はっぴーぷりんせすらうんじ

はっぴーぷりんせすらうんじ

2007年12月08日
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が、どうも体調が思わしくなく、翌日の楽しみのため大人しくしていました。

そういえば、おとなしくとは「大人しく」と書くのですよね
それが大人ということなのでしょうか・・・

そんなことを書いていてふと思い出したことがあります。
少し前になりますが、勤務先のある女性と会話をしていて、少し考えてしまうことがありました。
私が、ある方に頑張ってもらいたくて、でもある位置から抜け出せなくていて、
いろいろお話してもどうしてもわかっていただけなくて、
ちょうど彼女がその方と食事に行くという話を耳にし、彼女からのアドバイスなら受け入れていただけるかもと、出来ればそのことについてお話して差し上げてほしいということを伝えたのです。

食事に誘うくらいだから仲が良いのだと思っての相談だったのですが、本当の人間関係について考えてしまいました。
それでは表面づらの人間関係ではないのかと・・・。
一抹の淋しさを感じた出来事でした。

母はよく私に言っていました。「親だから言うのよ」と・・・
確かに自分自身、喉元まで言葉が出かかっていても止めることがあります。
自分がどう思われるかを越えて相手に伝えることは、時に相当勇気を必要とすることがあります。
ただ、彼女と話したあと、すっきりしないものが残ったことは確かです。
彼女とその方の件だけでなく、いつも昼食をご一緒されながら、やはり同様の状態で、
逆に私にいろいろこぼす人もいます。
そんなに思っているなら、気づかないその人に伝えることが真の思いやりではないのでしょうか・・・・。
「心配なんだよ」なんて、口ばかりじゃないの?と・・・。


かつて自分もそんな経験をしてしまったことがありました。
自らの考え違いに気づいたとき、「誰か教えて欲しかった」「なぜ教えてくれなかったの?」と感じたものです。
でも、よくよく思い起こせば、ゆるやかなカーブで遠慮しながら伝えようとしてくれていた方もいたのです。
人は自分が受け取りたいように受け止めるもの、いえ、自分は自分でしかないのだから
自分の物差しで受け止めるのは必然のことなのですよね。


「言うなら伝えれば」とか「嫌なら辞めれば」と考えてしまいます。
もしそれが出来ないなら「言わないでおこうよ」と考えるのです。
極端すぎるでしょうか?
いえ、他人の愚痴や批判が愚痴や批判として聞こえないくらいになればよいのですよね。
心の器をもっと広げることが必要です。



8日の地蔵めくり


       焦らずゆったり精進を



天祖諏訪神社 福禄寿

こんな笑顔で常にいることが私の目標です。


ありがとうございます





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最終更新日  2007年12月15日 09時01分33秒 コメントを書く


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