒たちも泣いていたけれど,生徒のお母さんも泣いていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年も恒例のごとく,受験日前に,絶対したくないことや,やりたくないこと,やらないことを1つやりなさい,と言いました。ある生徒は,お母さんに朝,挨拶したんだ,と言ってました。そしたらそのお母さんが,合格の喜びと共に,母子家庭になってから子供が「行ってきます」と言った事がなかったのに,受験の前の日とその日,朝に「行ってきます」と子供が言って家を出たんです!私はあまりの嬉しさに,トイレで泣いちゃって・・・と話していました。終わればわかるよ・・・そう言った私に,合格した生徒たちは「先生,すごい!魔法みたいだ」と本当に純粋な顔で言ってきました。こうやって,みんなで泣いたり,喜んだり,抱き合って肌を感じるって,生きているんだよね。みんな,ありがとう。
2006.03.16
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入試前の最後の日曜日。今日生徒はどのくらい勉強しているのかな~土曜日は生徒たちが「先生の家に泊まりた~い」と訴えていた。かれこれ この訴えは去年の夏から続いている・・・(笑)受験が終わったら,ゆっくりおいで,と毎度言っているが。そういえば,生徒が早稲田に合格した。多賀城高校に入った生徒だった。一浪してから,私のところで右脳学習をするために通いだした。右脳学習は短時間の時間で何百もの単語を覚えることが目的だった。「脳みそ改革」が始まった。この生徒は見事にそれを自分のものとし,自信をつけた。「楽しい,楽しい,こんなに覚えられるなんて信じられない・・」そう言って勉強した浪人生活だった。凄いよね~。自分の夢を掴み取るって。子供たちの凄さって,計り知れない。「自信がつく」て凄い。まさに,自分を信じ続けること,大丈夫,大丈夫って信じ続けた先の結果には,もう,「実現」しかないんだね。先日入会した中学1年生の男の子。英語の塾に通っていたようだが,8点だったようだ。今回テスト勉強をする中で,単語を覚える数と時間が早くなった。本人も自信をつけてきた。そして,テスト。9点だった。本人は,また自信を失ってしまい,やっとできるようになった文法もすっかり,間違えるようになった。でも,大丈夫。私はこの男の子が伸びていくと確信している。大丈夫だよ。こんな男の子のために,4月からの体制を変える決心をしたんだから。私が存分に点数の取れない子供たちのためにいろんなアイデアを出していくための体制なんだから。大丈夫。大丈夫。一緒に英語を好きになろうね。点数が上がるまで短い期間を一緒に歩いていこうね。点数上がるのなんて,そう時間はかからないよ。今日は愛犬と亀のご飯を買いに行ったり,できれば金魚のお水も取り替えたいが,,,あちこち整理整頓も含めて,ゆったりすごそうと思う。今日もこんな素敵な時間を過ごせることに,感謝。
2006.03.05
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「愛しき人の想いをはせば 伝わりたまふ メールなりけり」「今宵の寂しさ 愛しき人に届きけり 我もまた幸せ包まれ眠りに落ちる」「愛するあなたに夢見し出会う あぁ我が想う人こそ 最愛なり」ー・-・・-・-・・-・-・-・・-・-・-・・・-・-・-・・-・-「愛しきあなたに触れるなら わが身の誕生 心うれし」「素晴らしき 人との出逢いが実を結ぶ 幸せありし 足元に」「喜びを表現せしめとペンとれば 感極まりて 涙の文字なり」
2006.03.03
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明日はひなまつり♪公立高校の試験も控えるなか,中学2年生の学年末テストが終わった。すっごいよ~。中学2年生の平均が370点近くとれている。「なんか,みんな頑張ったねーーー」って褒めた。本当にね,入会してきたときに,優秀な生徒なんて,,,いなかったんだよ。本当に点数上がるの???って何度も聞いてくる生徒ばかりの集団で・・・。それがね,4月に入会してきたある男の子は,今回数学の答案が返されたとき,かなりの落ち込みでふさぎこんだらしい。同じ塾に通う女の子が,あまりの落ち込みに「何点だったの?」と聞いたら,「92点」と言うので,「は~~~!?」と思ったんだって。でも,その男の子は100点の自信があったから,100点じゃなかったことにかなりのショックだった・・・と塾に来ても言っている。すごい話だよね。人って自信がつくと,どこまでも伸びていく。本当にすごいなあ。ほかの男の子も「先生!きたよ,きたよー」とニコニコして教室に入ってきた。いい笑顔だった。点数もかなり,伸びていた。しかし,もっとすごい子がいる。入会してきたときは300点そこそこ。入会して丁度5ヶ月目に入った。ちょっと,暗い女の子。でも,話しかけると,うれしそうにニコニコと応対する。これまた,笑顔がかわいい,ぷくっとした女の子。塾も親が,自分で決めなさい,と言って,さがさせたということだった。入会後の最初の学校のテストでは,一気に5教科合計100点上げて,今回のテストはさらに,点数を伸ばした。今回はさすがに生徒の中でもトップだった。・・・なんか,すごすぎる。水を得た魚,,,なんだよね~。やっぱり,笑顔っていいなあ。笑顔がもっとみたいから,また,みんなと頑張りたいと思う。同じ気持ちになって,また喜びたいな。みんなみんな,かわいいー。私に幸せをありがとう。中学3年生も頑張ろうね。この調子で♪
2006.03.02
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いつか,新しいブログを開設して綴りたいことがある。「人生の伴侶に出逢うということ」「一生寄り添うことのできる人」「自分を向上させてくれる人」「生まれてきたことの喜びをいつも感じさせてくれる人・・・」そんな人と巡り合う・・・ということは,難しいことではない,ということを,いつか,書き綴りたい。そんな人と出逢ったときから起こり始める奇跡。「そんな出来事が重なると,奇跡じゃなくなる」人間の潜在意識には,すでに全てが記憶されているような気がする。だから,「本当の伴侶」と出逢った瞬間から,何かが猛スピードで動き出すのかもしれない。………・……・……・……・………人間の原点は「愛」だと思う。「怒り」「叱り」「怒鳴り」・・・どんな感情で相手に接してもいい。でも,ひとつだけ,,,「その心に愛があるのか?」って自分自身に聞いてみるといい。「愛」は必ず,伝わるから。「おい,自分!今ここに愛はあるのか?」
2006.03.01
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7年前に卒業した生徒が京都から遊びに来た。神社の巫女に就職をしたが,3年くらい働いたのかな・・・やめて姉のいる京都に行き,姉と暮らして去年1年を過ごしたようだ。ボロボロだった。落ちるところまで落ちた。。。と私に話す。手のひらが真っ赤に荒れて皮膚病!?のようになっていた。ストレスの表れみたいだ。仙台にただ帰ってくるのは家族にも顔向けができない,とこぼした。これまで,自分の都合のよいことだけに眼を向けてきたことが結局は中身なしになっていたのでは・・・と話した。辛かったことも悩んだことも,苦しかったことも,全部全部両親に話し,全てをリセットして1から始めるのが一番の近道であることも話した。言われたくないから,言わない・・・そんな親子関係が結局は・・・中身のない,,,やりたいけどできない,,,そんな人間をつくってしまう。何事にも体当たりできる子供を育てなければいけないと思う悪かったことを悪かった,と言える子供自分はこれが欲しかったから買った,,だけど,親に言ったら何言われるかわかんない・・・ごちゃごちゃ言われたくないし,,,。そう思ってごまかしたり,うそをつくこれは,本当に小さなことだけど,そんな「いい子ちゃんでいたい思い」はやがて,心をゆがませ,自分自身の思いを消費できなくなっていく。処理能力がなくなる。いい子ちゃんて何だろう。親の思いに添う子供がいい子ちゃん!?彼女の人生まだ始まったばかり。だから,親子関係をしっかり見つめなおし・・・親子関係が彼女にとっての原点だからこそ,,,そこに返り立ち,リセットする必要がある。自分を認め,そこに新たな自分を見つけ出すことで彼女は新しい一歩を踏めると思う。
2006.02.26
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「荒川静香の目線」誰もが釘付けになる美しさがあった。誰もが魅了された目線は自分の方向を指し示す「眼」は行くべき道を知っている伸びたいなら,,,上を見よ背筋を伸ばし,高貴で,凛とした姿,まだまだ,一休みせずに,もう少し,がんばれオリンピックをみて,思わず,そう自分に語った。小さな声の独り言。私・・・まだまだ息継ぎが多いかな。もう少し,一気に何かを頑張ってみようかな
2006.02.24
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いつもありがとうございます。私のブログを読んでくださり・・・。以前,何かのプロフィール作成の場面があったとき,信仰する宗教は?・・・という欄で「神道」をえらんだことを思い出した。何かを崇拝するのではなく,「いつも心に神さまがいてくれる・・・」そう思って,これからも,生きていきたいから。困ったことがあったら,どうして??と自問自答している。うれしいことがあったら,感動して,「あー,ありがとう」と独り言を言っている。ショックなことがあったら,静かに落ち込んでいるどんなときも,独り言は心との対話になっている。それが「神」の存在のような気がしている。決して,自分ひとりの力ではないよ。ここまでこれたのは。だって,,,必ず,思ったことの答えがやってくるもの。・・これも,また不思議だよね~無理しなくても,必要なときに,必要な分だけ自分のもとにやってくる。だから,何事もあせらないで・・・と,また,自分に語る自分がいる。自分をとりまく環境,,,辛いと感じることもある。でも,思うんだけれど,決して他人が自分を巻き込んでくるのはないと思う。ほとんど,自分が引き寄せているんじゃないかな。ラジオの周波数があうように,自分と他人の周波数が一致して,そのとき,その場面でその人の声を聞くことになったり,その人が目の前に現れてくるんだと思うよ。だから,自分を取り巻く環境は心の中の映像の片影のような気がするよ。自分自身が親とけんかすれば,親子喧嘩の多い子供が入塾してくる。助けてあげたい,救ってあげたい,と願っていると,救ってほしい,,,と大変な生徒たちが集まってくる。大変さにかまけて,お月謝をきちんとしないことがあると,お月謝にルーズな家庭の子供が入塾してくる。何でも,そんなもん(門)じゃないのかな。生徒に,こうしてほしい,と思えば,まずは,自分自身をくまなく観察し,どこの周波数の一致かを見つけ出す。それを改善すると,自ずとその生徒が改められるか,,,離れていくか,,,どちらかなんだよね。私は,子供たちを救ってあげたい,と昔,塾を開いた。だけど,あまりにも大変な中3の子供たちが30人以上も集まり,本当に大変だった。若さがゆえにできたと思う。それじゃあ,だめだと気がついた。今,私は子供たちを幸せにしてあげたい,と願っている。今回,三女1人,多賀城高校5人,利府高校1人,塩釜高校2人,広瀬1人の受験となる。現在,クラスは二つに分かれている。7人と5人のクラス。7人のクラスは,どうも顔で笑ってるが,友達同士の会話を聞いていると,受験の話からはかけ離れ,どうでもいい世間話好きのおばちゃん連中になっている。それについて,昨日は7名に話をした。『自分だけ根性は捨てようよ。全員で合格しよう,,,。そのために,どうしなければいけない???・・・。みんなでわからないところは授業前に教えあったりしてさ,,,もっともっと授業のレベルをあげよう・・・ってみんなで一団結しなきゃだめだよ。「先生!今日の授業は,このページのここの部分と…ここと…ここを教えてほしいんです!」とかさ,,,そうやって,本当に全員がわからないところだけを教わる授業をつくっていこっ・・・。時間を大切にしようよ。教えることで,確実に自分のものになるんだよ。教わることで,心に刻まれたりするんだよ,,,』そんな話をしたら,昨日は生徒たちの目の色が変わった。私の学びは,もっと横のつながりを大事にしなければ,ということだった。今,横のつながりを意識すれば,もっと自分自身が開かれていく,,,ということなのかな。履歴書を背負っていなければ,自信がない大人にはなってほしくない。自分を表現するのは,履歴書ではない。言葉や,行動や,表情や,,,にじみ出てくる豊かさをもった大人になってほしいと思う。会社にそんな人がたくさんいたら,楽しいよね。幸せいっぱい感じるよね。あこがれるよね。自分もそうなりたいって,思うよね。人に勇気を与えられるかもしれない。そして,そんな人に出会えるかもしれない。本当に大変なのは,自分がなんでも選択できる人生になったときだと思う。「やめよう」・・・そう思ったら,すぐにでも,やめられちゃうんだから。
2006.02.22
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今日はとっても暖かいぽかぽかした日ですね。久しぶりの休日。何日ぶりかな~今年は引越しをしようと考えている。なんせ,,,荷物がたくさんあるので,夏前後の引越しを考えているけれど,今から少しずつしないと,大変。仕事場と自宅が一緒なのは,つらいものがあるなあ。私の自宅は部屋が二つ。リビングキッチンの部屋と寝室のみ。つなぎで,仕事場の1階のプレハブと,そこからつなぎの2階建てのプレハブ。結構,複雑。トイレに行く生徒なんかは端から端まで歩くことになる。子供がいるから,自宅と仕事場が一緒なのはうれしいこともあるけれど,でも,私自身,休まることがないのです。常に,仕事場を目にして,ふと,気がつくと,仕事をしてたり,,,,。区切りとか,境目ってすごく大事なことだよね。そういえば,昔,お医者さんの娘を家庭教師したとき,風邪をひいたら,お父さんの所に行くの?と聞いたら,お父さんが枕元に注射を持ってきてくれるんです・・・と生徒が言っていたことを思い出しました。自宅と仕事場が一緒って,すごいなあ~と感心したものです。私が大学を卒業して銀行に勤め,その後,家庭教師の生徒が増えたので,銀行を辞めて塾を開くまでの2ヶ月間,気持ちがゆるんではいけない,と朝,いつも通りにスーツを着て,自分の部屋であれこれ準備を進めたことを思い出しました。家から出るわけでもなく,誰かに会うわけでもないのに,規則正しい行員勤めから,自営という自分が決める枠の中で,だらけてしまいたくない,と当時は思っていたんです。そのくらいの緊張感のもと,引越し後は仕事をしたいかな・・・。子供を持つ母親が自営をすることは,本当に大変だろうなあ,と感じるときがあります。女性として,やっぱり,独身で仕事をバリバリしたい,と思う人もたくさんいるとおもいます。私もその1人ですから・・・。しかし,違うんです。私の家族は私を人間らしく,女性らしく育ててくれます。私が今も独身で1人でやっていたら,きっと,仕事しかしない人間だったことでしょう。仕事は自分の持っているものの出力だとしたら,「どんな人間らしさ」を私自身の中に入力し,人として生きていくのだろう,入出力のバランスをどのようにとっていくのだろう,と考えさせられちゃうのです。仕事だけやる人間ではやっぱりだめなんだよね。一番そばにいる人たちを愛することも一番そばにいる人たちに愛されることもすごく大事。すばらしい芸術も共感できる人とともに感じると,喜びも世界も広がることは味わって初めてわかること。失わないとわからないこととか無いから欲しくなるものとか一番近くにある大事なことに気がつかないこと・・・たくさんある。一番近くにあるのに,気がつかない,だから,通り過ぎちゃうそばにありすぎて,見えない,,,本当は一つ一つが価値あるものなのに。「不幸」・・・幸せが無いのではなく見えてないだけ。小さな幸せがたくさんある。みんなが幸せになれるし,幸せになる権利がある。それは,どんな状況であったとしても。子供たちも幸せな気持ちになる権利がある。だから,両親たちは,「自分はもっと勉強ができた」なんて言って,子供たちを押しつぶさないでほしい。自分が優秀だったと口にする親は,自分の子供がどんなに傷ついているのか,知ってる?優秀は,昔の勲章。今,子供にとって,優秀なのかな。子供たちは親にどんな点数をつけるんだろう。子供が大好きな父親,母親って,どんなんだろう。子供が産まれるとき,「五体満足の体で・・・」と願う子供が成長する過程で,「丈夫に育ってほしい・・・」と願う。子供が中学になると,点数が低いと口うるさくでしゃばってくる。五体満足で,,,と願っている親の顔が一番優しい顔をしているのかも。子供たちもそんな親の思いに触れることなんて,きっと少ないんだろうな。
2006.02.12
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私は「自分のことをよく知っている」と思っていた。しかし,本当はわかっていなかったのかも・・・。自分はなんでも努力すればできると思ってきたし,何を選択するかは自分であり,自分が生かされる場を作ろうとしてきた。しかし,今日,すごく感じたことがあったよ。「自分自身」を知っている人間は「自分」が生かされるためにどのような努力をするのだろうか・・・?自分が生かされるための環境を整える??・・・自分でなんでもしようとする人間は,もしかしたら,自分を生かしきれていないのかもしれない。生きている今世の自分は,そんなに,あれもこれもと使命を持って生まれてくるはずがない。つまり,自分自身を大切にすること,その自分にできることを見極めていくことが大切なのかなと思った。環境に自分が選ばれるのではなく,環境を自分が選ぶこと,それが,とても大事なんじゃないかなって,思ったよ。今日,聖和と宮城学院の発表,無事みな合格でした。おめでとう。また,明日から,頑張ろうね。
2006.02.08
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宮城県の公立高校推薦の発表がおわり,今日は宮城学院や聖和の発表があります。結果は100パーセント,スライドすることもなく,合格を喜ぶ結果となりました。今回塾生は10人,冬期講習だけ受けた生徒が2名の受験でした。塾生の結果は育英高校特進1名 英進3名 尚絅4名 ウルスラ1名 常盤木2名です。私立1本の生徒3名でした。今日を迎えるにあたっても,本当にさまざまなドラマが展開され,そして,これからも,小さなドラマがたくさん見れることがとても楽しみです。そのドラマを一つ一つ時間の合間を見て書いていけたら,と思うのですが。今,ひとつのプロジェクト計画があり,4月からの塾がガラリと変わる予定です。生徒が見せてくれたドラマのひとつを紹介します。11月に入会した生徒(A子ちゃん)で,お母さんとは少したってからの面会でした。母親の姿勢はほとんど,子供に対してはあきらめ状態で,小さいときから何でも子供にさせてきたらしく,子供はほとんど長続きがしない。どたんばになって塾に通っても,またすぐにやめるだろう・・・という親の気持ちがありました。ちょうど,その面会をした前日,生徒は家出をしていました。塾に通う友人の家に行ったらしく,そのときは父親に対しての言葉遣いが悪くて,父親に叩かれたことが理由で家を飛び出した,ということでした。私は生徒たちに「親と喧嘩をするなー!」と普段から言っています。喧嘩によってエネルギーを消耗してほしくないからです。生徒(A子ちゃん)のメールを紹介します。12月24日「先生、私が志望高校をかえるのは無理がありますかね? これから頑張って成績あげても多賀城高校とかは無理ですか?」「こちらこそ返事遅くなりました。まだ,勉強してます。 がむしゃらに勉強するのですか?人の3倍…たとえかかるとしても 着いていきたいです。その生徒さんは内申はどうだったのでしょうか? 私の場合2学期の通信簿がすさまじく悪く、社会と数学が2でした…。 点数もそうですがそっちのほうもどうなのか気になります。 まずは何時間も勉強しないとなにも人並みにも追いつけないということです ね。ですが何から手をつければいいのでしょうか…?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一昨年,塩釜高校も無理だと学校から言われていた男の子が,11月ごろに,「自分は絶対に多賀城高校に入りたいんです! 」と入会してきたことがありました。マイペースな男の子で,積み重ねてきたものがないために,机に座る,ということさえ,大変な状態・・・という状況から始まりました。しかし,見事,合格し,自信をつけて卒業していきました。その話をA子さんに話をしながらのメール内容です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「私と一緒なんですね。解りました!わかるまで粘ればいいんですね! 私もとにかく死に物狂いでやってみようと思います。」「わかりました、午前中に先生を質問責めにすればいいのですね! 似ているのですか?じゃあその先輩のように合格できるように頑張ります! 先生よろしくお願いします! じゃあ勉強にうつります。おやすみなさい。」しかし,相変わらず1月になっても母親との大喧嘩。夜中にパソコンでメールをしたり,不規則な生活になっている,ということで母親からSOSの電話が来ました。その日の塾の終わりに,「母親との喧嘩がなくならない限り,何もよくならないよ」,とA子ちゃんに私が声をかけました。私は思うのです。人と衝突するエネルギーがある以上,その中で人はどのように向上していけるのかな・・・。A子ちゃんは涙を流しながら自分の気持ちを私に訴えてきました。「いちいちうるさい,やろうと思っているといろいろ言ってくる・・・」それらすべて無視をして,「とにかく,親と喧嘩するな」と言ったら,下を向いていました。帰るときも私に対して,むつけたような態度で帰って行きました。その後,2日たって突然,A子ちゃんからメールが届きました。1月29日「先生!ちゃんと親と仲直りしました! 親の話も聞き、先生の話も聞き…遅いですがやっと焦り始め; あと公立まで30何日…今度は焦りすぎて何をしたらいいかがわからなくなってしまっています…; ワークに手をつけるものの、わからないところでとまり結局進みません…(とりあえず飛ばしてますが) 英語、数学に手間取っているのに理科、社会にいつ進めばいいかわからない… やっと自分の差に気付いて…今からできることなら本当になんでもします!!先生皆に追い付きたいんです…お願いします」今回,彼女は聖和1本を受験しました。公立高校をどこに定めるかはこれからですが,やはり,私は何事も,「素直さ」が自分自身を向上させるためのばねになる,ということを常日頃感じています。素直な子供は,どんなにできなくても導き次第でどんどん伸びていく。A子ちゃんは送り迎えや友人の車に乗せてもらって来ていたのですが,現在は,徒歩で40分かけて歩いて来る日もあります。すごく大切なことだと思います。自分の足で歩くことも。こんなドラマが展開されているから,だから,公立高校までに子供たちが受験を通して,どこまで成長し続けてくれるのか,本当に楽しみなのです。今生徒たちに教えるのは私1人です。何でも私が動かないと進まないことだらけだったのですが,去年11月から私の補助をしてくれる女性ができました。しかし,それでも,本来私がやりたいことを存分にすることもできず,もっと,私自身が自由に身動きが取れるようになれば,確実に勉強の好きな子供が増えていくと確信してます。そのために,ランク別のクラス分けや,私自身が経営から外れる,という計画もろもろがあります。先生の募集もしなければなりません。節分も過ぎたところで,活動開始された今日この頃です。
2006.02.08
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やっと,インフルエンザから解放されました。1月6日からA型のインフルエンザにかかってしまい,寝込みました。今回,初めて,自分が喘息もちだったことも判明。医師は,当然本人はわかっているだろう,と説明する。私は,だれが???という感じで聞いていたら,実は私本人が喘息もち。あーーー,だから,咳が人よりも多かったのかあ,と納得でした。娘が3歳の時までは,シーズー犬やマルチーズが5匹いたので,動物が多すぎて,咳き込むのかなあ~と単純に考えていました。私の仕事は・・・今年4月からこんな風にしていきたい,とか取り入れたいこと,また,削るべきことが見えてきたように思います。今は娘と離れ離れの生活。今度の日曜日くらいには帰ってきてほしいものですが・・・。姉の家に預けて一週間。電話をしてみると,娘が電話にでて,姉の苗字を名のっている。そして,私だとわかると,「あー,おかあちゃん,どうしたの?具合どう?」とあっさりと聞かれるので,カクン としてしまう。新年を迎えて,感じた新たな思いがある。それは,無理をしないこと。時の流れに身を任せる・・・というのは大げさかもしれませんが,流されること。逆行しないこと。何事においても,自分でできる,と思い込まないこと。そういうことで,今年は全てが順調に行くように感じた。・・・ということで,もっとパソコンに向き合う時間をつくりながら今年も色んな自分に出逢い,幸せを感じる時間を満喫したいと思います。どうぞ!よろしくお願いします。
2006.01.13
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今日は講習中のたった一日のお休みの日でした。私はあるピアニストの門下生発表会のアナウンスを頼まれ,張り切って参加してきました。すごかったです。発表会・・・ではなく,演奏会でした。大学受験生もおり,一番最後の芸大を受験する男の子は50分も弾いていました。すごい集中力と体力。小学校1年生から高校3年生までの生徒さんでしたが,それぞれが個性的で,先生のミニバンでもなく,個性豊かに表現されてました。生徒さんに共通して素晴らしさを感じたのは,なんと言っても,バッハやベートーベン。バッハに関しては,練習曲と同じようによく,練習されており,勉強されてました。普通のピアノの先生はやはり,バッハなどは,嫌がり,名曲集中心になりがちです。何でもそうですが,生徒に教えることというのは偏りやすくなりますよね。だから,「先生」という立場は,本当に大切なのだと思います。勉強でも,学校の担任の先生でも,習い事でも,やはり,人生経験豊かで,他人の良さを鋭く,見つけ出すことのできる先生につくことのできた人は幸せだな~と感じます。今日,ひとつ,発見できたことがあります・・・がそれは,次回,書いてみようと思います。「出逢い」ってすごいですね。でも,決して,出逢いは,場違いのところには存在しない。いつも,自分の中にあるものが他人と引き合うものがあって,めぐり合わせてくれる。自分を知りたければ,まず,自分の周りにいる人たちを見渡しなさい・・・という言葉も納得です。生徒にしてもそうだと思う。必ず,自分との共通点がどこかにあって,引き合い,めぐり合わせてくれるとおもう。この世界は,自分の心の中を映し出した世界なのかも。それじゃ,今日は。この辺で。おやすみなさい。
2005.12.27
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子どもは親の影響をどのように受けていくのだろうか?子どもが親そっくりな口調で話している言葉を耳にすることがある。子どもは親の話を・・・実は,よく聞いているのかもしれない。私の場合,もうじき5歳になる娘は,私よりもしっかりしている。娘は私の気づかないことによく気がつく。だから,親子のバランスがとてもちょうどいい感じがしている。娘の観察力は鋭い。字は平仮名が読める程度なのに,なぜか,新しい存在(物)にたいして,説明書を理解しようとしたり,記述されていることを知ろうとする。私にはほとんど無い行動である。今となっては笑い話になったが,あるデパートに娘と出かけた。私がプレゼント用にパジャマを選んでいたら,いつの間にか私が夢中になっていたようだ。ふと,娘がそばにいないことに気がついたら,アナウンスが流れた。「相澤一華ちゃんのお母様,いちかちゃんが3階婦人売り場のレジでお待ちです・・・・」「えっ????」慌ててレジに向かうと,娘がレジに立っていた。娘に「どこにいたの?」と聞かれた。私はどちらかというとものすごく感覚的で,感じる思いが最優先する。しかし,娘は,だれが?いつ?どこで?どうして?それで????とすべて,事細かに聞いて納得しようとする。私の感覚的なところを娘から明確に,形にするように促されているようだ。あまりにも自分とは違いすぎる娘の視点で,話をされるので,私自身,自分の足りないことに気がつくことが多い。娘の環境は,今も幼稚園に通っていれば,年中クラス。3年保育で音楽幼稚園に通わせたが,失敗。5ヶ月間通わせたが,娘には合わなかったようだ。私自身,音楽を楽しんでもらいたい,という理由で見つけた幼稚園だった。3月に入ってから見つけた幼稚園で,慌てて面接を受けた。毎日の幼稚園での生活内容は,心配をしていなかった。しかし,通わせて見ると,字の練習や詰め込みが多かった。毎日のプリント学習,宿題,絵日記・・・だれが大変か???私は危機感を感じた。それはなぜか。親がさせる宿題だからだ。1人でやる子どもはいい。それを楽しむ子どもはいい。だが,そういう子どもは何人いるだろうか。どこまで子どもたちが喜んでやっているのだろうか・・・。生まれてきたばかりの子どもが寝返りするようになり,言葉を発し,立つようになり・・・一つ一つの成長に感動し,親として,うれしさが込み上げてくる幸せを感じていたはずなのに,,,,いつしか,親は子どもにいろんなことを要求し,親子喧嘩する。中学校に入るようになると,さらに,良い点数を取らなければ満足しなくなる親が増える。数字で評価される子どもの性格も大らかとは言いづらい。 子どもの言動に親は何を見るのだろう。自分の姿を見るのだろうか。尊い命を感じるんだろうか。どうにかしよう,と思うと,どうにもならなくなる。心に豊かさがないと,受け入れられなくなる。子育てを「がむしゃら」にしてはいけない。子どもはコピー人間ではない。欲求を満たそうとしてもいけない。授受意 ← 「すごいなあ」娘が手を伸ばしてキーボードを触った。「じゅじゅい」と打ったので,変換してみた。授受意・・・そっかあ・・・納得。しかし,改めて確認。zからyuまでの確実な距離を2度もどう打ったんだろう・・・???子どものメッセージにはいつもながら,ハッとさせられることが多い。3人の子どもを持った母親は心理学者になれるって,誰かが言っていたっけ。すごいよね。
2005.12.19
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今日は模擬テストでした。それぞれに「アンポンタンミス」がある。しかし,全員に共通していえることは,国語が全員とてもよくできている。学校のテストでも,勢いよく国語は最初に伸びていく。しかし,不思議じゃないよね。心を開いて,相手を理解しよう,とか自分を理解してもらおう・・・という気持ちが,つまりは,国語の力につながっていくからね。冬期講習は12月23日から1月9日までは27日を抜かせば毎日続く。とても楽しみだ♪毎日子どもたちに会って,毎日いろんな顔を見ることができる。講習は1日1教科を3時間というスケジュールになっているんです。その他,作成しながらのオリジナル教材を30分やるが,実はこれが,心臓ともいえる最も大事な時間だ。この30分の鼓動が3時間を生かしてくる。今年一年は本当に早かったなあ。素晴らしい年でした。来年はもっと素晴らしい年になると思う。たくさんの幸せが待っていると思う。幸せなことしか頭に浮かんでこないもの。自分を生かさせてもらっていることに心から感謝です。
2005.12.18
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「塾」ってどういうところなのかな。塾って,学校でわからないところを教えればそれでいいの?学校で教えてもらえないところを教えてればいいの?応用問題をやらせて力をつければいいの?スパルタにして,生徒の点数をあげればいいの?塾ってなんでしょうね。私が子どもの時代は,外人さんの英語塾くらいはあったけれど,それも珍しかった。私の幼少時代はピアノ教室がたくさんあった。猫も杓子も・・・の時代だったのかな。今はパーマやとか,学習塾が,勢いつけて増えている。石を投げればあたりそうだ。余談だけど,接骨院も増えている。お客さんの層は中学生や高校生が多いのは気のせいかな???そんなに部活ばかりして,怪我をして,,,夜間練習や休みなしの練習,,,これに没頭させているのは,だれ???勉強が嫌いな子どもたちが私のところに入会してくる。ワーク???したくない。開かない。教科書???もってこない。どこやってるかわからない。学校の授業???寝てる。点数???ほとんどない。普通の塾だったら,こういう子どもたちは,個別で高いお金をとられるか,家庭教師を雇って,学生のお金稼ぎの絶好のアルバイト…それが,世の中だよね。私は,こういう子どもたちが入会してこない塾だったら,別に塾を開かなくても・・・・という思いになる。でも,あるんだよ!こういう子どもたちが完璧に点数をあげていく方法が。楽しくて,頭に入っていき,回転も良くなる方法が。それを見つけたから,私は今塾をやっているのだと思う。私は一度,自分の限界を感じて,塾をやめようとしていた。1人の人間が他人にやってあげられるのは限界がある,ということを初めて感じたから。だけど,違う。自分が一生懸命になれば,なるほど,自分が苦しくなることを知った。難しいことではないことを知った。とてもシンプルであることを知った。いいものは,実にシンプルで,すがすがしいということを忘れてはいけないと思った。私自身,そのことに気がついたとき,すべてが軽くなって,人生も軽くなったように感じた。私の仕事の評価・・・それは,私自身の楽しさの度合いと子どもたちの笑顔。今,まだ未完成の私の教材が完成したとき,もっと大きな一歩を踏み出していけるのだと思う。感性って大事だよね。塾に行くと何を教えてもらえるのかな教えてもらっても,忘れるのに,なんで塾にわざわざ行くのかな試験前だけ教えてもらえればそれでいいよ・・・いろんな思いの子どもたちがいて,いいと思う。やんちゃで,単純で,純粋な子供たちだと思う。そこから,いろんなことが始まっていけば,いいと思う。
2005.12.12
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一週間ほど前,父兄から夜中11時30分すぎに電話があった。「お世話様です。何時ごろまで娘は勉強する予定でしょうか?」私は「今日の授業は8時で終わりました」と答えた。塾に行ってくる,と8時過ぎに戻ってきて,また出かけたという。生徒の携帯電話を何日か前に取り上げたばかりだった。それは,生徒の親も了解していた。私はすぐに,生徒の友達に電話をした。一緒にいる男の子に連絡をとって,私のほうへ生徒から電話をもらうように伝えてもらった。すぐに生徒から電話が来た。女の子の家には,一緒にいる男の子と一緒に行って謝るように言ったが,女の子はためらっていた。男の子に電話を替わってもらい,直接話した。「男でしょ。心配かけたことをきちんと謝りなさい。」男の子は,「はい」と言って,二人で女の子の家に行った。男の子は高校受験をしないようだ。昨日の模擬テスト・・・女の子は試験中居眠りをしそうだった。すべての試験が終わったとき,私はその子に話した。「ろくでもない男と付き合うな!」女の子は「えーーー」と目を丸くした。「よっぽどひどい男の子でしょうね・・・」「勉強したくないなら,来年,その子と結婚すれば?」「すぐにでも塾をやめて,来年にそなえたら?」私の言葉に対し,女の子は「はっ!?」という顔をしている。女の子に説明した。「私をそう言わせているのは,あなた自身だよ」「私はあなたとお付き合いしている彼のことを知らないけど, あなたを見ていれば,どういう人かがわかる」「彼のことをみんな悪く言ってない?」生徒:「言ってます」「そうだよね。あなたが彼を悪者にしているんだよ」「彼とお付き合いしてから,坂を転げ落ちるように成績も落ち, 思考力もほとんどないような状態。何かにとりつかれたような顔つき」「好きなら,もっと大切にしなさい!」「あなたがいるから,こんなにも頑張れる。そういえる自分を示しなさい!」そう話すと,彼女の目が変わりました。半分涙目。そして,何かを悟ったかのような顔つきに変わりました。私は彼女が本当に彼のことを好きなんだ,ということを感じました。残りわずかの受験勉強。でも,私は彼女が必ず,彼女の志望する高校に合格するだろう,,,と思っています。人は自分のために頑張るときよりも,愛する人のために頑張ろうとするとき,すごい底力を発揮することがある。受験を通して,大きく成長することができると思います。高校受験はとても貴重です。この貴重な時間を点数しか考えないなんて,,,,と思います。親子喧嘩もあるかもしれない。時間を上手に使えないと,自分との葛藤が出てくる。自信のついた子どもは,ますます,伸びていく。萎縮している子は,ますます,八方ふさがりになってしまう。テレビもみたい,友達とも遊びたい,寝なければいけない,食べなければいけない,点数が毎回出される,あせる,,,いろんなことがあるんです。だからこそ,成長できるんです。圧縮されたようなこの時期だから,素直な子どもは何をやっても伸びていきます。数字だけを追い求めた先に何があるのでしょう。その人自身の「自信」が数字を変える。常に自信の無い人は,何か代わるものによって自分を安心させようとする。それは,中学生のうちに,取り除かなければいけない芽かもしれません。心の強さは,何がなくても,強いものです。一ヶ月をすれば,冬期講習が始まります。うちの塾は毎年恒例,大晦日もお正月も休みがありません。21日間講習を冬休みに入ってから,学校が始まっても続きます。1月の塾は完全休みとなっての講習です。今からとても,楽しみです。子どもたちの成長は計り知れません。点数もどこまで伸びていくのか,,,親の目線だけで,子どもを見てしまうと,子どもはそれ以上伸びなくなります。想像できないことは,現実にも起こってこないと思います。
2005.11.27
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娘を見ていて強く感じることがある。娘は,見たことや聞いたことを,時間がたってから,突然言い出したり,再現したりする。「うわ~,すごいね~。」そう褒めると,得意になって,繰り返す。よく特徴をつかんだ姿や声に爆笑。しかし,「もう一度やってみて~」というとどうすればよいのか,混乱する。子どもの左脳を働かせようとした瞬間だったのかもしれない。右脳的であり,動物的な感覚をつぶすのは大人なのかもしれない。子どもがあるがままの自由であるほど,感覚がとても鋭くなるように思う。「感覚,発想,表現」それを失わせないためには,「大人が満足する子育て」をしてはいけないのだと強く感じる。私の子育て方針は・・物事を教え込まない。何でもさせてあげる。注意するときは短い言葉で。声のトーンをかえる。命令口調にならない。などがあります。娘にこうしてほしい,,,と親の希望があれば,親がそうすればいい。娘に,丁寧な言葉を使うと,丁寧な優しい言葉を返してくれる。娘に靴をそろえてほしいなあ,と思った時,マル付表を書いて,玄関の鏡に貼り付け,そばにペンを置いた。そしたら,娘は,私にも表を作り,同じように鏡にはったのです。その日から,娘は必要以上に玄関を出入りして,靴をそろえてマルを書いていました。子育てはちょっとしたことだと思います。そんなことも,これからの日記に書いていけたら,いいなあ,と思います。昨夜の出来事・・・仕事中,お風呂の用意を忘れてしまい,娘はシャワーを浴びました。仕事を終えて少しすると,お風呂のお湯がいっぱいになった知らせのベルがなりました。娘がシャワーを出しっぱなしにしてお風呂から上がったと勘違いして,娘に聞いたら,娘は「こぼれてなくてよかったー」と言って,お風呂場から出てきました。私のためにお風呂の準備をした,と娘は言って寝たのですが,お風呂に入ってびっくり。お風呂はきれいなお湯になっており,娘が浴槽を洗ってお湯をためてくれたことがわかりました。感動のあまり,いつもより長く,湯に浸かっていました。何も教えなくても,こうして,子どもはちゃんと育つ。教えるから,子どもは本来持っている「本能」を失っていくんだと思います。できるだけ,できるだけ,子どもの邪魔をしないように・・・。
2005.11.26
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風向きが変わった。何が変わったのだろう。私は先生である前に,女性であり,4歳の娘の母。この欄を「塾の先生」としての立場から書いていると,私自身の息が詰まってくる。塾の仕事は,私の感じた思いが1つのラインになっただけである。もっと人間らしくいたい。もっと,生きていることを感じたい。その思いの塊が私を先生にしたように思う。もっと,母として,女として,人間としてこの空間を広げていけたらいいな,と思う。
2005.11.26
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今日はランチのついたピアノの演奏会を聴いてきました。感想を一言で述べるなら・・・彼を導いてきた師匠の指導の素晴らしさを感じました。今日演奏した男性は16歳の時にピアノを始めて,17歳のときに現在の師匠と出会っています。演奏曲目はどれも大曲であるがゆえ,普通に音大に通う生徒でもこのような選曲をアンプしての演奏会を開くだろうか・・・と感じました。彼はもちろん,現在は普通の大学の2年生。芸術に限らず,素晴らしい師に出会うことの大切さを改めて感じました。弾けないのは,本人の練習不足・・・本当にそれだけで済ませられるのでしょうか???天才ではない人間にどう教えていくのか・・・。素晴らしいピアニストが必ずしも良い指導者とは限らない。「導く」こともひとつの「才能」である,ということを今日は改めて実感した一日でした。感動しました!素晴らしい出逢い。もっともっと子どもたちの小さな種を見つけていきたい!と奮い立ちました♪
2005.11.20
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自分を変えたい・・・自分が変わりたい・・・ 人は自分で自分をすぐに変えることができるのです。私は受験前になると,生徒たちによく言うことがあります。 それは,「自分が絶対しない!」ことをやりなさい。ひとつでいいから,絶対にやりたくないことや,嫌いなことに挑戦しなさい。 生徒たちはみんな実行し,その話で盛り上がります。 人は「好き」と「嫌い」の感情で判断したり,決断することが多々あります。だれが教えたわけでもなく、「好き」と「嫌い」が心の中に共存しますが,嫌いなことばかりやっている人間はいるでしょうか? 「好き」ということをたくさん選んできた子どもたちは,いつも「好き」という方向のものだけ選んでいることでしょう。 「好き」=右 ,「嫌い」=左だとすれば,右のほうばかりに進んできたはずです。 自分でわからないときは,だれでもよいから聞いてみることです。「私が絶対しなさそうなことってどんなことだと思う?」 今年卒業した生徒たちの報告はさまざまでした。 「嫌いな,しいたけを食べた!」「茶碗洗いをした!」「家の前を掃除した!」 なにも浮かばない,という生徒には,「お迎えに来てくれてありがとう!」とか「産んでくれてありがとう!」でもいいんじゃない? と話したら,物静かな女の子が,お母さんにそのように言ったそうです。 やった!やれた! という達成感で一人一人が笑顔だったことを覚えています。そして,ほとんどの生徒に共通していたことは「親がびっくりしてた」と報告する生徒たちがびっくりしていたことです。 「嫌い」,「したくない」,「絶対しない」・・・それをしてみると,すごいことが起きてくる。 ちなみに私は,歩くことが嫌いでした。だから,泉ヶ岳を登山して,その後すぐに,四国の八十八札所を10日間レンタカーでお参りしてきました。すごい道でした。ただでさえ歩くことが嫌だった私が,階段をすべて上りきりました。私が得られたものは,すべて一生の宝。二度と味わうことのない思いばかりのような気がします。 人生のゴールはいつも自分の中にある。楽しいと思う毎日を振り返ると,すでにゴールにいたのかもしれない 大変だ,大変だ,と思って毎日を過ごしていると,ゴールなんて無いのかもしれない。 ゆっくり歩いてもいいじゃない・・・立ち止まってもいいじゃない・・・ 歩き続けていたら,そんな思いにたどり着いていました。
2005.11.06
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人類は火を使い,道具を使い,直立歩行するようになった・・・ そんなことを昔,歴史の教科書で習ったことを覚えていますか? 子どもたちがますます,道具を使う知恵がなくなってきていると強く感じています。道具を使えない,ということは,楽しさを膨らます術を知らない,ということです。 猫を飼った。鈴をつけた新しいノートを使う。ペンで名前を書いた印象に残ったページがあった。線を引く,紙を挟める教科書が破れた。テープで貼り付けるご飯を食べる。箸と茶碗を用意する 自分の工夫はどこまでなのでしょう道具を使いこなす,,,とても,とても大切なことだと思います。 その術も知恵も工夫も,子どもたちはどこで知ることができるでしょうどこで習得していくでしょう。 どこで学んでいくのでしょう。 すでに,世の中で活躍している大人たちを見ると彼らは実に上手にいろいろなものを工夫して使いこなし,自分のものとしていることに驚かされる。 「物」は人を豊かにしない。物が道具として,人に何らかの影響を与えたときに初めて,豊かにしてくれるものだ。この世の中は物が多すぎる。道具にならない,息吹のかかっていない物が多すぎる。 勉強ができる?どういうこと?・・・・点数がとれていること頭がいい? とういうこと?・・・・点数がとれていることあの人うらやましい。なぜ?・・・・頭がいいから 本当にそう? 書いてあることを覚えた・・・・点数がよかった前の日徹夜で勉強した・・・・点数がよかった親に怒られるから勉強した・・・点数がよかった勉強したことがたまたまでた・・・点数がよかった もっと大切なことを失わないでほしい数字に振り回されないでほしい その子にしかできないこと,その子だからできることを見つけてあげてほしい。その愛で子どもを包んでほしい。 その子がもって生まれた本能,インスピレーションをつぶさないでほしい。 頭でっかちになりすぎちゃって・・・子どもたちは,本当に大切なことを忘れそうになっている。
2005.11.06
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「本物の美味しさを感じる思いはどこから」時間の中には休符やアクセント,たまにフェルマータがありますね。 先日,長くお付き合いをさせていただいている方に私のこのホームページのことをお知らせしました。お会いしたことはない方ですが,私が長くコーヒー豆をネットで購入しているところです。とても,おいしいコーヒー豆で,煎りたてを発送してくれるのです。封を開けた時の香りはなんともいえぬ深い豆の香りが広がるんです。 ・・・・・その珈琲ロッセさんの方のメールから・・・・ (前後割愛)私は自分の子供(小1)ももう少し大きくなってきたら、伝えておきたいことが有ります。何で勉強するのかっていう事とか、科学的の意味とか。取るに足りないことでも、余裕を持って。勉強することで、一つの事でもいろんな見方が出来るようになるから、人生楽しくなるんだよ、ってね。 それから科学は宇宙の道理のことをいうんだよ。でも科学的っていうと人間の知っている範囲でっていうニュアンスが入っちゃうんだけど、本来なら人知を超えた部分もあるんだから、科学的であって科学的でないのかもしれないけどね(笑)それとか空を見上げて何で風は吹くか知ってるとか。勉強については、もっとゆっくりでもいいかなとも思っていますね。おもしろいから勉強するのか、勉強するからだんだんおもしろくなってくるのか。いずれにしても親はそのきっかけを作ってあげればいいと思います。やれば出来るんだという喜びと一緒にね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私は,本当にロッセさんの珈琲がおいしい理由をここに感じた思いでいっぱいでした。珈琲の香りも味も目に見えるものではないですよね。だから,心でどのように感じるのか,,,そういうお仕事なんだと思いました。 珈琲舎ロッセさんのブレンドで「アスリートのブレンド」というものがあります。私はそれが大好きなのですが,ブレンドの量を決める過程は,分量の「コントロール」ではなく,分量を「感じる」,という作業から生まれているんだなーと感じました。 私は自分の心の中に大きなフィルターを自分で据えました。大きな大きなフィルターです。そのフィルターは「愛」。 すべて,このフィルターを通したものだけを受け入れています。何かをするとき,,,これは,私の「愛」というフィルターを通るのか???そんな思いが出てくるのです。愛のフィルターを通ったもの・・・そこには,「本物」がフィルターの下に通されてくると感じています。何に対しても,だれに対しても,どんなものに対しても, ここに愛があるのか???それが,私の物事を判断する根っこになっています。 珈琲舎ロッセさんのサイトをご紹介させていただきます。http://www.coffee-rosse.com/
2005.11.06
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物はありすぎても,少なすぎても,人を変えてしまう。 弱音を吐けずに頑張った時代があった。物もなくなり,食べるものも無くなり,目の前で人が飢えて死んでいった時代。どうすることもできない悔しさと怒りと・・・ 今の時代に生きる私たち,どうにでもできる時代に生きていながら,目先のことで思い悩み,頭で考えすぎて行動できなかったり,ストレスをためて,感情的になったりしている。なんて,愚かなのか・・・ こんなにすばらしい時代に生きていながら,この時代を満喫することを忘れている。虫を追いかけたことも,川で遊んだこともあっただろう。小学校での休み時間,どんな気持ちで外に駆け出していただろう「水」とどのように遊んでいたか・・・「光」とどのように遊んでいたか・・・「雲」とどのように遊んでいたか・・・「風」とどのように遊んでいたか・・・ 水浴びしたり,影ふみしたり,雲が流れていく様を寝転びながら見ていたり,風に押されて身を任せてみたり・・・ そんな経験をしたことを忘れてしまったのだろうか。子どもたちに勉強をしなさい,という親は子どものときに敏感に感じ取れるこんな思いがどんなに大切な思いかということを忘れてしまっている。 悲しいときは泣けばいい苦しいときは立ち止まってみればいい楽しいときは大声で笑えばいい 天気がよかったら,空を見上げて幸せ感じたり雨が降ったら,静かに雨の音を聞いてみたり風が吹いたら,揺れる木々を眺めたり あるがままに生きることがどんなに素晴らしいかを感じ取れる大人がもっともっと増えたら子どもたちは,形のないところから,新しい形をたくさん想像し,世界を広げるに違いない。 子どもを叱る基準がどこにあるのか・・・なぜそれがいけないのか・・・ 小さな子どもが,計算を早く解けても,暗算ができても,どんな漢字が読めたとしても,すべて,形あるものに対応した子どもの姿だということを忘れてはいけないと感じる。 子どもが散らかしっぱなしにしたら,「散らかってるよ」と言ってやればいい。壁に落書きをしたら,消す方法を教えてあげればいい。しかりつける親は,自分自身がそうされたくない感情的な怒りであることを自覚しなければならない。 どんなに雨がたくさん降っていても,雲の上は太陽がさんさんと照っている。太陽はなくならない。 お母さんもお父さんも太陽のようになれたら,子どもはそれだけで,みんな天才になれるんだよ。
2005.11.02
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「形にとらわれる」ということ 子どもは,生まれたときはとても動物的で,あるがまま・・・である。物質的なこの世の中で育っていくと,惑わされることも多くなる。自分で頑張ってきた大人は,子どもに,自分もやってきたのだから頑張れ,やれるはずだ,と言う。ほんとうにそうだろうか?勘違いもいいところ・・と私は言いたい。自分を見つめる眼鏡を使って,他人を見る大人。自分の子どもを見る眼鏡はもっと度をつよくしてみるのだろうか??? 感じ取ること,,大事です。わからないことがあったら,参考書を探さないでほしい。子どもは問題集ではないのだ。いらだつ大人は,すべてが思い通りになると思っている。優秀といわれる大人の目線はどのへんにあるのだろうか? 伸びてきた樹木の枯葉を取り除き,はみ出た枝を切り落とし,根っこを切り落としてしまうようなことをする。 新しい小さな息吹,少し伸びてきた枝,枯葉の落ちる様子・・・大切なことは「なにがあっても,あるがまま・・・」 優秀な人は自分を責め,自分自身を追い詰めることもする。自分に厳しい。形になった自分を認め,それが自分の子どももできる,と勘違いをする。 自分のわからないことは,相手に押し付ける。受け入れようとしない。俺は働いている。家庭のことをちゃんとするのがお前の責任だろ・・・そんなことをいう父親が多いのも現実である。このような父親はどんなフィルターを心につけているのだろうか。 子どもは生まれたときに,親を殺そうと企ててこの世の中に出てくるわけではない。大人は自分の子どもの表情をどのくらい知っているだろうか?写真を見ると,いつも子どもが同じ顔をしていることはないだろうか? 子どもの心理を分析し,説明している大人をテレビでよく目にする。子どもがどういうものか説明する大人もたくさんいる。 難しい用語を並べたて,テキストや知識で埋め込んだ心理学者の頭の中には「奇跡」という言葉がどのくらいの割合で存在しているのだろうか? 私の塾は,「奇跡」の積み重ねが道を作った。だから,すでに,中学生になってから右脳を使えるようにすること というのはだれも考えてこなかった部分だが,決して奇跡ではない。 あれこれ悩むことはない。答えはすべて,自分自身の中にある。もし,私が今後,子どもたちのことでぶつかる問題があったとしたら,その答えは遠くにあることでも,どこかに書いてあることでもない。その答えはすぐ近くにあるのか,,,私自身の中に見つけることができると思う。 子どもをできなくするのは,大人なのである。子どもは,自分に枠を作らない。親も教師も,自分が持っている枠を,子どもに当てはめようとしてはいけない。 子どもの将来・・・もっとも最悪な状況とは,,, 『枠』からはみ出そうとした子どもは・・・殺人事件『枠』がないと不安になる子どもは・・・信仰宗教『枠』の中で苦しむのか・・・自害そのようにつながってくる。子どもが純粋であるがゆえの形である 本来,子どもが本能的に嫌うことが「形」であるということを忘れてはいけないのである。
2005.11.01
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赤・青・黄色を混ぜると黒になる。黒一色の世界。 色というのは,私の塾では大切な役割を果たしている。主に右脳を使って,入出力をする子ども,主に左脳を使って,入出力をする子どもは,赤と青に分けられる。さらに,直感的に感じて,考えて出力する子どもは,二つの作用を混ぜて紫クラスになる。考えて入力するが,出力はほぼひらめきに近く,あまり考えないで言動する子どもは緑になる。緑の子どもは,塾嫌いや,大勢の中にはいることを好まない子どもが多い。それだけに,貴重な存在とも言うべき,入会の時点で,大きな一歩を出たことになる。色で分けられた脳の使い分けを子どもたち自身も知るということは,自分とは違う人間を認める,ということにもつながってくる。 特徴としては赤は,よく左脳をつかう。いつも深く考え,マイナス思考に走りやすい。常に考えすぎるために,脳がいっぱいいっぱいになり,睡眠に入ろうとする。親の接し方が,口うるさかったり,愚痴が多かったりすると,子どもは脳は左脳的になりやすい。青の特徴は,楽観的で明るい。常に楽しいことが多く,くよくよいつまでも考えない。本人任せで,甘やかされる傾向が強く育った子どもは,感覚的な子どもになる。紫は言動が一致しないことが多い。頭でこうしたい,と思っていても体がそうじゃなかったりする。ある程度,勉強しなくてもまあまあ,点数がとれる。親が手取り足取りされた子どもや,大事に大事に育てられた子どもが多い。緑はほとんど親が子ども任せ。子どもがほったらかしにされて育った子どもが多い。好き嫌いも激しくでる傾向にあり,決まった人とのつきあいになりやすい。 4色の色に該当する子どもがパソコンの前に座った。パソコンがおかしいと感じた。さて,,,どうするか? 赤,,少し触ってみて,先生を呼ぶ。(すぐにあきらめてしまう)青,,何とかしてみようと試みる。つながることが多い。(考えながら取り組んでみる)紫,,おかしい,とわかったらすぐに先生を呼ぶ。(先生に言わなければ,,という思い)緑,,ガチャガチャとあれこれ,とにかくやってみる。(先生を呼ぼうとする思いがない) 単純なことでも,このような違いがある。それでは,勉強取り組みではどのような短所があるか・・・ 赤,,取り組みまで時間がかかる青,,すぐにあきやすく,面倒くさがる紫,,やり始めると集中するが,自分からやろうとする気持ちがうすい緑,,あれもこれも,無駄なこともこつこつ最後までやってしまう たとえば,割り切れない計算を解いているときの特徴は・・・ 赤,,おかしいと思いながらも計算するが,すぐに答えを知りたがる青,,おかしいと思ったら,途中でやめて,途中まで当たっているか確認する。紫,,割り切れない答えがでると,再度やり直してみる緑,,途中すごい数字になっても,計算できる間は,ずっと計算し続ける。 受験のための勉強は計算や公式,歴史や名前,法則などのつめこみであってはいけない。点数がよくとれて,何も問題ない子どもが,ストーカーに走ったりもする。他人の言うことを良く聞く子が殺人事件を起こすこともある。しかし,私は,その要素というのは,勉強を教えてても,見つけることができるし,防げることでもあると思っている。 表と裏があるわけではない。大人でも自分を隠し切るということは,難しいと思いませんか?必ず,どこかで,自分というものがちらちらするものです。筆入れの中をみても,その子どもが見えてくるはずです。 子どもたちが,国語の文章がわからない・・・と言ったら,私は「人の気持ちを感じ取ろうとしないからだよ」と答えます。 数学ができない・・・と言ったら「まずは部屋の片づけをしなさい」と私は言います。 四捨五入の法則です。あれもこれも,,,四捨五入できない子どもは結局は,新しいものを自分の中に取り入れることができずに,飽和しています。 学校の先生は,教科書に書いてあることを子どもたちに教えます。なぜ,読めばわかることを改めて教えるのか,不思議です。なぜ,教科書があるのに,新たにプリントをたくさん作って生徒をそれ以上に混乱させるのか,不思議です。 子どもの心の中には,種が植えてある。教室は大きな畑みたいなものです。どんな花を咲かせてくれるのか,わかりませんが,ずっと咲き続けていられるように,私は見守りたいです。 教室をお花畑にしてくれるのは,子どもたちなんです。
2005.11.01
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中学2年生のクラスから・・・ 「ほとんど勉強なんかできない・・・」「おれはどうせわかんないから・・・」 そんな言葉を発するN君が私の入会してきたのは4月のこと。 友達と一緒の入会だった。 N君はこれまで何事も大雑把に受け止めてきたようだ。 大雑把に物事に取り組む。この姿をきっと,世の先生はいい加減,とかやる気がない・・・,という言葉を選んで,N君を見るのかもしれない。 いい加減になっているところをきちんとできるようにする???そういう考え自体がすでに,子供との距離を離すに違いない。 大雑把になっている子供・・・教師はただ見ているだけでいい。そして,その中に必ず,子供の光るところがあるから,それを気づかせてあげればいい。 先生は直感的に子どもを感じれることが一番よいと思う。しかし,わからないときはじっと観察をすればすぐに光を見つけられる。それでも,見つけられないときはその子供の気持ちに同化すると,すぐにわかる。その子供にはその子供の世界があるからだ。とにかく,教師は「自分の目」から子どもみてはいけないのである。 話はそれてしまったが,N君が昨日の授業の中で,真剣に自分の限界と向き合っていた。私の塾では,ただ問題を解くことや,詰め込みの暗記はしない。 脳に入力した記憶をいくつ出力できるか,,,いかにイメージ力をもって取り組むか,大きな声を出して自分の声を聞く,ということを大切にしている。私は授業の中で,生徒一人一人がこの短い時間の中でいくつの笑顔を見せてくれるのかをいつも数えてしまう(笑)。なかなか,楽しいものである。 みんな,すごくいい顔する! かわいい顔をする!人間の原点に子どもたちは自然と返っていく。 頑張るN君の様子を私は何度もほめた。帰り際,,,N君が私に話したこと・・・それは,,「先生,今日,学校で原子記号のテストがあって,いい点とったんだ・・・」ということだった。前回の塾の授業のとき,N君は原子記号の入出力を頑張って最後までやってから帰っていた。私に報告してくれたN君の顔には,どうだー!・・・という気持ち当たり前さ・・・という自信たっぷりな顔そして,私をちらちら見ながら恥ずかしそうにする姿が感じられた。 N君は生き生きした人間の顔を見せてくれた。 この塾に通って4ヶ月を過ぎた生徒たちは,自分がやればできる,ということをいやおうなしに知らされる。そのようなプログラムを組んでいる。 数学のテストで100点満点中8点を取ったことがあると話していた生徒T君も,頭の回転がよくなったと感じていた。そしたら,昨日,T君が「11月のテストは,360点以上,,,400点くらいはとりたいなあ・・・」と私に話す。私は,大丈夫じゃない?とさらり答えた。T君はその思いを必ず実現できると私はふと思った。 点数ばかりにこだわる頭のかたいのとは,わけが違うT君の本当にかわいい笑顔をみんなに見てもらいたい。右脳を開く・・・まさに,こういうことだと私は実感している。
2005.10.29
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世の中たくさんの情報や資料が散漫しています。育児書もそのひとつ。育児書はまさに平成の子供たちの教科書として世の中に出てきたものです。 今の平成生まれに切り替わった中学生は,生まれ育ったときのように,何かを参考にしなければわからない,自分で切り開くことができない,という思考回路の子供が多いと感じます。どうすればいいの? 意味がわかんない,何言ってるかわかんない・・・・そんな言葉が,聞こえてくるのも平成生まれの特徴ではないかと感じます。 本来,6歳までに脳が急速に発達します。そのときに,どのように人と関わったのか,親はどのように子供に接したのか,ということが脳の入力,出力を決めてしまう,と私は感じます。そこで,私が子供たちの左右脳の入出力を分析し,色別に分けた研究や中学生にして,右脳を使えるようになる,という研究を進めて,今の中学の塾に生かしています。 たくさんの情報,専門資料には,研究の結果や,数字が打ち出した結果などがありとあらゆる形で書かれていますが,子供たちを見る目に虫眼鏡も双眼鏡も眼鏡も要らないと考えています。大人が悩む答えはすべて,子供の中にあることを教育者や子供たちに関わる大人は知らなければ なりません。 子供たちの脳について,難しいことをあれこれ書いても解剖ではないのですから・・・ 右脳?右脳を開く?どういうことだと思いますか?子供たちが心から喜んだり,楽しいと感じたり,,,つまり,あるがままにさらけ出し感じ取る心を育てていくことだと思います。 私のガイドは,子供たちです。子供たちがいろんなことを教えてくれます。そして,私に「仕事のやりがい」を与えてくれるのではなく,私に「生きる喜び」を感じさせてくれるのも子供たちです。 勉強を詰め込まれて数字が上がる・・・当然です。すぐに忘れる・・・当然です。 でも,子供たちは楽しいことは忘れません。それが大切なことです。 大きな大きな教育の改革がこれから始まります。世の中の塾は,これから,ふるいにかけられる時代がきます。殿様商売のようにしている塾も,人集めだけをしている塾もつぶれていく時代がきます。 学校の教育現場に立つ先生方のレベル低下にも本当にがっかりさせられます。 このような人には,動物の調教は無理ですね。学校の先生が説明する数学を聞いたことがありますか?まわりくどく,ごちゃごちゃ,世間話も混ぜながら,,,そんな説明に楽しさをどのように感じたらよいのでしょう・・・何が大切なのかも感じ取れず,,,乱れるのは当然。 動物の調教師としても,最悪です。動物と子供たちを一緒にすることを,おかしく思われるかもしれませんが,たとえば,犬は犬の嫌いな人間と好きな人間を見分けられるそうです。動物の好きではない大人は,どのように犬にしつけするのでしょう・・・ 犬はご飯を与えてくれる人間よりもお散歩をしてくれる人間になつくということを聞いたことがありますが,そこにも,教育者が学ぶことはたくさんあります。
2005.10.28
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